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アルタネイティブ  作者: 音無ミュウト
プロローグ【聖域のアルタネイティブ】
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プロローグ

 木々が生い茂る山中を、一人の男性が駆けていた。


 地を蹴り、木に手を付けて、押し、そして雑草を踏みつけて先へと進んでいく。


腹部や頭部から溢れる様に流れ出る血。彼はそれでも歩みを止める事は無い。


 止まれば死ぬ。ただ彼はそう思いながら、ハッ、ハッ、と息を吐き、先へと進んでいた。


そんな彼が、地面から顔を出していた木の根に足を取られると、胸から地面に身体を預け、痛覚を全身に走らせた。


 胸元を抑え、しかし先に進もうと、立ち上がった青年。


そんな彼の元へ、一人の少女が声をかけた。



「止まれよ。シェリル」


「……やぁ、ワルツ。お早い到着だ」



 血液の溢れ出る腹部を抑えながら、振り返る。


少女は、耳元までしかない黒髪と、刃に見紛う程鋭い目付き、端麗な顔立ちをした乙女だ。


 右手の中指の根元に取り付ける、黒色の宝石が埋め込まれた指輪に触れながら、一筋の涙を流した。



「オレを、置いていくのかよ」



 少女の口から放たれる『オレ』と言う一人称。だが不思議と、彼女にはその一人称が似合っていた。



「……そうだね。僕は人間社会を、見捨てることなんて出来ない」


「オレをこんな体にしておきながら、お前はアッサリ置いていくのか。ズリィじゃねぇか、卑怯じゃねぇか」


「そう、その通りだ。僕は卑怯で愚かで……しかし、これ以上愚か者には、なりたくない」


「ふざけんじゃねぇよ……! お前は、お前だけは……友達だと思ってたのに……!」


「ワルツ、君も一緒に行こう。


 僕は、君に教えたいんだ。人間と言う生き物を、人間と言う生き物の『感情』を――」


「好き勝手言ってんじゃねぇよ裏切者がッ!」



 右手をギュッと握り拳に作り変えた彼女は、左手の平に指輪の宝石部を押し当てた。


宝石が、指輪の奥まで押し込まれると同時に、眩い程の光を放出する。


 光は少女の着込んでいた衣服を消し去り、柔肌全身を包み込むような装甲を着込ませた。


 黒を基本色とした装甲が、首元と胸元、そして両腕両足、下腹部全体を覆っている。


 まるで漆黒の騎士と形容する他無い姿に成り変わった少女は、そのサイドアーマーに取り付けられた、剣の柄に似たユニットを手に持った。


ユニットの先端部から展開される、高出力のレーザー。


 熱がだんだんと形を成していき、最後には全長二メートルはあらんかと言わんばかりの大剣へと姿を変えた。



「殺す……お前は絶対、殺す……!」


「残念だけど……ボクは今、殺されるわけには、いかない」



 シェリルと呼ばれた男の背後――その背後に、一つの【門】と形容すべき、黒き光を放つ空間の裂け目が展開された。


門はシェリルの全身程の大きさへと肥大化すると共に、彼をまるで手招くように、空気を吸い込み始めた。


 山中の枯葉や砂を吸い込み、シェリルの体も吸い込まれるようだった。


シェリルは一歩足を後方へと下げると、ワルツと呼ばれた少女が細い右手で掴む大剣の切先を向ける。



「シェリルッ!」


「――さようなら。僕の【愛】した、たった一人の親友」



 力無き笑みを浮かべ、門へ一歩足を踏み入れた瞬間。


シェリルは先の見えぬ空間へとその身を吸い込まれ、そして裂け目は消滅した。


ポツンと、しばし一人で立ち尽くすワルツ。


彼女はハハ、と乾いた笑みを浮かべると、目をカッと見開いて叫ぶのだ。



「お前は絶対、オレが殺す! オレをこんな姿に変えたお前を、オレは絶対許さねぇ! 絶対に、絶対に――ィッ!」



 彼女の叫び声は山中の中で響き渡り。


声がこだまするまでに、十秒と時間はかからなかった。



