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幸福の国の獣たち  作者: 空烏 有架(カラクロ/アリカ)
西の国 ヴレンデール
91/217

091 道は途切れる

:::


 完全に勘違いされた。


 ルーディーンを追いかけようか悩んだが、しがみついているタヌキの女神はそう簡単に離れてくれそうにないので、カーシャ・カーイはとりあえず大きな溜息をついた。

 そもそも追いかけたところで話を聞いてくれそうにもない。


 邪魔が入ったことにも大して気にした素振りを見せず、おもむろに他人の首筋を甘噛みしてきたラグランネをぐいと引き離す。

 不満げに睨まれるが痒くもない。


「てめえのせいだからな……」

「何がぁ? 誤解されたくないんだったら、そっちが話に乗らなきゃいいだけでしょお?

 ……あー、違うかぁ、乗った時点でもう誤解ですらないよねぇ~。だってカーイだって同意してんだもんねぇ」

「相ッ変わらず口の減らねえ女だな。やっぱりてめえはクシエリスルの前に潰しとくべきだった」

「やぁん怖~い!」


 白々しい声でそう言いながら、ラグランネは大笑いしている。小さな身体とは裏腹に肝が太い女神である。

 その細っこい前脚を掴んで地面に押しつけても、ラグランネは尻尾を振ってけたけた笑い続けるだけで、カーイは苛々して彼女の背を踏んだ。


「ちょっとお、それは痛いからイヤ~」

「じゃあ少し黙ってろ」

「何よぉ、結局ちゃーんと続きするんじゃないのぉ。……あっはははは! あんたのそーゆーとこ好きよ?」


 ラグランネはぺろりと舌を出した。黙れというのがわからないのか、と言う代わりに脇腹を蹴る。

 さすがにそれには笑う余裕もなくなったようだが、暴力なんて最低、というようなことを呟かれた。


 何とでも言えばいい。生憎こちらはおまえに対する情はひとかけらもない。


 クシエリスルを邪魔だと思う瞬間はカーイの人生、もとい神生においてたびたびあるが、ラグランネの相手をするときもほとんど毎回そう思っている。

 神の増減を禁ずるという規定さえなければ何度この女を殺そうかと思ったかわからない。

 正直自分で喰う気がしないので、適当に叩きのめしたあとで誰かに投げて寄越すのが関の山だが。


 問題は、その怒りに近い衝動の原因が、単にラグランネの性格や言動が気に障るということだけではないことだった。


 この女神はカーイの弱味を握っているのだ。

 考えうるかぎりもっとも面倒な相手に、知られたくないことを嗅ぎつけられてしまった。

 それを黙らせるためにはある程度こいつの話を聞いてやり、求められれば相手もしなければならないのが、カーイにとってはこの上なく面倒で腹立たしくて屈辱的なのだ。殺せるならそれで終わるというのに。


 しかも今は裏切り者の件もある。この女神が裏切り者の一派にはいないことを確かめなくてはならないし、そうでなくても面白半分に弱味の件を言いふらされないよう今までにも増して強く口止めをしておく必要がある。

 "あのこと"が裏切り者の耳に入るのは絶対にまずい。


「おい、ラグランネ。……最近、誰か、妙なことを言ってたとか、態度が変だったりしたことはねえか」

「んーん? 別にみんな、うちに優しくしてくれるわよぉ。乱暴なのはカーイだけ……だからねぇ、ときどき無性にカーイと遊びたくなるの……」

「……てめえ基準じゃそうだろうな。訊くだけ無駄か」

「んふふ。……あん、もぉ、ほんと今日は機嫌悪いのね。そんなにルーディーンがいいんだ……ぜーんぜん相手にされてないくせに」


 ラグランネの放つ言葉はいちいち鋭く尖っている。

 普段は温厚で、誰にでもあたりのいい八方美人のように振舞ってはいるが、それでいて相手を抉ることが上手い。


 たぶんこの女神は、根のところがカーイと似ているのだと思う。

 じっくりと気づかれないように相手を観察して、脆弱な部分を見つけ出すことにばかり注力し、結局誰のことをも信用していない。

 そのうえラグランネはこうして無防備なふりをして相手の懐に潜りこんでくるのだから、ある意味ではカーイより数枚上手だ。


 そうやって、上手く甘えて相手を操るか、弱味を掴んで従わせることでこの世を生き抜いてきたのだろう。

 減らず口が多いわりに本音は絶対に言わないところなど、ほんとうによく似ている。


 カーイが何も言い返さないので、ラグランネが顔を上げる。

 不思議がっているようにも見えるが、なぜか泣きそうにも見えるのは、この不誠実な状況のせいだろうか。


「……ねぇ、カーイ。もうやめなよ」

「あ? これはてめえが言い出したんだろ」

「そっちじゃなくて……ルーディーンのこと、追いかけるの、やめて。あの(ひと)のためにそんな顔しないでよ。ねぇ、そしたらうち、何でもしたげるから……」


 ラグランネは身をよじり、前脚をカーイのほうに伸ばす。

 それが頬に触れようとしたのか、それとも首に抱きつこうとしたのかはわからない。届く前にカーイが振り払ったからだ。


 おまえじゃ代わりにならねえんだよ、と毒づくと、ラグランネは笑った。

 笑いながら、やっぱ最低、知ってたけど、と言った。なぜか、知ってたけど、のところだけ繰り返した。

 二度目にそれを口にしたときは、もうそんなに笑ってはいなかった。


 その姿を見て滑稽だと思っているのだから、確かにカーイは最低なのだろう。


 たぶんそれは自分の姿を見て嘲うのと同じことだった。だから尚のこと、どうしようもなく滑稽で、最低なのだ。



   : * : * :



