終局的犯罪ゼミ
――――悪党が、好きだ。
悪役が、悪者が、悪党が……、好きだ。
物心ついてから、様々な物語にふれる度にわたしが感じるのはそれだった。
正義の味方より悪者の方が好き。
行動は信念が通っている感じでぶれないところが格好良いし、何かを語る理屈も主人公たちより現実を見ている感じがクールだ。
いかにも反感を与えそうな奇抜な服装だったりするのも、個性を押し殺さず自由に自分を貫いてる感じがしていて清々しい。
一人で難事件を解決する一匹狼の名探偵なんかよりも、それを組織力で圧倒する犯罪界の大ボスの方にこそ、心酔するような魅力を感じてやまない。
酔いしれたい、信仰したい、偉大なる目標――法に触れても、正義に反しても、その御方の甘美なる悪の望みを叶えるために、我が身全てを捧げて従いたい。
そんな悪の統領に、仕えたい。
幼少期からそんなことをぼんやりと考えながら、わたしは成長してきた。
仕えるに値する、理想の悪のボスを探し続ける人生だ。
なので……大学に入り、ゼミを選択する時も、私は迷うことなくメアリ教授のゼミに入った。
私の通う大学は、必ずどこかのゼミに所属せねばならず、そのゼミを担当する教授のもとについて、研究したり勉強したりする。
数あるゼミの中からわたしがメアリ教授のゼミを選んだ理由はただひとつ。
――それは教授が、大学教授を隠れ蓑にした、巨大犯罪組織のボスだからである。
……あ、もちろん、そんな噂があるってだけだ。
正体不明の犯罪組織のボスが、私ごとき小娘に正体をバラすわけがないのだから。
でも、その噂は間違いないって思う。
ゼミ生のみんながそう信じているし、そう思って教授の言動を見ていると、そうとしか思えなくなってくる。
メアリ教授こそ、わたしが仕えるべき、偉大なる悪のボスそのひとなのだ。
悪党を志すものとして、その本物に触れなければならない。
十代の始めは悪者に憧れて不良の世界に入ったものの、生来の見た目が小動物的すぎるがゆえにあまりパッとせず、半グレ系で終わったわたしの青春。
悪党の下っ端をやっていて学んだのは、仕えるべき主を間違えると破滅するということだ。
いかに危ない橋を渡る覚悟があったって、馬鹿の出した指示に従うと失敗する。
無能な先輩とかに付き合わされて、何度ブタ箱入りの危機に直面したことか……。
結論として、馬鹿の手下などやっていられないということだ。
馬鹿の下で頭をつかうなんて懲り懲り。
じゃあどうする?大学デビューするしかない。
環境の変化は人生の変化の契機。
わたしは、メアリ教授のもとで、悪党のイロハを学び直すのだ――!
「予習をするでもなく胡乱な話をダベっているばかりの諸君、席につきたまえ。今日も授業を始めるぞ!」
わたし含め7名しかいないメアリ教授のゼミ教室に、我らが教授が登場めされた。
今日も溢れ出る悪のカリスマだと思う。
メアリ教授のコーディネートはいつも奇抜だ。
足元まであるような真っ赤なトレンチコートに、肩とか背中には変な花みたいな飾りがついている。
髪は息を呑むような白髪――プラチナブロンドで、これも腰ぐらいまでの長さがあった。
前髪はぱっつん。化粧バッチリ。なので眼力がすごい。美人で格好良い。
奇妙キテレツ、いつものメアリ教授。
「ハイハイ静粛に静粛に!諸君の中には私の格好に戸惑った者もいるだろうが、心配することはない。私は平凡な大学教授だよ。ただ、ちょっとばかり派手好きなところがあるだけサ!」
とは、入学して最初の授業の時、登壇しただけでざわざわする教室に向けての挨拶。
今日と似たような服飾――ひと目見てインパクトしかないその格好を、面白がる者やら、批判的に見る者やら様々いたが、わたしはその圧倒的な人間力に一発で魅了されるしかなかった。
あまりに透徹とした、徹底的に自由で自分流。
