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 部活動における部室とは何であろうか?

 それは部員たちにとって、まさに自分たちの城である。

 その中で、気心の知れた仲間たちと共に過ごす時間の、何と充実したことか。


 しかし、誠に遺憾なことに、学校の教室の数は有限であり、全ての部活動に対し、部室が用意される保証など何処にもありはしない。

 部室に回せる教室の数より、部の数の方が多ければ、いずこかの部活動が涙を流すこととなる。

 そして往々にして、実績や部員数の少ない弱小部こそが、その憂き目に遭ってしまうのだ。


 私の通う東宮南高校ひがしのみやみなみこうこうにおいても、それは同様である。

 いくつかの弱小部が、自らの部室を確保できず、己が境遇を嘆いている。


 そんな中、弱小部ですらなく、同好会であるにもかかわらず、己が城を構える団体があった。

 その名も、『史学研究同好会』。どこか難しい言い回しだが、ようは歴史好きが集まるための同好会である。

 そして何を隠そう、私が在籍する同好会でもあった。


 会員は私と、目の前にいるもう一人。

 不機嫌を絵に描いたような表情で佇む、眼鏡が良く似合う少女。

 そう、彼女こそが、同好会会長にして、部室ならぬ会室を勝ち取るといった快挙を成し遂げた女傑、三枝さえぐさ 風香ふうか先輩である。




「遅いぞ、同志長谷川。待ちくたびれてしまったではないか」


 三枝先輩は、会室の扉を開けた私に対し、開口一番不満をぶつけてくる。

 ぷくー、と膨らました頬が、なんだか可愛い。

 叱られている時に不謹慎かもしれないが、そんな感想を抱いてしまう。


「すみません、先輩。ちょっと図書室に用があって……」

「ん、図書室に?」


 私の弁明に、三枝先輩の顔は不満気な表情から一転、訝しげな表情に変わる。


「なんだって図書室に? 資料なら、この会室で事足りるだろうに」


 そう言って、会室内を見回す三枝先輩。

 確かに三枝先輩の言う通り、会室内には所狭しと、古今東西のあらゆる歴史資料が溢れ返っていた。

 恐ろしいことに、この膨大な資料の全てが、三枝先輩が持ち込んだ私物である。


 ……もっとも、内容があまりに専門的すぎるものも多く、中々敷居が高い。

 私は、より易しい資料を求めて、こっそり図書室の書籍を借りることもしばしば。

 うん。三枝先輩には内緒だが。


「いえ、今日は歴史本とは別の本を借りてきたんです」


 そう言って、鞄の中から三冊の本を取り出す。


 クラスの友人たちには、馬鹿にされるか、変に思われかねないので、見せることなどできないが……。

 歴史以外のことに頓着しない、三枝先輩になら心配なく見せることが出来る。


「うーん? ……『こゝろ』、『舞姫』、『人間失格』? 何だい、同志長谷川。まさか君は、この部屋を、文芸部の部室に返り咲かせようなどと、企んでいるわけじゃないだろうね?」


 目を細めながら、本のタイトルを読み取った三枝先輩がそのような発言をする。

 

 そう、以前この部屋は文芸部の部室であったらしい。

 仔細は知らないが、昨年、当時一年生であった三枝先輩が、文芸部から掠めと……ゴホン、譲り受けたものだそうだ。


「まさか、そんな野望は有りませんし、下剋上は趣味じゃありません」

「ふむ、そうかい? 私は下剋上が大好きだがな」


 肉食獣を思わせる、獰猛な笑みを浮かべる三枝先輩。


 私は、そんな物騒な三枝先輩の言葉に苦笑を浮かべながら、本を鞄に戻した。

 そして、会室の中央にあるテーブルまで歩み寄ると、三枝先輩とテーブルを挟んで向かい側にあるパイプ椅子に腰掛ける。


「しかし、歴女から文学少女へと宗旨替えしたのかい? 私を除く、唯一の同好会員に抜けられると困るのだがね」


 そんな思わぬ苦言が飛び出たが、何のことはない。

 三枝先輩は、私がこれらの本を読むこと自体には、さらさら興味が無いに違いない。

 彼女の関心事は、同好会の存続問題である。


「そんな心配いらないですよ。ちょっと気になっただけで……」

「ちょっと気になっただけにしては、ずいぶんと借りてきたじゃないか」

「ああ、それは……」


 思わず言い淀む。脳裏に、二冊の本を押しつけていった同級生の顔が過った。


「何だい? 珍しく悩ましげな顔をして」


 三枝先輩は珍しいものを見たかのように、目をパチクリとする。

 ……私、普段そんなに能天気な顔をしていますかね、先輩?