 ウマの調子が悪くなってしまい、三人は予定していなかった町で足を止めざるをえなくなってしまった。

 どうやらもともと餌が悪かったか何かして体調を崩していたらしい。


 幸いウマが立ち往生した地点から近くの町までそれほど離れていなかったため、その町まで御者が走って馬車屋を呼びに行き、町の人にも応援に来てもらって具合の悪いウマは運び出された。

 しかし代わりのウマの手配に時間がかかると言われてしまった。

 中途半端な時刻に発って荒野で野宿になったら、三人はまだしも御者が可哀想だ。


 急いでいるわけでもないし一泊していこうか、という話をしながら、あてもなく町の中を散歩していた。

 とくに下調べもしていない田舎の小さな町なので、見るものがあるかどうかもわからない。


「宿を探すのと聞き込みするので手分けするか。まあ財布は俺の担当だから宿は俺だけど」

「じゃああたしが聞き込みね。あ、スニエリタは……」

「俺はひとりでいいからララキについててくれ」

「はい」

「……ちっ」


 なんか今こいつ舌打ちしたぞ。


 腹は立ったが、わざわざツッコミを入れるのも癪なのでミルンは無視して歩き出した。

 大方スニエリタとミルンを組ませようとしたのだろうがそうはいくか。


 いや、別に避けているわけではないのだが、その、あれだ、あからさまなことをされても困るので。

 それにあまりララキの調子に合わせてしまって、まるでいつかの彼女の妄言に賛同しているかのように思われるのはもっと困る。

 むろん妄言というのは、攫って奪え、とかのことだ。


 百歩、いや一億歩くらい譲っても、ミルン個人の感情だけでそんな大それたことはできない。というか追撃してくるマヌルド軍人に殺されるので物理的に不可能といっていい。

 せめて反撃できるくらい強くならなければどうしようもないし、そもそもそれをスニエリタも望んでくれなければ話にならない。そしてそれはありそうもない。


 確かにその……頭を撫でてしまう件に関しては、受け入れられているようではあるが。

 それだけで調子に乗れるほどミルンは呑気ではなかった。


 そういえば何か約束もしてしまった気がする。なんだかんだでカジンを倒したあとはそんな暇もなかったので流れてしまった感じだが、まだ彼女は覚えているのだろうか。

 何にせよララキがいないときでないとそんな話は切り出せないし、いざ言ってみたら忘れられていたりとか、もういいですとか言われそうな気がしてしまう。


 しかし頭を撫でられて嬉しいって、子どもみたいだ。一応ミルンの妹よりは歳は上のようだけども。


 とかどうとか考えながら看板を頼りに宿を見つけ、まず二部屋空いているかどうかを確認する。もうシレベニのようなことがあってはならない。

 幸い問題なく二部屋確保できたので、預かってきた荷物を片方に突っ込み、もう片方に自分の荷物を置いて、それぞれ施錠ののち扉に保護の紋唱を施した。これでよし。


 あとはふたりを探して鍵を渡さなければ、とふたたび町に出る。


 まず目の前の通りをざっと見渡してみるが、特徴的なオレンジのポニーテールも、栗色のロングヘアも見当たらない。

 その代わり一匹の黒ネコがとことこと歩いている。野良猫かどこかの飼い猫だろうか。


 とくに気にせず歩き出そうとして、そのネコに見覚えがあることに気づく。


「……フィリエリ?」


 確かめるために名前を呼んでみると、確かにネコはこちらを見て、あっという顔をした。


『ミルシュコじゃない! あなたもヴレンデールに来てたのね。あの女の子たちは見当たらないけど、まだ一緒なの?』

「ああ、まあな。今は別行動してるだけだ。

 それより、おまえがいるってことはジーニャも近くにいるのか?」

『そうよ。ここ、珍しい薬草の産地だもの』


 薬草? 思わぬ単語にミルンは首を傾げるが、フィリエリはすたすたと歩いていく。


 彼女は兄ロディルの遣獣である。ハーシにいたころの彼の手持ちは三匹いて、フィリエリはその中の一匹だったので面識がある。

 そのあと増えたようなことを一度手紙で報告されていたが、結局兄は里には帰らないまま放浪の旅に出てしまったし、フィナナで会ったとき──彼女からは痛烈なネコパンチをもらった──も他の遣獣を見せてもらうことはなかった。


 ともかくフィリエリのあとをついていくと、彼女は町の広場へと入っていき、中央にある噴水の前まで来てようやく立ち止まった。


 噴水とは言っても水なんて出ていない。水資源に乏しい土地なので水源が枯れてしまったのだろうか、と思ったが、フィリエリが言うには故障しているだけらしい。

 この噴水は井戸の代わりにもなっているため、こんな状態で町の住民たちも困っているのだそうだ。


『というわけでミルシュコ、直してくれない?』

「へ? なんで俺? それジーニャが頼まれてるやつなんじゃねえの?」

『そうだけど手が足りなくて私まで借り出されてるのよ。で、私ひとりだとちょっと大変なの、せめて手伝って。あとでたぶんジーニャがお礼するから』

「なんだそりゃ……ま、よーわからんけど、あいつに借りを作れるのはいいかもな」


 そんな機会もそうそうないし、とミルンはさっそく噴水を調べ始めた。


 水がどこから引かれていて、どの部分まではきちんと水が通っているのか、正しい水路を通らなくなった水はどこに流れてしまっているのか。噴水の装置自体には問題がないのか。


 思ったよりも造りは単純そうで、しばらく見て回るうちに水路に亀裂が入っているのを発見した。しかも水が漏れるほどのひび割れが複数個所に及んでいる。

 どう見ても経年劣化だったが、これをすべて直すのにはかなり時間がかかるだろう。


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