教授らしくないとか、いい大人としてどうか以前に、格好良いと思ったのだ。
思えばコレが、予兆だった。
わたしが惹きつけられたのはメアリ教授の服装の派手さじゃない。
悪を嗅ぎ分けるわたしの嗅覚も捨てたものではなかった。
……後日、耳にした話によれば、メアリ教授の奇抜なコーディネートはオシャレなどではなく、大学教授という隠れ蓑をかぶっている時も社会への反骨を忘れないための教授なりの意思表示みたいなものなのだとか。
本来なら秘密にしないといけない悪の本質を、敢えて隠さず保ったままにするなんて、超絶素敵じゃんねそれ、と思った。
そのスレスレを行くスリルを楽しんでいるような超然さもまた格好良く見える。
更には、色や身につける装飾品によって大学内にいる自分の手下へ秘密のメッセージを送っている、という話もある。
これはこのゼミに入ってから先輩に教わった話で、知る人間の少ない秘密の情報だ。
しかも、長年ゼミの中で受け継がれてきたものなので、確度は高い。
教授の派手な服にはそんな秘密が隠されていたなんて。
意外ではない。やっぱり!という喜び。
まだゼミ生のわたしたちは、犯罪者のタマゴ未満であり、教授の手駒とも呼べない程度の存在だ。
なのでメッセージの意味はまだ全然わからないけれど、いずれわたしたちも教授の忠実な部下として、指示を読み取る術を学んでいけるのだろう。
あー、楽しみだなー!
わたしも早く教授の手駒の犯罪者になって、平和を揺るがす悪事に手を染めたい。
そのためには、今日のゼミも真面目に受けるのだ。
「では早速だが、先日出した課題レポートについての講評をするとしよう。結論から言ってしまうと、今回も酷い有様だな。諸君らの正気を疑う狂った内容の論文ばかり――一応私は数学教授なのだが、ゼミ生であるところの諸君はホントに数学やる気あるのかね?」
悪のカリスマ過ぎて忘れそうになるが、メアリ教授は数学者だ。
若くして二項定理だかなんだかの素晴らしい論文を学会に提出し、教授の立場にのし上がった天才的な頭脳の持ち主。
無論、その才能は数学の世界だけに留まるわけもなく、程なくして犯罪界のボスとして辣腕を振るう傑物になっていくわけだが……。
わたしは、教授の悪のカリスマとしての側面に心酔してゼミ生やってるところなので、数学という学問への関心はぶっちゃけそこまででもない。
むしろわたしは文系の類で、小説とか読んでる方が好きな……数字の理屈をこね回されると頭痛がしてくるタイプだ。
でも、これはわたしが特別不真面目なわけではなく、当然といえば当然だけど、わたし以外のゼミ生も全員、教授の裏の顔目当てでこのゼミに入った者ばかりだ。
「よって今回も恒例のオモシロ論文大暴露の時間だ。諸君にはひとりひとり、皆の前で笑い者になってもらうとしよう。まずは、そうだな、アードベッグ!前へ!」
「は、ハイッ!」
わたしの右隣の席に座っていた男子学生が席を立って、教壇の前まで歩いていく。
ちなみに「アードベッグ」というのはウイスキーの銘柄で、彼の本名ではない。
メアリ教授は自分の受け持つ学生を名前では呼ばず、こんな風に適当なあだ名を付けて呼んでいる。
教授のゼミは人数が毎回多くないので、アットホーム感というか、気安い感じを演出するためだそうだが。服装だけでなくセンスも変わってる教授の遊び……と思うなかれ。
これは将来、教授の組織の正式な構成員となったときに使用されることになる、コードネームなのだ……というのが我々ゼミ生の間での共通認識だ。
なので、バカバカしいなどとは思ってはいけない。
もっとも、そんな不心得者は当ゼミには一人もいないだろう――なんたって、教授から直々に頂いた名前なんだから。
ちなみにわたしのコードネームは「ラフロイグ」だ。これもウイスキー。