「いえ、実は……」


 私は図書室での出来事を、三枝先輩に話し出した。




「なるほど。しかし、あの藤堂嬢がね……。珍しいこともあったもんだ。彼女が自分から人に関わりを持つなんてね」


 これが所謂、鬼の霍乱というやつかな、なんておどける三枝先輩。

 藤堂さんも、同級生に話しかけただけでひどい言われようだ。


「先輩、流石にその言い方は藤堂さんに悪いですよ。それに、重箱の隅をつつくようですけど、鬼の霍乱の使い方を間違えています」


 正しくは、普段丈夫な人が病気になることの例えである。

 三枝先輩は、そんな私の言葉に肩を竦めた。


「やれやれ、細かいことを言わないでくれ。言葉なんてものは、ニュアンスが伝われば、それで構わないだろうに」


 いや、十分構います。それは、あまりにもとんでもない暴論です。

 私は、三枝先輩の物言いに呆れてしまう。


「まあ、そんなことはどうでもいい。問題は、何故、藤堂嬢が君に興味を抱いたかだ」

「興味、ですか?」

「ああ、控え目に言ってもね。もしかすると、ある種の好意すら抱いたのかもしれない」


 藤堂さんが、私なんかに好意を? まさか、そんな……。


「ふむ、ヒントはやはり……同志長谷川、君が借りてきた本にあると見ていいだろう。いずれも人間の内面に深く切り込んだ文学作品……か。人の本性、エゴイズムと、それを取り繕い、ごまかしながら生きていく仮面ペルソナ……」


 何だろう、先輩の話を聞いていると、何だか無性に……。


「ッ、先輩は文学作品にも詳しいんですね。意外です」

「うん? ……まあ、一般教養として嗜む程度にはね。私だって年がら年中、歴史関連の本ばかり読んでいるわけじゃないさ」


 何とか話を逸らせてホッとする。……ホッとする? 私はどうして安堵したの?

 ……駄目だ、考えてはいけない!


「先輩、文学講座はこの辺にして、『史学研究同好会』の本分に帰りましょう。今日の議題は何ですか?」


 明るい声が口からついて出る。これからの活動が、楽しみでならないというように。


「それもそうだな。ふむ、本日の議題は…………。そうだな、最高の野戦家とは誰か? これにしよう」


 三枝先輩が、今日の議題を提示する。

 私は顎に手を添えながら、小首を傾げる。


「最高の野戦家……ですか? うーん、ぱっと思い浮かぶだけでも、中々の数の人物が……。どうしよう、困ったな。誰が一番? うーん……」

「ふむ、なら少し候補を絞ろうか。東洋の武人、軍人縛りでいこう」


 頭を抱える私に、三枝先輩が新たな提案をする。


「東洋縛りですか。それならやっぱり――」


 一拍置いて、私と三枝先輩の声が重なる。


「「鬼島津(軍神李靖)!」」


 もっとも、内容までは重ならなかった。

 三枝先輩が鼻を鳴らす。『このニワカが!』という、心の声を聞いた気がした。


 よろしい、ならば戦争だ。

 これから繰り広げるは、一切の物理的暴力を伴わない戦争。そう、舌戦である。


 覚悟して下さい、先輩。

 これから鬼島津の凄まじさをこれでもかと、お教えいたしましょう。

 心中で闘志を燃やす。


 それから下校時間まで、『史学研究同好会』の会室では、喧々囂々の大論争が繰り広げられた。

 私は、時に拳を握り、時に唾を飛ばしながら、熱く、熱く語り続けた。


 心の奥底にあるものに目を背け、気付かない振りをしながら。


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