 **



 地方都市・秋音市には一つ、寂れたシャッター街がある。


 大型ショッピングモールの進出により客を奪われた商店街の成れ果て。それは既に歩道へと役割を変えていた。


 シャッター街は幾人か通行人がいる程度で、特に変哲な物も無い。


そんなシャッター街を歩く、一人の少年。


煌めくような輝きを放つ黒髪を下して隠す右目には眼帯が取り付けられており、

対照的に分けられた前髪の影響で良く見える左目は、鋭いまでの眼光で周りの者を委縮させる。


 前髪以外は後頭部でひとまとめにくくられており、まとめられた髪の毛がまるで尻尾のように、一歩歩くたびに揺らめいていた。


少年は二メートルはあらんかと言わんばかりの巨体と、その身長に見合うガッシリとした体つきが印象強い。


 白いワイシャツとスラックスは一見すると社会人のようにも見えなくは無いが、

肩にかけるカバンと胸ポケットに施された刺繍から、秋音市にある玄武高校の学生である事が分かる。


その事を確認すると、周りを歩く者たちはさらに彼から距離を取り、そして恐怖の対象として彼を見据えるのだ。


少年は、ただ歩く。学校に向かうわけでもない。ただ前を見据え、ただ歩くだけだ。



「おい! 菊谷荘司」



――そんな彼へ、背後から声をかける少年が居た。


 男性にしては少しだけ高い声。透き通るような綺麗な声に、菊谷荘司と呼ばれた男は振り返る。


振り返った先にいた少年は、荘司とは正反対で、小さな男の子だった。


身長は百六十センチ程度、スラリとした細身と中性的な顔立ち、寝ぐせか天然のパーマなのか見分けのつかぬ耳元まで伸びた茶髪。


 そして輝いていると表現し得る丸っこい瞳が、彼の視線に捉えられた。



「何だ、お前」



 荘司が問うと、少年はニッコリと笑みを浮かべながら彼へと近付き、ポケットの中に入れられた手を引きずり出してギュッと握った。



「学校行くぞ。もう二時限目の授業が始まってる」


「何言ってんだ、お前」


「お前こそ何言ってんだ。学校二日も休みやがって。風邪でもないのにサボってんじゃねーよ」



 荘司は、少年の顔から視線を少しだけ下に下げ、胸元を見据えた。


 白いワイシャツの上に着込まれる紺色のブレザー。胸ポケットに施された緑色の刺繍は、荘司と同じく玄武高校の制服を現していた。



「あんな学校行く意味がどこにある」


「学校行くのは学生として当たり前だろ。さ、行くぞ」


「行かねぇよ、お前一体何なんだ」


「同じクラスの、久野洋平。ちゃんと自己紹介したろ?」


「いつ」


「入学式の時」



 つい二日前の事だ。荘司はハァと息をついて、彼の手を無理矢理解いた。



「俺の事はほっとけ。痛い目見るぞ」


「おっ、なんだ菊谷。お前喧嘩に自信ありか? やめとけやめとけ喧嘩なんて。どっちも痛いだけだ」


「……お前、馴れ馴れしいんだよ」



 ギロリと、荘司が少年――洋平を睨むと、いつの間にか荘司の腕が伸びていた。


右手で握り拳を作り、洋平の顔面に向けて、振り込む。


 踏み込みも何もかも甘い拳だが、荘司の巨体から振り込まれる拳は、幼げな顔面を捉える――そう思われた、その時だ。


いつの間にか荘司の視線は、空を見ていた。


綺麗な空色、所々にある雲の白さが瞳に焼き付くようだった。


宙を舞っていた身体が、重力の法則で地面へ背中から預けられた。


 しかし、荘司は唖然としながらも、空を見据えたままだった。


大の字になったまま寝転がっている彼の視線に、一人の少年が映り込んだ。――久野洋平だ。


彼は再びニッコリと笑みを浮かべながら、そして荘司に向けて、言葉を放った。



「よしっ! 学校、行こうか。菊谷」



 その笑みを見て、今一度空を見据える。



――こんなに綺麗な景色があるものなのか。


彼はそう実感しながら、瞳を輝かせた。

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