第五話 狂気と実感
三階へのドアには鍵が。
ドアの上部の細い長方形の窓から中を覗くとコンクリート一色の無機質な部屋と床に敷かれた二つの寝袋、そして最低限の家具が目に入る。
コンコンコン
しばらく待つと中からドアが開いた。
ソイツは両手を広げ笑顔で、あまりにも無防備に僕のことを迎える。
映像で見た通りのピッチリとしたタキシードを着ていた。
コイツだ、コイツがあれを起こすのだ、よかった。ちゃんとここにいてくれて。
何も考えずただソイツが背を向けるのを待ち、そして――
パン パパパパパパン
乾いた銃声が響く。
一発目は引き金を引く手が力みすぎ銃身が跳ね弾丸があらぬ方向へ飛んで行った。
射線上にあった壁に穴が開く。
驚く顔を僕の方へと向けるソイツ。
僕は前へと踏み出し銃口をソイツの腹へ当たるか当たらないかというところまで。
引き金を引く、引き続けた。
一発一発がソイツへ当たっていくのが感じられる。
引き金を引くたびにソイツの肉がえぐれ血が飛び散る、その感覚が直に手に伝わってくるようだ。
引き金を引いて、引いて、引いて―――――
カチッ カチッカチッカチッ――
いつの間にか弾がなくなっていた。
ソイツがゆっくりゆっくりと崩れ落ちていく。
ドサッ
コンクリートの床にソイツが倒れこむ。
痙攣している、まだ動いている。
バタバタと血を飛ばしながら手足を動かし生きようとあがく。
―――だめだ、生かしておいちゃいけない。確実に殺さないと・・・
周囲に使えるものがないか見渡す。
手ごろな大きさのスタンドライトが目に入る。
それを急いで両手で取り、そしてうまく当てられるようにかがんで―――
ソイツの頭に向けて振り下ろした。
何度も、何度も何度も何度も何度も何度も―――――――
思いっきり力いっぱい今ある全てを込めて、腕を振り下ろす。
怖かった起き上がってくるんじゃないかって。
今度は僕の目の前でアレが起こるんじゃないかって。
だからもう絶対に起きないように・・・
振り下ろして振り下ろして振り下ろして―――――
腕の下でソイツの力をなくした虚ろな目が僕のことを見つめている。
それがとてつもなく怖い。
だから、だからだからだから―――
僕は腕を振り下ろし続け―――
『おい! おい! ―――もう、もう終わっているよ』
頭の中からそう声が響くまで、僕の手が止まることは無かった。
その声で僕の意識はようやくどこかから戻ってくる。
「やったの、か?」
下で力なく横たわるそれを見つめる。
『ああ、終わった。終わったんだよ、君はやり遂げたんだ――』
どこか興奮したような言葉。
―――ふふっやってやった。やってやったぞ!
ガシャン、壁に用の済んだスタンドライトを叩きつける。
叫びだしたい気分だ、とても高揚している。
それを見るともう所々が壊れ人の形をしていなかった、これならもう動くことは無いだろう。
気が抜け脱力した、全身の筋肉が突然の脱力に驚きピクピクと痙攣する。
酷い痛みが指先を襲った、凄まじい力がかかっていたのだろう、爪がはげ指から血が流れている。
『ソイツの胸に触れてくれ、それで君のここでの仕事は終わりだ』
それを見下ろし、かがんで胸の方へと手を伸ばす、伸ばそうとした。
突然それに変化が起こった。
ブクリ、ブクリ、なにかそれの中にある力が溢れ出すかのようにゆっくりゆっくり膨らみ始める。
慌てて後ろへ飛びずさる。
「おい、こいつまだ動いてるぞ? どうなってるんだ?」
『慌てるな、大丈夫。早くソイツの胸に手を当てるんだ。でないと―――』
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
突然、地鳴りが響き床がグラグラと揺れる。
それは大きなナニカが地面の中から顔を出したような、そんな振動だった。
『早く胸に手を触れろ、でないと―――』
鬼気迫る声が頭の中で響く。
ただならぬ気配を感じ、声のとおり急いでそれの胸に手を伸ばした。
するとそれの中にあったなにか熱い力の塊のようなものが僕の中へと流れ込んでくる。
僕の中に力が流れ込むのに合わせて膨らみかけたそれは急速に力を失い、水分を失ったかのように砂のようにパラパラと崩れ落ちる。
「ははっ、このゴミが、びびらせやが―――」
それがあった場所を何度も何度も蹴りつける。
―――終わった、これで終わったんだ・・・
足から力が抜け、膝から崩れ落ちる。
「やった――やったよ――やっちゃったよ・・・・・」
僕はだらりと床に寝転がった、冷たい床の感触が少しだけ心地よい。
やり遂げたという達成感に浸った。
僕の目尻をなにかがツーッと流れる。
上を見上げると所々赤い斑点のついた天井が僕のことを見つめている。
僕はしばらくそのまま天井を見つめていた。
ぼーっとただただ天井を見つめる。
頬を指でなぞるとベトリと指に血がまとわりついてた。
―――返り血か、な――必死すぎて気が付かなかったな・・・
体中にべとべととした感触がある事に気付く、それがサーッと体中を何かにまとわりつかれたような嫌な感触となってつたう。
―――寒気がする、気持ち悪い。
が、これは僕がやったことの結果なのだ。
僕はその実感をかみしめつつそのまま寝転がっていた。
どのくらい時間がたっただろうか、立ち上がり窓から外を見ると日が傾き空が真っ赤に染まっている。
かあかあとカラスがどこかで・・・
「夕陽はどこで見ても一緒だな」
―――明日の準備、そうだ明日の準備しなくちゃ・・・
「元の体に帰してください、明日の準備しなきゃ――明日からも学校だから」
頭の中のソイツは何も言わなかった。