第2話
閉店した店の中に一人残るユウナ。店主不在の中、手際よく店内を片付け売り上げを数える。自分で飲んだコーヒーのカップを奥の流し台に置き、閉め忘れた入り口扉のカーテンを閉める。
片付けはひと段落。後は帰るだけ、と思いきや。ロフトスペースに上り出すユウナ。下に誰かいたらそのスカートの中は見られてしまうかもしれない。だが、当然誰もいる訳もなく、それを理解しているかのようにスラスラ上る。一番奥のそのまた奥、一冊の本を抱えて戻ってくる。下に降りコーヒーカップがなくなり空いたテーブルの上にその一冊の本を置く。
「さて…」
再度読書始めるのか。店主が帰るのを待たなくてはいけないのか。その時間つぶしとも思える行動。
「本の名前は…っと」
先ほどの女性客から預かった探している書籍の名称などが記載された紙を見るユウナ。今から探すのだろうか。そもそもどのように望む品を探しているのか。
ここに来る客のほとんどは、自力での捜索を諦め、最後の砦としてこの店を頼ってくる。普通の古本の流通では見つかりようもない書籍。貴重なものもあれば思い出が詰まったようなもの。人によってさまざまである。それを勲の祖父母の代からほぼ100%の確率で見つけ出し、客に提供してきている。しかし一時期、勲の祖母が亡くなって祖父だけが残った時期に限り、祖父はその捜索を断っていた。
「これなら、そんなに時間かからないかな」
探し物の詳細を理解したユウナ。預かった紙をテーブルに置き、先程持ってきた本を手前に持ってきて、適当なページを開く。
「じゃあ、今日もよろしくお願いします。本の神様」
開いたページの上に手を置く。すると半分電気の消えた薄暗い店内、テーブルの辺りが鈍く光り出す…。
数日後、本の捜索をお願いした女性客が改めて店を訪ねてくる。
「こんにちは。すいません、先日本を探すのをお願いしていたものですが」
「あ、いらっしゃいませ。話は聞いていますのでちょっと待ってくださいね」
店にいたのはユウナではなく勲だった。
「はい。あの、先日の女の店員さん、今日はいないんですか?」
「ええ、すいません。今日は彼女非番なので」
店の奥から、一冊の本を持ってくる勲。それを女性客に手渡す。
「あぁ、これです! この本です。良く見つかりましたねこの短時間で」
「ええ、割りとすぐに見つけられたっていってますよ」
「本当にありがとうございます。直接お礼いえなくて申し訳ないですが、本当に感謝していたと伝えてもらえますか」
「はい、必ず」
女性から代金を受け取り、手提げ袋に入れて本を渡す勲。何度も何度もお礼を言う女性をレジカウンターを挟んで見送る。ちゃんと閉まらなかった立て付けの悪くなっている入り口の扉を閉めるため、カウンターを出て一度外に出る勲。自分の視線の中にはもう先ほどの女性客はいない。
「大丈夫、ちゃんと伝わってますよ」
店内に戻り、先日ユウナがしたそれと同じように、喫茶スペースのテーブルに腰掛けて本を読みだす勲。7月の後半。大学に通っていたとしてももう夏休みに入っている。だが、今彼にとっては一年中が休み。昨日も一昨日も、明日も明後日もそう変わらない一日を送るだろう。
エアコンが無い店内だが、非常に涼しい。店の建物がある場所のせいだろう。家の隣にそびえる大きな木が家全体を木陰にしている。居住スペース側にあるエアコンを弱めに付け、店側に風を送る。これで十分。店には天井から釣り下がるこれまた古風なシーリングファンがあるだけ。汗の一滴もかかずに集中が切れることなく本を読み続ける勲。自分で入れたアイスコーヒーのグラスの氷がなかなか融けずに揺れている。
客は来なければ来ないでいい。数日に一人のペースで十分。自分の読書の妨げにならなければ、そんな考えで店を切り盛りしている勲。本を探すのは一件一件が割りといい金額になる。大学生のアルバイトとしては破格。月に5件もこなせばもう普通のサラリーマンくらいの手取りになってしまう。
そんな稼いだ金も、今の勲にとっては衣食住以外の使い道がない。本を読んでいれば日が過ぎていくのだ。正直、この暮らしが一生続いてもいい、そう考えている。親も、大学だけ卒業すれば後は好きにすればいい、と半ば諦めている。
勲も勲で、さすがに親に迷惑はかけられない。ここで稼いだ金は来年以降、いつから復学するかわからないが学費に充てようと思っている。だからこそ余計に家にいるだけ、全く苦にならないから羨ましい。
昼の3時を回りかける。店の扉が開く音で集中が途切れる。同時にしおりを挟んで本を閉じたちあがる勲。視線の先にある入り口から一人の客が入ってくる。
「あの、すいません。ここ、どんな本でも探してくれるって聞いたんですけど」
また女性客。遠慮がちに店の奥に歩を進めてくる。
「いらっしゃいませ。はい、大抵のものなら探すことはでき、ます…」
逆光で最初見えなかったその女性客の顔が露わになる。すると、勲は妙な既視感に襲われる。この出会いが勲の日常に変化を与えることになろうとは。




