第5話
ユウナ、いやもう勲でいいだろう。どこからどうみても女性にしか見えない格好。祖母の言ったとおりだった。まさか本当に女性だけにしか心を開かないとは。「冗談だろ」つい口をついて出てしまう。
だがまだ疑心暗鬼はぬぐえない。女性だからということに対してではない。この不思議な現象について。試しに別の本で同じことを試してみる。適当に頭の中で思いついた一冊。探しているわけではないが、試しにやってみる勲。
「えっと、じゃあこれは…。神様どうでしょう?」
特に決まったことを文言を言わなくてはいけないことはなさそうだ。適当に言葉を選びお願いしてみる。そしてまたあの光景が目の前に広がり出す。
「お、おぉ…」
再び本から溢れる光。それが形作るどこかの光景。ただ、先程の依頼の時とは異なり、非常に多くの光景が目まぐるしく変わり続ける。その情報に追いつくことができないでいる勲。どれを見る訳でもなく、ただ宙に待っている光が作り出している光景を見ている。
そして光が収まる。嘘じゃない。祖母の手紙に書かれていたことは嘘じゃなかった。そう確信する。と、同時に膝から崩れ落ちる勲。
「あ、あれ?」
身体に力が入らない。と表現するのは誤りか。脳に大きな負担がかかったような感じ、めまいを伴う虚脱感が襲っている。同時に、頭の中に莫大な情報が叩き込まれていることに気付く。
「これ、なに? 見たものが全部、頭に入って、る…」
そのまま崩れ落ちて意識が遠のいていく。
―現在―
「さすがにこの写真だけじゃ難しいか。本の名前すらわからないんだもんな。このちらっと見える表紙の色だけってのはちょっと…。後、女の子も名前だけってのもなぁ」
今回の依頼の品を探す勲。しかしあくまでも「本」を探すための力。預かった写真では情報量がなさ過ぎた。一瞬反応は魅せたがすぐに光は消え去ってしまった。一旦お手上げ。
祖母から授かったこの不思議な本。使い方がわかってからというもの、一時離れた客がまた戻ってきた。噂はすぐに改めて広まり依頼が舞い込む。しかし勲はなぜわざわざ「ユウナ」として接客までしなくてはいけないのか。これ見もちょっとだけ事情がある。
「今日はこれ以上やっても仕方がないかな。他の簡単そうなのだけやっちゃうかな」
そう言って勲は他の依頼書に目を通す。夏休みに入ってからというもの、依頼が増加している。老若男女とわず、思い出の本、希少本、絶版になった本などなど。依頼内容は様々だが、尽きることなく続いている。
「疲れるから、あんま多いと困るんだけどな…」依頼書を見ながら勲が愚痴っぽく漏らす。
「よし、今日はこれだけ!」一件の依頼書を選びだし、改めて本の前に構える。
「では。本の神様、彼の本の居場所を…」
やはり口上は決まっていないようだ。そして再び本が光り出し、部屋を光が包み始める。
後日、澤北裕奈が再び店を訪ねてくる。今回は勲からお願いした。
「こんにちは。澤北です。あの、店主の方いらっしゃいますか?」
「いらっしゃいませ。澤北裕奈さんですね、お待ちしてました。ごめんなさい、今日町村さんはいないんです」
出迎えたのはユウナ(勲)だった。なぜわざわざ。しかし、裕奈の方はそれが勲であると気付いてはいない。それほど彼の変装は完ぺきだった。化粧もほぼせずナチュラルなまま。少しだけ長めのウィッグを被り、自分でセレクトした女性ものの服を着こなし、店頭に立つ。身の丈も声も、十分欺くことができるレベルの代物。だが、決して趣味がコレというわけではない。これも仕事における一つの彼の策。
「あぁ、あなたがユウナさんですか。初めまして。先日えっと、町村さんから伺ってます」
「はい、同じ名前みたいですね。偶然ですね」
「ですね。じゃあ立ち話もなんですから、どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」ユウナに促されて例の如く喫茶スペースの椅子に腰かける裕奈。
「それで、本のことはどうだったんでしょうか?」
