3話 あの世とこの世の狭間にて
「……っは!はぁ…はぁ…はぁ…」
優は目を覚ました。知らない真っ白い天井だ。いや、天井だけではない。今いる部屋自体が真っ白い。
優がボーッとしているそのとき、
「やあ、優。元気?」
目の前に少女がひょいっと現れた。
「うわっ!?」
優は驚き、飛び起き上がった。その時に少女の額と額が『ゴツン』と結構思いっきりぶつかり合った。
「「痛っ!」」
2人は額を抑えている。少女は優を睨みつけた。
「急に起き上がらないでよね!優!」
「ご、ごめん」
優は流れで謝った。だがすぐに我に返り、
「じゃなくて、ここはどこだよ!っていうか、お前誰だよ!っていうか、そもそもなんでお前は俺の名前を知ってるんだよ!」
警戒しながら少女に言った。魔王の手下っていう可能性だってある。
少女は肌が白く、服はカラフルなドレスだ。なにより、優より年下に見えるし、可愛い。
そんな理由で、無意識に優は警戒心が無くなっていくのが分かった。
「僕はユズ。本当はもう何度も会っているけど…あっ、『人間』になってからは初めてだね」
ユズはニッコリと笑った。だが、優は『人間になってからは』の言葉が気になった。
「ん?人間になってから?」
優はユズに尋ねた。するとユズは慌て、手を口に当て「おっと」と言い、
「今のは忘れてくれ」
「いやいや、無理でしょ!気になってしょうがないんですが!」
ユズはため息をつき、頰をかいた。冷や汗をかいている。どうしようと、悩んでいる様子だ。
「それより、優。君はここはどこだと聞いたね」
「『人間になってから』が気になり過ぎて、話の内容が頭に入ってこないのですが…」
「ここはあの世との狭間だね」
「えっ…スルー!?」
ユズは優の言葉を完全に無視して話を進めている。優が何か話そうとすると、それより大きな声でわざと重ねる。
「優がなぜ、あの世との狭間にいるのかは、流石に分かるよね」
「あっ、『人間になってから』は、もう完全無視なのね」
優はボソッとつぶやいてから、ユズの質問に頷く反応をした。
ーー最悪だ…まだ、やりたいことがあるのに…童貞だって卒業できてないし…彼女はいたけど…
ユズは優を見て笑った。優は急にどうしたんだろうと思った。
「優はまだ童貞なんだ」
ユズにそれを言われ、顔がかあっどう赤くなった。
「心を読まないでくれませんか!?」
優はため息をついた。ユズに付き合って疲れたようだ。
「そんなことより…」
「ん?童貞を卒業することより大切なことがあるの?」
「あるよ!」
優は怒っている。さすがにいじられ過ぎて苛立ってきているようだ。それをユズは察し、しょうがなそうに改めて尋ねた。
「そんなことより、何?」
優は咳払いをし
「俺は死んでるのか?生きてるのか?」
「それは安心して、僕が魔法で優を治したからね。で、もし僕が魔法で治さなきゃ、あの世かなぁ〜」
「ちょっと…怖い冗談はやめてくれません?」
優は顔を青くして言った。
「いや、冗談じゃない。僕が回復させなければ完全に死んでいたよ」
優は絶句した。ユズの目と口調で分かる。ユズは本気で言っていると…そうなると、ユズは優にとって命の恩人だ。
「感謝するよ。ユズ」
「じゃあ、その感謝を行動で表してね。それでは本題に入ろう」
「今からが本題?」
ユズは頷いた。
「率直に言う。君に魔王を倒す賢者になってもらいたい」
「えっ…」
話がいきなり飛び過ぎている。
「急に賢者になれって言われてもピンとこないだろう」
優は無理と言わんばかりの顔をしている。だがユズは気にせず話を続けた。
「もし、優が賢者にならないというなら、世界は滅亡するよ。魔王によって…」
「もしかして、あのおとぎ話って…」
「優のお母さんが言ってただろ?実話だって…」
優は思わず吹いてしまった。
「つまり、昔に賢者も賢者が使っていた魔法も実在したと?お前、中二病か!?」
「僕は中二病じゃない。さっきも言っただろ?僕は魔法で優の傷を治したって」
「俺はお前が魔法を使っているところを見ていない。俺は自分の目で見たことしか信じない」
するとユズはため息をついた。そして右手を上に掲げた。
「我が力となれ。炎の精霊たちよ」
どうやら呪文のようだ。すると炎の粒が集まりはじめ、大きな炎の玉が現れた。
「えっ…」
信じられないことが目の前で起きている。優はあまりにも驚き過ぎて、炎の玉を作り出したユズを呆然と見ていた。
「っていうことで、魔王を倒して欲しい。魔法は僕が紹介するところで教わるといい」
ユズはそう言いながら、炎の玉を消した。
「これが…魔法?」
「ああ、そうだ。これが魔法だ。魔法は、生物の中にあるエネルギー『マナ』を使って発動するんだ」
優はなるほどと頷いた。
「まあ、優の場合は人間じゃないときにもう使えたはずだけどね」
ユズはボソッとつぶやいた。そのつぶやきには優は気づかなかった。優は真っ白いこの空間を見回していたからだ。
「なあユズ。この空間も魔法でできてるのか?」
「もちろん。僕の魔法でね」
ユズは自慢するように自分の胸を右手でポンと叩いた。
「すごいな」
「そうだろう、そうだろう!優にはできないことだよ!」
すると優はムッとした。
「今のすっごくムカついた」
ユズは面白そうに笑った。
「まあ、そんなに怒るなよ」
「はいはい。で、話を戻すと、俺は魔法をどこで習えばいいんだ?」
「東京スカイツリー。そこの地下に僕の組織の基地がある」
「東京スカイツリー…分かった」
するとユズはニヤリと笑った。
「優は魔王を倒してくれる気になってくれたのか?」
だが優は首を横に振った。
「いや、それは魔法ができるようになってから考える」
それを聞いてユズは笑った。そして優をバカにしている顔で、
「魔法を習う時点で、魔王を倒すことは避けられないよ」
と言った。すると優はため息をついた。
「まあ、いいや。とりあえず俺は東京スカイツリーに行けばいいんだな」
「ああそうだ。武運を祈るぞ」
ユズはそう言って微笑んだ。
「じゃあ、俺は戻る」
優は白い光に包まれ、消えて元の世界に戻っていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
優が戻ってから数秒後。黒い光がユズの目の前に現れた。
「貴様…どういうつもりだ…」
黒い光から低い男の声がした。ユズは面白そうに笑っている。
「どういうつもりって、あいつは闇に染まったお前の後継者だよ」
「一度世界を滅ぼしたことのある奴が?ふざけてるのか?」
「いや、ふざけてないさ。ふざけているのは君だろ?元・賢者さん」
「おちょくってるのか?ぶっ殺すぞ」
「そりゃあ無理だ。いくら君が元・賢者といっても僕は神だよ?君の力じゃあ勝てない」
ユズは殺気を黒い光に向けて言った。さっきまで笑っていた顔が殺し屋の顔になっている。それを見て黒い光は舌打ちをし、消えていった。
ーー計画通り…
ユズはニヤリと笑った。