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【書籍化】魔女軍師シズク  作者: 入月英一@書籍化
一章

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10/88

1-6

 人々がひしめく広場。未だ興奮冷めやらぬと、声や熱気が伝わってくるが、私には関係のないこと。

 入団式は終わったのだ、私は早々に引き揚げさせてもらう。


 インクが乾いたことを確認すると、羊皮紙をくるくると丸める。そして紐で括ると、それを片手に立ち上がった。

 さあ、部屋で残った仕事を……。


「少し待て、シズク」

「はい?」


 ライナス団長の言葉が私を呼び止める。

 踏み出した足を止めると、くるりと、ライナス団長の方へと振り返った。


「何でしょうか、ライナス団長?」

「ああ、仕事の予定について話が……「はあ!?」」


 仕事、仕事、また新しい仕事か!


「ま、待て、落ち着け! 新しい仕事の話ではない。以前から話していたものだ!」


 片腕を前に突き出しながら、幾分上ずった声で言い切るライナス団長。

 以前から言っていた仕事? はて、どれのことだろう?

 ……心当たりがあり過ぎるのが、辛い。


「エルゼ商会の担当者との顔合わせだ。互いに都合が合わず、まだ会っていなかっただろう」

「ああ……」


 得心顔で呟く。そう言えば、そんな話もあった。


 

