5-2
――ラティオ共和国軍敗走、その報が解放軍に届けられた。
共和国軍の敗北は予想していたこととはいえ……。
その報告の詳細を見れば、心胆寒からしめるものがある。
錬度は別として、ほぼ同数の兵が野戦で真正面からぶつかった。
にもかかわらず、戦況は余りに一方的なものであったらしい。
共和国軍は総司令代理であるモスキーノ将軍を含め、五名の将軍の内三名までもが戦死するという壊滅的敗北を喫した。
無事祖国に逃げ帰れた兵が、一体どれほどいただろう?
その損害は計り知れない。
ただ、共和国は遠征軍以外にもまだ本国にそれなりの兵を温存している。
つまりこの敗北が即、国家の存亡に関わるわけではない。
そうは言っても、四万近い将兵、当初の出陣時から見れば、六万の大軍が壊滅したという事実。
それが共和国の人間に与えた衝撃は余りに大きい。
次、次と届く後報によれば、共和国内は大変な混乱をしているよう。
特に国民感情、その悲しみと怒りが凄まじい。
狂騒と言ってもよい大きな感情、その矛先が向かう先は二つある。
一つは、共和国を裏切った私たち。
共和国民の民意は、解放軍憎しで黒く燃え上がっているらしい。
そう、実際に共和国軍を破ったマグナ王国軍よりも恨まれているようだ。
そしていま一つは、そんな解放軍と同盟を推し進めた議員たち。
バルトローネ卿を筆頭に、同盟を強く推し進めた議員たちは、この民意を受けた議会により即座に議席を剥奪された。
更に、それでも怒り収まらぬ共和国民は暴徒と化し、同盟推進派の元議員たちの屋敷を襲撃。
悉く血祭りに上げたようだ。
そう、ただ一人の例外を除いては。
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「機を見るに敏。抜け目の無い事ね」
遠路遥々ウィッラ領入りした大商隊の列を、私は眺めながら呟いた。
いや、正確には商隊に扮した夜逃げ集団である。
ラティオ共和国に遣わしたワトソン君の任務は二つ。
一つは、カザリーニ卿への警告と亡命の勧めだ。
共和国軍が敗れれば、彼の立場が危うくなるのは予想できること。
他の議員連中はともかく、彼は救出する必要があった。
何故なら、彼の下には量産体制に入った魔杖と火薬の在庫があるのだから。
だからこそ、持てるだけ持って、早々にこちらに亡命するよう勧めたわけだ。
しかし、ワトソン君が共和国に到着してからでは、これほど大規模な夜逃げ準備は無理だったろう。
事前にカザリーニ卿は亡命の準備を進めていたに違いない。
本当に有能な男だ。それだけに警戒の必要があるだろう。
「おお、魔女殿! わざわざお出迎えとは痛み入ります」
破顔したカザリーニ卿が、大仰に礼を尽くしてくる。
「いいえ、カザリーニ卿。苦境から脱した友を出迎え、労うのは当然のことです」
私は、淑女然とした微笑みで出迎えた。
「有難いことです。この度は救いの手を差し伸べて頂き、感謝の極み。持つべきものは友というわけですな」
救いも何も、そもそも私が裏切らなければ窮地に陥ることもなかったわけだが……。
恨み言一つ漏らさないのは流石といったところ。
私は、そんなカザリーニ卿の背後に視線を向ける。
「それにしても、すごい物量ですね」
カザリーニ卿は一度振り向くと、頷きを返す。
「ええ。此度の恩に報いるため微力を尽くさせて頂きました。魔女殿よりご要望のあった品はもとより、金品・武器・兵糧、我が家の財貨の限りで掻き集めました。お役立て頂ければと」
「身の危険のある中、よくぞここまで……。礼を言わねばならないのは、こちらの方ですね」
他人の目もある。私たちは何とも白々しい会話をかわし合う。
それにしても、本当に途方もない手土産だ。
これほどの手土産を持参したカザリーニ卿を、邪険に扱うわけにもいかない。
ホント、保身に長けた人だこと。
「長旅でお疲れでしょう。フィーネ宮に部屋を用意しました。まずは旅の垢を落として下さい。今後の事は明日話し合いましょう」
「重ね重ね、痛み入ります」
カザリーニ卿は丁寧に頭を下げた。
私は、フィーネ宮の使用人にカザリーニ卿を案内するよう指示する。
使用人に先導され、カザリーニ卿はいち早くフィーネ宮へと向かっていく。
残されたのは、膨大な物資の山。
こちらは兵らに指示を出し、適当に片付けるよう言っておく。
その際、釘を刺すことを忘れない。
「カザリーニ卿は、この物資の目録を用意されているでしょう。後で照らし合わせるので、分かりやすいようキチンと整理しなさい」
「はっ」
「膨大な量です。誰がどの物資を担当したかも明らかにするように。後で誰に聞けば良いのか、分からなくなってもいけませんから」
「承知しました」
では頼みますと言い置いて、私もフィーネ宮へと戻っていく。
さて、これで手癖の悪い連中に対するいくらかの牽制になったろう。
連中のポケットに、むざむざ金品を入れさせてなるものか。
……適当にスケープゴートを用意してもいいかもね。
より一層、引き締め効果が見込めるだろう。
そして、その哀れな山羊さんが、既にいくらかの物資を横流ししたことにすればいい。
