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【書籍化】魔女軍師シズク  作者: 入月英一@書籍化
二章

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23/88

2-6

 がやがやと、ざわめく群衆の声が広場に響く。騒がしい彼らの視線の先には、広場の中央に設置された処刑台。

 未だ、その壇上は無人である。群衆たちは、それぞれ隣の人間と何事かを話しながら、その変わり映えのしない光景を眺めつつ、その時を待っている。


 そんな時間がどれほど続いただろうか?暫くすると、群衆の一角から、一際大きな声が上がった。

 他の群衆たちは何事かと、そちらに視線を向けたが、ほどなくして彼らもその理由に気付き、同様に大きな声を上げる。

 そう、壇上に、この日の主役たちが現れたのであった。


 引き立てられて現れたのは、老若男女一〇余名。年を召した老婦人から、一番年若いのは、どう見ても一〇歳に満たない男児であった。

 全員が後ろ手で縛られ、本来の身分にそぐわぬ簡素な服を着せられている。


 その光景を見た群衆の反応は様々だ。

 酷い罵声を飛ばす者。幼い男児まで引き立てられるのを見て、顔を顰める者。祈る様に両手を合わせながら、瞳を伏せる者。


 そんな彼らの視線の先で、死刑囚たちは、兵士らによって横一列に跪けられる。すると、その段になって、新たな登場人物が壇上に現れた。

 その人物は、年若い少女であった。ここらでは見かけない、風変りな容貌の持ち主。右手には、既に抜き身の処刑刀が握られている。


 群衆の視線は、新たな登場人物に一斉に注がれたが、少女は何の気負いも無く、平然と歩いている。

 その様は、堂々と言うよりも、無頓着といった方が正しいように感じる。何せ、全く、群衆の視線を意識した素振りを見せないのだ。


 まるで庭を散歩するかの如く、死刑囚に近づいていく少女。彼女と、死刑囚の一人――二〇に届くかどうかといった青年――との視線が重なった。


 その青年は、憤怒と憎悪を込め、少女を睨みつける。彼の名は、ヘルムート・フーバー。先の戦いで戦死したフーバー大将の次男である。


「毒婦が。このようなことをして、ただで済むと思っているのか?」


 地に這うような低い声で、少女に問い掛けるヘルムート。その声を聞いた誰もが、彼の怒りを理解するような、そんな声音であった。

 もっとも、少女はその声に、何の感慨も覚えなかったようだ。それどころか、何を言われたのか分からないとばかりに、小首を傾げてみせる。


「惚けているのか? それとも、本当に分からないとでも?」

「そう……ね。私がいったい、何を危惧しないといけないと?」


 少女は問い返しながら、興味深そうにヘルムートの顔を見やる。

 ヘルムートは、そんな少女に対し、予言者のように彼女の末路を断ずる。


「このような無茶なやり方。必ずや、多くの反感を買う。それは何れ、貴様を破滅させるだろう。例え、王の庇護があろうと、逃れ切ることなど出来るものか」

「……ああ、そんなこと」


 少女は強がるわけでもなく、心底拍子抜けしたと言わんばかりの表情を浮かべる。


「真に自由に生きると決めた時から、人の悪意を受けることは織り込み済み。いつか来る破滅より、鬱屈した日常の方が、私は恐ろしい」

「何を言って……」

「どうせ尽きる命なら、思うがまま生きてこそ、なんて私は思うわけだけど……。そうは思わない?」


 陶然とした微笑みを浮かべる少女。彼女は、右手に握る処刑刀を中空に掲げる。


「長話が過ぎたわね。そろそろ始めましょうか」


 そう言うと少女は、調子を試すように処刑刀を宙で振り回す。一振り、二振り。

 その様を見て、ヘルムートの表情に苦渋の色が浮かぶ。

 迫りくる処刑の時に怯えた、というわけではない。いや、ある意味ではその通りなのだが……。


 彼の表情の原因は、少女の剣の腕前だ。その稚拙さは一目見ただけで分かる。

 これならば、八歳のヘルムートの甥の方が、まだまともに剣を振るうというものだ。

 故に彼は戦慄する。どうやら、楽に死ぬことはできそうにないと理解して。



 この日、集まった見物客たちが、思わず目を覆うような、凄惨な処刑が執り行われたのであった。



****



 その日、コンラート殿下付き主席秘書官である私は、とある会合に参加していた。

 もっとも、さしたる役目があるわけでもなく、ただのコンラート殿下のおまけである。


 場所は、メデス辺境伯府の大広間。そこには、アルルニア王国の実力者たる諸侯たちを始め、マグナ王国に対抗すべく集まった者たちが勢揃いしている。

 

