3-11
本営である大天幕内では先程までの口論も無く、スムーズに議論が進む。
「敵はオクキデンス城に立て籠もるだろうか?」
「であろうな」
「それまでの道中で会敵しないと思うかね?」
「奇襲に適した地点が有れば、進軍を遅らせようと攻撃をしてくるやもしれんが……」
「適した地形がなくはないが。うーむ……」
「そうだな。これだ、というほど最適な場所もない」
「油断は禁物ですが、可能性は低いと見てよいのでは?」
「同意する」
「では、攻城戦か……。攻城兵器を用意せねばな」
決戦思考の積極派の士官たちが次々に発言する。逆に慎重派は押し黙っていた。
慎重論を唱えた士官は、完全にその立場をなくしていた。
そして形ばかりとはいえ、軍議における座長ともいうべき立場にいたキリコ将軍もまた、そのお飾りの立場すらも失っていた。
更にダメ押しと言わんばかりに、六将軍の内、キリコ将軍と私が抱き込んだ四将軍を除く最後の一人がこちら側に付いた。
当然と言えば当然。キリコ将軍に付いても多数決で敗れるのは必定。
好き好んで沈みゆく船に同乗する者もいないだろう。
哀れな老人を蚊帳の外に、軍議は回る。
やがて議論も出尽くし、今後の方針もおおむね固まった。
すると、議論を終えた士官たちが互いに目配せし合う。……ああ、そうか。
これまで軍議の閉会を告げるのはキリコ将軍の役目だ。
今、かの老人に促そうにも、話し掛けるのが気まずいのだろう。
ならば、不肖この私が損な役回りをしてあげようではないか。
人が嫌がることを率先してやる。
いやいや、なんてできた人間だろう。偉いぞ、私!
それでは勇気を振り絞って、皆が期待する言葉を口にしよう。
「さて、総司令官閣下。どうやら議論は出尽くしたようです。最後に閉会の合図ぐらいはお任せしても?」
口調だけは恭しく。まさしく慇懃無礼な態度でそのように促したのであった。
****
さらさらと羽ペンを走らせる。
紙面の文字に私の気分の良さが滲み出るのを抑えられない。
いや、そもそも抑える気もないのだけど。
私は軍議が終わり、自身に割り当てられた天幕の中で手紙を書いていた。
宛先はコンラートだ。
見事ラティオ共和国軍を手中に収めたことを自慢げに報告するためだ。
「魔女様、エルマです」
にやけながら羽ペンを走らせていると、天幕の入口から声を掛けられる。
「入りなさい」
「はっ! 失礼します!」
軍人口調で天幕内に入ってくるエルマ。
私は一度だけ視線を上げると、再び手紙の続きを書く。
「他に誰もいないし、楽にしていいわ」
「ああ、そうみたいだね。じゃあ、遠慮なく」
私の許しの言葉を得た途端、彼女の軍人口調が崩れる。
いや、別に構わないのだけど……。
純朴な村娘と言うのか、何とも言葉を額面通りに捉えるのよねー。
……まあいいか。
こんな単純な相手の方が、色々と騙くらかすことも容易でしょうし。
「食事を持って来たよ、さあ食べな」
そう言って、机の端の空いたスペースに運んできた料理を置く。
献立はパッとしない。
戦場ということで、何ともシンプルで味気ない。
それでも士官用の食事ということで、まだマシな部類である。
一般兵の食べているものはもっと酷い。
それこそ石かと言うぐらい硬いパンに、干し肉やニンニク、玉ねぎのような日持ちする食材ばかりが並ぶ。
それもロクに調理という調理がなされていないものだ。
食べ物の恨みは恐ろしい。
士官用の食事を食べておいて不平を言うなどできはしない。
もし一般兵に漏れれば、大そう反感を買うに違いない。
「食事……か。もうそんな時間なのね」
「ああ、もう日が暮れ始めてきているよ」
「そう。これを書き終われば食事を頂くわ。ありがとう、エルマ」
食事を運んできたエルマに労いの言葉を掛ける。
「礼を言われるようなことじゃないよ。そんなことよりその手紙は?」
エルマは不躾にそんなことを問うてくる。
ハア、私が気難しいタイプの上官なら叱責ものよ、まったく。
「……コンラート殿下への報告書よ」
「何だい、仕事の手紙かい。つまらないねぇ。あたいはてっきり……」
「ん? てっきり?」
「ああ、恋文か何かかと思ったんだけどねぇ」
ハア? どうしてそうなるの?
全く理解できない思考回路だ。
「何でまた、恋文なんか書いていると思ったわけ?」
「そりゃあ、そんなに嬉しそうに書いていたら、普通そう思うさ」
……嬉しそうに? うーん?