すると、あら不思議。失われた分は私のポッケに収まるわけだ。
うん、完璧な対処だね。
私は満足げに頷いたのだった。
トントンと扉をノックする。
「どうぞ」
入室の許可を待って、部屋の中に入る。
「おや、一日休ませて頂けるのでは、魔女殿?」
私の顔を見たカザリーニ卿が、ニヤリと笑う。
「何、真に受けていたの? 馬鹿ね、そんな悠長に構えていられるわけないでしょう」
「やれやれ。それで、御用件は?」
肩を竦めながら、カザリーニ卿が問い掛けてくる。
「手土産の内訳を把握しておきたくてね」
「なるほど。……こちらになります。どうぞ」
カザリーニ卿は話しながら一枚の羊皮紙を取り出す。
そしてこちらに手渡してきた。
私は受け取るや、早速その紙面に目を走らせる。
「金貨、貴金属、宝飾品に美術品。それから、武器、糧秣……。これはまた……」
「中々のものでしょう?」
「ええ。余程、阿漕な商売をこれまでしてきたのでしょうね」
私の直截な言葉に、流石のカザリーニ卿も苦笑を浮かべる。
「それはともかく、肝心要の魔杖は……三〇〇〇本ですか。ふむ……」
悪くない数字だ。
これなら、単純計算三〇〇〇名の魔杖部隊を創設できる。
武器を持ったこともない民衆を、一挙三〇〇〇人の兵隊に仕立て上げれるということ。
その劇的な変化は、最早一種の錬金術か何かだ。
ああ、だけど……。
「弾丸はいいとして、ネックになるのはやはり、火薬の備蓄量か……」
紙面の上の、火薬量を記した数字を睨みつける。
消耗品の内、弾丸は構わない。いくらでも量産できる。
問題になるのは火薬だ。
カザリーニ卿も手元にある分を全て持ってきたのだろう。
その量は少なくない。
しかし、これまでと違い魔杖部隊が三〇〇〇名もの大所帯になれば、使用する火薬の量も増大する。
正直、この量では心許ないものがある。
「やっぱり、ウチのワイズ頼りか。どうです、カザリーニ卿。彼は上手くやりますかね?」
「さて。私が持つ、その筋の伝手とは繋いでおきましたが……。どうなるやら。彼次第でしょうな」
何とも頼りない回答だ。
もっと安心する答えを貰いたいものだが……。
私は溜息を一つ零す。
魔杖部隊を運用し続けるには、火薬の安定供給が不可欠だ。
ワイズに託した仕事のもう一つとは、火薬の供給路の確立である。
その為に、共和国に遣わした。
先代のカザリーニ卿が確立した西回りの貿易ルート。
ここから火薬は入荷されてくる。
別に、カザリーニ卿の船団だけが使用していたルートでもなし。
彼が共和国にいないのなら、他の商会の船が火薬を仕入れてくれれば問題無い。
問題があるとすれば、むしろ共和国での買付の方だろう。
現在の共和国と解放軍の関係性からして、商取引が可能とは思えない。
何せ、共和国民の解放軍に対する国民感情が最悪だ。
いくら金儲けに目の無い商人といえ、解放軍との取引は中々踏ん切りがつかないだろう。
そもそも、長老評議会が許すとは思えない。
つまり、真っ当な商会との取引は絶望的だ。
ならば、諦めるしかない?
いやいや、そんな選択肢はあり得ないだろう。
では、どうするか。答えは単純だ。
真っ当な商会と取引ができないなら、真っ当ではない連中と取引すればよい。
つまり、モグリの闇商人である。
貿易が盛んな共和国だ。その手の輩など、掃いて捨てる程いるに違いない。
アングラな世界で商取引する彼らなら、議会の掣肘を受けることもない。
金次第で、十分に取引が可能だろう。
火薬調達のために描いた絵図はこうだ。
まず海洋での火薬輸入を、どこぞの大手商会に任せる。
そして、その大手商会と解放軍との仲介役として、闇商人を利用する。
これなら、問題無く火薬を調達できる。
ワイズには、この道筋を付けてきてもらうわけだ。
ただ、彼が元商人とはいえ、縁もゆかりもない土地だ。
伝手など欠片たりとも持ち合わせていない。
ゼロからのスタートでは、無理ゲーにも程がある。
だから、亡命前のカザリーニ卿にいくつかの伝手を紹介してもらったわけだ。
今頃、紹介された闇商人たちと接触しているはず。
後は、ワイズの働き次第。
きっと、本人も張り切っていることだろう。
一度干された身でありながら、商人として再起できるのだから。
……そう、例えアングラな世界に放り込まれたとしても。
うん、商売は商売だ。
きっと、きっと、張り切っていることだろう。
いやー、頑張ってくれたまえ、私のワトソン君。
君ならできる!
そう、例えどんな苦難や修羅場が待っていようとも。
ああ、君ならできるとも。
勿論、私は彼の成功を疑っていない。
疑っていないが、発破をかけるため、失敗すれば首を切ると宣言しておいた。
ちなみに、解雇の比喩表現か、あるいは物理的なものかは、私の胸一つで決まる。
それを聞いたワトソン君は、武者震いをしていた。
きっと、遣り甲斐のある仕事に奮い立ったのだろう。
ああ、なんて頼もしい。
彼ならば、どんな艱難辛苦すらも乗り越えてくれるだろう。
私は前途洋々とした部下の未来を、心中で同情、もとい、言祝いだ。




