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【書籍化】魔女軍師シズク  作者: 入月英一@書籍化
二章

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18/88

2-1

 曇りなく磨かれたガラス窓。塵一つ落ちていないフロア。

 良く手入れの届いた廊下を歩いていく。


「あー、重たい、重たいなぁー」


 両腕に、書類の束を入れた箱を抱えながら、思わずそんなことを口走った。


「重たい? たった、その程度しか持っていないのに?」


 すぐ後ろからの低い声。私は声の主を振り返る。振り返ったのだが……。

 その人物は、私と同様の箱――何箱も積み重ねるという違いはあるが――のせいで、その顔を拝むことができなかった。


「ミーは女、ユーは男。アンダスタン?」

「……何を言っているのか、さっぱりですよ」

「まあ、つまり、男女の違いというやつですよ。騎士道精神を見せたまえ、ワトソン君」

「元商人に、何を期待しているのですか、貴女は」


 まったく、あー言えば、こう言う。口ばかり達者な部下だなぁー。


 私はやれやれと、首を振った。




 場所は、リーブラの中枢、メデス辺境伯の執政府。その廊下を、私とワイズは荷物を抱えて歩いていた。

 何をしているのかといえば、お引っ越しだ。


 先日のコンラート殿下の決起宣言。それに伴い、コンラート殿下は、居住地を傭兵団の屯所から、リーブラの中枢へと移した。

 もっとも、傭兵団そのものの待遇は変わらず、依然、屯所を住まいとしている。


 待遇が変わったのは、私と、その下僕であるワイズである。

 

 私は傭兵団事務員から、コンラート殿下付き主席秘書官という、よく分からない肩書へと転職と相成った。

 まあ、きっと出世には違いないのだろう。何せ、給金も上がったことだし。


 ついでに、ワイズもお零れで、殿下付きの秘書官となっている。

 その実態は、私の補佐、ないし、小間使いといったところなのだが……。



「だいたい、どうして私たちがこれを運んでいるのです? 傭兵連中に運ばせれば、それでいいでしょうに」

「機密書類の類もあるからよ。盗み見られると困るでしょう」


 例えば、エルゼ商会からの転売とか、転売とか、転売とか……。

 うん、見られたらまずいわ、あの阿漕な転売の資料を。


「下っ端傭兵共に、そんな頭はありませんよ」


 確かにその通り。下っ端のほとんどは、文字すら満足に読めない。

 しかし、念には念をだ。


 エルゼ商会からの買付では、ぼったくり価格を少しはマシにしたと、一般団員たちから現状、感謝されているのだ。

 しかし、実際には、転売で馬鹿みたいに搾取していると知られれば……。


 感謝の念を持っていただけに、それが反転した時の怒りは、きっとすさまじい。

 文字通り、血祭りに上げられるかも。

 だって、ただでさえ、今の私は……。


「……おい、見たか、今の娘の顔?」

「ああ。あの独特の容姿……噂の魔女か」

「おいおい、声が大きい。聞こえたらどうする」


 いやいや、聞こえていますよ、お兄さん方。

 廊下ですれ違った、役人A、役人Bが、私の顔を見てこそこそと話し出す。

 ふー、やれやれ。


「エロイム、エッサイム。エロイム、エッサイム……きぃえー!」


 背後から、声にならない悲鳴が三人分。おいおい、ワトソン君、お前もか。

 そして、ドタドタと聞き苦しい足音。


「廊下を走ってはいけませんって、彼らは習わなかったのかしら?」

「……どうでしょうね」


 ……まあ、こういうことですよ。

 先日の大勝利、その信じられないような戦果は、人々に感心を通り越して、いっそ不気味に思われたようだ。

 しかも、それを為したのが、私みたいな得体の知れない小娘となれば尚のこと。


 まあ、若年の上、彼らから見れば奇妙な風貌の娘だ。無理もない。

 その結果が、【遠国の魔女】の異名。

 なんと大袈裟な呼び名だろう。だけど……悪くない。そう悪くはない。


 軍隊というものは男社会だ。ただの小娘では、相手に舐められてしまうかもしれない。

 まともに相手されなければ、仕事に支障を来たしてしまう。

 しかし、魔女と恐れられている内は、少なくともそのような心配はいらない。


 ふふ、せいぜいこの悪名を利用させてもらいましょう。

 そんな風に結論付けると、口の端を吊り上げた。


「また悪巧みですか、魔女殿?」


 ワイズが厭味ったらしく問い掛けてくる。

 ふむ、先程の奇声で驚かされた仕返しかしら?心の狭いことね。


「そうね、次は誰を呪い殺してやろうかと、思案中なのよ」


 それらしい笑みを浮かべながら、冗談で返す。


「成程、どうやら噂通り、危険な娘のようですわね」


 私の冗談に返答したのはワイズではなかった。その声はずっと高い女性のもの。

 私は声のした方に視線を向ける。

 前方の曲がり角から、声の主と思われる少女が姿を現した。


 一目で高価なものと分かる豪奢なドレス。富裕層の女性、その象徴とも言うべき長髪は、癖一つ無い銀髪。また、小さな顔は愛らしく整っている。

 文句なしの美少女。ただし、ずいぶんと気が強そうではあるが……。


 年齢は私と同じくらいかしら? いや、それよりも……。

 どうして初対面で睨まれているの? ああ、嫌だ、厄介事の気配がプンプンする。


「私に何か御用ですか、あー、……レディ?」


 私の問い掛けに、ピクリと吊り上がるまなじり。あれ、地雷を踏み抜いた?


「まさか貴女、私が誰か分かりませんの?」


 ええ、誰か分かりませんが、それが何か?

