第6話
ユウナが本に触れた途端、例の発光が突如始まる。「マズい」と、思ったのは当然勲。どう誤魔化すか、出てくる光景よりそっちのほうに気が向いている。そして映し出されるいつもの光景。
「え、これって…。ホンモノ?」
宙を見上げている裕奈。目は丸く、今自分が体験していることを理解できないでいる様子。隣でユウナも同じ光景を見ているはものの心ここにあらず。「あぁもう、この後の説明が面倒だな」と。気もそぞろな勲だが、何かいつもと雰囲気が違うことには何となく気が付いている。
「これ、私と真白ちゃんだ!」宙に浮いている光を指差す裕奈。
「え?」
散漫だった勲の意識が、裕奈の叫ぶような声で一点に集まる。そこには確かに写真で見た彼女らの幼い頃の姿が映し出されている。
「え、こんなに沢山。今までこんなこと…」
ただ現状が映し出されるいつもと違い、ある一定期間、恐らく彼女らの幼少期間を辿るように映し出されている光景。そう、裕奈の思い出と辿っているかのよう。
「ここ、二人で遊んだ公園だ。あ、この本…。そうか、思い出した!」
その光景を見て裕奈が何かを思い出す。そして、光が弱くなり出す頃、最後に映し出されたのは二人の別れのシーン。この非現実的な光景を不思議と思いつつ、それ以上に思い出が蘇ることに意識が寄っている。それほど大切で美しい思い出なのだろう。それを見る瞳にはうっすらと涙がうかんでいるように見える。
そして光は消え、いつもなら勲が机の上に置いたまま行うことだが、今回は本自体宙に浮いていた。収まると同時に落下する本。それを受け止めようとするユウナ。
「うわっ、っと…」
前のめりになりつつもナイスキャッチ。しかし、向かいには裕奈がいた。まだ上の空でユウナの動きにまで意識がいっていない。受け止めはできたが、勢い余ってそのまま裕奈にダイブするユウナ。
「きゃっ!」
「いって!」
裕奈を押し倒すようなかっこうで倒れ込む。結局本は床に転げ、そしてもう一つ、転がってはいけないものが横に転がっている。
「ってー。すいません、大丈夫ででしたか?」
「は、はい。私は平気、です…」
「そうですか。よかっ…、ん?」
裕奈の自分を見る目が変なことに気付く。合わせて頭の辺りが軽い事にも気が付く。右手は床に、左手は頭に。その左手が振れているものは自身の毛。ウィッグではない。そう、転んだと同時にウィッグが外れ地毛をさらけ出してしまっていた。当然だが、それは裕奈の目の前にある。もう次から次へと摩訶不思議なことが起こるため、何を信じていいやらの裕奈。
「あ、貴方…。店主の…」
「そ、そうです…」
さて、どう言い訳をしたものか。話すことが一つ増えてしまった。
裕奈は改めて勲に出してもらったコーヒーを前に、再度椅子に腰かけて待っている。勲はというと、ユウナから勲に戻る最中。さすがにこうなっては女装のままでいる必要はどこにもない。裕奈から軽蔑するような眼で見られたため、ちょっと傷つきながら着替え中だった。
「お待たせ、しました」
「はい」声色に「軽蔑」と書かれていそうな裕奈の返事。
「えっと、これにはいろいろとありまして…」
「ですよね。取り敢えず全部話してもらうまでは帰れません」目が座っている。
「こうなっちゃった以上、全部話します。信じてもらえるかどうかわかりませんけど。えっと、じゃあまずどこから…」
「何で女装なんかしていたんですか? お客さん騙すようなことして」
「あー、やっぱそこだよね」心の中で勲が発する。だが、これについては順序立てて話さないと非常に面倒である。さて、信じてもらえるか。まずは本のことから切り出す。
「実はこれには、ふかーい訳がありまして」
「言い訳なら聞きませんよ?」今のところ信用ゼロに戻ったようである。
―現在勲の弁明中―
「信じられないけど、信じます。あんなもの見た後ならなおさらです」
「よかった、信じてもらえて」
30分ほどかけての懇切丁寧な説明と弁明で、裕奈の誤解は解けた様子。説明の最中椅子の上で正座していた勲はやっとのことで足を崩して普通に座り直す。勲は話している間、当然裕奈を真正面に捉えて話していた。そこで一つ気付いた、あの既視感の正体。「あぁ、この人僕が女装した時に似てるんだ」なんて、聞かれたら怒られそうなことを思っている。
「ごめんなさい。ただの女装趣味の変態だと思ってました。その誤解もなくなりました。でも、女装して店番する必要性だけは、あるとは思えないんですけど…」
「それも成り行きでして…」
「まぁいいです。でも、これで私の探し物見つかるかもしれないですね」
「ええ。その可能性はあります」
目の前には、二人が見た光景を映し出した本が置かれている。裕奈が不思議そうにそれをめくっている。しかし当然何も起こらない。やはり勲にしか反応しないようだ。一瞬「女の人ならだれでもいいのか」なんて、神様に失礼なことが頭をよぎった勲。しかし、そうではないようだ。
「不思議な本ですね。本の記憶を見せてくれるなんて」本を閉じ、優しく表紙を撫でている裕奈。
「はい。僕も初めて見た時は驚きました。祖母がただ子供を喜ばせるために作った作り話だと思ってましたから」
「おばあちゃんは、孫には嘘はつかないですよ」笑顔で勲に告げる裕奈。もうさっきまでの誤解はこれっぽっちもないようである。
「そうですよね」微笑み返す勲。
「祖母にだけある不思議な力だと思っていました。でも僕にもできちゃったんです、理由はどうあれ…」
実際、今勲も本を触っている。しかしうんともすんともいわない。それも証拠の一つ。目の前にいる裕奈も「何でだろう?」といった感じで首をかしげている。
「男の神様なんですね。でも、女装した町村さんに気付かないっていうのも。少しもうろくしているんですかね?」
「かもしれません」二人ともクスッとしてしまう。
「あ、そうだ。で、本題なんですが」
「はい」
「さっき見た光景。あれが消えた後なんですけど、何か頭の中にイメージというかなんというか。外から入ってきた記憶みたいなものはありませんか?」
勲に対しては必ず起こる現象。多くのイメージ、本の記憶、所在を示す情報など、膨大な量のなにかが頭の中に詰め込まれる。それがあるため、一時的に脳が追いつかずに倒れてしまうことがある。だから探す本は選ぶようにしている。
「いえ、特に何も」
「そうですか。ならいいんですけど」
「見えるだけじゃないんですか?」
「はい。その、表現しにくいんですけど。なんかそのブワーって。頭の中に詰め込まれる感じなんです、あれ見た後は」
「なるほど、わかりません」そりゃそうだろう。
「まぁ、体験しないと何とも…」
「でも、あれを見れたおかげでわかったことがいっぱいあります。全部思い出しました」
怪我の功名とでもいえばいいか、裕奈が本の記憶を取り戻してくれたようである。これで探し物は見つかる。そう思えた勲。
「そうですか。で、なんて本ですか?」
「あれ、本じゃないんです」
「え?」意表を突かれる。
「あれ、日記なんです」