6-3
王城内の会議室、武官を中心に、少しばかりの文官を交えて、会議が行われていた。
会議場の空気は、必ずしも良いものではない。
「……あのラザフォード大将から、援軍要請、か」
私は第二軍の使者が寄こした、ラザフォード大将直筆の書状を、ポンと、机の上に放ると、ポツリと呟いた。
次いで、机に広げられた地図、それに目を向ける。
焦点は、マグナ王国南部、そしてアルルニア王国北部だ。
現在、アルルニア王国とは、紛争中であった。
原因は、係争中であった旧メデス辺境伯領を巡ってのこと。
当初の話し合いは、早々に破綻し、火種に見事着火した形である。
この事態に対し、マグナ王国は、王国正規軍の中でも、最強との誉れ高いラザフォード大将率いる第二軍を派遣。
これに南部諸侯が合力すれば、アルルニア諸侯軍など一蹴できると思われた。
ただ、事態はそう上手くいかない。
南部諸侯が、協力に消極的であったからである。
どうも連中、未だに先の大戦のことで、中央を、というか私のことを、恨んでいるらしい。
全く、レグーラ大将といい、しつこいこと、しつこいこと。
ちなみに、恨み骨髄なのは、アルルニア諸侯も同じとのことらしいが……。
うーん、あの一帯での私へのヘイトが、マジ半端ない件。
ったく、どうしてこうなったのやら?
えっ、自業自得? 何それ、おいしいの?
ゴホン! とかく、そういうわけなのだ。
ラザフォード大将も苦心しつつ、何とか南部諸侯を取り纏め、アルルニア北部に進軍。
迎撃する諸侯軍を押し出して、一時、メデス辺境伯都リーブラを占拠すらしてみせた。
しかし、その直後に、南部諸侯の一人が何をとち狂ったのか、アルルニア諸侯軍に内応し、謀反を犯す。
その隙を衝いての、アルルニア諸侯軍の反攻。
さしものラザフォード大将も、リーブラを放棄。
軍を後退させ、前線を両国国境線まで引かざるを得なかった。
現在、国境を挟んで、マグナ・アルルニア両国は睨み合いの真っ只中。
そんな中、ラザフォード大将の最大の懸念は、また新たなる謀反が、南部諸侯の中から出やしないかということ。
たった一軍で、敵軍と、そして味方にも目を光らせる。
それは、余りに荷が重すぎる。
そのため、あのラザフォード大将おして、援軍を要請する事態になったわけだ。
状況は逼迫している。援軍は出さざるを得ないだろう。
なにせ、あの軍人としての義務と責任が服を着たような男が、そう容易く援軍要請などするわけもない。
援軍を出さねば、状況は悪化の一途を辿るに違いない。
さて、なれば、問題は誰を援軍に派遣するかだ。
現在北部方面に第一軍、東部方面に第三軍、嘗てフーバー家が率いた第四軍は死番、そして、西部方面に第五軍が張り付いている。
遊兵は、中央に詰めている首都近衛軍、第六軍、第七軍の三軍。
首都近衛軍は論外だから、普通に考えれば、第六か第七軍のいずれかだが……。
それでは面白くない。
レグーラ大将に武勲を掲げる機会なんぞ、呉れてやる気はない。
リリーなら、別に良いけれど……。
だけど、最上は勿論、私が功績を積み上げることに決まっている。
私は摂政、武官ではなく文官、その上、法衣貴族だが、独自の戦力を保有していた。
ああ、そうそう、私は実は子爵様なのだ。
一国の摂政が、爵位も何もないのは、流石に問題ということで。
もっとも、領地を持たない法衣貴族。
普通なら、独自の私兵騎士団なぞ、保有するわけもない。
だが、実際には、私は独自の戦力を保有している。
嘗て、解放戦争で私が率いた魔杖部隊、それが肥大した、5000名からなる大部隊が。
えっ? 何、何?
そんな大部隊を常設する軍資金は、何処から捻出しているかって?
