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【書籍化】魔女軍師シズク  作者: 入月英一@書籍化
終章

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エピローグ

 都中をあげて行われる祭り。先の戦勝を祝う宴。

 民衆に、新しい主人が誰であるかを理解させるための示威行為。

 貴賤を問わず、王都に住まう全ての者に振る舞い酒が提供される。


 タダ酒に気分を良くした者たちは、新たなる王の名を喝采する。

 まだ生まれてすらいない王を、名君と仰ぐのだ。


 ああ、何たる茶番であろうか。


 陽が落ち、夜の帳が下りようとも、お構いなしに宴は続く。

 パチパチと燃える篝火の灯り。酔った人々が上げる声。

 それらが夜の闇と静寂を払う。


 私はそんな乱痴気騒ぎを、馬鹿にしながら見下ろす。

 いつぞやのリーブラでの戦勝祝いのように、私はとある建物の屋上にいた。


 手には、クスクス産のワインボトル。

 無理を言って、あの日と同じ銘柄を取り寄せた。

 あの日との相違は、私がここに一人でいることだけか……。


 いや、もう一つあったわね。

 私は気遣いのできない馬鹿男と違い、きちんと人数分のグラスを用意していた。


 キュポンと、コルクを抜くと、一つ目の杯にワインを注ぐ。まずは自分の分。

 次いで、二つ目の杯に。これは、コンラートの分だ。そして――。


「藤堂さんにもお裾分けね」


 私は三つ目の杯にもワインを注ぐ。



 杯に注がれた赤を見る。

 ワインに限らず、赤色のものをじっと眺めていると、どうしてもあの日のことが想起される。

 赤い、紅い景色と共に消えていった少女。藤堂さんとの別れの日を。


 私は瞼を閉じると、まざまざと蘇る光景に思いを馳せた。



****



 意識が浮上するという表現がある。

 確かにその感覚は、息苦しい水底から浮き上がるのに、どこか似ている。


 朦朧とした感覚。霞がかかったような思考。

 現状をすぐさま把握することができない。


 ズキリと頭が痛んだ。

 まるで、高熱に寝込んだ後、不意に目が覚めた時のような痛み。


「ッ! ……いたい……」

「魔女様!? 目覚めたのかい!?」

「……エルマ?」


 聞き覚えのある部下の声。その声の主の名を呟く。


「ああ、良かった! このまま目覚めなきゃ、どうしようかと……!」


 大きな声が頭に響く。浮き沈みする振動も同様だ。

 この段になって、私はようやくエルマの背におぶられているのだと理解する。


「どうして……?」


 今の状況が分からない。疑問の言葉が自然と零れ出る。


「どうしてっていうと?」

「現状を簡潔に説明なさい」

「ああ、ええとだね。魔女様の言いつけ通り、森に火を点けたんだ。その後、魔女様が心配でね。まさか、恩人を見殺しにできないだろう? それで私たちも森に入ったんだ。そこで、倒れている魔女様を見つけたってわけだよ」



 エルマの言葉が、ぼんやりとした頭にゆっくりと浸透する。


 意識を失う前のことを思い出した。そうだ、あの後……。

 私は一人燃え盛る炎から逃れるために、森の中を彷徨ったのだ。そして、その途中で倒れたのだろう。


 エルマたちに助け出されたことを考えれば、意外と森の外縁部まで逃げ出せていたのかもしれない。

 必死の悪足掻きが功を奏したというところかしら。いや、そんなことより……。


 私はエルマにおぶさったまま、首だけ背後を振り返った。


 目に映ったのは、おぞましい程に鮮やかな赤。

 ああ、彼女の、藤堂さんの色だ。


 森を赤く染める炎は一層猛々しく燃え盛る。

 藤堂さんをその渦中に抱いたまま。


 私は一人森の中を彷徨った。

 そう、藤堂さんとの決闘を終えて。一人きりで。



 ……あの時、私が仕掛けたのは、下らない小細工。

 藤堂さんに手渡したエルマの魔杖。

 あれには、火薬こそ込めていたものの、肝心要の弾丸を込めてはいなかったのだ。


 果たして藤堂さんは、あんな小細工に本当に気付かなかったのだろうか?

