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【書籍化】魔女軍師シズク  作者: 入月英一@書籍化
四章

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55/88

4-12

 この古城に籠城してからもうじき三週間になる。

 

 周囲を取り囲む敵兵は、七千程度だろうか?

 対してこちらは、戦闘可能な兵力は三千を切っている。

 その上酷く疲弊している。糧食も乏しい。

 何とか切り詰めて食い繋いでいるが、遠からず限界が訪れる。


 援軍の望みあれば、もう少し頑張れなくもないが……。

 アルルニア諸侯軍本軍が援軍に来れるなら、とっくに来ているだろう。


 諸侯軍本軍が援軍に来れないのは、第六軍に牽制されているから。

 当初の作戦ならこちらが牽制する側だったのに、立場が逆転してしまっている。

 はあ、何とも誤算だらけだ。

 それもこれも、全てはアカネが用意した罠のせいか。


 どうにか、この危機的状況から抜け出せないものか?


 独力ではこの窮地を脱するのは厳しい。

 なら、やはり援軍がいる。だが……。


 僕たちの救援のためには、諸侯軍本軍が第六軍と決戦した上で、これを打ち破る必要がある。

 さて、諸侯軍本軍にそんな気概があるだろうか?


 ないね。うん、絶対にない。


 僕やリルカマウスちゃんのような、発破をかける人間がいないと、連中の重い腰は上がるまい。


 はあ、いよいよ僕の悪運も尽きたかな?


「殿下、少しよろしいですか?」


 人目を憚る様に、声を潜めながらライナスが近づいてくる。

 その顔には、くっきりと苦悶の表情が浮かんでいる。


 ふむ、どうやら良くない知らせだね。

 というか、良い知らせなんてずっと聞こえてこないけれど。


「何だい、ライナス?」

「糧食の件です。再度確認したところ、どんなに切り詰めても、後三日程度で底をついてしまいます」

「そうか……」


 一言呟くと、目を閉じる。


 なんとまあ、思っていたよりも酷いじゃないか。

 さて、進退窮まった。

 

 残された道は二つしかない。

 援軍の到来に一縷の望みを掛けて、飢餓地獄を耐え抜くか。

 あるいは、城門を打って出て、華々しく散るか。


 うん、断然後者だな。というか、前者は無理だよ。

 だって僕は曲がりなりにも王子様だよ。王族の一員。恵まれた生活をしてきたのだ。

 そんな僕に、堪え性なんてあるわけないだろう?


 無理、無理、無理だぁ。絶食状態で耐久するなんて、できるわけないよね。

 ということで、兵らには悪いけど、特攻という名の自殺に付き合ってもらおう。

 最後にその位の我儘なら許されていいだろう?

