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わかばの亡霊

作者: 四季山

 どうも。文芸部の山口です。




 この文章を読んでいるほとんどの人にとっては初めまして。あ、知っている人はこんにちは。


 えっと、このたび私は、来る文化祭に向けてお隣の新聞部さんが発刊する出し物


 「フリーペーパー 4-OCLOCK文化祭特別号」の特集コーナーにて、


 新聞部の新山部長のめいれい、もとい。


 新聞部の皆さんのご厚意によってゲストライターとして誌面を借りて書かせて頂く事になりました。


 ご存知毎年恒例のこの企画、どういう訳だかうちの学校の文化祭ではちょっとした名物出し物になるぐらいの人気があるらしく、


 年々その発行部数は増加傾向にあるそうです。


 ここだけの話、去年はなんと、文化祭期間中に刷った150部が丸々はけちゃったのだとか。


 …はぁ。うらやましい限りですよね、ほんと。またぞろうちの文芸部の部室なんて今年も閑古鳥でしょうから。


 ああすいません。つい愚痴っぽくなってしまいました。(新山さんここの下り問題あったら消しておいて下さい)



 さて。


 今年の「4-OCLOCK」さんのコンセプトは学校の怪談、七不思議特集だそうです。


 といっても今や季節は秋。怪談話のシーズンからはちょっと外れちゃってる感がありますが、流石は新聞部さんですよね。


 学生の私達にとっては鉄板と言えるネタでしょうこれは。


 では不肖わたくし山口からは我が文芸部に伝わるとっておきの怪談をひとつ、文化祭会場の皆さんにお送りしたいと思います。


 いや、まぁでも。賑やかな喧騒の中で読んでも雰囲気もへったくれもないとは思うんですけどね。



 それではどうぞ。








 ************************************************************








 これは、今から20年前に文芸部で実際に起きた話です。



 

 今でこそ部員の数もたったの3人という弱小零細部活動であるうちの部ですが、


 当時の文芸部はその年の昨年一昨年と新入部員の豊作が続いたおかげか、十数人からなる大御所クラスの文化部となっており


 それはもう、部費やらなんやらでブイブイ言わせていたのだとか。



 言うなれば文芸部の黄金期とでも言える時代でしたが、


 しかし人が多くなれば当然、部の部長に求められる力量もまた比例して大きくなるものです。


 この時部長を務めていた三年の男子生徒(仮にAさんとしましょうか)は、


 どちらかといえばあまり小説を書くのが得意なタイプではありませんでした。


 しかし代わりに小説という媒体を部の誰よりも愛し、そして部員の書いた作品に常に的確なアドバイスを与える事ができるという、


 いわば編集者タイプの文芸部長だったのだと聞いています。


 どこかひねくれ者の多い文芸部の部員達を取りまとめるには、Aさんのような方が適任だったのかもしれませんね。




 Aさんは努力家でした。


 自分には小説家の才能はないのだという事を入部してすぐに痛感した彼は、


 誰よりも本を読む事で小説に精通し、その知識を使って他の部員達の力を伸ばすことに力を注ごうと考えたのです。


 作品の推敲や気の利いた文章表現を一緒になって考えるのは勿論のこと、時には残酷ともとれるほど作者の内面に切り込んだ感想を


 叩きつけては、逆上した女子部員と取っ組み合いの喧嘩になった事もあったのだとか。


 当時文芸部の部員の数が多かった理由には、そんなAさんの熱意があったからというのが大きいのではないでしょうか。


 これは私の私見なのですが、彼の編纂していたという当時の文芸部の隔月誌「わかば」のバックナンバーには、


 それを読んだ人間にそう思わせるだけの理念や意思、あるいは執念、が篭っているという気がしてならないのです。


 おそらく「わかば」の品質の向上は、そのままAさんにとっての何よりの喜びとなっていたのでしょう。




 しかし、そういった良い作品を作りたいという信念は、必ずしも文芸部にとって良い結果だけを招くとは限りませんでした。


 Aさんの飽くなき小説への熱意は、一部の文芸部員たちにとってこの上なく疎ましくまた苦痛に感じられるものだったからです。


 たとえ部活説明会で渡された「わかば」の内容がどれほど素晴らしくて、


 そしてその出来に感動したという理由から入部したのだとしても、


 だからと言って自ら小説を書きもしない部長に自分達の作品についてとやかく言われたくはない。


 わたしたちは小説を楽しく書きたいだけなのに。プロじゃあるまいし、そこまで肩筋張って作る必要なんてないじゃん。


 …と、そういった事情から、当時の文化部の部室棟では部員たちとAさんの怒鳴りあう声がいつも響いていたそうです。



 