せっかくなので二十歳になった瞬間、試しに飲んでみたが、消毒液みたいな臭いがしてとても飲めたものじゃなかった。
メアリ教授はウイスキーが好きらしい。
「アードベッグ、君は一体どういうつもりでこの論文を書いたんだね?二項定理の話をしてたはずが、どうして地球を爆発させて小惑星群を作るなんて話になるんだ?」
教授の要約に教室内のゼミ生がどっと笑いが起こる。
アードベッグがわたしと同じように教授の噂話を聞きつけてやって来た、数学的なセンスとか知識がすっからかんの男の子だとみんなよくわかっているからだ。
「笑っているけどね、実は諸君の中にもうひとり、ほぼ同じ内容の論文を書いてきた大馬鹿者がいる! 紹介しよう、カリラ!前へ!」
「はァい」
今度はわたしの左隣に座っていた女子学生が立ち上がり、アードベッグの横に並ぶ。
まさかのネタ被りに教室内は大笑いで、目立ちたがり屋のカリラの返事をする声は嬉しそうだった。
これは馬鹿回答お披露目会と銘打っているが、わたしたちの間ではご褒美なのだから。
教授に直接ご指導いただけるので、わたしだって前に呼ばれる時は嬉しい。
この教室内に、この個別的指導に嫌な顔をする学生など一人もいないだろう。
「二人とも独創性があって大変よろしい!だが、一介の学生であるところの君たちが論ずるには、このレポートは突飛すぎやしないだろうか? こういうのはもっと研究者としてのキャリアを積んだ後か、小説の中とかだけにしておきたまえよ。それとだネ――――」
教授の指導は続く。
珍回答を解説する時の教授は楽しそうにしているが、厳しいことも結構言う。それはそうだ、表向きは真面目に大学教授なのだから。
わたしたち学生は、メアリ教授の課題や試験を悪党的素養を見出してもらうための大喜利大会みたいに考えているけれど、教授は教授の立場があるので、ちゃんと採点をし、評定を付けなければならないのだ。
「……こんなところか。二人とも自席に戻りたまえ」と教授はコメントを終え、教壇の前に立たせていた二人を席に戻す。「まったく、私の出す課題ってそんなに難しいかネ?しかし諸君も良くないのだぞ。数学を専攻するゼミナールだというのに理数系の基礎すら身に着けていないで飛び込んでくる学生の毎年毎年多いこと!何を考えてるのやら。まァ、誰彼構わず受け入れてしまう私のスタイルにも問題はあるのだろうが――」
ゼミ生になるにあたり、メアリ教授は入構希望者ひとりひとりと面接を行っている。
なので、その際にわたしやアードベッグが数学的教養など皆無の、何かを血迷った文系であることをメアリ教授は承知している。
それでも、こうしてちゃんとゼミ生として受け入れてくれている。ありがたい話だ。無論、教授なりの深いお考えがあってのことだろうけど。
「世間じゃ文理と大別されるが、それを越えうる興味や関心があることも否定はしないのだよ。苦難は多かろうが君が望むのなら私は拒みはしない」と言って、教授はわたしとの面接を締めくくった。
文系育ちには難しいだろうが、興味があるならついてこい、ということだ。
まあ、あれだよ、数学ができてもできなくても、犯罪者として使いようはあるのだろうし、見極める部分は大学の成績だけじゃないってことなのだろう。
課題とか試験以外の部分で教授に評価を頂いて、悪党としての将来を提示してもらえることを、わたし含むポンコツ学生たちは期待しているのだ。
「まァ、大学生活というのは何も勉学に打ち込むことばかりが全てではないだろう。一人の研究者としては、諸君には後継を担う学究の徒の端くれとして頑張ってもらいたいところではあるが……それ以外の青春を自由に謳歌するのも大学生の特権ではあるからネ」
「メアリ教授はどんな大学生だったんですかー? その頃にはもう、街のマフィアと手を組んで色々やってたんですかー?」
お調子者のキルホーマンが話の腰を折るようにして迂闊なことを言うので、教授はギロリと睨みつける。