 むしろ、許されるべきだ。


 なんて、自分勝手な考えで今後の方針を決めてしまう。

 勿論、兵らには別に、尤もらしい特攻の理由を告げないとね。

 せめて、一矢報いて死すべし……みたいなね。

 よし、それにするか。


 僕は閉じていた目を開ける。


「最早これまでか……。ならば、せめて一矢報いるべし!」


 僕は立ち上がり、声を張り上げた。


「殿下……。ッ、御意! 我ら一同、決死の覚悟で戦わん! 最後の槍働き、どうか御照覧あれ!」


 まずはライナスが、そして、僕とライナスの遣り取りを窺っていた兵らも、ライナスに続いて声を張り上げる。


「応とも! 後世まで語り草になる槍働きを!」

「ただでは死なぬ! 連中に目に物見せてやる!」

「死兵の意地を見よ! 一兵でも多く道連れにしてくれん!」


 ……熱いな。ついていけないノリだ。

 まあしかし、この声に応えるぐらいはしてみせよう。

 彼らを死地に追い込むのだ。

 せめて、彼らが望むリーダーを演じて見せよう。


「よく言った。諸君らこそ、我が自慢の兵だ。……再びあの世で会おう」

「殿下……」


 何人かが、すすり泣き始める。


 ああ駄目だ。湿っぽいのは。さっきのように意気軒昂な状態に戻さないと。


「ライナス、残った糧食を惜しまず兵らに振る舞え。最後の宴だ」

「はっ!」


 ライナスの返事に頷くと、兵らに向き直る。


「諸君、酒がなくて済まぬが、宴を催す。明日の戦いに備え、英気を養って欲しい」


 僕の言葉に、兵らが相好を崩す。


「おお、有難い!」

「よし! 最後の宴だ! 皆たらふく食おうぞ!」

「ああ! 酒が無いのだけが残念だが……」

「馬鹿言え! 酒癖の悪い貴様が飲んでみろ。明日の戦いで末代まで消えぬ醜聞を晒すぞ!」

「違いない!」


 そうして、兵たちが陽気に笑い出す。



 かくして、宴が催される。

 古城での最後の夜は、陽気に更けて行った。



****



 千マルスの先まで届けと、雄々しく喇叭が吹き鳴らされる。

 早朝の蒼穹に、華々しい音色が鳴り響いた。

 同時に城門が開け放たれる。

 そして騎兵を先頭に、城門から兵たちが順次出て行く。

 そして不自然なまでの静けさを以て、門外で矢印のような陣形を整えていく。


 坂を下った先で古城を包囲する敵兵たちは、こちらの意図を察したのだろう。

 あちらも急ピッチで迎撃準備を整えていく。

 

 ほどなくして、槍兵たちを先頭に槍衾が形成された。

 彼らの構える槍の穂先が陽光を照り返してくる。

 僕はその眩しさに目を細めた。


 敵味方共に動かず、睨み合う。

 嵐の前の静けさとはこのことか。

 些細な音を立てるのも嫌うように、じっとしたままその時を待つ。


 そう、今この瞬間、敵味方問わず誰もがその合図を、僕が口にする『全軍突撃』という掛け声を待っているのだ。


 剣を鞘から引き抜く。

 その刀身をゆっくりと天へと掲げた。


「無念だ。ハインリヒ、俺は結局お前に勝てないのか……」


 誰にも聞こえない小声で、そう呟く。

 唇を噛みしめた。

 そして苦い思いを振り切る様に、終わりを告げる声を上げる。


「全軍突撃!!!!」


 天高く掲げた刀身を、勢い良く振り下ろした。




 走る、走る、戦場を死兵が駆け抜けていく。

 脇目も振らず、ただ愚直なまでに真っ直ぐ突き進んでいく。


 先頭を走った騎兵たちが、我が身を省みず槍衾に突撃した。

 開いた血路を後続の兵が、己が命を代価に押し広げる。


 その血路を進む。進む。倒れ往く戦友を省みずに。

 ただ、ただ、真っ直ぐに。


 余りの勢いに、敵兵たちが泡を食う。

 優勢な筈の敵軍に確かな動揺を与えていた。


 だが、その代償は余りに大きい。

 一人、また一人と、櫛の歯が零れ落ちる様に戦友たちが脱落していく。


 後どれほどの時間、走っていられるだろうか?

 もう限界かな?

 そろそろ良いかもしれない。十分に頑張っただろう。


 そんな気持ちで、敵陣の真っ只中、ふと遠くに視線をやる。


「うん?」


 何だ、あれは?

 いやいや、そんな馬鹿な。


 信じられないものを見た。

 うーん、でも待て、ありえないだろう。

 

 僕は諦めの良い方だと思っていたのに……。

 存外そうでもなかったようだ。

 こんな、都合の良過ぎる幻を見てしまうなんて。


「殿下! 殿下! あれを御覧下さい!」


 ライナスが狂ったような喜色の表情を浮かべ、一点を指差す。

 

 おいおい、本当に? あれは幻じゃないのか?


 僕の視線の先に、ライナスの指差す先に、僕らを押し潰さんとする敵兵たちに襲いかかる兵らの姿があった。


「リルカマウスちゃん、君ってやつは!」


 敵兵に襲いかかっている兵らの旗印、それは、第七軍の旗印とアヴリーヌ伯爵の旗印であった。

 

 なんてタイミングで現れるんだ!

 まさか、図っていたわけじゃないだろうな?


 ありえる、ありえるぞ! 僕に恩を売りつける気だな!

 だが、許そう。よしよし、いくらでも恩に着て上げようじゃないか!


「諸君あれを見よ! 援軍だ! 援軍が来たぞ! もう一息頑張れ!」


 今まさに倒れんとしていた兵たちが息を吹き返す。

 一方、敵側の混乱は留まるところを知らない。


 いける! 僕たちが内側から、援軍が外側からの猛攻!

 期せずして、挟み打ちになっている。

 思わぬ事態に、敵側の対応も鈍い。


 いけるぞ! このまま敵兵を喰い破って――


 あれ? どうしたのだろう?

 不思議なことに右手に握りしめていた剣を取り落としてしまった。


 何故だ? いや剣なんてどうでもいい。

 このまま馬を駆けさせ……。


 何だ? 視界が……ぼやける。


「――殿下!」



 唐突に暗転する世界の中、ライナスの悲痛な叫び声を聞いた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 堪え性ないの可愛い 盛り上がってますね…! あつあつ
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