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オブセッション  作者: ハンス・シュミット
プロローグ 災厄との接触
1/5

第一話 コンタクト





僕、織河忍十七歳はその日死んだ。


春の陽気な昼下がり、

ビルの陰、人気無い暗い裏路地で首をとばされ盛大に血をふき倒れこむそいつ。

それが僕だ。


ちょっといつもと違う道を通っただけ。

始業式を終え新学期に対する期待で浮ついていた。

「今日は別の道で帰りたいから」と友人達に別れを告げ、鼻歌交じりで家路につきいつもと別の道を通る。

そしてふと新しい道を見つけ冒険心で一歩前へと踏み出した、ただそれだけ。

一瞬だった、瞬きする間のほんの一瞬。

気付いた時には目の前に刃物を構えたそいつがせまっていて、あっというまに僕の胴から首が切り離され宙を舞う。

で、その時こう思ったんだ、

―――死にたくない、こんなとこで終わりたくない。そうだよ、こんなところで終ってしまうなんて認められない!

てね。

だってそうだろ? ここは平和な日本のはずでこんな形で終わるなんて想像すらしなかった。

そんなことを考えたら僕の視界が突然輝きだして・・・・・

気が付いたら見渡すかぎり何もない真っ白な空間にふわふわと浮かんでいた。


何かを得るには同等の対価を支払わなければならない、これは現代文明に生きる上で誰もが知っている常識だ。

それは人間じゃないやつにモノを頼む時も同じらしい。

―――一番大切なものをちょうだい、そしたら助けてあげる。

僕の耳にそんな声が届く。

少女の声だ、凛とした響きの。

神が僕へつかわした助け船か、はたまた悪魔の囁きか。

僕は何も考えずにこう答えた。

―――なんでも持ってけよ。僕は無くして困るようなものなんて持っちゃいない。

てね。

そう言った瞬間少し悲しげな笑い声が聞こえた気がして、

で気付いたら僕の体は自宅のベッドの上にあった。

時計を見る、時刻は一時、学校から出てあまり時間がたっていない。

好きな漫画のフィギュアに戦車のラジコン、見慣れた学習机、漫画にライトノベルが所狭しと詰め込まれた本棚、うん僕の部屋だ。

部屋の隅にある姿見鏡を見るといつも通りの平凡な僕の姿を顔を映し出す。


「助かったのか?」


あまりの出来事にまるで現実感がない。

―――そうだ悪い夢でも見ていたんだ。あんなことあるわけがない。

生きていることを確かめるために、顔、首、手、足を、体中をペタペタと触る。

飛ばされたはずの首もちゃんとそこにあって、いつも通りだった。

―――あれは夢だ。

そう納得しかけたその時、頭上から声がかけられる。

 

「やあ、どうだい新しい命を得た気分は?」


声のした方を見るとそこには白いワンピースを着た手のひらに収まるくらいの小さな女の子がふわふわと浮かんでいた。

肌は雪のように白く、肩で切りそろえられた黒髪にくるりとした大きな瞳、顔は整っていてかわいいのだがどこか人間身にかける。

人形のような左右対称で無機質な顔と言えば分かってもらえるだろうか?


「何だお前は!」


思わずそんな言葉が口から出る。

心臓の鼓動がはやくなり感情が高ぶる。

ソイツの存在を認めたくない。

もし認めれば今まで起きたことを現実として受け止めなければ・・・・

当たり前だ、こんな訳の分からない、

―――あんなのは悪い夢でいいのだ。

平和なはずの日本でいきなり殺されて、それで気が付いたらベットの上で頭の上にわけのわからない奴が浮かんでいる。

こんな非現実的なことがあっていいのだろうか?

頭が追い付かない。

そんな僕をソイツはあきれた表情を浮かべ眺めている。


「何だお前は!とは失敬だね、君のことを助けたのは僕だよ」


―――こいつが僕のことを助けた? じゃああの声は?僕は何かを、失った?

言いようのない不安が体の奥底から湧き上がる。


「いったい僕から何を!」


僕は不安のあまり声を荒げる。

まるで赤子でもあやすかのような声でそいつは僕に落ち着くよう促した。


「そうカリカリしないで。何を失ったのか分からない、かな?」


部屋を見渡すがなくなっているものはない。

―――じゃあ誰か家族が? 誰か大切な人が? それとも目に見えない・・・


「ボクは君が君という存在であるために一番大切なものをもらった。そう、君の夢だよ。君が生きていくために大切なね」

「え、夢? 僕の夢?」


僕は自分の夢を思いおこす。

―――悪を滅ぼす正義のヒーローになりたい・・・

おかしい、小さな子供じゃあないのだ。

急に悪寒に襲われぶるりと身震いする。

高ぶっていた感情がスーッと急激に冷めていく。

体の中になにか異物を埋め込まれたような、そんな違和感が体を襲う。

それは僕の中にあるのにもかかわらず僕のものでは無い。


「ああ、君の今考えている夢は君のものじゃないよ。それはボクが君に植え付けたものだ。君の夢は、えーっと...作家だったね。すごい作品を書いてみんなの現実を吹き飛ばす、それが君の夢だよ。ふっふっふ、大層な夢じゃあないか、え?」


ソイツはそう言った。

失ったものを実感できないというのは幸せなことなのだろうか?

