第1章:澤北裕奈の探し物(第3話)
この店の通例にのっとり、探し物の客は喫茶スペースに案内する。希望を聞いてコーヒーを出すか出さないかは決める。この女性客は「いただきます」とのことで、勲が一旦奥で二人分のコーヒーを淹れている。部屋の奥から遠目に、店内で腰掛けているその女性客を見ている勲。先ほど感じた既視感の正体はまだわからない。いつもなら目を離すことのないドリップから目を離してしまう。
女性客は落ち着かない様子で、店内をキョロキョロ見回している。物珍しそうに、視線が正面を向いて落ち着くことがなかなかない。想像していた感じと違ったのだろうか。それとも好みに合ったのだろうか。テーブルの横に積まれた本を一冊手に取ってパラパラめくったりもしている。
「お待たせしました。はい、どうぞ」木で編まれたコースターを敷きアイスコーヒーを差し出す。
「ありがとうございます」
「変なお店ですよね」勲が微笑みかけながら話す。
「あ、いえ。そういうわけじゃ。なかなかこういう感じのお店って見ないなぁって思って。凄く好きな雰囲気で…」
「そうでしたか。ありがとうございます」
「なんか、海外の古い図書館に来たみたいで。東京にこんなところがあったなんて」
置かれたコーヒーグラスを手に取り、そうつぶやきながらまた店内を嬉しそうに見回すその女性客。本が好きなのかこの建物の雰囲気が好きなのかまではわからないが、少なくともこの店に対して悪い印象は抱いていないようだ。それだけで「何とかしてあげよう」という気になる勲。客を見定めるのもこの仕事の重要なファクター。
「そうですね。僕も子供の頃から見てますけど、ここだけ異世界みたいな感じがして。祖父母の趣味だったんですけどね、いい店です」
「お爺さんとお婆さんがやってたんですか、このお店?」
「ええ、もう亡くなってしまって、僕が跡を継ぎました」
「そうでしたか。このお店はおひとりで?」
「いえ。もう一人店員がいます。今日はいませんけど。あ、すいません。ご挨拶が遅れました。店主の町村と申します」
「私澤北といいます。『澤北裕奈』です」
偶然にも、もう一人の店員と名前が一緒だった。勲の感じた既視感の正体はこれだったのかもしれない。聞いた途端にハッとしたような表情をする。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ。もう一人の店員の名前もユウナさんというので、びっくりしました」
「へぇ、偶然ですね。いつかお会いできるかな」
「次にご来店する時には会えると思いますよ」
「はい」
「じゃあ、さっそくなんですけど。今回の依頼内容をお伺いしたいのですが」
本題に移る。ただ初対面の男性と雑談をしに来たわけではない。噂を聞きつけてこの店に来た裕奈という客。因みにこの店にはホームページというものが存在しない。ウェブ上に載っている情報は全て人づての口コミ情報。そもそも老夫婦がやっていたのだ、存在しなくても何も不思議はない。勲もわざわざ作ることもないだろう、客を下手に増やす理由はないと、そのままを維持している。
「はい、実は本といえば本なのですが…」
カバンの中から一枚の写真を撮り出す裕奈。それを勲に見せる。
「えっと、これ…ですか?」
写真を手に取り、写っているものを確認する勲。そこには二人の女の子、片方の女の子は内容まではわからないが大きめの本を抱えていた。
「この本を持っている人を探しているんです」
「え、人を?」
勲が持っていたコーヒーをこぼしそうになったのは言うまでもない。
「それじゃあ、また伺いますのでよろしくお願いします」
「はい。こちらもいろいろ調べてみますので。何かわかったらご連絡します」
裕奈がお辞儀をして店を後にする。店頭で見送る勲。笑ってはいるが内心どうすればいいものかと悩んでいる。まさか人を探すことになろうとは。その情報の一つが先ほど見せてもらった写真に写っている名前もわからない本だった。
「さすがに、名前もわからないと厳しいかな…」
店内に戻り大きな深呼吸と一緒に独り言で悩みを吐露する。少し早いが店じまいのため看板を「Close」にした。一人で暫く考えたい。そんなこともあり客払いをし、一人喫茶スペースの椅子へと戻る。そして先ほどの裕奈の依頼を思い返す。
――「人、ですか?」
「はい、そこに写っている本を持っている女の子です」
「この子、ですか?」写真を改めてみる勲。少なくとも十数年前に撮影されたと思われる感じの時間を感じる写真。恐らくではあるが
「もしかして、このもう一人の子は、あなたですか?」
「はい、そうです」
予想通り、もう一人の子は目の前にいる裕奈だった。となってくると大凡の推察は可能。勲から話を切り出す。
「いつかわかりませんが、この子と友達だったあなた。そして今は音信不通。一つだけある情報とすればこの写真。そして写っていたものが本」
「その通りです」
「なるほど」難題だ、無意識に感じた勲は頭を掻く。
「もう15年も前です。近所に住んでいたと思う子なんですが、本当に仲が良くて。いつも一緒に遊んでました。いつもいつも一緒に、公園で遊んだり持ってきた本を一緒に読んだり」
「思います?」裕奈の言葉に一つ不思議な部分を見つける勲。それを話の途中で挟んで質問する。
「あ、はい。家は知らないんです。偶然公園で会って、そこで仲良くなったので」
「なるほど。名前はわからないんですか?」
「苗字はわからないんです。子供ですからお互い下の名前だけしか名乗らなくて。『真白』って名前です」
「そこからは辿れなかった、ってことですよね?」
「その通りです」ことごとく当たる勲の予想。裕奈は少々驚いた様子で話を続ける。
「半年くらいだったと思います、一緒にいたのは。その間一度もお互いの家に遊びに行くことは無かったんです。だから苗字がわかることはなくて。そして秋口くらいに、彼女が引っ越すことを告げてきたんです。その時、この本をプレゼントしたんです。いつも一緒に読んでいた、絵本だったと思います。それをきっと今でも持っていてくれると思うんです。思いたいんです。約束したので…」
「本の名前は、わかりませんか?」
「ごめんなさい、それがわからなくて」肝心な情報が欠けている。
「そうですか。わかりました」―――
「きっびしいなー」
天を仰ぐ勲。今までどういった方法で探していたにしろ、本の名前という最低限欲しい情報が今回はない。そして、仮に名前がわかったとしても、確実にその本を所有しているかまで勲が保証できるわけではない。毎度雲をつかむような依頼を受けている勲だが今回ばかりは、と頭を抱える。
「でも、やれるだけやってみようか。何かわかれば追加で情報貰えるし」
裕奈には、家に帰ってから少しでも構わないので、その絵本に関する記憶をたどってほしいとお願いしてある。文章の内容、絵の感じ、なんでもいい。それを元に探すことができるかもしれないと。
「よし、準備しよう!」
椅子から立ち上がり、探し物を探しにかかる勲。準備をするために一旦店から姿を消す。そして暫くの後、奥の部屋から戻ってきたのは、もう一人の店員の『ユウナ』だった。
「本の神様、毎度ごめんなさいね」