2-13
その天幕内には複数の男性が座っている。
そのいずれも、上位の階級を持った軍人であることがその軍装から窺える。
中でも、最上位に位置するのは三人。
ラザフォード、マクシミリアン、レグーラ、の三大将である。
天幕内にいる上級将校たち、彼らは一様に押し黙り、難しい顔つきをしている。
その場の空気は、あまりよろしくない。
いや、はっきり言えば、重苦しいものであった。
「待たせたかしら?」
そんな空気の悪い天幕内へと、一人の少女が新たに入室してくる。傍らには、護衛であろうか? 一人の軍人を従えていた。
押し黙った将校たちの視線が、その少女へと集中する。
しかし、少女は物怖じすることなく、堂々とした足取りを崩さない。
「いいえ、軍監殿、定刻通りですとも」
マクシミリアン大将が代表して答える。少女、藤堂 朱は鷹揚に頷づいてみせた。
「では、軍議を始めましょう。もっとも、私は軍事に関して門外漢ですので、いないものと扱ってもらって結構。普段通りやって下さい」
朱は自分の席に着くや、そのように言った。
将校たちは互いに目配せし合う。
その内心は、『そうは言われても……』と、言ったところか。
彼らの警戒心も、当然のことである。
軍監という役職はそもそも、軍に対する王のお目付け役である。
それだけでも、十分に注意を払うべき対象だ。
その上この少女は、先の敗戦の責を、指揮官一族の処刑という厳罰をもってとらせた、苛烈極まりない軍監なのである。
将校たちが、思わず口を噤むのも仕方のないことであった。
「まずは、各軍から先日の交戦の報告をすべきだろう」
最初に口を開いたのは、ラザフォード大将であった。
彼は、続いて話し続ける。
「まずは、我が第二軍から。もっとも、戦果も有用な情報も皆無に等しいが」
そう、前置きをして、報告を自ら述べるラザフォード大将。
先日の交戦というのは、敵本陣に対して、第二、第五、第六軍の三軍が、まずは小手調べと、それぞれの裁量で攻撃をしかけたことである。
「攻城戦、ここではあえて攻城戦と呼ばせてもらうが、攻城戦において騎兵は十分に能力を発揮できぬ。故に、歩兵に威力偵察をさせたのだが……」
威力偵察とは、実際に交戦してみて、相手の戦力などを把握しようという偵察手段である。
もちろん偵察なので、敵を撃破することより、情報を持ち帰ることが優先される。
ラザフォード大将は、敵本軍との初戦において、敵本陣の防御能力を把握することを優先させたのだった。
その方法は単純明快で、正面から攻勢をかける正攻法によるものだった。
この威力偵察、当初からの予想通り、進軍は遅々として進まなかった。
無数の障害物が、その行き先を阻む。
のろのろと、障害を回避しながら進む人の群れ。それを敵弓兵たちが見逃してくれるわけもない。
手痛い矢の洗礼を受けた兵らは、早々に敵陣営への接近を諦め、すごすごと撤退することしかできなかったのである。
「無理攻めをせぬよう厳命させたとはいえ、敵陣に近づくことも叶わなかった。例え全力であっても、正面からの力攻めは無謀であろうな」
このラザフォード大将の言に、皆が頷く。
実際に攻めなくても、敵陣の威容を見るだけで、それを攻撃する困難さは見てとれるものがあった。
第二軍の威力偵察は、それを実証してみせたというわけだ。
「なるほどな。では、続いて我が第五軍の報告をさせてもらおう」
続いて、マクシミリアン大将が発言する。
「まず、我が第五軍は斥候を散らせた。目的は、あの異様な数の落とし穴と、距馬槍の間隙を縫って、敵本陣に迫るルートがないかを探る為だ」
敵本陣の外縁部、その外側に設置された障害物が進軍の邪魔をするならば、それを避けて通ればよいと考えたわけだ。
「探索の結果、そのルートを見つけた。もっとも、細い上に、ぐねぐねと左右に曲がっている厄介なルートではあったが……」
将校たちは、その報告に身を乗り出す。
細く曲がりくねった道となれば、進軍は困難だろう。大軍であれば尚更だ。
しかし、無数の障害物を乗り越えるよりは、魅力的に思われた。
そんな将校たちの様子を苦笑しつつ見ながら、マクシミリアン大将は報告を続ける。
そう、彼らの期待を裏切る報告を。