 そう内心で返事をしていると、後ろからワイズが助け船を出してくる。


「まさか、まさか、メデス辺境伯家の御令嬢を知らぬものは、このリーブラにはおりませんよ、アンネリーお嬢様」


 なるほど、メデス辺境伯の娘か。ワイズの言葉に満足気に頷く少女を見やる。

 ……なんというか、単純そうな娘だ。その高い自尊心とは裏腹に。

 この娘相手なら、どうとでもなるかな?


「それで、アンネリーお嬢様、私に何の御用でしょうか?」


 私は、再び問い直してやる。すると、こちらを睨みつけてくるアンネリー。


「一つ忠告をして上げようかと思いまして」

「忠告……ですか?」

「ええ、その通りですわ」


 高慢そうに言い放つ、アンネリー。さて、何のことやら。


「魔女などという醜悪な輩が、高貴な方の傍に侍るなど、あってはならぬこと。今すぐお役目を返上すべきですわ」


 忠告などと言いながら、その声音には敵意と憎悪が込められている。

 

 ああ、そういうこと。つまりは嫉妬……か。まったく下らない。


 

 コンラートはふざけた性格の持ち主だが、容姿は悪くない。その上、辺境伯から飾り上げられた英雄という名声。

 上辺しか見ていないリーブラの娘たちから、今大層な人気を博している。


 この単純そうなお嬢様も、例に漏れず、恋にでも落ちてしまったのだろう。

 はあ、本当に下らない。


「……アンネリーお嬢様、お嬢様の懸念は見当違いなものです」

「見当違いですって?」


 むっとした様子で、問い返してくるアンネリー。予想通りの反応だ。

 さて、奇襲によって主導権を握りましょう。


「腹芸は苦手ですので、直截的に申し上げますが……。お嬢様は、コンラート殿下をお慕いなされておられるのですね?」

「なっ、何を言って……!」


 林檎のように赤くなる頬、潤みだす瞳。はいはい、可愛い、可愛い。


「何かおかしなことを申し上げましたか? ……勇ましい貴公子と、身目麗しき御令嬢。むしろ、自然な成り行きかと。大層お似合いなことだと思います」


 パクパクと、金魚のように口を開閉するアンネリー。

 はい、無力化完了。話の主導権を完全に握った。


「お嬢様は、殿下の傍に女性があることが心配なのですね? ええ、それは当然の感情でしょう」

「い、いや、私は……」


 表に出し辛い彼女の本音を、当然のことと肯定してやる。

 口籠って俯くアンネリーだが、自己を肯定されることは、それほど悪い気分ではないでしょう?


「御心配はいりません。考えても見て下さい。私のような下賤の娘が、殿下と釣り合いましょうか? 万に一つの間違いもありえません」


 私の言葉の真偽を確かめようと、伏し目がちな瞳を持ち上げるアンネリー。

 そして、恐る恐る問い掛けてくる。


「その言葉に偽りは有りませんか?」

「ええ、天地神明にかけて」


 まっすぐと、アンネリーの目を見つめ返しながら返答する。

 しばしの沈黙。それを破って、アンネリーが口を開いた。


「先の発言を取り消します。ずいぶんと失礼な物言いをしました。お詫びしますわ、えーと……」

「雫です、お嬢様」

「そう、シズク、許して下さいね」

「勿論、どうかお気になさらず、アンネリーお嬢様」


 よし、ミッションコンプリート。辺境伯の御令嬢の不興を買うことを回避した。

 いや……ここはもう一歩踏み出すべきかな?

 そうね、そうしましょう。


「お嬢様、これも何かの縁ですし、私からも一つ献策させて頂いても?」

「献策……ですか?」

「はい。……私の故郷の言葉で、『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』というものがございます」

「えっと、それは、どういう……?」


 怪訝な表情で、小首を傾げるアンネリー。


「目標を落とす前に、その周辺を落とす方が近道になるという意味です。……殿下の側近である私を味方につければ、どれほどお嬢様の役に立つと思いますか?」

「あっ!」


 私の言わんとしていることに、ようやく気付くアンネリー。


「殿下とお嬢様がお似合いだと言った言葉は偽りではありません。僭越ながら、お嬢様の恋路のお役に立てればと」

「私の手伝いを……してくれると?」


 顎に手を添えて考え込むアンネリー。

 何を悩む必要があるの? 答えは一つしかないでしょう?


「……その代価に、貴女は何を求めるのです?」


 単純な娘と言っても、それでも貴族の娘だ。当然そこは気になるか。


「ああ、それは簡単なことです。恐れながら、私の願いを申し上げても?」

「……言ってみなさい」


 表情に警戒心を滲ませながら、私の言葉を待つアンネリー。


「私の願い、それは……」

「それは?」

「貴女とお友達になることです。どうか、私とお友達になってくれませんか、アンネリーお嬢様?」

「お、お友達……?」


 想定外の返答に、困惑するアンネリー。私は微笑みながら言葉を重ねる。


「はい、是非お友達に。軍内はむさ苦しい男ばかりなので、可憐なお嬢様が傍にいて下されば、一服の清涼剤になることでしょう」

「…………ふふふ、成程、これが【遠国の魔女】。よろしいですわ、シズク。貴女を友人と認めましょう。以後、アンネリーと呼びなさい。お嬢様はいりません」


 愉快気に微笑みながら、アンネリーがこちらの申し出を許可する。


「ええ、よろしく、アンネリー」



 早速、許しを得た呼び方で、彼女の名を口にする。


 私は狙い通り、辺境伯の御令嬢との友誼を得たのであった。


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