 その中でも、一番年嵩な貴族――この場の議会進行を任された人物――が、居並ぶ面々に対して言葉を投げ掛ける。

 ……別に彼が一番の実力者、というわけではない。こういう役目には、取り敢えず年長者を当てた方が、一番角が立たない。まあ、そういうわけである。


「それでは、祖国アルルニアを守る責務を果たすため。また、隣国マグナを纂奪者から解放する正義を為すため。諸侯は、コンラート殿下に力添えする。異議のある方はいらっしゃいませんな?」

「「「「異議なし!」」」」


 その確認の言葉に対して、諸侯たちから賛同の声が上がる。


 責務だの、正義だの、よくもまあ、心にもない大義名分を口にするものだなぁ。

 なんて、私は冷めた目で諸侯たちを眺める。


 諸侯たちの賛同の声に、老貴族、メイエリング侯爵は一つ頷くと、上座に座る青年に目配せする。


 青年、コンラートが、その合図と共に立ち上がる。そして、声を張り上げた。


「諸侯方の騎士道精神に敬意と、感謝を! 共に戦い、勝利を掴みとろうぞ!」

「「「「おおう!」」」」


 コンラートの呼びかけに対し、諸侯たちが呼応する。

 なんとも素直なもの。コンラートも一躍人気者ね。

 

 それもこれも、メデス辺境伯の死後に、諸侯の協力を得るため、誠意・・を以て説得して回ったおかげよね。

 うんうん、仲良くなるには、プレゼントが一番。お近づきの印に送るのは、やっぱりお菓子が無難である。そう、みんな大好き、山吹色のお菓子だ。


 ちなみにお菓子代は、辺境伯府の予算から捻出しました。

 特別なお菓子だからね。その費用も相当なもの。まさか、自腹で払い切れるものではない。

 いやいや、持つべきものは、優良な辺境伯府(ATM)である。


 ついでに空手形も切りまくった。それぞれの諸侯に対して個別に、戦後のメデス辺境伯領の譲渡を密約したのである。


 え、何故、折角の領地を譲るのかって?

 ふふふ、勿論、ただの口約束に決まっている。しかし、その口約束には、もっともらしい理由付けがあるわけだ。

 戦後のコンラートとアンネリーの立場がそれである。


 確かに、アンネリーは正統なメデス辺境伯領の後継者だ。

 しかし、この戦いに勝利すれば、コンラートとアンネリーは次代のマグナ王と、その王妃となる。

 マグナ王家の人間が、アルルニア王国の貴族領を有するというのは、いささか問題であると言わざるを得ない。


 決して法的には問題ないのだが、アルルニア王を始め、面白く思わないものは、数え切れないだろう。

 そうなれば、再び戦いの火種になりかねない。


 コンラートは、新たなる戦火を望まない。

 というのを、もっともらしい理由付けとし、協力者に、協力の対価に支払うと大法螺を吹いたわけ。


 いやいや、それにしても節操も無く、空手形を切ったもの。

 それが本当になれば、いったい、戦後に何人の辺境伯が誕生するのやら。全く、とんだ笑い話だ。


 しかーし、勝てば問題ないのである。マグナ王になりさえすれば、後は知らぬ存ぜぬで、押し通せばよいのだから。


 私は、表情は崩さず澄まし顔のまま、腹の中で大いに哂う。


 ……いつのまにか、謀略家キャラに磨きがかかってきたな。

 まあ、いいか。……本当にいいの、かな?



 私は、少しばかり思い悩みながら、決起式の成り行きを見守った。



****



 コツ、コツと、木製の扉を叩く。部屋の中からの誰何の声に、自身の名を告げると、直ぐに入室の許可が下りた。

 扉を開き、室内に踏み入る。そこは、個人の部屋としては、破格なまでに広々とした部屋であった。


 むしろ、無駄に広いと言った方が正しいわね。なんて、悪態が脳裏を過る。

 

