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010 ふたりの出発

:::


「なんで!? もうかなり危ないのわかってるよね? 相手は神さまで……今はカムシャールの神さまだけだけど、きっと他の神さまも気づいたら放っておいてくれない。今度は怪我じゃ済まないかも……!」

「だからだよ。とりあえず今度は俺の話を聞いてくれ」


 ミルンは語りだした。



 ハーシ連邦という国には、大きく分けて六つの民族が暮らしている。


 赤ハーシ、青ハーシ、黒ハーシ、白ハーシ、花ハーシ、水ハーシ。

 これらの民族は、もともとはひとつの集団だったと言われている。だから今でも同じ言葉で会話ができるし、たぶん外国から見るとほとんど違いを感じないだろう。


 今日までにこれらを六つに分けたのは、長いハーシの歴史において現れる外部の勢力たちである。

 どの時代にどこの勢力の支配下にあったかによって、ハーシ族は幾度となく分断され、異なる道を辿っていった。


 ミルンの出身部族は、水ハーシ族という。

 すべてのハーシの民族のなかでもっとも規模が小さく、人口は全体の一割にも満たない。

 広いハーシの領内でも西の端にある湖水地方にのみ暮らしているが、長い間工業化が遅れていたこと、都市との交通手段が限られていたことから、ハーシ国内でももっとも遅れた地域のひとつとなっている。


 そんな水ハーシの部族長の息子としてミルンは生まれた。ただし三男であったので後継者ではない。


 ミルンが生まれた時点ですでに学校にあがる年齢を迎えていた長男が後を継いだため、次男とミルンはとても自由に育てられた。

 そして次男は紋唱の才能があることを認められ、まず三年ほど首都カルティワの学校で学び、さらに特待生として大国マヌルドへ留学することになった。


 弱小部族であった水ハーシ族にとってそれはこれ以上ないほど誇らしいことであり、みんな次男の凱旋を心待ちにしていたのだ。


 だが、留学を終えて帰ってくるはずの次男は、一通の手紙だけを寄越して姿を消した。

 手紙にはただ一言。


 ──私が水ハーシ族であることを誇りに思えるようになるまで、あるいは一生、わが故郷の土を踏むことはないでしょう。


「それってどういう意味?」

「俺もカルティワの学校に行かせてもらったんだが、水ハーシ出身だってわかると相手の態度が変わるんだ。もちろん悪い意味で。

 カルティワに住んでるのは大半が白ハーシだから、まあ、基本的にどこかの支配を受けてた民族を蔑むっていうか、下に見る傾向はある。白ハーシの白ってのは何にも染まらなかった、誰の支配も受けていないっていう意味もあるから」