ソイツが夢だといったそれに僕は一つもピンと来なかった。

―――なに大きなこと言ってんだ?

そう馬鹿にする気持ちすらある。

が、どこかそれがとても大切なものだったような気もまたするのだ。

気持ち悪い、相反する気持ちが体の中でぶつかり不快感となって増幅する。

僕は体中を爪でカリカリとかきむしった。


「ともかくボクが君の夢をもらった。そして君に新しい命をあげたんだ」


ありえない。


「そんな、そんな魔法みたいなこと・・・」

「魔法?ああ、フィクションに出てくる。厳密には違う、かな。でもまあ超常の奇跡を起こす、ということから見れば似たようなものだが」


まるで現実感がない。

―――助かったのだからいいのだろうか?

心の奥底で何かがつっかえもやもやする、そんな感覚だ。

胸の奥がとても苦しい、虫唾が走る。

ソイツはそんな僕のことを意にも介さず話しかけてくる。


「でだ、ここからが本題だ。しっかりと聞いてくれよ」


ソイツはそこで言葉を切り空中でクルクルと回りながらこちらの様子をうかがう。

どうやら僕に話を続けることへの同意をもとめているようだ。

僕は少しの間の後ゆっくりと力なくうなずく。

ソイツはそれを確認するとまた話し始める。


「僕は君から夢をもらって命をあげた。つまり夢は命への対価だね。もし君が夢に対する対価を持っているなら今すぐにでも夢を返してあげてもいい」

「でもそんなもの僕に・・・」


僕は俯き考える、

―――あるだろうか? 命や夢と同じくらい大事なもの。

分からない分からない分からない。


「大丈夫、考えがあるんだ。ボクは君に助けてほしいことがある。君が助けてくれるって言うなら夢を返してあげてもいい。もちろんすぐにとはいかな――」


―――僕に命をくれたこいつに出来ないこと?そんなことが僕にできるのか?

が、そんな僕の不安な気持ちとは裏腹に口が勝手にうごく。


「僕にできることならなんだってやりますよ」


ソイツの話を最後まで聞かず、かぶせるようにそう答えていた。

自分自身でその答えに驚く。勝手に口からそんな言葉がこぼれた、そう表現するのが正しいのではないだろうか。

それがまたどうにも不快なのだ、まるで自分の答えではないようで・・・

そいつはその答えを聞くと満足そうな笑みを浮かべる。


「うん、いい答えだね。じゃあ契約をしよう。君はボクを助ける。ボクは全部片付いたら君からもらったものを返す。そういう契約だ」


そう言うとソイツはにやりと頬を吊り上げ笑みを浮かべた。

そして僕の方へその小さな小指をのばす。

一瞬の戸惑いののち僕はその指に恐る恐る自分の指を絡ませた。

ソイツの指はとても冷たかった。

まるで氷にでも触れたみたいで、体温を全く感じない。

死体にでも触れているような・・・

―――気味が悪い。

すぐにでも指をほどきたかったがそれはできなかった。

心の中で手を離してはいけない、そう強制する何かがある。

ただそうしていなければいけないという使命感、義務感だけがそこにはあった。


「指きりげんまん嘘ついたら針千本飲ーます」


ソイツの無邪気な声が部屋の中に響き渡る。

結ばれた小指がボウっと光を放ち始め瞬く間に僕の部屋は眩い光に包まれた。

光は暖かい熱を帯び体の奥底へと刺さる。

他に感じられるのは結ばれた冷たい手の感触だけ。


「ふふふ、契約完了だ。じゃあさっそく助けてもらおうかな」


その言葉とともにソイツとの間に決定的な繋がりが出来た気がして。

そして直後突然フッと周りの視界が暗転する。

―――さっきまでの明るさがまるで嘘のようだ。

最初から暗闇しかなかったんじゃないかと思うほど自然に僕の視界は光を失った。


そしてそこからだ。

そこから僕の戦いが始まった。

この時の僕には明らかに覚悟が足りなかっただろう。

この時こんな約束をしなければ僕は今まで通り暮らせていたかもしれない。

死んだほうがよかったかとかそういうことは僕には分からない。

でも一つだけ言えることがあった。

―――明日からも生きていられるのだから精一杯生きよう。

それだけだ。

僕はそれだけをその時心に誓ったのだ。

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