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オブセッション  作者: ハンス・シュミット
プロローグ 災厄との接触
4/5

第四話 強制と不安

ハアッハアッハアッハアッ―――


「ありえないありえないありえないありえない!」


思わずそう叫ぶ。

視界が元に戻り薄汚いトイレの個室へと戻ってくる。

認めない認めない認めない―――

必死で吐き気をこらえ意識を保つ。

頭に流れ込んできた映像には作り物だとは思えないほどの質量と迫力があった。

ありえないと思いつつ、それが現実に起こることだと認めている。

―――僕がやればいいのか?アイツを?

心の中をどす黒い衝動が覆っていく。

パチンパチンと頭上で瞬く蛍光灯が不安をあおるようでなんとも不快だ。

頭を抱え込む僕の耳へ歯がカタカタとなる音が届いた。


『アレは厄災だよ。生きるもの全てを無へと帰す人でありながら人から外れてしまった存在。人類の敵だ。そしてアレは君が止めないと確実に起こる』


そいつがなんであるかなんて今の僕にとってはどうでもいい事だった。

―――僕にアレを殺せって言うのか? そんな、普通の人間の僕に?

床に取り落とされたままになっている黒く光る拳銃を見つめる。


「あんなの無理ですよ――僕にできるわけがない―だってあんな、あんな・・」


見せられたものを心が受け入れ切れていない。

あんなもの見て正気を保っていられるとしたらそいつはおかしいやつだ。

手に力が入り頬の皮膚がえぐれ血がツーッと流れた。

胸の中からドッドッドッと重く苦しいプレッシャーが湧き上がる。


『落ち着き給え、アレは君になら止められるものなんだ。君は何も考えずアレに対して引き金を引きさえすればいい』

「そんな、できるわけないじゃないですか!だってあんなにも大勢の人が何もできずに・・・」


―――そうだ、僕にできるわけがない。アレは正真正銘の化け物なのだ。


『君ならできる、いや、君にしかできないんだ。あれを止めることは』


そいつは少しの間を置き言い聞かせるように続ける。


『君がここで動かないってことはアレが起きてしまうってことなんだ。君は何もせず沢山の十字架を背負って生きることを選ぶのかい?あの時僕がやっていれば、ああ、なんで僕はあの時、てね。無理だろう?』


―――そんな、そんなのって!


「卑怯ですよ! 僕がやらなきゃみんな死んじゃうなんて・・・あんなの見せられたら僕は!」


トイレの個室のドアをバンッバンッと思い切り蹴りつける。


『そうだやらなきゃいけないことなんだよ。それは君にしか出いないことだからね。ボクと契約した君にしか、ね』


個室の壁を思い切り殴りつけた、やり場のない気持ち。

―――なんで僕なんだよ。別に僕でなくたっていいじゃないか。僕にそんなことさせるなんて――そんなこと・・・


『死ぬってことがどういうことか分かるだろう?なら選択肢はないはず―――』

「分かりましたよ、やればいいんでしょう! やらなきゃいけないんでしょう!」


乱暴に拳銃を拾った。

服に引っ掛けながら慣れない手つきでホルスターへと戻す。

ヒヤリと冷たい感触が、そのずしりとした重みが僕の肩にひどく重たいものとなってのしかかる。

むくりと立ち上がり外へと進む。

考えるのをやめた、それはひどく無駄なものに思える。

やらなければ人が死ぬのだ、やらなければいけないのだ、そこに僕の意志が介在する必要はない。

重たい足取りで一歩一歩外へと進んだ。


ガタガタとたてつけの悪い扉を開けるとぱあっと昼の眩しい日差しが飛び込んでくる。

さっき見た映像のせいで斜陽を想像していた、手を上にかざし目をすぼめる。

時刻は昼すぎだろう、まだ日は高い。


『さっき見せたもののだいたい四時間ぐらい前かな? 今は十二時前ぐらいだよ』


僕の耳には入らない、今更時間なんてどうでもよかった。


『ここはさっきみた映像で、遠くにビル群が見えただろう?そこだよ』


周囲にビルが立ち並んでいるのが目に入る。

ビルの雰囲気が日本のそれとは若干異なっている。

デザイン、色使い、それに知らない言語で書かれた看板。

目の前をみると広い通りがあるのだが人通りは少ない、車もまばらにしか通らない。

周りにあるビルをよく見てみると入り口が封鎖されているものが多い。

人気がなく見捨てられたビルはまるで巨大な棺桶のようだ。

たまに見える人影は趣味の悪いアロハシャツや黒スーツにサングラス、堅気には見えないものばかり。

僕にとってはただの風景でしかないのだが。


『アイツは右手方向に進んだ先にある建物にいる』


右手の方向をみると木造でトタン屋根の背の低い建物が強烈な自己主張をしながらごちゃごちゃと重なり合い建ち並んでいるのが見える。

その間を薄暗く細い道が蟻の巣のように這いずり回っている。

スラム街であろう。


「あそこへいくんですね?」


指をさし歩を進めながらソイツに尋ねる。


『ああ、とりあえずそっちに向かってくれ』


僕はスラム街の方へとしっかりとした足取りで歩を進めた。

それからは無言だった、ただこれからやるべきことだけを僕は考えていた。



トタン屋根の木造の粗末な造りのアパートに挟まれるようにして建つ人気のない建物。

そこが目的地だった。

周りの低い建物とは違いコンクリート造りの三階だてだ。

ところどころ崩れかけた灰色の壁。

向こうに暗闇がのぞくガラスの張られていない正方形の窓。

赤茶色に錆びところどころ手すりが外れ穴が開き今にも崩れ落ちそうな鉄製の外付けの階段。


『やつはこの建物の三階だ』


建物の三階を仰ぎ見る。

三階まで登れる場所はぼろぼろの外付け階段以外なさそうだ。


『このまま入って大丈夫だ。君が今入っている体はそいつの協力者だからね。話もしなくていい、その体の持ち主とそいつは言語が違うから。コミュニケーションをあまりとっていなかったようだ』


カン、カン、カン、カン―――足音が妙に耳に響く。

階段を一段一段ゆっくりと踏みしめるようにし足を前に出す。

今にも崩れそうな階段に対する不安のせいであり、これからやることに対する不安のせいであった。

一歩前に進むたびに緊張感とは違う何か本能的な圧力が腹の奥底から湧き上がってくる。

それは今まで感じたことのあるどんな感覚よりも重苦しく生々しかった。

言葉では言い表せない、自分の知っているどの感情を言い表す言葉にも当てはまらないソレがそこにあった。

普通に暮らしている分には絶対に感じることがないであろう感情。

それだけでも自分が今からいかに異質なことをしようとしているのかを感じる。


『リラックスしろ、撃つ時は力を入れすぎるな。あとなるべく近くで狙――』


頭の中で何か聞こえるが僕には届かない。

何も考えぬよう努める、何を考えようともこれからやることが変わることは無い。

―――今からやることはきっと正しいのだから。

そう言い聞かせ一段一段と上っていった。


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