まあ、内容が内容だからね。確かにご機嫌に書いていたわけだけど……。
しかし、それだけで恋文とは……。なんとも短絡的な思考ね。
あるいは、村娘の頭の中なんて皆こんな具合にピンク色なのかしら?
田舎村なんて大した娯楽もないでしょうし。
恋バナが数少ない娯楽であっても可笑しくない。
「あのね、エルマ…………うん? 何かしら?」
「さあ、何だろうね?」
私とエルマが同時に天幕の外に目を向ける。
……どうも、外が騒がしい。
どっかの馬鹿が、食事時にぞろ喧嘩騒ぎでも起こしたのだろうか?
最初はその程度の疑問。捨て置いて構わないと警戒もしなかったのだが……。
徐々に喧騒が増すにつれ、只事ではないと気付かされる。
私は立ち上がると、天幕の外へと出た。
「一体何事なの!?」
「い、いえ、私も何の騒ぎだか……」
天幕の外にいた魔杖兵の一人に問い掛けるも、満足な回答は得られない。
私は事態を把握しようと、特に騒ぎが大きい方へと視線を向ける。
…………嫌な予感がする。
少なくない修羅場を経験して培った勘が、警鐘を鳴らす。
「エルマ! 魔杖兵を全員、完全武装で至急集合させなさい!」
「あ、ああ……。分かったよ!」
そこは軍人口調で返す所よ、エルマ。
ああ、だけど小言は後回しにしましょうか。さて後は……。
「魔女様!」
私を呼ぶ男性の声。そちらに視線を向ける。
声の主は、コンラートが私に付けた護衛の一人、フィーネ傭兵団に所属していたフランツであった。
「フランツ! 何事なのこの騒ぎは!?」
「は、はい! 陣内で戦闘が発生しております!」
「戦闘? マグナ王国軍の奇襲なの?」
いや、それはないか。
自分で言っておいて何だが、野営地は見晴らしの良い場所に設営されている。
完全に陽が落ちた後なら兎も角、現状で奇襲などかけれる筈もない。
「い、いえ、それが……!」
「それが……何? 報告は明瞭に行いなさい!」
「失礼しました! それがどうもラティオ兵同士で争っているようなのです!」
「何ですって!?」
ラティオ兵同士の戦闘? どうしてそんな!?
ぐるんぐるんと、疑問が頭の中で駆け巡る。
「魔女様! 魔杖兵総員集合しました!」
声のする方を見やる。エルマ以下、魔杖兵三六名が勢揃いしていた。
「よし。それじゃあ、あなたたち……ッ!」
魔杖部隊に声を掛けようとして、途中で中断する。
遠目に、こちらに掛けて来る騎兵の姿が目に入ったからだ。
その数は十数名といったところか。
その騎兵集団の先頭の男が声を張り上げる。
「あの娘だ! あの魔女を殺せ!」
その声に確信する。少なくともあの騎兵集団は敵だ。
クソ、私を殺せですって!?
なんてこと。私が明確にターゲットにされているなんて!
クソ、クソ! 何故だ? 何が起こっているの!?
分からない。分からないが素直に殺されてたまるか。
絶対に助かってみせる!
「魔杖部隊! 私を守りなさい!」
「はっ! く、訓練通りだ! みんな射撃準備を!」
部隊長のエルマが隊員たちに声を掛ける。
その声に、隊員たちはぎこちなく動き出す。
訓練よりもずっとぎこちない動きは、初の実戦のためだろうか?
それでも何とか横列をとる。
「魔杖部隊! 総員構え!」
エルマの掛け声。こちらへと真っ直ぐ突っ込んでくる騎兵集団。
震えが止まらない。
「撃てぇええ!」
三六の魔杖が一斉に火を噴いた。
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神聖歴七三六年、銀蛇の月
ラティオ共和国参戦す。共和国軍、アルルニア諸侯軍、両軍が歩調を合わせ、マグナ王国内に同時侵攻した。
この両国の同盟締結をなした立役者であるシズクは、ラティオ共和国軍に随行。
そこで共和国軍の軍統制に干渉し、これを掌握しようと策謀した。
しかし、シズクに追い詰められた共和国軍総司令官キリコ将軍が暴発。
ラティオ共和国軍内で大規模な同士討ちが発生するに至った。
この同士討ちの死傷者や行方不明者の数は甚大な数に及んだとされる。
結果として、当初六万近い兵力を擁した共和国軍の兵力は、何とか四万を超えるという規模まで目減りしてしまう。
この出来事は、謀才優れたシズクには珍しい失敗として、史に刻まれることとなった。




