第4話
―勲へ―
この手紙を読んでいる時は、きっとおじいちゃんももうこっちに来ているんだろうね。心配しないで、楽しくやるから。
さて、勲に伝えなくちゃいけないことがある。今お前が手にしている本のことを。それとこの本屋のこと。今まで随分手伝ってくれて本当に助かったよ、ありがとう。
でもこれからは勲がこの仕事をやらなくちゃいけない。やってくれているか、それにできるか見届けてあげられないのが唯一の心残りかな。
おばあちゃんの仕事を見ていたらなんとなくはわかっただろうけど、何処からともなく本が送られてきて、それを依頼してくれた人に渡す。それを不思議に思ったことはないかい? どうやって当てもない探し物の本をこんなよぼよぼのおばあちゃんが探せたか。
それは今勲が手にしている本のお陰なんだよ。この本には不思議な力がある。どんなことでもいい、その本に関する情報をもらって想うことでこの本がその探し物の本の在処、今あるところの情景を映し出してくれるんだ。
信じられないだろう、こんな話。でも本当なんだよ。もし勲がこれを読んだ後に使うことができたら、おばあちゃんのいうこと信じてくれるだろう。
でも一つだけ、これはおばあちゃんにしか使えなかったんだ。おじいちゃんはこのことを知っていた。使ってみようとしたんだけど全く反応しないんだ。なんでだろうね、その理由はわからないままだったよ。
もしかすると女の人にしか使えないのかもしれないね。天照さんの頃から、神様ってのはどうも女に弱いらしい。その名残かな、この本の神様も。だから、もしかしたら勲には使えないかもしれない。おばあちゃんとおなじことはできないかもしれない。その時は潔くお店を閉めちゃえばいいからね。
勲のことだから、きっと跡を継いでくれているとおばあちゃんは思っている。おじいちゃんだってきっとそう思っている。でも無理したらいけないよ。自分がいいと思うところまでやってくれればいい。建物だってオンボロだから、いつか建て替えてもらってもいいけど、この本と家の隣にある木だけはずっと大切にとっておいてほしい。この家が建つ前からずっとここにある木なので、それだけは大切にしてほしい。
無理なお願いをするようで本当に申し訳ないけど、最期のお願いと思って聞いてもらえればうれしいよ。それじゃあ。
―おばあちゃんより―
「毎度、欺くようで申し訳ありません。それでは…」
ユウナがテーブルの上に置いた本の上に裕奈から預かった写真を置く。そして静かに目を閉じ大きく深呼吸した後呟く。
「願わくば、この思い出の在処を」
と、ユウナが一言発すると同時、机の上に置かれた本が光を薄く放ち始め宙に浮く。光は薄いまま、パラパラと空中で本が捲れだす。しかし、そこで発光は突然収まり本は机の上に落下する。
「あー、やっぱりだめかこれだけじゃ」
そう、今この場にいる『ユウナ』は勲が化けている姿だった。なぜこのようなことをしているのか、それにはいくつか理由がある。
祖母からの手紙を見つけそれを読み、そんな不思議なことがあるのだろうかと当然最初は信じることができなかった。しかし、祖母はそんな嘘をつくような人間ではない。それになにより実際に本を見つけてはお客に提供していたことをしっかり覚えている。インターネットも使えなければ、どこか電話をして取り寄せる、なんてことをしているのは一度も見たことがない。信じる要素は消去法ではあるが十分あった。
「まさかね」
懐疑的ではあるが、勲もその手紙を読んだ後、祖母のいっていたこと、実際どういった手順かわからないがや色々と試してみた。
その本には何も書かれていない、全てが白紙。表紙もなければページの中にも一文字も書かれていない。挿絵の類も一切ない。最初はただの程度の悪い落丁本なのではなかろうかと疑ったくらい。しかし、今こんな本は作られていない。いかにも古臭い、海外のおとぎ話に描かれていそうな体裁の本だった。
どうすればいいのだろう。差し当たり思いつくことを全て試した。念じる、話しかける、本をかざす。人が見れば何をけったいなと思うこと請け合いの行動を、一人だから恥ずかしげもなく勲は散々行った。しかし本はうんともすんとも言わない。せめて使い方くらいは書いて欲しかった、一頻り終わった後にちょっとだけ祖母に尋ねたかった。
「さすがにないか」
見つけたその日は、それで諦めてしまった。それから暫くその本に触れることは無かった。まさか本当に女性だけ、なんてことなのかなと思いつつそっと本棚に戻した。
その後も、何か思いつくたびにその奇跡とも思える事象を起こせないか勲は試した。しかしやはり何も起こらない。その能力は祖母だけに与えられた特別なものだったのだろう、そう考えることが日に日に強くなっていった。
女性、更に付け加えると祖母は当時としては珍しい日本とドイツのハーフだった。もしかしたらそれも何か関係しているのでは、なんて考えることもあった。勲にも若干その血は混ざっている。その証拠に瞳の色が違う。端正な顔立ちをしているのと合わせてこの目の色、ちやほやされた時期もあったが、もっぱら恋人は本だった。宝の持ち腐れとはこのこと。
そして、何もわからないまま数ヶ月が過ぎ、とある日。大学の学祭から帰ってきた勲が一つ思いつく。
「もし本当に女の人にだけ反応するなら…」
学祭で使用した女装用のアイテムをなぜか持ち帰ってきており、それを身につけてみることにした。ウィッグを被り服を着替える。これだけ見ていればただの女装趣味の変態が、自宅で奇行をとっているだけ。しかし勲は一縷の望みと真剣である。
着替えが終わり、前と同じように本を持ち出す。そして、家を整理していて偶然見つけた、祖母が依頼されていた探し物の依頼書を持ち出す。亡くなってしまい結果見つけることができていない本の情報を確認する。そして目を閉じ一言。
「コホン。では、本の神様、この本はどこにありますか?」
滑稽な画である。女装した大学生が本に向かって話しかけている。人に見られたらおしまいとも思える。
「…」本に反応はない。
「そりゃそうだよね…」当然とばかりに諦めようとしたその瞬間、淡く光り出す本。そしてゆっくりと宙に浮いて自然にページが捲れだす。
「…え?」
信じられない光景を今勲は見ている。祖母が見ていたものと同じ光景。懐疑的だったあの手紙の内容が一瞬にして真実になる。声も出ないまま驚いていると、て捲れていたページが止まり、そこから光が溢れ出す。
「うわ!」一瞬目を瞑る。そして次に目を開いた時、目の前には信じられない光景が広がっていた。
「これって…」
その光が、どこのだれかはわからないが人とその周りの光景を形作っている。部屋中に溢れているその光景。あまりにもリアルであまりにも美しい。ただ何もいえずにその光が作り出す造形を眺めている勲。
それを漠然と眺めていると、一人の人物が手に本を持っている。それを見てふと思いつく。「あぁ、これはこの本の記憶なのだ」と。今あるところなのか、それとも過去の記憶なのか。その時はわからなかった。しかし、これを頼りに祖母は本の所在を探り当て、何らかの方法で譲ってもらっていたのだろう。
しばらくすると光は収まり、自然と本は閉じられ元の状態へと戻っていた。鼓動が収まらない。この世のものとは思えない、魑魅魍魎の類ではないが、人にいっても信じてもらえないであろう光景を今勲は目の当たりにした。鼓動が収まるのを待つ。息を整える。落ち着きを取り戻し勲がその本を見て一言。
「神様、それでいいの?」