6-5
バーンと、無駄に力強く、両開きの扉を押し開ける。
室内の視線が、一斉に私の顔へと注がれた。
始めは驚きを、次いで、憎悪や嫌悪の表情を見せる連中。
見事なまでに、好意的な視線がないな。どうしたことだこれはー(棒)。
「やあやあ、御機嫌よう、南部諸侯の諸卿方」
私は、にへらと、わざとらしい笑みを張り付けながら、上座の方へ歩く。
「今日は突然の招集にかかわらず、集まってもらって悪かったわね」
私の社交辞令に、南部諸侯たちは、無言を返す。
おいおい、挨拶は、円滑な人間関係を築くための潤滑油だぞ。
全く、なってない連中だ。
現在、各前線に散っている南部諸侯軍。
それら私兵騎士団をそのままに、頭である諸侯たちに、私は総司令部への招集命令をかけていたのだ。
無駄に腰の重い連中は、僅かな供回りしか連れてない癖に、いやに時間をかけて参集。
昨日ようやく、全ての諸侯が、フィーネ離宮に到着。
本日この会議が開催されるに至った。
ちなみにそのお題目は、中央から援軍が加わった今、改めて今後の方針を示す。
そのための会議ということになっている。
そう、あくまで、お題目の上では。
私は一番奥の上座に立つと、改めて諸侯連中の顔を見回す。
「うーん、見覚えのある懐かしい顔がちらほら。初見の方々は、私が嘗て顔を合わせた戦友諸兄の息子さんかしら? ……9年だものねえ。年齢や、病気、あるいは事故など。悲しいけれど、代替わりが起こるのも仕方ないわね」
なんて、いけしゃあしゃあと、囀ってみる。
うん、言わずもがなではあるが……。
代替わりの原因、そのダントツトップは、解放戦争での戦死である。
そう、私の口車に乗せられて、死地へと追いやられてしまったが故の。
って、おおっと、憎悪の視線がマシマシだね。
いやいや、私のような小心者は、震え上がってしまうじゃないか。
ええ、だから――多少過剰な反応をしても、無理からぬことよね?
私は今後の展開を考えて、思わず笑みを浮かべてしまう。
それで限界が来たのか、諸侯の中では、まだ年若い青年貴族が、ぶるぶると体を震わせる。
内心の激昂を抑え切れなかったのであろう、次いで、机上に拳を振り下ろした。
「貴様ぁぁああ! よくもぬけぬけと……!」
青年貴族が吼える。そうして椅子を蹴倒す勢いで、立ち上がる。
「――止せ!」
「堪えられよ! ヴェルジー卿!」
「離して……離して下され!」
青年貴族、ヴェルジー卿の両隣に腰掛けていた貴族二人が、慌ててヴェルジー卿を抑え込む。
中腰の体勢で、何やら喚きながらこちらを睨むヴェルジー卿。
私はその姿を、しらーとした目で見やる。
「見苦しいわねえ」
そうポツリと呟くと、私に程近い席、つまり、全体の中でも上座の方に座る貴族が、ゴホンと咳払いする。
私はその貴族の顔を見やる。年嵩の貴族、見覚えのある顔だ。
つまり、あの地獄のような決戦を、運良く生き抜いた男ということになる。
ふむ、確か、ドゥーゼ卿といったかしらね?
「何かしら、ドゥーゼ卿?」
ドゥーゼ卿は、ちらりと、ヴェルジー卿を見た後、口を開く。
「若さ故の短慮。確かに見苦しい。……が、その激発を誘発させたは、摂政殿下のお言葉というのも事実。殿下、お聞きしてもよろしいか? 何故、なけなしの信頼関係をも、減ずるような発言をなされたかを」
私はその問い掛けに、ふんと、鼻で笑う。
「なけなしの信頼関係? 笑わせますね、ドゥーゼ卿。そんなモノ、初めから何処にもないでしょうが。ないものが、どうして減ずるというの?」
「それは……」
私の返しに、ドゥーゼ卿が口籠る。
事実、信頼関係なぞ皆無。ゼロだ。
唯、減らないかというと、厳密に言えば、よりマイナス方向に振り切る可能性はあるけれど……。
しかし、ここまでくれば、ある意味大差ないとも言える。
なら、信頼関係を構築しようと腐心するなど、無駄骨に他ならない。
「中央と南部それぞれが、互いに猜疑し、憎み合っている。その現状を、諸卿方にも改めて認識してもらいたいが故の、先の発言です。理解して頂けましたね? この南部方面軍の危うさを」
私の言葉に反論は出ない。皆、押し黙ったままこちらを見る。
「最低限の信頼関係もない者たちと、足並みを揃えるは困難。……いや、もっと直截的に言いましょう。私は、卿らのような不穏分子を、戦場で自らの統制下に置くのを危惧して止みません」
ハッキリ、バッサリ、身も蓋もないことを宣言して見せる。