「え、えっと、だから?」


「……国内でその扱いともなると、さらに気位の高いマヌルドではどんなことになってたのか想像もつかねえよ。

 何せあっちは支配してきた側だからな。貴族なんかは今でもハーシ族は奴隷だと思ってるやつもいるらしいし」

「そうなのか……じゃあ、お兄さんはマヌルドの学校でひどいことされて、自分が水ハーシ族なのが嫌になっちゃったってこと?」

「それより何より世間からの扱いが許せなかったんだろうな。

 俺はそれで兄の足取りを追ってここまで来てんだけど、どうも道中でいろんな紋唱を調べている。この状況をひっくり返すような紋唱を探してるんだ」


 なるほど、とララキは言った。何かが彼女の中で腑に落ちたらしい。


「ミルンはアンハナケウに行って、お兄さんの変わりに世界を変えたいんだね」

「ざっくり言えばそういうことだ。具体的には"神の紋唱"を手に入れる。


 ……妹にさ、頼まれたんだよ。どうにかして兄を連れて帰ってきてくれってさ。だけどあいつが何もせずに大人しく帰ってきてくれるとは思えないからな」


 神の紋唱。神々の力を表す紋章と、それを引き出す招言詩。


 大それた願いかもしれないが、そういうことを考えた紋唱術師は過去にも大勢いた。


 自然や獣の力よりももっと巨大で強力なものを使役できたなら、できないことはない。

 弱小部族に地位を与えることだって可能だ。

 そしてそれは、地上のどこを探し回るよりも、アンハナケウに行くほうが近道だろう。それが存在するのならば。


 アンハナケウにはすべてがある。どんな願いも叶える力がある。その言い伝えがほんとうなら。

 ミルンの望むものも、ララキの願いを叶えるものも、アンハナケウにある。


 案外、兄が探しているのもアンハナケウへの道筋なのかもしれないと思う。

 だからこうして延々ララキと行き先が重なり続けているのではないだろうか。どのみち、この先も同じ道を辿り続けることになるに違いない。


 それならいっそ腹を括って協力したほうがいい。そう考えればミルンにとっても利点がある。


 自分ひとりでアンハナケウを探すよりは、実際にクシエリスルの神と繋がりのあるララキと行動をともにしたほうが、そのぶん危険はあるけれども、直接神の力に触れる機会が増えるはずだ。

 そこにきっと手がかりがある。


 ララキが手を伸ばしてきた。ミルンも伸ばし、その手をとった。


「じゃあ、今日から改めてよろしく」

「ああ。ついでに今日からみっちり稽古するぞ、紋唱。今のままじゃ不安が多すぎる」

「ええ……あー、わかった、わかったってば、その顔やめて」


 こうしてふたりは正式な同行者となったのだった。




・・・・・*




 ララキとミルンは祠をあとにし、雑木林を抜けてロカロの町に戻った。


 しかしここから問題が山積みだ。


 まず、お金がない。ジェッケでの馬車代が思いのほか嵩んでしまったのが痛手だった。

 昼食はジェッケで貰ったパンでどうにか凌ぐとして、国境の町ピテフまでの足代とそこでの宿代がない。


 こういう場面は旅をしているとちょくちょくあるので、たいていは単発の仕事をもらって小金を稼いできたミルンだが、ロカロのような小さな町ではそれも望めそうにない。


 それどころか仕事を探しているうちに時間が経ってもう一泊することになりかねない。

 それならば歩きで国境を目指し、道中で仕事が見つからなければ野宿をするしかない。


 ただ、それは男の一人旅の話である。ララキもあれで一応女の子なので、さすがに野宿はどうなのだろう。


 念のため聞いてみた。金がないから最悪今晩は野宿になりそうだけど、大丈夫か、と。

 するとララキは真顔で答えた。大丈夫も何も、あたし結界暮らしだったときは野ざらしで石の上とかで寝てたよ、と。


 ミルンは勝手になんかこう聖堂的な感じの結界を想像していたのだが、実際はカムシャール遺跡のような感じだったようだ。

 ララキが変にたくましいのはそういうところから来ているのだろうか。


 ともかく、徒歩で行くなら早めに出立するほうがいい。観光もなにもせずにさっさと中央通りを抜けて、国境方面の町の出口へと向かう。


 するとそこに大きな鳥がいた。


 翼を閉じ、じっと佇んでいる。

 ハヤブサではないが、獰猛そうな瞳と鋭い嘴だけでも明らかに猛禽類だとわかったので、ふたりは即座に戦闘態勢を取った。

 昨日の今日でまた襲われるとは。


 あたりを見回し紋章を探す。まず上空を見るが、何もない。


 ミルンの脇腹がじわりと痛む。充分な治癒の術を受けたとはいえ、まだ完全に治ったわけではない。

 襲ってくる気配がないのなら、戦うより逃げたほうがいいだろうか。

 ララキもミルンの苦痛の表情に気づいたようで、シッカを呼び出すべきか逡巡していた。


 そこへ、場違いなほどきれいな声が響く。


「ララキさん、ミルンさん! ……あの、怖いお顔をされていますけど、どうかされました?」

「スニエリタさん、近づかないほうがいい。こいつの狙いはたぶん俺たち──」

「何をおっしゃってますの? それはわたくしの遣獣ですわ」


 なんだって?

