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アルタネイティブ  作者: 音無ミュウト
第二章【聖域のアルタネイティブ】
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変身、アルタネイティブ・ブルー-03

「申し遅れましたな。私は防衛省情報局、第四班六課の課長を務める、秋山志木と申します。階級は二佐です」


「ご丁寧に。私は」


「ああ、存じておりますよ。久野恵梨香さんと、弟君の久野洋平君ですね」



 さて、と。志木がフッと息を吐き、苦笑と共に、視線を二人へと向けた。



「――本題に入る前に。お二人は、地球とは異なる異世界があると言われたら……その存在を信じますか?」



 不意に放たれた、志木の言葉に。恵梨香の額がピクリと青筋を立てた。



「聞き間違いで無ければ……私は今、下手な宗教勧誘のような物言いが聞こえたのですが、気のせいではないのでしょうか」


「私も言っていて、荒唐無稽なお話から始めたと思いますが、まずはご回答頂いてもよろしいですかな」



 まあいい、と言わんばかりに溜息をついた恵梨香は、足を組みながら「信じません」と短く言い放つ。まるでこの場所に来たのが無駄だった――と言わんばかりの態度である。



「でしょうな。洋平君は、どうだい」



 その問いに、洋平は俯きながら汗をダラダラと流しつつ、ボソボソと小さな声を出した。



「俺は……その、信じてない筈なんですが……信じるしか、無いと言うか、何と言うか」


「はぁ!? 洋平、アンタどうしちゃったのよ!?」


「ああ、無理もありませんよ。それ程の事態に彼は立ち会い――いや、当事者になってしまったのだから」



 不意に、部屋中の電気が消灯し、ブラインドも全て下げられ、部屋には光と言う物が無くなった。


かと思えば、今度は部屋の天井に取り付けられたプロジェクターから光が点り、その光は備えられていたスクリーンに、映像を映し出した。



「これは、そちらのご自宅が倒壊した際の映像です」



 空高くから撮影された映像。その映像には、洋平と恵梨香が住む一軒家の周辺が映されており、少しずつ拡大されていった。


拡大した先――久野家の自宅前に立ち尽くす、一人の影。


 赤色のフードを被った男性のように見えるが、男性は右手を振り上げて、その手を振り下ろすと同時に――久野家の玄関口を倒壊させ、自宅の中へと入っていく映像が見て取れた。



「……何、これ」


「この赤いフードを被った男は、人間ではありません。我々とは異なる世界の住人――異世界【ミューセル】に住む【エネミー】と呼ばれる異形生命体です。この異形生命体を、弟さんは見事退治なされたんです」



 繰り返し再生される映像に釘づけになりながら、恵梨香は隣に座る洋平の肩を揺する。



「嘘、よね? 嘘って言って洋平」


「……ホントなんだよ、これが」



 客観的に見ても、可笑しな光景だと思う。


 パッと見て人間にしか見えぬ男が、その腕を思い切り振り下ろしただけで、堅牢な木造住宅をただの木片へと変換させたのだ。


 まだトラックが自宅へ突っ込んだと説明された方が、現実味を帯びていて説得力があると言うものだ。


「それで、何でそのエネミーってのが、アタシん家を!? ローンが! ローンがあと二十五年も残ってんのにっ!」


「それが大変申し上げにくい事なのですが……我々の協力者であるシェリルが、この映像に映るエネミーに敗れ、間一髪の所を洋平君と、そのお友達に救って頂いたのです」


「シェリルって誰!?」



 洋平の肩を、今度はガッチリと掴んだ恵梨香の言葉に、洋平が少しだけどもりながら答える。



「い、家に居た、変なカッコした女の人」


「アイツか……! アイツどこやったの!? ローン全額アイツに払わせるっ!」


「女の人――ああ、奴はずっと変身していたのか」



 志木がハッハッと笑いながら、粧香に「次」と命じると、彼女は手に持っていたリモコンを操作した。


「彼……いや、洋平君には『彼女』と言った方が良いかもだが、彼女は人間では無い。


 赤いフードの存在と同じく、異世界である【ミューセル】からこの世界にやってきた異世界人で、名はシェリル。人間型エネミーだと、彼女は名乗りました」


「異世界人だろうがカニ星人だか知った事か! アイツにはキッツイ重労働をさせて――って、あれ?」



 プロジェクターで映し出された、そのシェリルと言う人物のプロファイルと思われるデータを見据え、恵梨香は首を横に振った。



「この人じゃない。アタシが見たのは女だった。顔立ちは確かに似てるけど、これどう見たって男の人――しかもイケメン!」



 プロファイルには、そのシェリルと言う人物のプロフィールが記載されていた。大半が(不明)だとか(換算不可)だとか書かれているので分からないが、名前と顔写真だけはある。