美人で眼光鋭いメアリ教授がそれをやると、威圧感と迫力が違う。
「失礼なことを言うんじゃないよ君。私は善良かつ研究熱心な学生だったサ。ま、今同様多少派手好きな面はあったが……。それにしたって人の服のセンスをあげつらって犯罪組織とつながりがあるなんてのは随分な侮辱じゃないかキルホーマン、訂正したまえ」
「すみませーん、つい」
「なにがつい、だ。君も時々意味不明なことを言う、いかにもうちのゼミ生らしい男だな。ええっと、何の話をしてたんだったか……、そうそう、有意義に過ごせよという話だ。私は数学の話をするのが仕事だが、諸君らの貴重な学生時間をより良いモノに昇華させることも仕事のうちと考えている。よって、私の講義もじっくり聞こうと、聞くまいと別に結構だ。私は構わず話すが、興味ゼロの者は私のコーディネートでも眺めて今後のファッションの参考にするなどして過ごしたまえ」
メアリ教授はこんなことを言ってるが、我らがゼミに教授の話を聞き流す輩などいるはずもなかった。
皆、真剣に教授の話に聞き入っている。教授の語る言葉のどこに、わたしたちが最も学びたいと思っている悪の教えが潜んでいるか知れたものではないのだから。
とはいえ、当然ながら犯罪界のカリスマとして、悪の道に関することを堂々と教えたりすることなんてできるわけもない。
なので、メアリ教授が持っているであろう悪党の理論や美学――わたしたちを立派な犯罪者に成長させるエッセンスは、数学の授業という形式の中から読み取るしかない。
これが非常に難しい……。大学以前は不良グループのしょぼい使い走りでしかなかったわたしなどには荷が重い。
なので授業後に頭の良いゼミ生に色々教えてもらったりしているが。
だが、学び取ってやろうという意志そのものは、他のゼミ生にも負けてない。
こんな授業に隠れた教えすら読み取れないようでは、将来教授から受け取るであろう、暗号指示など読み解けないのだから……。
「話が逸れた上に残り時間も少ないので、もう少し脱線するがネ。もうすぐ文化祭があるではないか?諸君らの殆どは課外のサークル活動などに参加していないと聞いているが、文化祭は何をして過ごすつもりなのかね?ボウモア!君はどうだ?」
「え?特に何も……、参加しない学生は休み扱いだし家にいようかなと……」
「愚かしいまでに内向的だネ!君は陰キャか?草食系か?文化祭に参加しない大学生活など私が許さないぞ。良いか?特に用のない者は当ゼミとして文化祭に参加するのだ。
企画の内容は諸君らに一任しよう。模擬店、演劇、発表、何でも良いぞ。何なら私が出てやっても良い。大事なのは共に思考し、目的を持って行動することなのだ。その教育的効果を私は軽視しないゾ。ラガヴーリン!」
「はい」
ゼミ長――わたしたちの一応のリーダー格であるラガヴーリンが名前を呼ばれて起立した。
「次回の授業までに文化祭で当ゼミとして何をするのかを企画し、レポートにまとめてくれたまえ。君が頭となって皆をまとめるのだ。無論、くだらない企画なら私は容赦なく却下する」
「了解しました」
「他の者も任せきりになどしないでちゃんと協力したまえよ。君たちの首の上についている不出来極まりない脳細胞を今こそ使う時だ。嫌な顔をするんじゃない。大体サークル活動もせずに毎度授業の後にはグズグズ教室に残って何やらやっているのだから問題ないだろう。当初は皆で真剣に授業の復習しているのかと思ったが、試験や課題の結果がああなのだから恐れ入ったよ」
メアリ教授はやれやれする。
仰る通り。わたしたちは授業後、すぐに帰らず教室に残って勉強会をしている。
ただし、教授が嘆くように、表向きの授業の話など一切しない。
話の内容は大半が、メアリ教授の悪党的噂話の検証や、その日の授業でメアリ教授が語った内容の悪党的深読みばかりだ。
