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一話

よろしくお願いします。

「へっくしゅ」


 寒い……布団。

 心地よい微睡みを阻害する寒さを撃退するため、手探りで布団を探す。

 しかし、どこにも私に暖かい幸せをくれるお布団様の感触は無い。

 あれ、ない?

 なんかくすぐったいし。

 私の頬をくすぐる何か。

 それは爽やかでいて、どこか生臭いような、そんな香りがした。

 この香りは……草?

 ああ、なんだ草か。

 ……布団は?

 え?草?


「くさぁっ?!」


 慌てて飛び起きる。

 そして先ほどまで頬をくすぐっていたであろう場所を見る。

 草。

 確かに草だ。

 そのまま視線を上げていく。

 草。

 草。

 草。

 空。


「え?」


 草しか無かったような……。

 左右を見る。

 左、草。

 右、草。

 後ろ。


 草。


 上。



 草……いや、空。


 ああ、なるほど。

 ここは草原だ。

 私はどうやら草原のど真ん中で寝ていたようだ。

 草以外見えないことから、どうやら相当に広い草原。


「どうしてこんな所に……」


 地平線が見えるほど広い草原なんて、日本では北海道くらいしか思いつかない。

 まあ、北海道には行ったことが無いからただの勝手なイメージだけど。

 そしてそんな所に行った覚えも無い。


 なら、ここはどこ?

 私のお布団はどこ?


 昨日はいつものように、お布団様にくるまって寝ていたはずだ。確かに家で寝た。しかし今私はパジャマではなく白いワンピースの様な服を着ている。

 こんな服は買った覚えが無い。

 寝ている間に着替えさせられたわけだ。

 胸元からワンピースの中を見てみたが、これまた見覚えの無い肌着を着ていた。

 誰かに着替えさせられたのなら裸を見られている……。

 大したものは付いてないけど、だからと言って見られたのならいい気分では無い。


 誘拐なら何故こんな草原に放置したのだろうか。

 目的が分からない。

 そもそも着替えさせられ、こんなところに移動され、何故私は起きなかった。

 眠るのは好きだが、流石にここまでされれば起きるはずだ。

 睡眠薬でも飲まされたのか。


「うーん……」


 私は立ち上がり、改めて周りを見渡す。

 多少視界が高くなったところで景色は何も変わりはしない。

 相変わらず豊かな緑の草原と青く澄んだ空が見えるだけだ。


「よし。とりあえず、歩こう」


 こんな所でじっとしていてもしょうがない。

 というわけで、私は歩き始めた。

 何も考えず適当な方向に向かって。



-----



「あー、のど渇いた」


 1時間ほど歩いただろうか。

 未だに見渡す限りの草原が続いている。


 天気は快晴。

 歩いたせいで少し暑い。

 寒くなくてよかったが、だんだん喉も渇いてきた。


 景色も変わらないし、暇だ。

 暇すぎて独り言が出てくるくらい暇だ。


「どっかに飲めるくらい綺麗な泉でも無いもんかね」


 そして独り言を言うたびに寂しくなる。

 もともと一人で居ることが多かったが、だからといってこんな見知らぬ場所に一人で居るのは喜べない。


 そんな時、遠くの方に何か見えた。


「あれは……煙?」


 地平線の向こうにはもうもうと上がっていく黒い煙があった。

 もしかしたら誰か人が居るかもしれない!


「お水もらえるかも!」


 水だけでなく、ここがどこなのかとかも聞けるかも知れない。

 少なくとも、何もない草原に居るよりはいい結果になるだろう。

 逸る気持ちを抑えることもなく、私は駈け出した。



-----



 煙の下に辿り着いた私は呆然と立ち尽くしていた。


 そこは地獄だった。


 てっきりゴミかなにか焼いているのだろうと思っていた煙は、不快な臭いをさせながら、そこら中の家と、そこら中に撒き散らされた肉塊を焼いていた。


 家は掘っ立て小屋の様な粗末な作りの木の家だ。


 肉塊には四肢があったり、なかったり。


 これは、人だ。


 火葬場?

 いや、そんな丁寧なものではなさそうだ。

 そこら中に散らばった人間のパーツを、無造作に、無価値なように、ただ焼いているだけだ。

 それこそゴミでも燃やすかのように。


「───ァアアア!」


 ただ、ただ、呆然と立ち尽くしていた私の意識を引き戻したのは、遠くから聞こえた叫び声だった。

 男の人の声だ。


 我に返った私は、声のした方向を見る。


 そこに居たのは、体中を泥と血に(まみ)れさせた男性だ。

 何かから逃げるかのように、後ろを気にしながら、こちらに向かって走ってきている。


 生きている。

 何か焦っている様だが、生きた人が居る。


 いったい、ここは何なのか。

 なぜ何もかもが燃えているのか。

 聞いてみよう。


 そう思い、私は声を出そうとした。

 大声で、走る男を呼び止めようとした。

 しかし、それは出来なかった。


 私が声を出そうとしたその瞬間、男の脚が、飛んだ。

 その光景を見て、私の口は声の出し方なんて忘れたように沈黙した。

 私の乾ききった喉からはヒューヒューと風の通る音しか出ない。


 脚を失った男は、聞くに堪えない凄惨な叫び声を上げながら地面に転がる。

 それでも必死に這いずりながら何かから逃げようとしている。


 すると突然、虫のように這いずる男が、燃え上がった。

 周りの家から燃え移った訳じゃない。

 どこからか炎そのものが、飛んできた様に見えた。


 男は暫く訳の分からない叫び声を上げながら転がっていたが、次第に動かなくなった。


 死んだ。


 目の前で人が死んだ。


 人の死は見たことがある。

 おじいさんが死んだ時、病院のベッドの上で眠るように息を引き取った。


 だけど、目の前で起こった死は、別物だ。

 苦しみ、もがき、絶望の中で死んでいった。


 私は呆然と、死んでいく男を見ていた。

 目が離せなかった。


 ふと気付くと、私の上に影が差した。

 驚いてその方向を見る。

 そこには、心の底から不快感を煽る様な下卑たにやけ面をした男が立っていた。

 ぼろぼろの布をマントの様に羽織り、その下には仕立ての悪そうな服を着ている。

 その手には何か棒のようなものを持っている。


「xxxxxx、xxxxx」


 薄汚い男が何か声を発した。

 私にはそれが何を意味するのか分からない。

 よくよく顔を見ると、日本人ではなさそうだ。

 言葉が通じない。

 ここは、外国?


 なんにせよ、この男は、危ない。

 逃げなきゃいけない。


 でも、私の体は震えるばかりで一向に動こうとしなかった。


 硬直したまま動かない私を見て更に笑みを深くした男は、手に持った棒を振り上げた。

 その直後、鈍い痛みと共に、私は意識を失った。

次回更新は未定です。

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