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なくて七癖  作者: きゃさりん
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 それから休日の度、ヴァニッドはテレアのダナン語教師をした。

 レナードについて尋ねるという目的は達成されたが、テレアにダナン語を教えることが、この自由な2時間の最も良い活用方法であると判断したからだ。

 彼女と過ごす時間は穏やかで、彼女が自分に向ける笑顔が特別で。

 少しずつ、少しずつ、ヴァニッドは次の休日を楽しみにする気持ちが膨らんで行く。


 次は彼女とどんな話をしようか。何を言えば、笑ってくれるだろうか。


 これが終われば彼女と会えると思えば、カリーニア伯爵邸での鍛練にも、より身が入った。

 留学中なので第一は勉学であるが、ふとした瞬間に思い浮かぶのは、彼女のことばかり。



 しかし、ヴァニッドはテレアの機嫌を損ねたらすぐ退室できるように、常に彼女の右手に気を配る必要があった。

 異国の文化が面白いと感じたのは確かだったが、今は憎くて仕方がない。

 ヴァニッドはテレアの右手がさまよい始める度に、苦い気持ちが胸を駆け上がって行くのを我慢しなければならなかった。


 どうして君は、俺を追い出そうとするんだ。


 何度ヴァニッドはそうテレアに訴えたくなったか分からない。

 テレアがヴァニッドのような身体付きの良い男性が苦手であることは、始めから了承していたはずだった。

 だから、避けられるのは当然だと、頭では分かっている。


 しかし、心が納得できないと叫ぶ。

 始めは気が付かなかったほどの小さな気持ちの揺らぎは、今では胸を掻き毟りたくなるような激情に変わっていた。


 俺は、君ともっと沢山の時間を過ごしたいのに。

 君は俺がそばにいるのが嫌なのかもしれないが、俺は。

 休日のたった2時間だけなんて、ほんのわずかにしか感じられないのに。それさえも、君には耐えきれないのか。


 どうして。

 君にもこの時間が特別だと、そう感じていてほしいのに。


 しかしヴァニッドは、テレアにダナン語を教え始めてから2ヶ月経った今でも、その感情に名前を付けられていなかった。



 ヴァニッドを避けて図書館に来なくなるかと思われたテレアだったが、休日は一度も欠かさず図書室にいた。

 ヴァニッドに会わなくてはいけない嫌悪感より、ダナン語を教われることを優先したのだろう。

 勉強熱心なテレアのお陰で、ヴァニッドは4日に一度彼女に会うことができている。



 しかし、その日々も終わりに近づいているのではないかと、ヴァニッドは思うようになっていた。






 その日ヴァニッドが図書館に入ると、テレアの様子が今までと明らかに違っていた。


 ヴァニッドは覚悟を決める。


 近頃彼女の視線が物言いたげになってきていたのに、気が付かないヴァニッドではない。

 ダナン語の成績も上がってきたことだし、でかいばかりの家庭教師など必要ないのだろう。


 成績が良かったと、そして伝えたい言葉があるというテレア。


 あぁ、ついにこれで最後だ。

 続いたテレアの言葉に、ヴァニッドは胸を切り裂かれたように感じた。


「『貴方がヘンタイです。ケッコウを、ゼッタイニカエって下さい!』」


 発音が所々おかしい気がするが、つまりこういうことだろう。

 貴方は変態です。決行を、絶対に帰って下さい。


 一見意味の分からない文章だが、テレアはまだ発音の練習を始めて間もない。変な文章になって当然だ。


 しかし、彼女が今までにないほど強く髪を握っていることから、拒絶されていることは明らかだろう。


 いつかは言われるだろうと思っていたことだが、実際に聞くと、胸が引き絞られるようだ。

 心臓がどくりどくりと、全身に黒い何かを流し込んでいるように感じられる。

 今までにない深い絶望と彼女を求める気持ちが、ヴァニッドの全身で激しく騒ぎ出す。



 あぁ、そうか、俺は彼女を。



「それならもうここには来ない。できるかどうか分からないが、留学の期間も短くしてもらえるよう、頼んでみる」


 もうテレアの表情を見ていられなかったヴァニッドは、このまま図書室にいれば彼女にこの激情をぶつけかねないと、逃げるように図書室出ていった。


 こんなはずではなかった。

 あぁ、レナード。すまない、君の懸念は正しかった。

 こんなことなら、レナードとの約束を守って、彼女に近づかなければ良かった。


 ヴァニッドは荒ぶる心を押さえつけながら、浅い息を繰り返して自室へ戻っていった。





 部屋に戻ったヴァニッドは、気持ちを落ち着かせるのに必死だった。


 何とか取り繕えたのは扉を閉めるところまでで、そこから動くこともできず、ヴァニッドは扉に背を預けたまま立ち尽くしていた。

 彼女の声、勉強している時の一生懸命な表情、共に過ごした、穏やかな時間。

 それらが全て、もう手に届かない場所にいってしまった。


 ヴァニッドは拳を強く握りしめる。

 失ったものはあまりにも大切だった。必要だった。

 大きすぎる喪失感を前に、気がおかしくなりそうだ。

 レナードが戻ってくるまでまだ時間がある。どうやって時間を潰そうか。そういえばレナードが置いていった酒がある。

 飲酒するには早すぎる時間だが、ヴァニッドにはもう、そんなことどうでも良かった。


 ふらふらと酒が置いてある棚に近づき、その中から1本取り出した。

 隣に置いてあるグラスを手に取り、琥珀色の酒をそこに注ぐ。


 テレアにどうしようもなく惹かれていたのに、そのことに気が付いたのが決定的に拒絶された後だとは。

 ヴァニッドはふっと自嘲するように嗤ってから、アルコール度数の高い酒の入ったグラスを一気に煽った。

 留学期間はあと2週間。少しぐらい帰るのが早まっても構わないだろう。

 レナードにどう説明するか考えながら、ヴァニッドは酒瓶の中身を減らしていった。






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