「そして、そのルートに、重武装させた歩兵二個大隊を強行させてみた。結果は、散々なものであったな」
二個大隊は、重武装させた重装歩兵として、突入させた。
これは、障害物が無いとはいえ、細く曲がりくねったルートともなれば、前が詰まって進軍速度が遅くなることが予想されたからだ。
その間、兵らは、弓矢の格好の的となってしまう。
そのため、これでもかと重武装させたわけだ。
もちろん重い装備で足が遅くなるが、どうせ前が行き詰まって満足に走ることもできないなら一緒であると判断された。
二個大隊は、弓矢の雨の中を辛抱強く進み続けた。
そして、犠牲を払いながらも、そのルートの終着点である敵本陣の外縁部まで遂に到達したのだった。
そこが死地であることを知らぬままに。
敵本陣を幾重にも囲う馬防柵と空堀は、基本的に円状をしている。
しかし、地形的な理由などから、真円ではなく歪な円状をしている。つまり凸凹があるというわけだが……。
中には、地形が理由で無く、敢えて意図的にそうされている場所もあった。
そう、二個大隊が進むルートの終着点もまた、意図的にそのように造られた場所となっていた。
その終着点は、開けた場所となっていた。
正面の柵の位置が窪み、逆Uの字のようになった空間で、正面左右と馬防柵に囲まれるような形となっている。
狭い道程から吐き出されるように、開けた場所へと殺到する歩兵たち。
ついに厳しい行程を抜けて、敵本陣の外縁部に辿り着いた。そのことにより、彼らは意気軒昂となり、蛮声を上げながら足を急がせる。
そして、直後に、針鼠となって絶命することとなった。
逆Uの字を囲む馬防柵、その内側にそそり立つ櫓からの一斉掃射であった。
そこは、三方の火点から発射された火力が、集中・交差するキリングフィールドとなっていたのである。
無数の矢が突き刺さり、針鼠のような有様となっては、さしもの重装歩兵も堪らない。
しかも不幸なことに、彼らは敵陣への強行が命じられていた。
キリングフィールドに突入した先頭集団の惨状を目にしながらも、大隊の指揮官たちは、その義務感から、部下たちを強行突入させた。
兵らも、その勇敢さから上官の命令に応えた。
結果、更なる悲劇を引き起こす。
戦友たちが弓矢の斉射に倒れるのを横目にしながらも、足を止めない歩兵たち。
その頭上で、弓矢が風を切る音とは比べ物にならない、大きな風切音。
音に釣られ、兵らは自らの死を仰ぎ見た。
巨大な激突音。続く地響き。大地が震えた。
それを為したのは巨大な岩石であった。
兵らは、その下敷きとなる。当然即死であった。
投石機。てこの原理を応用した攻城兵器の一種。
それが、キリングフィールドに着弾するように陣内に設置されていたのである。
この攻撃にさらされて、ついに兵らの勇気も打ち砕かれる。
生き残った者たちは、我先にと逃げ帰ることになったのである。
「……と、まあ、以上が強行した二個歩兵大隊の結末だ」
顎の髭を擦りつつ、そのように報告を締め括るマクシミリアン大将。
それを聞き終えた聴衆は、押し黙るばかり。
報告の最初に期待した分だけ、その表情には一層強い陰りがあった。
「わ、我が第六軍の報告を、の、述べさせてもらう」
レグーラ大将が、場の空気に尻込みしながらも、報告を始めた。
「わ、我が第六軍は、障害物の排除を試みた」
レグーラ大将率いる第六軍は、障害物が邪魔になるなら、それを無くしてしまえと、そう考えたわけである。
落とし穴を埋め、距馬槍をどかす。
その作業を繰り返し、大軍が敵陣に攻め寄せるのを可能とする。
コツコツとした地道な、そして気の遠くなりそうな作業であるが、それが果たされれば、敵陣を陥落させる大きな足掛かりとなる。
もっとも、その実現は、困難極まりなかった。
最も外側の障害物の排除はまだ良かった。
しかし、敵陣へと近い位置になれば、なるほど、その作業は困難なものとなる。
なにせ、作業中に矢の雨が降ってくるのである。
障害物排除のために作業する兵たちは堪ったものではない。
作業に集中できなく、障害物の排除は遅々として進まない。その上、少なくない犠牲者も出る。
何より、そんな環境で作業に従事する兵らの士気は、見る見る内に落ちていった。