みんな、メアリ教授のもとで悪党をやりたくて集った者たちなのだから当然と言える。
その時間が一番楽しいのだ。
「それでは、今日の授業はここまでとする。文化祭の算段――次回の課題はもう少しまともな出来栄えを期待するからな」
教授の言葉にみんな力強く「はい!」と返事をし、教授は「返事だけは良いんだよなァ」とぼやく。
厳しいことを言いつつもわたしたちのことを本気で見捨てていない感じがするあたり、メアリ教授は優しい人だ。
それとも、わたしたちの悪党的素養を見出して、末永く育ててやろうという感じなのだろうか。
だったら……喜んじゃうけど。
ゼミ長の号令で一礼をし、教授は退室していった。
帰りがけも颯爽と。今日も格好良かった。
「……さて、それじゃ今日も検討会を始めよう」
教授が去った後、ゼミ長のその一声で、わたしたちは勉強会を始める。
ある意味で、ここからは授業よりも真面目な時間だ。
「教授の次の課題は文化祭のネタ出しか……どう思う?」
「どうって……言ってたじゃん。有意義な大学生活しろって」
「馬鹿だなキルホーマン。教授が何の意味も意図もなく、そんな綺麗事を口にするわけないだろ」
「そーだね。文化祭のネタ会議をするアタシらのチームワークとかを見てんだよきっと。犯罪界でも共同でコトに当たるプロジェクト的なのだってあるはずじゃん」
「カリラの言う通りだ。これは企画会議の体裁を取っているが、我々の各種犯罪における計画立案能力を見出そうという教授なりのテストに違いないと僕は見る」
ラガヴーリンの総括に、ゼミ生全員が同意を示す。
教授が話しをした当初からわかっていた者たちは当然として、キルホーマンとかわたしみたいに今言われて気付いた者も別に反論はしない。
それはいかにも教授が設定しそうな課題だし、それを乗り越えることこそがわたしたちの修行であり目的でもあるのだから。
「さて、そうなるとどうしますゼミ長? 教授も参加しても良いとは言ってたけど、企画の大事なところは俺たちでどうにかしないと駄目でしょ?」
「当然だ。教授に参加頂くのなら、それは最大の見せ場にせねばならないし、面白い企画だと納得頂いた上でのものでなければ意味ないからな。さて……」
「どういうのが良いのかな?あ、ううん、これは世間一般の評価じゃなくって、教授に良いと思ってもらえるかな?って話ね」
「もっと言うと、うちらがメアリ教授の未来の犯罪活動に貢献できそうな悪党的に使える人材だって評価してもらえそうなネタね」
「そうだ。僕たちがただの学生なら、単に教授としての立場から好評が頂ければそれだけで良いが、生憎とそうじゃない。僕たちは教授に、自分たちが有用な手駒としての素養があることアピールしなければならないんだ」
「適当に銀行強盗の計画でも立ててみる?」
「本当に馬鹿だなキルホーマン。メアリ教授が僕たちの反社会的っぽい活動を面と向かって評価するわけがないだろう」
基本的に考えなしのキルホーマンの意見にゼミ長以下全員が溜息を漏らす。
彼は肉体労働タイプで、自分から何かを考えるのは苦手だ。わたしも人の事は言えないけれど。
でも、「そういう人間こそ愚直に仕事をこなすひたむきさを持つ」と教授も以前口にしていた。適材適所。人材は使いようということだ。
それに、頭の良いラガヴーリンやボウモアとは違った観点からアイデアを出すことができるかもしれないし。
なのでわたしも「はい!」と意見を述べようと挙手をした。
「ラフロイグ、何かアイデアがあるのか?」
「はい。なんというか、健全な発表とかでありつつも、見る人が見たらすっごい悪巧みみたいなのが匂わせるものであるべきだと思います!」
「なーる。教授の服とか試験問題みたいな感じってことね。それ自体が暗号になってる的な」
