第7話
「日記!? 日記って、日記?」訳がわからず同じことを連呼する勲。
「はい、私の書いていた日記です。いえ、ちょっと違いますね。私と真白ちゃんが一緒に書いていた日記なんです」
「なるほど…。そりゃ無理なわけだ」
多少情報が少なくても、光が具現化する事は過去何回かあった。しかし、今回は早々に神様も諦めていた。なぜだろう、勲は思った。特別なものなのか、それともオンリーワンの自筆の書籍のようなものか。色々と考えた。その答えが今裕奈の口からはっきりと示された。納得である。
「ずっと本だと思っていました。家から持ち出して二人で読んでいた記憶があったので。でも違ったんですね。二人でその日のことを書き留めていた、それだけのことだったんです」
「そうでしたか。でもはっきりしてよかったじゃないですか」
「はい。まだ信じられないですけど、神様が見せてくれたおかげで」
勲は嬉しかった。それだけ美しい思い出が鮮明になるのは彼女に限らず嬉しいことだろう。その手助けができた、満足している。しかし、いつもと違うことが一つだけあった。
「で、この後どうしますか? もちろん探します、よね?」
「はい。真白ちゃんを探すのは続けます。いつもならここからどうなるんですか?」
早速聞かれたくないことを聞かれる勲。あちゃーと思いつつも答えないわけにはいかない。誤魔化すことも出来そうにもない、腹を括る。
「えっと、それがですね…」ちょっとバツが悪そうに話しだす勲。
「見えないんです、いつもみたいに」
「え?」
「普通の本の場合それが見つかれば、その在処、今の所有している人なんかの情報が一斉に頭の中に押し寄せてくるんです。それで大凡の場所は掴める。だから見つけ出せるんです。その後は僕が色んな方法で譲ってほしいと交渉するだけなんですけどね」
「そういうものなんですか。それも不思議なことですね」
「ええ。まぁたまーに、情報量が多いとなんか睡眠薬盛られたみたいにガクッてなっちゃって、倒れることもあるんです。でも今回はそれがほとんど無くて。きっと裕奈さんが見た情報とそう変わらない気がします。一つだけ除いて」
「一つ?」
「はい。さっき映し出された光景は、裕奈さんと真白さんの子供の頃ですよね? それは僕も見ました。それとは別に、頭の中に入ってきた画が一つだけあるんです」
「なんですか、それ?」食い付くように身を乗り出し聞いてくる裕奈。
「大きな街が見えました。最後に一瞬だけ見えたんです。恐らくそれは今の光景です。その街のどこかの部屋の一室、そこに今でもその日記はあるみたいなんです」
イメージは頭の中にきていた。唯一それがこれからその日記を探すための手掛かりとなる。
「街?」
「はい。今の段階ではどこかまではわかりませんけど。景色もある程度鮮明に見えているので、その場所まで行けばきっとわかると思います」
最低限の情報は流れ込んできたようで、それを裕奈に説明する。しかしそれ以上もそれ以下もない。それだけ。非常にあいまいで雲をつかむような情報。言葉にするには非常に難しいことだと自分でもわかっているし、人に伝えるならなおさら。
「今回みたいなケースは初めてです。これ以上僕がどうできるか…。もしかするとここまでかもしれません」
「わかりました。ありがとうございます」
頭を下げる裕奈。となるとここまでか、久しぶりに解決できなかった件になるなと諦めかけた次の瞬間
「町村さん。その場所一緒に探してくれませんか!?」
「え!?」
「今のところ、町村さんの頭の中にある風景だけが頼りなんです。それが無くなってしまうと、私もうどうしようもなくなってしまうので。もしよければ是非!」
改めて身を乗り出して勲に嘆願してくる裕奈。そう簡単には諦めない、折れないという気持ちが見て取れる。
「そ、それは構わないですけど。でもどうやってこの頭の中の景色説明すればいいのかな?」
「私、美術大生なんです。町村さんの頭の中にある画、口で説明してもらえませんか? それくらいだったらデッサンできるかもしれません」
「え、本当に? そりゃ凄い」
偶然とは重なるもの。これも本の神様のおぼしめしか。それともどちらかの日頃の行いの賜物か。それはわからないが一筋の光明が差し込む。
「わかりました。じゃあ、何とかしてみましょう。流石に今日は…、描くものないですよね?」
「ええ、今日は流石に。今度来る時にスケッチブック持ってきますね」
「わかりました。待ってますね」
記憶を具現化する。試したことがなかった。そもそも勲には絵心がこれっぽっちもない。いつもは文字情報として書き留めるくらいは当然するが、絵にしようとは考えたことがなかった。
「あの、そういえば今回のお代金は?」
「ああ、今回は要らないです。だって見つけてないじゃないですか、僕」
「え、でも」
「本を渡してやっとお金はもらえる。祖母との約束なんです、これも」
「じゃ、じゃあ私が真白ちゃんと会えて、その時日記があったら」
「それもダメです。だって本じゃないですよね、それ」
「あ」
粋なことを言って断る勲。
「ここまで来たんだ。最後まで付き合いますよ」
「ありがとうございます。本当にありがとうございます。終わったら必ずお礼はさせていただきます」
「いえ、別にそんな」
お金を取ろうなんて今回はこれっぽっちも思っていない勲。ただ、無下に断るのもなんだ。お礼、何か邪なことを一瞬想像してしまう。
「じゃあ、今日のところは失礼します」
「はい。でも、あんまり時間はありません。この記憶、薄れるのが早いんです。多分、自分で記憶したことではなく、外部から無理に組み込まれたものなので。いつしか消えちゃうんです。ノイズが走ったみたいに」
「わかりました。明日もう一度来ますので、それまではなんとか」
「努力します」
「それじゃあ、また明日」
手を振って店を後にする裕奈。それをいつものように店の入り口までいって見送る勲。裕奈が扉に手を掛ける。
「あ、そうだ。最後に」掛ける手が止まり振り返る裕奈。
「最後に?」
「なんで女装して接客してるんですか?」
聞かずに行ってくれれば、願っていたが叶わなかった。結局そこも説明することになる。15分ほど費やす。