「ええ。それがあれだけだとちょっと情報量が少なくて。まだ何もわかっていないんです」
「そうですか。それはそうですよね」
「あの写真は誰が?」
「私が家からカメラを持ち出して。いつも公園にいたお爺さんにシャッターを押してもらったんです。だから親が何かを知っているということもないんです。全部私の記憶だけが頼りでして…」
「そうでしたか」
こうなってくると頼れるところは裕奈の記憶のみ。今回呼び出したのも、なにか些細なことでも構わないので記憶をよみがえらせることができないか。それを期待してのことだった。
「わかりました。じゃあ、少しずつ昔のこと思い出してみませんか?」
「はい。よろしくお願いします」
「この本の名前、何か少しでもいいから思い出せませんか?」最も重要な部分。まずこれを聞かないことには始まらない。数日の間に何か思い出せていないか、まず尋ねる。
「親にも聞いてみたんです。私が好きだった絵本の名前。そうしたら少しだけ覚えていて、たぶんどこかの国の童話の一冊じゃないかって」
「なるほど。それだけでもかなり有益な情報です、ありがとうございます」
多少絞れるか。そんな期待が勲の中に芽生える。質問を続ける。
「ちなみに、何処に住んでいたんですか? その辺りも聞いていなかったみたいなので、差し支えなければ」
「はい。北海道です。私自身の実家は今でもあるんですけど、今はこっちの大学に通うのに一人暮らししています。で、その写真に写っている真白ちゃんって子は、たぶんなんですけど小学校に上がる前にはもうどこか別の場所に引っ越していました。それがどこかわかれば話は早いんですけど」申し訳なさそうに話す裕奈。それを聞きながら手に持ったペンで、本に関すること以外も全て手元でメモをとる。
「その本の内容で、何か覚えていることはありませんか? 一文だけでもいいんですけど」
「そうですね。話の内容はやっぱりわからなくて。でもなんとなくなんですけど、そんなに楽しいお話じゃなかったと思います。二人で読んでいて、ストーリーになにか寂しさみたいなものはあったと思います」
「わかりました。ありがとうございます」手に持っていたペンを置く。
一通り、聞けそうなことは聞いた。これで進展があればいいのだが。本の漠然とした情報を得ることはできたため、ここについては近代文明に頼ることも辞さない。祖母とはちょっと別の切り口でも攻めている勲だった。
「せめて。小学校までいっているか、幼稚園にでも通っていたならよかったんですけどね。名簿とかそういうものから辿れたんですけど」
「ですね。でもそれも仕方のないことですし」
「じゃあ、ちょっとお店の中見てもいいですか?」
「あ、そうでしたね。はい、どうぞご自由に」
話を聞くだけなら電話だけでもいい。そういったのだが、是非この店をゆっくり見たい。そう裕奈から希望があったので、今日はわざわざ来てもらっている。勲は何一つ止める理由もない。彼女となら何時間話しても苦にならなさそう。何となくそんな感覚があった。
椅子から立ち上がり店内を見て回る裕奈。ユウナはそれを椅子の掛けたまま見ている。何も案内が必要なほど広い店内でもない。黙って見せてあげるのがいいだろう、お節介はしない。
「古い本が多いですね。これ全部町村さんのおじいさんとおばあさんが?」
「はい、そうみたいです」
手に取っては捲り、手に取っては捲る。同じ行動を繰り返す裕奈。彼女も相当の本の虫のようだ。自分とどっちが年間読書量が多いかなんてくだらないことを考えている勲。
暫く店内を見て回る裕奈。カウンターの方に来た際、一冊の本が目に留まる。
「これ、何も書いてないですね」例の本を手に取る。
「あ、それ…」気が逸れていたユウナ、立ち上がり裕奈の元へいく。
「ごめんなさい。これは私物です。片づけていなくてごめんなさい」
「あぁ、そうでしたか。はい」
裕奈から手渡しでその本を受け取る。両端が二人の出て握られた瞬間、今までにはない光が発せられる。
「なに!?」
「え、これって!? うわ!」