 ……あるいは、その可能性に気付いていても、それを問い質すような無粋な真似を嫌ったのかもしれない。

 存外潔癖と言うか、何と言うか、律儀な所があったようだしね。



 炎の熱量に汗でも流しているのかしら? 目に映る赤が滲む。ああ――。


 赤い少女は、炎の赤と同化して消えていく。また、私一人置き去りにして……。

 本当にひどい人ね。


 ……さようなら、私の憧れた赤。



 私は燃え盛る炎を、いつまでも見詰め続けた。



****



 私は目を開く。手を軽く持ち上げ、杯を月光にさらす。

 ひんやりとした空気。澄んだ空。リーブラでの戦勝祝いと同じく美しい月夜だ。


 私は暫し月を眺めると、杯の中身を嚥下する。口内に広がる渋み。

 ただ、身構えていた分、咳き込むことは無かった。


「……うん、マズイ。もう一杯」


 そんなどこぞのCMのような台詞を吐くと、自分の杯に再びワインを注ぐ。

 そして安酒でも飲むように、再び呷るように一気に飲み下した。


 火照る頬。くらくらとした酩酊感。ふむ、これがお酒を嗜むという事か。

 相変わらず味は酷いものだったが、この感覚はそう悪くない。


 あるいは、知った風な事を言う大人も、この感覚だけを好んで酒を飲んでいるのかもしれない。

 だって、本当に味は美味しく感じられないのだもの。


 ふわふわとした感覚を覚えながら、杯を重ねる。


 暫くそうして酒を飲んでいると、ふと、あることを思い出した。


「前にお酒を飲んだ時は、詩を詠み上げたのだったかしら……」


 そう、風情云々とほざくコンラートを見返そうとして。

 苦し紛れに『涼州詞』をこちらの言葉に直して詠み上げたのだ。


 ……ふむ、また何か詩でも詠み上げようかしら。


 酔いの影響か、なんだか興が乗って、そんなことを考える。


 さてさて、何を詠み上げよう。

 やはり、酒にまつわる詩かしら? うーん、有名どころだと、『勧酒』とか?

 井伏鱒二の日本語訳、『さよならだけが人生だ』のフレーズは秀逸よね。


 でも、いま一つか。詩自体は素晴らしいけれど、場にそぐわない。


 だって、ここには私一人。

 一期一会を惜しむ相手なんていないのだから。

 そう、コンラートも、藤堂さんも、とっくに逝ってしまった。


 なら、他に何がある? うーん。……あっ。

 ふと、思い当たった詩を、こちらの言葉で口にのせる。



 ――酒を飲むなら歌わなければ。


 人生などどれほどのものでしょう。


 たとえるなら朝露のように儚いもの。


 過ぎ去ってしまった日々は甚だ多く。


 思いが高ぶり、悲嘆に暮れるばかりです。


 心にわだかまった思いは、どうしても忘れることが出来ない。


 どうやってこの憂いを解き放ちましょう?


 唯、酒があるだけですよ。



 言の葉を紡ぎ終えると、更に杯を呷った。


「どうして、『短歌行』なんて思い浮かんだのかしら?」


 しかも何故か、口にのせたのは陰鬱とした前半部分のみ。


 ……何を嘆くことがあるのかしら?

 私の前途は洋々と開けている。

 そう、この戦争で勝ちとった立場で好き勝手生きるのだ。


 元の世界では出来なかったこと。

 私が、自身の本性を曝け出して生きること。

 隠し立てせず。思うがままに。誰彼にも憚ることなく。


 それを許されるだけの立場と力を手にするは容易い。


 私はこの戦争を勝利に導いた立役者。

 更には、主君たる王は未だ生まれてすらおらず。

 その王母も、他の群臣よりも、私を重宝することだろう。


 ああ、そうとも。誰も私の行動を掣肘など出来るものか。

 私はまさに栄華を極めようとしている。なのに……。


「……藤堂さんの嘘付き。これのどこが理想郷? ちっとも心躍らないわ」


 そう、私はきっと楽しめない。だって、あなたたちがいない。


 結局、解放軍は勝利しても、私自身は勝利を手にしていない。

 前提条件が違う。私にとっての勝利条件が。

 藤堂さんと、コンラート、その両方、あるいは片方だけでも生き残らせなければ、私の勝利ではなかったのだ。


 そのように考えが及んで、疑問は晴れた。

 そうか、そうだったのだ……。


「私も負けたのか……。そうなのか。だったら……」


 もう一杯、ワインを口の中に流し込む。


「だったら、自棄酒するしかないよね」


 そうだ。そうするしかない。

 私は自身の杯に、またもやワインを並々と注ぐ。

 そうして、杯を掲げてみせた。


 酒気が体を廻る。全身が火照る。とても愉快な気分になってきた。


「ふふん。でも、私は負けを認めたからって、しおらしくなる女じゃないのよ。魔女らしく、周囲を巻き込みながら、盛大に憂さ晴らしをして上げる」


 そんな、誰にとっても傍迷惑な宣言を、月を見上げながらしてみせる。


 ああ、そうとも。私はまだ死んではいない。


 だったら、赤く、赤く、尚赤く。

 私の憧れた藤堂さんの色に。最も鮮烈な原色に……。


「私は赤く染まる。そして、きっとこの国も……」


 私は魔女の様な邪悪な笑みを浮かべた。そうして杯を重ねていく。



 眼下に広がる王都からは、未だ鳴りやまない喧騒が響いていた。



****



 シズク(神聖歴?年~?年)