 困惑するふたりをよそに、スニエリタはすたすたと猛禽に近寄り、持っていた荷物を彼?の首に掛けた。鳥は大人しくされるがままである。


 スニエリタが言うにはこの鳥はワシで、名前はジャルギーヤというらしい。ニンナと同じで性別はわからないそうだ。


 ともかく勘違いとわかってほっと胸を撫で下ろすララキだったが、ミルンは痛みがぶり返してそれどころではなさそうだった。

 もう明らかに顔色が悪く、そんなんで国境の町まで歩けるのだろうか。


 ちょっと休んでから行こうか、とララキは言ってみたが、ミルンは首を横に振る。


「ただでさえ寄り道してんだ。急がねえとあいつの痕跡が消えちまう」

「でも痛いのに無理して歩いたって、どのみち大した距離進めないと思うけどな」

「歩いてって……まさかおふたり、ここから歩いてピテフまで行かれるつもりなんですか? 何か移動に適した遣獣をお持ちではありませんの?」

「いやー、あたしはカエルとかだし、ミルンのほうは暴走イノシシだからちょっと」

「クマとオオカミもいるっつの……まあどっちも乗って走らせるようなもんじゃないし、それでなくともミーは当分休ませてやらねえと……」

「まあ。……よろしかったらジャルギーヤでお送りしましょうか?」

「いいの!?」


 スニエリタはにっこり微笑んで、三人くらい平気ですわよね、とジャルギーヤに言った。

 ワシはそれに対してふんと鼻を鳴らし、当然だろうというような顔をしている。


 な、なんて頼もしい。


 こういう移動ができるタイプの遣獣が欲しい、とこのときララキは切に思った。

 もちろん暴走イノシシは却下だ。こういう鳥みたいなやつか、地上ならウマとかがいい。


 よく考えたらそれだけで馬車代がいくら浮くというのか。毎日乗せて移動させるのはちょっと可哀想なので、二匹くらい持って交代制にするのがいいかも。


 とか、思うのは簡単だが、それで実際契約するとなると話はそううまくはいかない。


 もう十年もライレマに指南を受けていたララキが今現在もプンタンくらいしか遣獣を持っていないのもそのためである。

 これまで何匹の獣に挑戦し、そして破れてきたことか。

 よく考えたら前にウマっぽいやつに契約を迫って逃げられたことがすでにあった気がする。


 そう考えるとやっぱりミルンってすごいよな。三匹もいるんだから。

 うち二匹はお母さんと暴走野郎だけど。


 最後の一匹であるシェンダルとは状況が状況だっただけにあまり会話もできなかったので、何が得意でどんな性格なのかはよくわからなかった。

 とりあえずオスで、ちょっと物静かっぽかったが。


 とかいろいろ考えつつ、スニエリタの指示にしたがってジャルギーヤの背に乗る。荷物は脚に掴んでもらうことになった。


 人間三人と人数分の荷物はなかなか重そうだが、ほんとうに飛べるのだろうか。少し心配になったが、そんな気持ちを吹き払うようにジャルギーヤの身体は軽々と浮き上がった。


 力強い羽ばたきの振動を感じながら、みるみるうちにロカロの町から離れていく。


「うわ、すごいすごい! 飛んでるー!」

「これから速度をあげますから、眼と口をしっかり閉じておいてくださいませ」

「開けてるとどうなるの?」

「飛んできた虫さんやご自分の舌を誤って食べてしまいますわ」

「ひえええ! ……ところでミルンさっきからずっと黙ってるけど、もしかして高いところも苦手なの?」

「……うるせえ!」


 あ、こいつ図星だな。

 ララキはにやにやしながらミルンを見た。


 一方ミルンは楽しそうなララキを見て、なんとかと煙は高いところが好きっていうのはほんとうだな、と思っていた。


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