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針子のカティ  作者: そら
2/11

天使の訪れ



「ごきげんよう。こちらにカティ嬢はいらっしゃるかしら?」



カランカランとお店の扉に付いた鈴が鳴り、そちらに目を向けた針子達は、入り口に立つ美少女に一瞬息を呑んだ。

カティもその一人で、不躾にもその少女を真正面から見つめてしまっていた。



長い睫毛に縁取られたダークブラウンの大きな瞳、すっと通った鼻筋、薄く小さな赤い唇、その一つ一つが完璧な配置をしている。

真っ直ぐ伸びた瞳の色と同じ髪の毛は艶があり、天使の輪のように光っている。



貴族のご令嬢を見る機会もあるが、こんなに美しい人を目にするのは産まれて初めてだ。

たぶん他の針子達もそうだろう。

誰一人として言葉を発する事が出来ずにいると、少女の後ろから咳払いと一緒に声がした。



「随分と礼儀のなっていない店ですね。いくら貴族御用達と言えども、この辺りの教育は不十分だと見受ける。」



声の方を向けば、美少女と同じくらい美しい青年がいた。

少女の頭一つ分程、背が高く、顔の造形も少女とどこか似ていているが、髪の色は少女よりも色素の薄い茶色と瞳の色は金に近い。



ほぅっと針子の誰かが溢した感嘆にカティは我に返り、天使の様な二人に慌てて頭を下げる。



「大変失礼を致しました!カティは私でございます!」



「まぁ!あなたがカティ嬢?わたくしと同じ歳くらいかしら?お話を聞いて想像していたよりもお若いわ!」



天使の声が弾む。



「あ、あの。帽子のご依頼でいらっしゃいますか?」



「あぁ!そうだったわ!あんまり可愛らしい方だったから....淑女としてはしたないですわね。

わたくし、ロザリア・ベルクと申します。

こちらは兄のアレクダレン・ベルクですわ。

お茶会で必要な帽子の依頼をお願いしたくて参りましたの。

マダム・リリにお願いしようと思っていたら、叔母からぜひカティ嬢にというお話を頂いて、わたくし、あなたのデザインも大好きだから直接お会いしてみたくなって伺ってみたんですの。」



ぱぁっと大輪の花が咲いたような笑顔がとても眩しくて、カティは思わず目を瞬かせた。



「...あ、足を運んで頂き、ありがとうございます...。お茶会用ですね、はい...。

あの、とりあえずお話は奥で...よろしいでしょうか?」






針を習い始めた頃から、マダム・リリと貴族のお屋敷に向かう事もあるカティはあまり物怖じするタイプでもないのだが、この二人はどうにも美しすぎて緊張してしまう。



硬い貼り付けた笑顔のまま、奥の客間に案内をして紅茶を淹れる。

震える手のせいで茶器がかちゃかちゃと音を立ててしまうのをアレクダレンが険しい顔つきで何か言いたそうに見ているので、余計に体が強張ってしまう。



「...も、申し訳ございません...その、茶葉はマダムが取り寄せた一級品ですので...。」



最後の方は尻窄みになってしまった。

カティは緊張で泣きそうである。



「もうっ!お兄様がそんな顔をなさってるからカティ嬢が震えてしまっていて可哀想だわ!

あら、本当に美味しい!カティ嬢は紅茶を淹れるのもお上手ですのね。」



ふふふと可憐に微笑むロザリアに少しカティはほっとした。

隣のアレクダレンは綺麗な眉間のシワを崩さずに紅茶を一口飲み、黙っている。



大丈夫....なのかしら?



落ち着きを取り戻してきたカティは本題に入ろうと口を開く。



「ご依頼の事ですが.....。

大変申し上げにくいのですが、今回私が受け持つ依頼数が多く、今で手一杯な現状です。

ですので、せっかく足を運んで頂いて申し訳ございませんが、今回は当初の予定通りマダム・リリにお願いしてはどうかと....。」



「......無駄足もいい所だな。帰るぞ、ローズ。」



ひっとカティの背筋が凍る。



「もう、お兄様は...お帰りになるならお一人でどうぞ。」



「お前を置いて帰れる訳がないだろう。」



「では、お座りになって?」



お互いに見つめたままどちらも動かない。

カティには永遠に感じるような耐え難い沈黙を破ったのはアレクダレンの長い溜息だった。

彼は元いた場所に腰をおろし、妹に話を促す視線を向ける。もちろん眉間のシワは健在で。



「カティ嬢、ごめんなさいね。

依頼をするには遅くなってしまったのは分かっていたの。少し事情があって...。なので直接伺ってみたというのもあるのだけど、わたくしの話を聞いて頂けないかしら?」



ロザリアとアレクダレンの二人を交互に見ながら黙って頷いた。



「ありがとう。」



「今回のお茶会の内容...は噂でご存知よね?

実はわたくし、王太子妃候補で、王妃教育も受けてはきていたので何もなければそのまま王太子様と婚約を結ぶはずが、派閥問題だったり.....ああ、詳しい事はお話出来ないのだけど、とにかく一旦全て白紙になってしまいましたの。」



「今回のお茶会はわたくしにとって、再度王太子様の愛を勝ち取るための戦いでもある....わたくしはあの方を想っています。ですから、どうかわたくしに力を貸してくださらないかしら....」



ぎゅうっとロザリアに手を握られたカティの頭の中は混乱していた。

美しい顔が間近にあり、心臓の音がうるさいし、まともに働く気がしない。

美人て恐ろしい!!

王宮内の<詳しく話せない>内容も王太子の愛を勝ち取るためになぜ自分の力が必要なのかも理解が出来ない。

理解出来ないが、こんな風に見つめられて断れないのも事実。

けれども抱えている依頼が頭をかすめる。



ーーーーー無理だっっっ!



「......ダメ...かしら....?」



ーーーーー無理だっっっっっ!!!



「..................お受け致します。」




がっくりと項垂れたカティの頭の上に嬉々とした声と呆れの混じった溜息が聞こえた。




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