蕾 2
見慣れた天井を見つめながら、カティは一昨日の出来事を思い出していた。
気を失うようにしてカティは丸一日眠っていたのだ。
朝日が差し込み目が覚めてからしばらくぼーっとしていたのだが、だんだんと記憶が鮮明になっていく。
生まれて初めて男性に抱き抱えられた。
細そうに見えたアレクダレンの腕も胸も筋肉がしっかりとついてがっしりとしていた。
そして、間近にあった美しい顔...........
「ーーーーーーーっっっ!!!!!」
そこまで思い出し、体中が一気に沸騰したかのように熱くなる。
ぎゅうっと目を閉じてその顔を消そうとするが、しっかりと充分過ぎる程の睡眠を取ったカティの頭は、びっくりするくらい冴えてしまっているため、思い出す映像もクリアな上に脳裏に焼き付いてしまったようだ。
「あんなっっあんな綺麗な顔が......っっ!!ち、ち、近くに......っっっっ!!!!」
ベッドの上をゴロゴロジタバタと、少しでも羞恥による熱を逃がそうとする。
ーーコンコン
「カティ?...........何をしてるの?」
部屋のドアを開けた母に訝しげにその姿を見られてしまい、今度は顔を青くした。
「な、何でもないのっ!それよりっ!き、今日は仕事に行くね!」
「体は大丈夫なの?もう、あなたが抱き抱えられてきた時はすごくびっくりしたのよ?リリも悪いけれど、あなたも悪いわ。しっかり自己管理はしなきゃダメじゃない。」
母親の真剣な眼差しにカティは肩を落とす。
「...心配かけて、ごめんなさい。気をつけます。
ママにも謝らなきゃ。心配してるよね。」
サランは眉尻を少し下げカティを抱きしめながら、そうしなさい、と頭を撫でる。
「そうだわ。倒れたあなたを抱き抱えてきてくれた方にもきちんとお礼を伝えなきゃね。
すっごく綺麗な方ね。あの方はお知り合い?身なりがとても良い方だったからお客様かしら?
とても心配されていて、お医者様まで呼ぼうとしてくださったの。」
その言葉にカティは目を丸くして、母の顔を見上げる。
「え、え?アレクダレン様が?」
「お医者様はこちらで呼ぶからとお断りしたんだけど....そう、アレクダレン様と言うのね。あんなに美しい男性っているのね。一瞬天使がカティを連れてきたのかと思ったわ。」
ふふ、と笑う母の胸の中でカティはアレクダレンの顔を思い浮かべた。
気を失う前に見た心配そうな表情。
寄せられたシワはいつもと変わらないのに、淡い金の瞳が微かに揺れていた。
瞬間にぎゅうぅっと胸が締め付けられる。
どきどきと鼓動が鳴る。
羞恥のものとは違うそれに、カティは胸にそっと掌をあて首を傾げた。
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「おはようございます!」
カティは元気よくお店の扉を開けた。
「まぁ!カティ!あなたもう体はなんともないの?」
すぐさま近くまで走ってきたマダム・リリはカティの頬を両手で包み込み、右へ左へと動かして調べるように見た後、ぽすっと自身の胸の中に収めた。
「ごめんなさいね。もっと早くに家に帰すべきだったわ。もぉーうっ心配したわ!バカバカ!私のバカっカティのバカっ!」
カティはマダムの頬にグリグリとされながら、ごめんなさい、とは謝った。
「たくさん寝て頭はすっきりしたの。遅れた分頑張るわ!
.....無理しないように。」
「無理をさせたのは私だけれど、体は資本よ。手が回らない事は私でも他の針子達でもいいから頼りなさい。何でも一人じゃ出来ないのよ?」
はい、と素直に頷いた事で満足したのか、マダムはようやくカティを腕の中から離し、にっこりと微笑んだ。
「そういえば、昨日アレクダレン様があなたの様子を伺いにお店にいらしたの。」
アレクダレンの名前が出てきた事で、どきっと胸が鳴る。
「休んでいる事を伝えたら、険しい顔をされてね、とても心配していたわ。倒れたあなたを運んでくださったのも彼なのよ。貴族の鑑のような紳士な方よね。お礼をしなきゃ。」
「........貴族の鑑........紳士.........」
その言葉に今度はつきりと胸が痛む。
「カティ?どうかしたの?」
「.....え?あ、お礼......何がいいかなと思って....」
「そうねぇ......ハンカチに刺繍はどうかしら?」
胸に掌をあててみる。
先程の痛みはもうない。
きっと気のせいだろう、とカティはマダムの提案に笑顔で頷いた。