世界
現地時間、二千十八年七月二十六日、午後四時三十分。
秋音市のオフィス街にあるカフェに、彼ら――アルタネイティブ・クロスは集まっていた。
「皆、寝れた?」
七瀬七海が代表して口を開いた。
久野優奈は眠そうな表情で「寝れたけどまだ眠い……」と言い、机にうつ伏せた。
「何のようだよ、女」
「ソウジ、七海には七海って名前があるんだから、ちゃんとそう呼びなよ」
同じく眠そうにしていた荘司が悪態をつく様に言葉を発したが、その言葉遣いが直哉にとっては気に障ったようだった。
「むしろ、俺がコイツの事を七海って呼んでいいのか?」
「何下の名前で呼び捨てにしてるの!? 七瀬ちゃん、とかでいいじゃんっ!」
「何なんだコイツめんどくせぇ……」
荘司は若干、直哉が苦手な様子である。
「うん、呼び出した理由なんだけどさ、今後もこう言う事、絶対あると思うの」
「えっと、所謂【異端者】が現れる……って事ですか?」
七海の言葉に、美咲が首を傾げる。
「そうね。今回のアリメントもそうだし、エネミーやヴァンパイア、災いなんてのが現れた時、どうするべきか」
「そりゃ、見つけた奴が狩ればいいんでしょ? 必要以上に協力する必要もないんじゃね?」
「ですわね。確かに協力をする事の有用性は今回で証明されましたけれど、全ての状況下で協力体制を貫けば、却って状況の悪化を招いてしまう事も考えられます」
花江とシャルロットが、注文していたアイスコーヒーを飲みながら猛暑に耐えている。七海は腰に手を当てながら「そう」と同意した上で、スマホを取り出した。
「だから――協力がしやすいように、ここにいる全員が、友達になりましょ」
七海が映していた画面は、SNSの交換用コードである。
ニッと笑った少女の言葉に、全員が噴き出して、笑う。
「何よー、笑う所じゃないでしょ、今の!」
「いや、何か」
優奈が、一同を代表して答える。
「七海さんってホント、色んな空気を変えてくれるよな」
思えば彼女はずっとそうだった。
最初に結成が頓挫しそうな時も。
最後に力を合わせるキッカケも。
全て、彼女が関わっていた。
「アタシは、アタシに出来る精いっぱいをするだけ。
そうする事で、今までアタシは生き残る事が出来たんだから、これからもそうする。
だからもし、皆も困った事があったら、アタシでも誰でもいいから、相談する事。
ここにいる皆で、アルタネイティブ・クロス――でしょ?」
彼女の言葉には、何とも言えぬ説得力があって。
全員が、自分の持つスマホを用意した。
が。
「あのさ、いい?」
「俺も」
「己も」
優奈と荘司と志斎が、手を挙げる。
「俺、スマホじゃなくてガラケーなんだけど」
「俺も」
「己も」
三人以外のメンバーが固まり、会議の末、結論に至った。
「……皆で、スマホ見に行きましょうか」
アルタネイティブ・クロス結成二日目の活動は。
……三人の機種変更についての相談で終わった。
END……?
**
現地時間、二千十八年七月二十七日、午前七時十分。
そこは、秋音市にある一つの廃墟である。
複合施設として建設予定だった場所だが、建設を取り決めた市長による献金問題が表沙汰となり、本格的な施工を前にして建設計画が頓挫し、今では近づく者のいない場所となっている。
立ち入り禁止の文字が書かれた板、金網のフェンス、残された鉄骨、三角コーン……そんな廃墟の十階に当たる場所に、菊谷ヤエ (B)はいた。
彼女が身を置く場所には、多くのデスクトップパソコンが乱雑に置かれ、その数だけモニターとキィボード、マウスも用意されていた。
器用に一つ一つを操作する彼女は、タバコの灰が落ちた事に目も暮れず、無数のキィボードに何かを入力していた。
そこには、様々な文字が映る。
『ミューセル』
『エネミー』
『アルターシステム』
『四六』
『ヴァンパイア』
『七瀬七海』
『聖邦協会』
『瀬上章哉』
『アリメント』
『プリステス』
『神崎美咲』
『フランス式アルターシステム』
『ホーエンハイム院』
『伊麻宮夏海』
『アルカディア・オマダ』
『神秘の翡翠』
『マジカリング・デバイス』
『レックス』
『アシッド』
『パラケルスス』
『ν-デロトミン』
『三好朱音』
『フォーリナー』
etc……。
一つ一つの項目に目を通しながら、しかしそれらを詰まらなそうに見据える彼女が持つスマホの一つに、一通のメールが届いた。
メールの送信者は菊谷荘司。
彼女にとってはどうでも良い者の名だが、しかし無視は出来ぬとメールを開く。
『スマホに機種変更したい』
内容は以上だった。
チッ、と舌打ちをした彼女は、スマホとwifi接続を行ったプリンターを起動。
携帯通信端末販売を行う四社、いずれで契約を行っても良いようにと、四枚分の親権者同意書とフィルタリングサービス同意書に必要事項を記入・捺印。
封筒に入れ、一応最新の運転免許証も同封しておいて、壁が無くむき出しの空へ、投げる。
封筒は本来であれば風に流され、地に落ちるだけであるが。
何と空を駆け、とあるアパートのポスト投函口に、入ったのだ。
「……めんどくさい」
彼女の言葉は、それだけだった。
アルタネイティブ・クロス END