お前たちなんて信頼していない。どころか、不穏分子とさえ表現してやった。
その言葉に、諸侯たちは色めき立つ。
「何たる暴言か!」
「いくらなんでも、言葉が過ぎましょう!」
「発言の撤回を要求する!」
ぎゃあぎゃあ五月蠅いこと、五月蠅いこと。
私は先程のヴェルジー卿に倣い、両手の平を机に勢い良く叩きつける。
バーンと、またもや上がる大きな音。
びくりと体を強張らせた諸侯らは、思わず口を閉じてしまう。
「暴言? 言葉が過ぎる? 何を馬鹿な、危惧は当然のことよ。実際に、阿呆が一人、謀反を起こしたでしょうが」
「うっ」
「それは……」
痛いところを突かれたとばかりに、諸侯たちが顔を顰める。
私はその顔を順繰りに見やる。
「南部諸侯の中から、謀反が起きた。その事実の後でも、無条件に卿らを信用せよと? 卿らは、そんな頭がお花畑な人間の下に付きたいの?」
「……摂政殿下、なれば、我々にどうせよと仰るのか?」
ドゥーゼ卿が、そのように問い掛けて来る。
「そうね、最低限の保障が欲しいわ」
「最低限の……保障?」
ドゥーゼ卿が、困惑した顔付きになる。
「ええ、そうよ。例えば、金を貸す時なんかは、担保を取ったりするでしょう? そんな、安心できる材料が欲しい」
「……具体的には?」
「質を出しなさい。そう、人質をね」
私の出した案に、再び場がざわめく。
「何と……!」
「ありえぬ! 敵から寝返ってきた手合い相手ならいざ知らず、自国の貴族に人質を出せと仰るか!」
「ふざけるなよ! 所領から妻子を一歩も出すものか! 人質などお断りだ!」
あー、五月蠅いなあ! 私は再び机を叩く。
「はいはい。静かに! 黙れ! ……いい? 話は最後まで聞きなさい! そう特に、先程所領から妻子を一歩も出さないと言った、そこのお前! ……よし、静かになったわね。あのね、別に卿らの身内を差し出す必要はないわ」
「――? それは、どういうことか?」
私はニヤリと笑う。そうして部屋の外で待つ、解放戦争以来の部下に告げる。
「エルマ! 入ってきなさい!」
その言葉を受けて、扉が開かれる。
エルマを先頭に、ずかずかと、完全武装の魔杖兵らが室内に入ってきた。
「なっ! これは……。まさか、殿下!?」
ドゥーゼ卿が悲鳴のような声を上げる。
私は、正解を導き出したであろうドゥーゼ卿に、笑い掛けてやる。
「ふふん、まさかもまさかよ、ドゥーゼ卿。そう、卿らこそが人質だ」
愕然とした表情を浮かべる諸侯たち。
中には、激昂して暴れようとする者もいるが、そんな馬鹿を、魔杖兵らは何の躊躇もなく、殴打しては、鎮静化させていく。
やがて、諸侯の誰もが口を閉じ、力なく項垂れる。
「さあ、作戦を発表しましょう。諸侯らの騎士団は、それぞれ独自に国境を越えて、アルルニア領に侵攻。野放図に暴れ回りなさい」
諸侯の私兵騎士団、彼らは諸侯の命なくば動かない。
されど、命令を受けて実際に兵を動かすのは、それぞれの騎士団長だ。
つまり、諸侯らはここで拘束されたまま、命令だけ出せばいい。
そして身柄を拘束した諸侯を通じての命令は、てんでバラバラに、敵国内へと侵攻させるというもの。
うん? 私の軍や、ラザフォード大将の第二軍はどうするか?
当然、安全な後方での高みの見物ですが、何か?
ふふふ、敵であるアルルニア諸侯軍と、不穏分子であるマグナ王国南部諸侯軍。
この二つを潰し合わせる。なんとも、冴えたやり方だ。
まあ、潰し合わせると言っても、兵の数から考えて、アルルニア諸侯が有利だ。
その上、南部諸侯の騎士団を一本化せず、バラバラに運用する。
それは、敵にとって各個撃破の大チャンス。
十中八九、アルルニア諸侯軍が勝ち残る。
それでも、ある程度の消耗は避けえまい。
更には、野放図に暴れる回る敵を潰すため、右往左往するわけだ。
疲労も蓄積される。
なれば、最後に私たちが、漁夫の利を掴むのも、容易だろう。
だから心配無用よ、南部諸侯諸君。
卿らの騎士団の仇は、ちゃんと私が取って上げますとも。
ふふふ、作戦が終わった暁には、邪魔者が全て消えていることでしょう。
「さて、卿らが、卿らの騎士団に命令書を出すために、ここに筆記用具を用意しました」
私は、魔杖兵らに、羽ペン、インク、羊皮紙を、机の上に持ってこさせる。
「もちろん、お手紙の内容は、きちんと検閲します。何度も書き直す羽目になりたくなければ、ちゃんと言う通りに書いて下さいね」
最後にそう、止めの一言を添えて差し上げたのだった。