「ま、まあその、具体的なプランは全然思いついてないんだけどね……」
「いや、方向性は悪くないだろう。スタート地点としてはベストな位置取りと言えそうだな。良い意見に感謝するラフロイグ」
「あ、いえいえ」
「でもそれ……難しいよね?あたしたち、教授の服装が暗号になってるってのは知ってても、それが何を示してるのかは、まだ全然わからないもの。それをあたしたちが作るってのは、大変そう……」
「気張りすぎることはないさボウモア。何事も最初から素晴らしい出来栄えなんて望めるもんじゃない。挑戦して、カタチとして発表することにこそ意義があるんだよ」
「そっか、教授もあたしたちの頑張りを認めて、「初めてにしてはよくやった」って褒めてくださるかもしれないもんね」
「では、その方針で進めよう。何か他に意見はあるか――」
会議は踊る。
教授の言った通り、こうして意見をひねり出し、それぞれについて議論をするというのはとても大事な勉強だ。
それも自分たちが楽しむためともなれば、楽しささえ感じられる。
どうすれば教授は喜んでくれるのか。
どうすれば、わたしたちを評価してくれるのか。
考えれば考える程、大変ながらも楽しく――教授の素晴らしさを再認識する。
きっとみんな、一様に考えていた。
こんな会議などせず、どうせなら教授に全てを決めてもらって、自分たちはただその指示通り動きたいと。
だが、だからこそ、全世界の犯罪者の中枢を担うメアリ教授の規格外の能力を理解させられる。
教授が平然と行っていることの練習のようなプログラムでさえ、わたしたちには困難を極めているくらいなのだから。
これを日夜、世界規模で行う教授の思考速度と機知の凄まじさは計り知れない。
まだまだ、真の悪党には、わたしたちは遠く及ばないのだ――。
ここに集ったそれぞれが悪党に憧れる理由はまたそれぞれだろうけど、わたしの中には、明確に感じている悪の魅力がひとつある。
それは、命令を受け、計画を実行すること。
――わたしは、命令されたい。
絶対的な強いボスの支配下に入って、何も考えずにボスの命令に従いたい。
よくやったと褒められたいし、使えないと足蹴にされるのもいい。
馬鹿の下につくのは懲りた。だからこそ強い頭目、強すぎる頭目に、わたしは隷属の夢を見る。
虐げられてもいい。自由なんか与えられなくたって。
幼少から悪に憧れ続けたわたしには、そうあることの辛さよりも楽さが、想像できてしまうから。
従うのは楽だ。
悪党の強さ。孤高なヒーローには絶対にない強さ。それは組織力だ。
孤高は、孤独なだけだ。格好良くなんてない。個々は弱くても、強い意志の下で徒党を組んだ人間たちのほうが、きっと強固だ。
強大にして天才的な頭脳を持つボスがいて、手下たちはボスの手を汚すことなく、関与すらも疑わせず立ち回る。
その確固たる指示系統、独特な信頼関係、頭目への敬意と、それに伴う行動計画。
わたしは結局のところ、そういう絶対的なボスの手駒となって、仕事をしたいのだ。
何も間違えないぐらい有能なボスが下す、合理的に極まった計画。
たとえそれが法に触れるものであっても、構わないと思えるほどに信奉できるボス。
そういう圧倒的な支配者を、わたしは、ずっと、求めてきたのだ。
だから、わたしは、悪党に憧れている。
支配して欲しい。手駒にして欲しい。教え導いて欲しい。
どうか、その偉大なる邪智の下にわたしを庇護して欲しい。
その遙かなる破滅への旅路の供に、わたしを連れていって欲しい――。
メアリ教授――わたしの理想の悪党。
しかし、そう思い焦がれ、求める心根は、英雄に救いを求める世の迷子と同じなのかも知れない。
それは悪なのか? そう名のついただけの、救いのヒーローなのか。
どっちでもいい。
ただ、わたしは、混じりけなき人の悪の中にこそ、真なる救いを垣間見る――。
それだけだ。