 度重なる部員たちとの衝突や人間関係の軋轢にも、しかしAさんの信念は揺らぎませんでした。


 自分が部の中で少しずつ孤立しつつあるという焦りを振り払うかのように、Aさんは「わかば」の製作に没頭していくのです。


 当時「わかば」の締め切り間際ではよく、閉門時間の後も文化棟の一室でAさんがひとり残って編集作業をする灯りが見られたそうです。


 たった一人で十数人分の作品を擁する文芸誌を編集するという作業とは、


 私には想像する事しかできませんが、きっと気の遠くなるほど大変な作業だったに違いありません。


 いえ、もちろん、入部当時からAさんを知る部員たちの大半は彼の努力を認めてはいたのでしょう。


 たとえ作品についての議論でどれだけ彼と激しい言葉をぶつけ合っていても、


 理想を追い求めるAさんの姿には他の部員らにとっても共感できるものがあった筈ですから。


 だからこそAさんは小説を書かないにも関わらず二年もの間文芸部の部長として選ばれ続けていたのですが、


 しかしそれは逆に言うならば、編集作業というある種面倒な仕事がAさん一人に体よく押し付けられていたのだとも受け取れます。


 ・・・そういった意味ではやはり、Aさんは孤立していたのかもしれません。


 膨大な作業量に追われる日々の中で、やがてAさんは少しずつ心の均衡を失っていきました。




 そんなある日の事です。


 文芸部の部室で、完成していたはずの「わかば」の原稿がなくなってしまうという事件が起こりました。


 不思議な事に部員達の書いた小説のゲラそのものは無事で、


 それをAさんが校正して編集した「わかば」だけが紛失していたのです。


 今でこそ文章はパソコン等にデータとして保存する事が簡単ですが、当時は一度原稿がなくなってしまえばそれまでだったのです。


 当然ながら、Aさんは烈火のごとく怒りました。


 そして犯人を捜して取り返そうとやっきになりましたが、


 しかしとうとうその犯人は見つからないまま、その号の「わかば」は本来の期日に間に合わずに発刊されることはありませんでした。

 

 埋め合わせとしてやむなく作られたのは、部員達の個々の作品をただ並べて繋げただけの、


 読み手にとってはどこか散漫で雑多な印象を受ける雑誌でした。



 そして次の号でも、その次の号でも同様の事件は起こったのです。


 それは決まって「わかば」が完成する間際、あるいは直後の出来事で、文芸部員の誰かによる犯行だという事は明白でした。


 Aさんは血眼になって部員たちひとりひとりに問いただし、犯人を探し出そうとしましたが、


 しかしそうして部員全てに問い詰めてみても、結局、誰が犯人なのかは解らずじまいでした。


 Aさんはひどくショックを受けました。


 自分が心血を注いで作っていたものを丸ごと奪われて、


 そして代わりに作られたものが工夫も何もない構成の陳腐な雑誌だったからという事も勿論でしたが、


 しかし、それよりも何よりも。


 自分以外の他の部員たちにとってはそんな事は大した問題ではないと思われていたという事実が、Aさんの心を打ちのめしたのです。


 大変だったね。部長はいつもがんばってたのに、「わかば」がなくなって残念だね。でも小説の原稿が残っていてまだ良かったよ。


 Aさんに問い詰められた部員たちは、彼に同情こそすれ、「わかば」が盗まれたという怒りをAさんと共に持ってくれるような人間は


 ひとりもいなかったのです。




 ・・・ただのひとりも。 









 そして、Aさんはいなくなってしまいました。


 部の人間に過剰な暴行を働いて放校処分にされたとか、茫然自失のまま赤信号に飛び出して車に撥ねられてしまったのだとか、


 その後のAさんがどうなったかという事については諸説あり定かではありません。


 ただ、事件の後で彼が文芸部から姿を消してしまった事だけは確かなようです。




 文芸部ではその後、隔月発刊の部誌「わかば」がAさんの代を最後に廃刊となる事が決まり、


 その後は不定期で発刊される「こだま」にその座を譲る事になります。


 もはや文芸部の部室の中ではAさんの居た頃のような張り詰めた緊張感は影も形もなくなっていて、


 暫くは部員たちの表情もどこかポッカリと気の抜けたものになっていたそうです。


 しかし事件から一年が経ち、「わかば」の廃刊と共に文芸部にAさんという部長がいたという事も部員達の記憶から薄れ始めていた頃、


 部の中で奇妙な出来事が起こり始めました。


 ある日の放課後の閉門時間、職員室に鍵を返して帰宅しようとしていた文芸部の男子が、正門前でふと振り返って見ると


 誰もいないはずの部室の窓に明かりが灯っていて、そこで忙しそうに動いている人影を見た、とか。

  

