6-1
王城の一室。
その窓からは温かな日差しが射し込む。
麗らかな昼下がり、その心地よさをぶち破る、無粋な怒声が響く。
「今日もまた、勉強、勉強、勉強ばかり! いい加減にしろ!」
癇癪を起したクソガキを、私は睨み付ける。
「……陛下、これらの勉学は、国を統べる上で……」
「その言は聞き飽きた!」
目の前のクソガキ、もとい、国王カール三世陛下は、私の有難い言葉を、遮りあそばされやがりましたよ。
えっ! 敬語がおかしい? 気にしたら負けよ、負け。
はあ、私は溜息を一つ零すと、改めて目の前のガキを見詰め直す。
御年9歳になられる少年王は、年齢相応の身長だ。
それ故、自然と見下ろす形になる。
だが、最近、このクソガキ王様は、私に見下ろされるのを厭うようになった。
どないせいっちゅうねん。――何故か関西弁を心中で呟く。
あれか? こう膝をついて、見上げろってか?
幼稚園の保母さんがするように? そんな優しく、丁寧な対応を私が?
何の冗談よ。そんな対応は、王城付きの女官たちに求めてくれ。
「余は一国の国王だぞ! にもかかわらず、退屈な儀式、祭典以外、王らしいことは何もしておらん! 面白くもない勉強ばかりだ!」
つまり、こういうことだ。
今のクソガキの言が全てを物語っている。
ようは、背伸びしたいお年頃。そういうわけだ。
ったく、反抗期のクソガキを宥めるのが、摂政の仕事だったかしら?
ホント、冗談じゃない。
「では、お聞きしますが、陛下の仰る、王らしいお仕事とは何でしょう?」
「そ、それは、政務とかそういう……」
「ほう。政務……ですか」
「う、うむ。そうだ」
政務、政務、政務ねぇ。9歳児に務まる政務って何だ、それ。
こんなガキに頼るほど、この国の官僚は腐ってはいないっつーの!
私は、クソガキを徹底的に、言い負かすことに決めた。
「……ある村では、どうも作物がよく育ちません。故に、貧困の最中にあります。さあ、大変。さて王様、どのように対処しましょうか?」
「む、む……。その村の近くに、豊かな森はあるのか?」
「森を始め、田畑の作物、その代替となる食糧を採れる環境は、近くに無いと仮定します」
「うっ! うーん……」
これは困ったぞ。そんな顔を浮かべて唸る少年王。
何か、良い案がないかと、頭を捻っている。
私は少しだけ、鋭くした眦を緩やかにする。
今の応答だけでも、少しは教育の成果が出ているというものだ。
私はよく、カールとは、この手の質疑応答式の問答をしてきた。
当初はこれでどーだ! と言わんばかりに馬鹿な意見を主張したものだが……。
今では、まず不足した設定を確認するぐらいの思慮が出てきている。
まあ、そうは言っても、まだまだ勉強不足だけどね。
「と、特産品はどうだ? 何か良い特産品があるとか」
「良いでしょう。特産品になりえるものが、その村にあるとします。当然、これまでそれを活用してこなかったから、貧しかったわけです。よろしいですね?」
「うむ」
カールが、一つ頷いて見せる。
「では、新たに特産品産業を興す上で、必要となる施策を挙げて下さい」
「なっ!?」
予期せぬ問いが来たとばかりに、驚愕の表情を浮かべるカール。
ハハハ、この調子では、まともな回答を出せまい。
「む、むう。その特産品を買い取るよう、周囲の街や村に命じる?」
「……どんな強権の発動よ。はい、落第です」
「なにを! では、シズクならどんな案があるのだ!?」
顔を赤らめて、唾を飛ばすカール。汚いなぁ。
「そうですね。何を始めるにも、初期費用がいります。貧しい村には捻り出せません。ですので、初期費用を国庫から融資、貸付しましょう」
「あっ……」
「更に特産品の販売、その通商路の整備です。それまで、何の取り柄もない貧しい村です。周囲にある大きな街などへの道は、酷いものだと想像できます。道の整備をしたら、行商などの商人が通い易いですよね」
「う、うーむ……」
「後、私なら……。私のコネや、影響力を活かして、陰に陽に、色々と宣伝活動をしようじゃないですか。見返りに、商売が軌道に乗ったら、利益の一部を……」
「それは裏献金だ!?」
カールのクソガキが、素っ頓狂な声を上げる。
失礼なガキね。それまでの力添えに対する、正当な報酬ですとも。
「ともかく、そんなところです。さて、陛下? 政務をしたいと仰りましたが、まだ早いのはお分かりになりましたね?」
「ぐっ……」
カールが苦いものを噛んだ様に、その表情を歪める。
「では、陛下が政務に携われる未来、その近道は? そう、勉学あるのみです」
「う……」
「う?」
「煩い、煩い! シズクの分からず屋!」
「ちょ! おまっ……!」
勉強の教科書にと、用意していた本を、クソガキが何と放りやがった!