「……け、結局、作業の中止を宣言せざるをえなかった。あ、あのまま作業させれば、士気が落ちるばかりか、し、司令部への強い反感と、な、なったであろう」
レグーラ大将がどもりながら報告を終える。
その後、シンと静まりかえる天幕内。
やがて一人の将校がポツリと呟いた。――『長期戦になるな』と。
その声が、静まり返った天幕内にやけに響いた。
ますます難しい顔をする天幕内の面々。
事態は、籠城する敵軍への包囲戦といった模様を呈していた。
長期戦になるというのは、この場の全員が共有する思いであった。ただ一人、軍監の少女を除けば。
「長期戦、本当にそうなるかしら?」
ずっと軍人たちのやり取りを静観していた朱が、唐突に発言する。
押し黙っていた将校たちが、彼女に驚きの視線を向けた。
「……軍監殿には、事態を打開する妙案があると?」
ラザフォード大将は、朱に問い掛ける。
朱は首を横に振りながら、その問い掛けを否定する。
「大将、先程も言った通り、私は軍事に関しては門外漢。なのに、諸卿らが思い浮かばない妙案を、思い浮かぶわけもないわ」
「では何故、長期戦にならぬと?」
「事態を動かすのが我々とは限らないわよ」
その発言を受けて、将校たちは馬鹿げたことを、とそう思った。
勿論口には出さない。しかし、その表情が雄弁にその思いを語っていた。
朱は、それを正しく読み取り、妖しげに哂った。
途端、将校たちの表情は引き締まる。いや、引き攣った。
こんな危険人物を馬鹿にするなど、命知らずの所業だと再認識したのだ。
しかし、実際、彼女が馬鹿げた妄言をしたという思いは変わらない。
なにせ、防御を固め籠城する敵側が、どうやって事態を動かすというのか。
あの病的なまでに強固にした陣営から打って出るとでも?
そのアドバンテージを放棄して?
ありえない。それでは何のために、あの陣営を構築したというのか。
「卿らも聞いているでしょう? 敵軍の魔女の噂を」
「……それが?」
「彼女が、ただ引き籠って我慢比べ、その果てにこちらが根負けするのを期待している、そんなつまらないことを考えるとは思えない」
「……………………」
「必ず私たちを刺すための剣を隠している。それも、私たちの意識の外から迫る暗剣を」
「何を根拠に?」
「根拠はないわ。あるのは、信頼よ。私から彼女に対する……ね」
そう言って、艶やかな笑みを浮かべる朱。
押し黙る将校らの代わりに、朱と問答を繰り返していたラザフォード大将も、その表情を見て、思わず絶句する。
「信頼……ですか。ふむ、その信頼故の予想、確度は如何ほどでしょうかな?」
絶句したラザフォード大将に代わり、マクシミリアン大将が問い掛ける。
「私の中では絶対の確度よ。まあ、卿らにそれを信じよ、とは言わないけどね」
「いやいや、信じさせてもらいましょう」
「あら、どうしてかしら?」
「何、ただの勘ですな。何分、私も嫌な予感をずっと覚えているもので」
そう言うや、ウインクをしてみせるマクシミリアン大将。
それを見て、ふふ、と朱が普通の少女のような微笑みを見せる。
「なので、何か対策を打つべきですな。そうだ、レグーラ大将、卿がその対策を講じられよ」
「な、な、何を言って……!?」
急に話を振られた驚きの余り、レグーラ大将のでっぷりとした体が椅子からずり落ちそうになる。
「な、何故、私がそのような……」
「それは卿が適任だと、そう確信しているからだ」
「な、何を根拠に?」
「それは無論、私から卿に対する信頼故のことよ」
あまりの言いように、口をパクパクとさせるレグーラ大将。
そのやり取りを見て、居合わせた将校たちは、同情と憐憫の視線をレグーラ大将に向ける。
あの軍監の言うことを否定ないし、無視して、機嫌を損ねるなど恐ろしい。
故に同調して、ありもしない驚異の対策を講じることとする。
そして、その無駄骨を、レグーラ大将に押し付けようというわけだ。
将校たちは、マクシミリアン大将の振る舞いを、そのように理解した。
「ふむ、一つの懸念が片付いた。一旦休憩としようではないか、諸君」
そう言うや、レグーラ大将が止める間もなく、天幕の外へと歩き出すマクシミリアン大将。
彼の副官が、慌ててその後を追いかけた。
そして天幕内の面々は、呆れたようにその背中を見送ったのだった。