問題は、添付されている写真に写し出されている人物が、金髪の髪の毛を首まで伸ばし、その端麗な顔立ちを魅せ付ける男性だったのだ。


 ニコッと微笑むその写真は、確かに女性から見れば俗に言う「イケメン」と称されてもおかしくない美貌を持っている。



「――あっ、この人」


「見た事があるのかね?」


「えっと、俺と友達を警察沙汰から救ってくれた人です」


「アイツ何してんだ……?」



 スーパーで買い物をしている最中、婦女暴行事件の現場に出くわした洋平と荘司が警察に疑われ、その疑いを否定する証言をしてくれた男性であった。



「あの人が……シェリルさん?」


「その通り。――順番に話しましょう」



 志木はそこでプロジェクターの電源を切るように粧香へ指示を出し、部屋の電気を灯した。



「今から一ヶ月ほど前、我々日本防衛省は、防衛省のみで使用される特殊プロトコルでの信号をキャッチしました。


 場所は秋音市公民館の裏山、その山頂。そこで発見されたのは、大量の切り傷と打撲を一身に受けていた青年・シェリルでした。


 彼を保護した防衛省は、目覚めた彼を尋問。そこで彼は、自身を『異世界【ミューセル】から来た異世界人だ』と名乗り、彼が知り得ている知識を、我々に説明しました。


異世界【ミューセル】の民である【エネミー】は食糧危機に直面しており、人間社会を侵略して食料を得ようとしている事。


エネミーは人間より優れた身体能力や特殊能力を持ち、生身の人間では太刀打ちできないと言う事。


エネミー達の進行を食い止める為に、自身は【ミューセル】から離反し、人間に危機を伝えに来たという事」


「……なまじ、信じられる話じゃ無いでしょう、それ」



 恵梨香が頭を抱えながらボソッと呟くと、志木も苦笑と共に頷いた。



「これが、その時の音声データなのですがね」



 志木の目の前にあるデスク――その上に設置されたノートパソコンから音声が流れ出た。



『本当なんです! エネミーは人間社会を脅かそうと、進行の準備を始めている。今から対策を施さなければ、この世界は滅びてしまう!』



 青年の怒号。その声は高く、ノートパソコンに搭載された安いスピーカーから放たれた音源は酷い音割れを起こすほどであった。



『では問おうか。君はそのミューセルと言う世界から離反し、どうしようと言うのだ?』


『ボクは人間たちを守りたい。人間たちには人間たちの、エネミーにはエネミーの秩序がある。それを壊してまで、エネミーは生きるべきではない!』


『だが君もエネミーなのだろう? どうして君は同胞を売ってまで、この世界へ警鐘を?』


『ボクは人間が好きなんです。喜怒哀楽、その感情によって生きる人間の心、温かさ……ボクは人間のそんな所を愛してしまった! それでは不満なのか!?』


『落ち着きなさい。落ち着い』


「とりあえずここまで」



 音声の途中で再生を停止し、僅かに零れ出た笑みを流しつつ、志木は二人へ向き合った。



「これが、シェリルの言い分です。どうですかな、お二人とも」


「何とも……素っ頓狂な事を聞かされているものだわ。もしかして今日のこれは夢? それともドッキリ? あー、わっかんない……でも、どうして防衛省はその素っ頓狂なお話を、信じる様になったんです?」


「それは、今洋平君が身に着けている指輪が、答えを教えてくれますよ」



 洋平は、そこでようやく思い出したように、自身の右手、その中指に装着されている指輪に触れて、志木と視線を合わせた。



「お姉さんに見せてあげるといい」


「え、でも……その……」



 歯切れが悪い洋平の態度に、恵梨香は訝しみながら、彼が身に着けている指輪を観察した。


見た所、何の変哲も無い指輪だ。綺麗に輝きを放つ朱色の宝石が埋め込まれた指輪であるが、装飾品に興味が無い恵梨香にとっては、その指輪が資産価値があるものかどうかも分からない。



「これが、何?」


「えっと……その」


「洋平君。それが一番手っ取り早く『異世界あるよ』と説明する手段だ。事実、我々はその指輪の存在によって、シェリルの言い分を幾分かは信じる他無くなったのだから」



 戸惑い、狼狽える洋平を睨み付ける姉の姿と、その援護をするかのように言葉を投げかけてくる志木に、洋平は覚悟を決め、立ち上がった。



「――変身っ!」



 いきなり、そう叫び出した洋平に驚き、肩をビクッと震わせた恵梨香。


そんな彼女の目の前で、洋平は自身の左掌へ指輪を押し当てた。


指輪に埋め込まれた宝石から、眩い光が放たれ、洋平を包み込む。恵梨香が、瞬きを二回した所で、光が段々と薄れていき――



光の中から、赤色の装甲を身にまとった、小さな少女が姿を現した。


 今まで、愛しい弟が居た筈の場所に、一人の少女。


 だが恵梨香は少女の顔立ちに――見覚えがあったのだ。



「あ、アンタ……もしかして、洋平、なの……?」


「……はい」



少女――アルタネイティブ・レッドは、その場でペコリと小さくお辞儀をすると。



「……姉ちゃん、俺……妹になっちゃいました……」



その可愛らしい、少女の声色で、小さく呟いた。

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