私は慌てて身を仰け反らせると、辛うじてそれを避ける。
バタバタとした足音。
本を避けたままの体勢で、そちらに視線をやる。
クソガキが部屋から走り去るところであった。
「あんの、クソガキ……!」
危ないだろうが! 当たったらどうしてくれる!
しかも勉学の時間をボイコットするとは、いい度胸だ!
この麗しの摂政様が、わざわざ忙しい中、時間を割いてやってるというに!
「あの、大丈夫ですか、シズク様?」
鈴のような声音が転がる。
私はその声の主、実はもう一人いた生徒に視線を向ける。
視線の先には、大人しそうな少女。
名は、テオドラ。私の小姓、つまり世話係をする娘だ。
年齢は、カールと同じ9歳。
丁度良いからと、彼女も常に、カールの勉学に同席させていた。
「別に大事ないわ、テオドラ」
「それなら良かったです。あの、それから、その……」
テオドラは、挙動不審に私の顔と、カールが走り去った方にと、視線を行ったり来たりさせる。
ああ、なるほど。
怒って走り去ったカールが気になると……。
ただ、追いかけようにも、それでは自分もボイコットすることになる。
それで、こんな態度を見せているわけだ。
カールと、テオドラは、身分の差こそあれど、親しい間柄だった。
何せテオドラは、カールの後見人である、私の小姓だ。
何かと接点は多いし、その上、同い年。
王城内に同年代は少ない。二人が親しくなるのも当然の成り行きと言えた。
親しいカールを気にかける心と、授業をサボれないという生真面目な心。
その二つの間で、テオドラは葛藤しているようである。
「あのガキと違って、お前は良い子だね」
そう言って、私はテオドラの頭へと手を伸ばす。
そのさらさらの金砂の髪を、優しく撫でてやった。
テオドラは私に撫でられながら、少し困った様にはにかむ。
大方、『あのガキと違って』、その言葉に気後れしているのだろう。
ただ、それでも褒められるのは嬉しいのか、湖のように澄んだ青い瞳を細める。
「授業はお終いよ。テオドラ、カールのことを頼めるかしら?」
「はい! 勿論です、シズク様」
花が咲いた様に笑むと、テオドラは一礼した後に、カールを追いかけて、私の執務室から飛び出していく。
私はその後ろ姿を見送ると、やれやれと肩を竦める。
子供たちが去った執務室に私一人。
先程の慌ただしさから一転、寒々しいまでの静寂。
意外にも、あの子たちの存在に、私の心は随分と慰められているようだ。
「って、止め止め。辛気臭いのは、私らしくないぞっと……」
私はうんと、伸びをする。
そうして、子供たちの勉強場と化している、応接席から立ち上がると、執務机の方に歩み寄る。
席につくと、中断していた書類仕事へと取り掛かる。
「さて、あの子たちの未来の為、今は私が頑張りますか」
そう呟くと、羽ペンを手に取る。
そうして、さらさらと、書面に文字を書き綴っていった。