 別に妬んでいるわけではない。事実、無駄としか言えないほどのスペースだ。もっとも、権力者の箔付けには、必要なのかもしれないが。


 私は、無遠慮なまでに、目的の人物の対面のソファまで歩み寄ると、部屋の主の許し無く腰掛けた。

 対面のソファに座る、部屋の主は、少しばかり呆れたような声を上げる。


「少しは、臣下らしい振る舞いをしようと思わないのかい、リルカマウスちゃん?」


 私は鼻で笑うことで、その返事とした。


「……まあ、いいけどね。他人の目がある場所では、ちゃんとしてくれよ?」

「善処します」


 にっこりと、わざとらしい笑みを浮かべてやると、部屋の主、コンラートは溜息を吐いた。

 私は、そんな溜息を意に介さず、話を切り出した。


「そんなことより、呼び出しの用件は何ですか?」

「ああ、今後の動きについて、相談をしたくてね」

「今後の動き、ですか。……具体的には?」


 私は漠然としたコンラートの物言いに、再度質問を投げる。


「諸侯の協力を得た今、攻勢を採るべきか、守勢を採るべきか。君の意見を聞かせてくれ」

「……そうですね」


 私は顎に手を添えると、暫し考え込む。そして、現在の状況を再確認する。


 現在、味方陣営は、元々の辺境伯軍、傭兵団に加え、諸侯軍が加わり、その兵力を増大させている。

 その上、先の戦勝で、士気は大いに高まっている。


 一方、敵陣営は依然、味方より強力な軍団を擁している。

 しかし、先の敗戦と、コンラートの決起によって、大いに混乱しているようだ。敵遠征軍の動きが止まっているのが、その証左である。


 この状況で、攻勢を採るべきか、守勢を採るべきか……。


「……まだ、攻勢を採るべきではないと考えます」

「それは何故だい?」

「現在、敵軍は混乱し、纏まりを欠いている。ここまではいいですね?」

「ああ。だけど、それなら、今こそ攻め入る好機じゃないか?」


 コンラートは訝しげな表情を浮かべる。


「逆です。攻められれば、自らを守る為に戦うしかない。混乱している軍も、一応の纏まりを見せるでしょう。それでは、意味がありません」


 私は、そのように断言した。



 兵法に、『隔岸観火の計』というものがある。

 人や組織は、共通の外敵がいれば纏まり、いなくなると内輪もめを始めるもの。

 その為、敵の秩序に乱れがあれば放置して、敵の自滅自壊を待つ。こちらが攻めずに放置すれば、内紛の火種は大きな火事となる。


 この計略の実践例として名高いのは、三国志の曹操である。


 曹操のライバルの一人、袁紹が没した後、曹操は袁一族をすぐさま攻めるようなことはしなかった。

 それというのも、袁紹の三人の息子たちの仲が悪いことを知っていたからだ。


 曹操という共通の外敵が攻めてくれば、兄弟たちは遺恨を一先ず横に置いて、協力して戦っただろう。

 曹操は、そうならぬよう傍観し、敵が兄弟争いで疲弊するのを待ったのである。


 その後、曹操に敗れた袁兄弟が、公孫康を頼り落ち伸びても、曹操はまたもや、放置プレイをかました。

 その結果は、公孫康が袁兄弟の首を、曹操に送ってくるというものだった。


 ここでも、曹操が公孫康を攻めれば、公孫康は袁兄弟と協力して、曹操と戦ったかもしれない。

 しかし、傍観したことにより、曹操を恐れる公孫康は、曹操に攻められる前に、袁兄弟を殺してしまったのだ。


 まさに、岸を隔てて火を観る計略。対岸の火事が大きくなるのを、傍観しようという戦術だ。



 私は、この計略の概要をかいつまんで、コンラートに伝えた。


「……なるほど。理に適った計略ではある。だが、そう上手くいくだろうか?」


 半信半疑といった風情で、コンラートが問い掛けてくる。


「勿論、本当に傍観するだけではありません。上手くいくよう、手を打ちます」

「どのような手だろう?」

「間諜を放ち、噂を流します」

「噂?」


 オウム返しに問うてくるコンラート。少しは、頭を動かしなさいな。

 その言葉を心中で押し留め、私は自身の考えを述べる。


「例えば、ハインリヒ王は、独裁体制を築くため、戦後に七将家を粛清するつもりだ、とか。遠征軍を率いる○○将軍は、既にコンラート殿下と内通している、とか。敵軍の動揺を大きくするような噂を流します」


 いわゆる流言飛語というやつだ。

 これが馬鹿にしたものではない。流言によって、疑心暗鬼になった軍隊が、仲間割れを起こしたなんて事例は、戦史に掃いて捨てるほどあるのだから。


「……えげつない。流石は、【遠国の魔女】だね」

「褒め言葉として、とっておきますね」


 もう一度、にっこりと、わざとらしい笑みを浮かべてみせる。

 

 コンラートは肩を竦めてみせ、何事かを口にしようとしたが、慌ただしい足音と、勢いよく開かれた扉の音に、妨げられる。


 私と、コンラートは揃って、開け放たれた扉の方を見やる。

 そこに立っていたのは、フィーネ傭兵団改め、フィーネ騎士団団長のライナスであった。

 フィーネ傭兵団は、コンラートの直属部隊として、騎士団とその名を改称している。

 もっとも、名が変わっても、その実が変わったわけではないのだが。


 そのライナス団長が、いつになく慌てた様子を見せている。

 どうやら、何事かが起きたようだ。


「……どうしたんだい、ライナス?そんなに慌てて」


 ライナス団長は、コンラートの問いに、一拍置いて返答した。


「コンラート殿下、マグナ軍が進軍を開始したとのことです」



 その言葉は、私の企てた計略の破綻と、新たなる戦いの始まりを告げるものであった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ありえないぐらいの悪手だね 一回の敗戦で一族郎党をおまけに七将家という名家を処刑とか おまけに自分は簒奪者、相手には正統な王太子、謀反と寝返り待ったなし 他の名家の人質とってても怪しい…
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