ハハハ、それは勿論、私の金策の為せる業ですよ。
いやー、我ながら素晴らしい手腕だな。
別にあくどいことは何もしていませんよ。ホントに、ホントよ。
これ、重要。テストに出るから、覚えておくように。
うん、言い訳完了。って、誰に向けた言い訳よ? ……まあいい。
ともかく、私は独自の部隊を保有している。
だから、それを率いて、援軍として駆けつけることが出来るわけだ。
「……南部一帯のゴタゴタは、元をただせば、全てこの身から出た錆。普通なら、レグーラ大将か、ギュンター大将に御出馬願うところですが、此度は、私に一任してもらえないでしょうか?」
なんて、心にもない殊勝な言葉を吐いて見せる。
私の発言に、出席者全ての視線が私の顔に向けられる。
「摂政殿下が? ……御心中は察しますが、政務の中心である殿下が、王都を空けられるは如何なものかと」
早速、否定的な声が出る。
他の面子も、同様に、否定的な顔付きをしてやがりますよ。
さあ、どう説得するか。私は心中で舌舐めずりする。
「政務に関しては、私が一時抜けたくらいで、小揺るぎもしませんよ。我が国の官僚は優秀ですからね。それとも、武官の諸卿方は、我ら文官の力量をお疑いでしょうか?」
「うっ……。いや、そういうわけでは……」
ふふーん、今の聞き方で、信用できないなんて、そんな文官全員に喧嘩を売るような台詞を、吐ける奴なんているわけもない。
「それとも、諸卿方はもしや、私の軍事面での力量をお疑いか? ならば心外というもの。今でこそ文官だが、嘗ての大戦を潜り抜けた力は、いささかも衰えていないわよ」
私は少し眦をきつくして、居並ぶ出席者たちを見据える。
「い、いえ、殿下の力量を疑うわけでも……」
「ならば、問題はないわね。であるなら……」
私は言葉を切ると、深々と頭を下げて見せる。
額が、机に擦りつきそうになる程、深々と。
「どうか、どうか、私に一任してもらいたい」
会議場にどよめきが起こる。
それでも私は、深々と下げた頭を上げはしない。
私のような立場の人間が、ここまで頭を下げる。
それは最早礼儀を通り越して、一種の脅迫行為とすら言える所業だ。
ほら、ほら、どうよ。どうなの?
一国の摂政にここまでさせて、まさか否定的なことを口にしないでしょうね?
心中でそのように煽る。
しかし、予想に反して、『分かりましたから、頭をお上げ下さい』、その一言が中々出てこない。
……事が事だけに仕方ないか。
私が、何故ここまで戦功を欲するのか?
武官連中が、何故私が戦功を上げるのを渋るのか?
それらには、明確な理由があった。
それは、フーバー家の名跡が理由である。
建国に携わった功臣の末裔たる七将家。
それは王家に準ずる家門であり、この国の伝統において、切っても切り離せない、重要な家柄だ。
その一つが断絶してしまったという事実。
それを、放置したままなのは、よろしくないのではないか?
そんな声が軍部を始め、王城内で無視し得ぬほど大きくなっている。
そこで、誰か適当な人間に、フーバー家の名跡を継がせては?
そんな意見が出てきているのだ。
その候補者として、複数の名前が挙がっているが……。
その一人が、他ならぬ私である。
当然と言えば、当然。
先の大戦にて、解放軍の勝利に貢献した英雄の名が挙がらぬ筈がない。
ただ、反発する声も多い。それは、とてもとても。
だって、そうでしょう? 少し考えれば分かる。
私が七将家の当主、その一人になる。
それは、政務の中心たる摂政が、一軍の軍団長をも兼任するということ。
周囲の者たちが、私の権力の肥大を警戒するのは当然の流れ。
それでも、その反発を無理押ししてでも、欲しい。フーバー家の名跡が欲しい。
フーバー家が持つ絶大な権威。
そして何より、公称ニ万を号する正規軍一個軍団を保有する権利。
それさえあれば……。それさえあれば……!
そう、それさえあれば、最早、私に敵はいない。
あの子たちの庇護者として、絶対の力を手中に収められるのだ。
だから……!
「よろしいではないですか。摂政殿下が、ここまで仰るのです。殿下に、援軍をお任せしようではないですか」
私は、驚愕の声を上げるのを何とか堪える。
ただ、居並ぶ武官の中には、驚きの声を抑えられぬ者も多数いた。
何せ、この場で最も、強硬に反対すると見られた人物が口にした言葉であったからだ。
私は伏せた顔を上げると、先程の声の主を見据える。
痩身で、青白い顔をした軍人。――レグーラ大将。
何だ? 何を考えている?
「ギュンター大将、卿は如何思われる? 卿は反対なのかな?」
「……いえ、私は反対しません」
「なるほど、なるほどぉ。では、諸卿はどうです? 誰か反対意見は?」
レグーラ大将が、出席者たち全員を見回す。
「り、両大将がご納得されるなら……」
「小官も、ど、同意します」
「う、うむ……」
出席者たちは、揃って消極的な賛意の声を上げる。
狙い通り、私が援軍部隊の指揮官となった。だが、これは……。
「結構。決定ですなあ。ではぁ、殿下、援軍の指揮の程、お願い致しますぞ」
「ええ、任せて頂戴」
まるで覗き込むように、こちらを見やるレグーラ大将。
私はその濁った目を、真っ直ぐ見つめ返した。