 出身地不明。生年没不明。

 伝承によれば、マグナ王国より遥か東の国の生まれだとされる。

 異国出身故の特異な容姿と、戦略戦術謀略面の際立った有能さから、『遠国の魔女』の異名をとった。


 およそ個人で上げたとは信じ難い功績の数々と、謎に包まれた素性。

 また、マグナ王国の公式記録に彼女の名前が一切見られないことから、長らく伝説上の人物であると考えられていた。

 しかし、近年の研究によって実在の人物であることが判明している。



 数少ない資料によれば、コンラート王太子の旗揚げ段階からの古参であったようだ。

 数々の献策を行い、コンラート王太子、引いては解放軍に勝利を齎し続けた。


 参謀としては、機動を重視した奇襲戦法や、野戦築城など、攻守共に優れた能力を示した。

 また、銃火器を初めて実戦で活用した人物としても名高い。


 優秀な参謀としての側面とは別に、謀略家としての能力も高く評価される。

 解放軍内に取り込んだ、アルルニア・マグナ貴族の懐柔。

 一時的に同盟関係を結んだラティオ共和国との折衝面でも暗躍した。



 解放戦争後は、産後直ぐに亡くなった王母アンネリーの遺言に従い、幼いカール三世の摂政として、政を取り仕切った。


 しかし、カール三世は成長するにつれて、自ら権力を握ることを切望するようになる。


 次第にシズクを疎んじるようになったカール三世は、神聖歴七四九年、十ニ歳の時に遂に強行策に出る。

 自らが親政を行うべく兵を挙げ、シズクを排斥しようと試みたのだ。


 いわゆる、『魔女の夜逃げ事変』である。


 しかし、事前にカール三世の動きを察知していたシズクは、既に王城を逃れた後であった。


 その際、王城の宝物庫から金品を奪取。

 退職金代わりに貰っていきますという置手紙を残したという逸話が残る。

 これを見たカール三世は地団太を踏んで悔しがったとされる。



 シズクがその功績に反して、マグナ王国の公式記録に名前が見られないのは、この事変が原因だと考えられる。


 つまり、シズクを恨んだカール三世が、彼女に関する記録を抹消させたせいだというのが現在の通説なのだ。


 王城を去った後のシズクの足跡は不明である。

 故国に帰ったとも、マグナ王国の辺境で静かに暮らしたとも言われている。



 彼女の功績は数多く残るが、その人物評は余り伝わっていない。

 資料が少な過ぎるのが原因である。


 彼女の人物像を窺うには、当時を生きた人間の手記などに頼るしかない。


 最も資料的価値が高いとされるのが、リリー・ギュンター将軍が遺した手記である。

 その手記の中には、シズクの活躍が事細かに記されている。


 また、ギュンター将軍は手記の中で、シズクのことをこう評している。


『その性、狡猾にして残忍。容易く人道を踏み外せる、正しく魔女の様な女性。しかし、それでもどうしたわけか、どこか憎めないところがあった』、と。


 他の人物が遺した人物評にも、油断ならぬ、危険などと評されるが、それでも悪し様に酷評されることは少ない。


 謀略家としての容赦の無さから危険視されたようだが、それでも一定以上の好意や信頼を寄せられる稀有な人柄であったようである。



 近年、シズクの実在が知られるようになってから、彼女の研究は盛んに行われるようになった。

 結果として、彼女の功績が再評価されている。


 その高い知略と、時代を先取った視点は、歴史家たちを唸らせて止まない。

 ある歴史家は、シズクの存在が戦争の歴史を百年早めたと、そう評したほどである。


 その評が正しいかは別として、シズクが女性として世界史に最も影響を与えた人物の一人であるのは疑いようがない。


 事実、世界史の女傑十人の一人に数えられている。そして、その中で唯一、世界三大悪女の一人にも数えられるほどだ。


 三大悪女に数えられたのは、摂政時代の逸話に由来する。


 シズクは、優れた手腕で国内を纏め上げ、国を安定させた。

 しかしその陰で、不可解な失脚や破滅を遂げる者が絶えなかったこと。

 また、一国の重要人物とはいえども、過剰なまでの財貨を個人で所有していたこと。


 これらから、シズクは裏で大変な悪事を働いていたのだと伝承されてきた。

 このイメージにより、悪女としての後世の評価が生まれたのである。


 もっとも、その辺りは資料的根拠も乏しいのが現状だ。

 彼女の人物像、その実態を掴むには、更なる研究が必要とされるだろう。



 ニコラス・アッカー著、『マグナ王国解放戦争史~偉人伝~』より抜粋。


 

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