アレクダレン 1
あれから少しロザリアから補足をもらった。
どうやら巷では<カティの帽子>にはジンクスがあるらしい。
ー願いを叶える
と。
出所はきっと、いや確実にマダム・リリだ。
彼女は言っていた。「お薦めした」
宣伝文句に使ったに違いない。
さすがやり手のマダム・リリ。これは本気で試されている。
「それにしたってみんながみんな同じ願いなら、それこそ叶うわけないじゃない!」
ドンっとペンを持っていた右手を机の上に叩きつけた。
「ふふふ。だけども素敵なジンクスだわ。願いが叶うなんて夢があるじゃない。」
目の前の母は、ぷりぷりと憤慨している娘を見ながらのんびりと笑う。
ペン先の羽も今回はまるで効果がない。
「今日はデザインをそのご令嬢...ロザリア様?に見せに行くのでしょう?大変になったらリリに言えばいいわ。カティがイライラしてるのは元はリリのせいなんだもの。なんなら顎で使えばいいのよ。」
うふふふふ。と母の笑顔が黒い。
母もマダムも似たもの同士なんだなと改めて思い思う。
黒い笑顔に引き攣りながらカティはデザイン画を見てうーんと唸る。
「何も飾らなくても美しい人だから、引き立たせるようなアイデアが浮かばなくて....。
ドレスだけなら色々思い浮かぶんだけど、ロザリア様とセットになると何もかも霞むの。」
そう、ドレスと装飾品の確認をさせてもらってからデザインにうつったはいいが、いかんせん本人が美し過ぎて引き立てるどころか要らない物のように感じてしまう。
それではロザリアが望んでいる依頼にはならないし、何よりも帽子が可哀想だ。
自分の作った物には愛情がある。
喜んでもらいたい。
そのため出来る限りロザリアに時間をもらい、何度もデザインの打ち合わせをしている。
「他のご令嬢の依頼は大丈夫なの?」
「うん、他の方達のはデザインを終えているものばかりだったから後は形にするのに私は途中確認と仕上げだけ。
本当は全部やりたいけど数的に無理だし、ママに付いてない針子は私の手伝いをしてくれてる。」
「それでも家にまで仕事持ち込んで....リリには一言言ってやらなきゃあね!」
母のお説教はとにかく長い。
やらなきゃよかったと後悔する程にずっと長い。
心の中ですっとマダムに手を合わせおいた。
*********
なんとか起こしたデザイン画を数十枚カバンに入れ、店の制服とエプロン、帽子を被り鏡の前で身なりを確認していると、家の呼び鈴が鳴った。
侯爵家の迎えの馬車が着いたのだ。
侯爵家の邸はカティが行った事のある貴族のどの邸よりも広く、大きい。
庭も当然広いので、門から玄関までは徒歩だと日が暮れるのではと思う程長いため、いつも迎えの馬車を用意してくれている。
馬車も豪華でずっと座っていられるくらいふわふわの中のクッションは油断すると寝てしまいそうになる。
よし、と気合いを入れて玄関を開けると、いつもいるはずの従者ではなく、いるはずのないアレクダレンがそこにはいた。
しばし思考が止まる。
「.......えと、侯爵様?ここで何を?」
そう喉の音を絞り出すと アレクダレンには安定の眉間のシワがある。
うん、本物だ。
「私自身の爵位は伯爵だ。アレクダレンで構わない。」
「.......はい、えと、アレクダレン様はここで何を?」
またもや同じ質問になったのを不愉快に感じたのか、またもや眉間のシワがぐっと濃くなる。
「...出かけた帰り道だ。侯爵家に来ると聞いていたのでついでにと。」
「わ、わざわざ申し訳ございません!」
頭を下げるカティの目線に手の平が見える。
顔を上げるとアレクダレンが無言で手を差し出しているではないか。
一瞬理解が遅れ、きょとんとアレクダレンを見ると彼の目線は馬車へと移る。
「ーーーっっ!!めめめめめ、めっ、滅相もございません!とんでもない事でございます!!
一人で乗れますっ出来ますっやれば出来る子です!」
慌てすぎで意味の分からない言葉をも発しながら、急いで馬車に乗り込んだ。
顔が熱い。こんな扱いをされた事がない。
しかも相手はアレクダレンだ。
誰もが見惚れてしまう超絶美丈夫。
免疫があっても無理だ。
なぜなら相手はアレクダレンだ。
紳士の彼の事だから何でもないのだろうけれど、平民のただの針子の自分にまでそんな気遣いをするとは思ってもみなかった。
ふーっと息を吐き、自分を落ち着かせていると、アレクダレンも馬車に乗り込んできた。
向かいに座ったアレクダレンはカティの顔を見て、一層眉間のシワを深くしたと思ったら、突然吹き出した。
お腹を抱えて、苦しそうに涙を滲ませながら笑っている。
「アレクダレン様.......あの......」
「っっすまない....!あまりにも君が....くくっ
素早すぎて見えなかった....くくくっっ」
目尻に溜まった涙を指で払いながら、アレクダレンはひとしきり笑っていた。
「はーーー笑ったりして気分を害したなら申し訳なかった。....ああいう反応をされた事がなかったので、驚いてしまった。」
そう言ってまたいつもの顔に戻る。
眉間のシワも健在。
うん、なんだか落ち着くわ。
天使の笑った顔は心臓に悪い。
ドキドキと収まらない胸にそっと手を当て、カティは今見たものは幻だと思う事にした。