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第1話

『宿木』


 その土地に根付いたということを考えれば、この名前もある程度意味を成すものになっているのだろう。直ぐに潰れてしまっては冗談もいいところ。既に50年以上この街にある古本屋。現店主が祖父の遺産として受け継いでから2年ほど、以前と変わらず東京の郊外で営業し続けている。

「町村勲」現『宿木』の店主。東京都内の大学に通っていたが、継いだ本屋の仕事が思った以上に楽しく3年次に上がると同時に休学。元々大学に通うためにこの祖父母の家兼本屋に住んでおり、ずっと本に触れあい手伝いもしながら過ごしてきた。

 祖父が亡くなり独り残り、学生一人には大きい住まい。そこだけ慣れるのにちょっと時間が掛かった。ただ、子供の頃から本の虫で大学も文学部。本に囲まれていることで独りになった寂しさは随分と紛れた。


 祖父が亡くなった後、店の中をくまなく見て回った。店の造りから本の並び。あくまで手伝いだったこともあり、全てを把握しきれていなかった。

 奥行きのある店内。店の入り口から奥までずらっと並ぶ本棚。店内の一角には、祖父が趣味でやっていた喫茶スペースが二席だけある。豆から挽いたコーヒーを入れるのが好きだったようである。それを勲も店と合わせて引き継いだ。但し、まだ祖父のように上手く淹れられないでいる。

 レジ横には梯子があり、ロフト式の二階スペースにもまた本棚。晩年祖父は足腰が悪く、二階に上がるのはもっぱら勲の仕事だった。ただ祖父は凄かった。自分の目で見ること無く、どこに何があるか全て頭の中にあった。勲はそれに従い本を取ってくるだけ。自分の意思でどこかしこ勝手に見るようなことはしていなかった。

 見れば見るほど、勲にとっては宝の山だった。今までの人生で読んだことのないジャンルの本が山のように積まれている。売り物なのでいつかここから旅立ってしまうかもしれないが、それまでは自分の所有物。土地よりも家よりも、思い出とこの本が勲にとっては祖父母からの最高の贈り物だった。

「これは、読み尽せないな」

 蔵書は数万はあるだろう。毎日1冊読んでもいつになったら終わるのか。それこそ、売れてしまったらもう出会えなさそうな本ばかり。大学に通う途中、授業中、帰ってから。勲はとにかく家の本を読み漁った。それでも終わりが見えてこない。働き始めたらこんなに読む時間は取れない。休学したのも「本を読む為」と、本当に休学する際の申請書に書いたくらいだった。

「世界の図書館を回りたい」勲の夢だった。しかし、世界へ行く前にまず手元にある図書館を制覇しなくてはならなくなった。


 祖母が亡くなってからは、祖父はことあるごとに「もう閉めてもいい」といっていた。知り合いの客とコーヒーを飲んでは世間話をして、そして日が暮れ店を閉める。

もう稼ぐ必要のない年齢、懸命に店を切り盛りすることもない。無理をしなければいいのに。その言葉通りじゃないかと、勲は思っていた。

 この店は何故か客足が絶えなかった。ただ店の中をなんとなく巡る客ではなく、祖母に必ず何かを尋ねていた。そして定期的にどこから見つけてきたのか、本が送られてきた。それがこの店の生命線だったようだ。しかし、祖母が他界してからは、少し客足が遠のいた。理由が何故かはわからない。結局謎のまま二人とも他界した。

 

 その意味が分かったのは、亡くなって暫くしてから。一冊の本との出会った。二階を整理している際、背表紙に何も書かれておらず、売り物なのか定かではない本を見つけた勲。取り出して開いてみると、そこには1通の手紙が挟まっていた。

『勲へ』と。祖母の字だった。



「いらっしゃいませ」

「あの、すいません。ここのお店探している本を見つけてくれるって聞いたんですけど」

「はい。この世の中にあるものなら何とかなると思います。お話を聞きますからこちらへどうぞ」

 ユウナが閉店間際に駆け込んできた客を喫茶スペースの椅子に案内する。

「じゃあ、早速ですがお探しの本の名前はわかりますか?」

「はい、ここに書いてあるものなんですが」

 客の女性がメモをユウナに渡す。それを受け取り目を通す。

「…、はい。わかりました。因みにどういった理由でこの本をお探しなんでしょうか?」

『本を探す際、その理由を必ず客から聞く』

 これがこの店の鉄則だった。それは以前勲が見つけた祖母からの手紙に書かれていたことだった。

「ええと、実は…」客の女性が口を開く。真っ直ぐその女性を見て話を聞くユウナ。


―――「では、見つかりましたらご連絡しますので。ありがとうございました」

「よろしくおねがいします」

 深々と頭を下げる女性客を見送り、と同時に看板を「Close」に変えて店を閉めるユウナ。

「さて、探そっかな」

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