 早朝に登校した部員が部室に入ってみると、どういうわけか備え付けのコピー機が勝手に動いている。


 そしてそのコピー機は誰も見覚えのない小説の原稿をただひたすらに複写し続けていた、、、とか。




 幾度となく起こる怪奇現象に、事件を知る文芸部員達はこれはAさんの祟りだと言って恐れました。


 Aさんの事を軽んじていた俺達を恨んで化けて出たに違いない。ひゃあくわばらくわばら、勘弁してくれぇ。


 そう言って当時を知る部員の殆どは逃げるようにして文芸部から出て行ってしまい、


 あんなにいた文芸部員は殆どいなくなってしまいました。


 それに伴って、連日のように続いた怪奇現象は間もなく沈静化することになりましたが、


 しかし、「それ」が全くなくなったというわけでもありません。


 今でも。






 そう、今でも。


 20年前当時の部員たちが全員卒業した今も尚、文芸部内でAさんの話がまことしやかに伝えられてきているのは、


 いまだにウチの文芸部の部室で怪異が続いているからに他なりません。


 例えばそれは、夜遅くまで部室で原稿を書いていた時、お手洗いから帰ってきた時に起こりました。


 蛍光灯の灯りに照らされた机の上、


 書きかけの原稿の一節の横に、まるで血を落としたように赤い文字で校正が入れられているのを見た時は、


 流石に私も背筋が芯まで冷えたのを覚えています。


 その後部の先輩からAさんの事件の話を教えられ、先輩もまたそんな出来事に出会ったことがあると聞かされました。





 ・・・ええ、そうなんです。「居る」んです。


 Aさんは今もまだ文芸部の部室にいて、私達部員が活動している姿をいつも後ろから見ているのです。


 そう、私がこの文章を打っている今だって・・・








 ************************************************************








 いかがだったでしょうか。 


 以上が、我が文芸部に伝わる怪談「わかばの亡霊」です。




 この怪談はウチの学校の歴代の文芸部の先輩から後輩へと伝えられている話で、

 

 ひょっとすると細部のディティールなどは元の話から随分変わってしまっているかもしれません。


 だからAさんという方がそれまでどのような人生を歩んでいて、本当のところはどんな方だったのかは今となっては解りません。


 しかし20年の月日が経ち、文芸部も今では当時と比べるべくもない小規模なものとなってしまいましたが、


 いち文芸部員として私は思うんです。


 Aさんは本当に、ただ小説が好きなだけだったのではないでしょうか。


 その熱意から悲しい事件こそ起こってしまいましたが、しかしAさんの目指した場所は決して間違ったものではなかったと思います。


 ときおり私は考えるんです。もし自分が20年前の文芸部にいたら、事件があった当時のAさんにちゃんと言ってあげる事ができたのに。


 もう一度「わかば」を一緒につくりましょう、と。


 



 ・・・さて、文化祭会場の皆さん。


 忙しいところを最後まで読んで頂いてありがとうございました。


 なんといっても今日と明日は年に一度のお祭りの日です。お互いに悔いのなきよう目一杯楽しみましょう!



 それではっ







 ************************************************************








 ・・・と、そうそう。そういえば。


 最後にウチの部からのお知らせがひとつあったのでした。




 えー、コホン。 


 ただいま文芸部の部室では、文化祭特別企画として、な・ん・と!


 Aさんが編纂していたという部誌「わかば」のバックナンバーを販売しております!


 これが一部あたり、お値段たったの250円ポッキリ!


 この日の為に部員一同ろくに執筆活動もせずにコピー機とホッチキスをフル稼働でこしらえた入魂の出来ですよ!


 文化部の部室棟は旧校舎の裏口を出て左に曲がってすぐ、限定50セット限り!今回限りの特別大放出です!


 皆さんどうぞお友達お誘いあわせの上、こぞってご来場ください!!


 文芸部部長、山口でした!





 ※ (新聞部の新山より注釈 … 山口さん、文芸部って去年も200円で同じもの売ってませんでしたっけ?)

 

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― 新着の感想 ―
[一言] あなたは本当に文芸部の人でしょうか。なら、若い才能に触れてうれしいです。作品のできは、お世辞にも上手とはいえず、おれが高校だった時に文化祭で読んだ先輩のギャグ小説はクラスでバカウケしていたな…
[一言] も、もし知らないうちに何者かが自分の原稿に校正を入れていたとしたら……こ、恐い……でも、ちょっぴり嬉しい。 とっても面白かったですヨ!
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