 傭兵団は多くの人が集まる集団。

 それはつまり、商人たちにとって客の集団に他ならない。


 食糧、酒、武具、女……。傭兵団に売りつける商材の、何と多いことか。

 その上、傭兵たちは戦いの専門家であっても、商売の専門家ではない。

 さらに、見栄っ張りな性格まで加われば……。まあ、良いカモだ。


 商人たちは、途方もない、ぼったくり価格で物を売りつけてくる。 

 せめてもの対策として、需要の多い酒と、値の張る武具の類は、一括して傭兵団が買い取り、それを各団員に販売している。


 量を纏め買いし、単価当たりの金額を下げさせようという試みだ。

 しかし、焼け石に水というか、正直やらないよりマシというレベルである。


 私の入団に当たり、その調達も私の役割になったのだが……。

 他の仕事に忙殺されたこと、相手商人の都合も会わなかったことから、まだ一度も顔合わせができていなかったのだ。


「それで、その顔合わせはいつですか?」

「明日の昼の予定だ。俺も立ち会う」


 そうか、明日の昼。明日の昼か、ふふふ……。


「……どうした? 何か、様子がおかしいぞ」


 怪訝な顔で問いかけてくるライナス団長。


「別に何でもないですよ。準備がありますので、私はこれで失礼します」

「あ、ああ」


 釈然としない様子で、返事をするライナス団長。

 私は踵を返すと、今度こそ自室に向かう。


「……準備って、何の準備だ?」


 そんな呟きを、背中に聞きながら歩みを進めた。



****



 大柄な木製の扉。それは、来客の際に用いられる応接室の扉だ。

 その前に静かに立つと、軽く身形を整える。

 髪を櫛ですき、襟元のリボンを整える。そして最後に仮面を被る。それは、外向け用の分厚い仮面だ。


 そして全ての準備が整うと、ゆっくりと二度、扉をノックした。

 コツ、コツ、と二度、硬質な音。続けて口を開く。


「雫です」

「ああ、中に入れ」


 部屋の中から返事の声が上がる。私は静かに扉を開いた。

 室内に踏み入ると、同様に静かに扉を閉じる。そして、ソファに対面で腰掛ける、二人の人物を見やる。


 一方はライナス団長、驚きに目を丸くしている。なんて間抜け面。

 もう一方は、見知らぬ男。彼が、エルゼ商会から派遣された担当の商人だろう。


 その人物をつぶさに観察する。

 ……まだ若い。駆け出しとまでは言わないが、ベテランというには程遠い。

 エルゼ商会が、こちらを舐めている証左であろう。


 その商人は、立ち上がると、感嘆したような声を上げる。


「おお! 何と、可憐なお嬢さんか!」


 大袈裟な言いようは、幾分リップサービスも含まれているだろう。

 しかし、真実、彼が驚いているのは間違いない。

 何せ、粗野な傭兵団で対面する女が、このような恰好で現れると、思ってもいなかっただろうから。


 私は今日の商談の為に、特別に用意した服を身に纏っていた。

 仕立ての良い純白の襟付きシャツに、シックな黒色のリボン。その下には、鮮やかに染め上げた、青色の丈長スカート。


 全て古着などではない。自腹を切って購入した新品の高級品。

 私の本気度が、分かろうというものだ。


 私は微笑みを浮かべると、商人に返事をする。


「ふふ、お上手ですね、ミスター。ああ、お名前をお聞きしても?」

「これは、失礼を。私は、エルゼ商会に所属するワイズと申します、レディ」

「ご丁寧にどうも、私はフィーネ傭兵団の雫です」


 私は微笑みを、ワイズは爽やかな営業スマイルを、そして団長は間抜け面。

 こらこら、いい加減、立ち直りなさいよ。


 私は手振りで、ワイズにソファに座ることを促す。

 そして彼が着席するのを待ってから、対面のソファ、団長の隣に腰掛ける。


「いやー、それにしても驚きました。こんなに美しいお嬢さんとの商談になるとは」

「もう、また冗談を……。商人は嘘付きばかり、という話は本当みたいですね」

「これは、手痛いお言葉。しかし、それは誤解というものです。わけても、私の貴女への賛美の言葉に関しては、尚のこと」

「あら、本当に誤解していました。ワイズさんは、大嘘付きですね」


 そう言って、互いに笑い合う。


「いつまでも、こうして談笑していたいところですが、残念なことに時間は有限。早速、商談に入りましょうか?」

「ええ、私も異存は有りません」


 そう、商談を始めよう。この日を、楽しみにしていたのだから。

 

 ――え? いやいや、決して日頃の鬱憤晴らしを、商人に対して行おうだなんて、露程も考えていませんよ。

 私はただ、傭兵団の一員として、団に貢献したいという一心なだけ。


 ええ、例え失敗しても、痛むのは私の財布じゃない。そんな無責任なこと、夢にも思っていませんとも。

 いや、本当の本当ですよ。


 ……と、脳内茶番はここまでにしよう。ふふふ、上手くいくといいな♪





「――つまり、現在の鉄の相場から、どうしてもこの金額に」


 今の所、何の面白みもなく、商談は推移している。

 相場であったり、生産地の事情であったり、小難しい言葉を並べ立て、金額面の理由を述べてくる。

 面倒くさいことこの上ない。その癖、ワイズの主張は単純だ。


 つまり、一言で要約すると、『これまで通り、ぼったくらせてね』だ。

 勿論、そうは問屋が卸さない。いや、問屋は彼の方だったか。まあいい……。


 そろそろ反撃を開始しよう。


「はあ、とても勉強になります。これほどまでに、商品の価格は複雑なのですね。今日の商談に当たり、少しは勉強したのですが……。まだまだですね」

「いえ、いえ、シズクさんの理解はとても早くて助かります」


 にこやかに人当たりの良い笑みを浮かべながら、ワイズは調子の良いことを言う。

 ……余裕だな。その笑みを何としても、引き攣らせてやりたい。


「そうだ! あの、勉強の為に、過去の契約書を何枚か見ていたのですが……。どうしても分からないことがあって。……もしよろしければ、ご教授頂いても?」

「ええ、もちろん喜んで」


 伏し目がちにお願いすると、何でもないとばかりに快諾するワイズ。

 けっ、本当は面倒だと思っている癖に。


 私は応接室に持ち込んでいた、何枚もの羊皮紙を取り出す。

 そして、それをペラペラと捲り出した。


「えっと、どれだったかしら? ……あっ!」


 羊皮紙の束の中から、真新しいそれが、一枚舞い落ちる。


 私とワイズの間にある長机の上に落ちたそれを、慌てて手で押さえる。

 私の右手は羊皮紙の右下。ちょうど、署名の欄を隠すような形で置かれた。


「す、すみません」


 そう言って、落ちた羊皮紙を回収する。

 その羊皮紙を目で追いながら、返答するワイズ。


「いいえ、気にすることは……ッ!?」


 ふふふ、目敏いな。流石は商人と言ったところかしら?

 羊皮紙を回収するまでの僅かな間に、その内容を盗み見たか。


「もしかして、内容が見えてしまいましたか?」

「う、それは……」

「見られたのですね。失礼かと思いましたが、実は他の商会にも、相見積を取らせて頂きまして……」

「い、いえ、それは構わないのですが……」


 そう、相見積を取ることは別に、商取引上のマナー違反ではない。

 実際、過去にも、フィーネ傭兵団は何度か、相見積を取っている。


 そうであるなら、ワイズの驚愕の理由は別にある。

 そう、それは、今の相見積書が、エルザ商会が提示する見積金額よりも安かったことに他ならない。


 これまで、幾度か相見積を取ってきた。そして、その全てにおいて、エルザ商会が最安値を提示してきている。

 果たして、そんなことがありうるのだろうか?


 ありうるとしたら、可能性は一つしかない。そう、談合である。


 リーブラの商人たちは、示し合わせて、金額を調整している。

 彼らの儲けを最大限にするために。


 そう、まともな競争をして、安売り合戦をしても旨みは無い。

 だから、どこそこの傭兵団は○○商会が、また別の傭兵団には××商会が、というように棲み分けをしているのだ。

 そうすることで、高い見積金額でも、受注を獲得してきた。


 だからこそありえない。事前に商会同士、合意が取れているのだ。エルザ商会より安値を提示する商会など、存在するはずがない。

 そのことが、ワイズの驚愕につながっている。だけど……。

 

 簡単に驚きを表に出したもの。やっぱり、ただの小物か。

 当然、その驚きに付け込まない手は無い。


 仮面を被り直す。淑女然とした仮面から、容易ならざる雰囲気を纏った、得体の知れぬ女狐のような仮面を……。


「ねぇ、ワイズさん。商人同士の友情ほど、信用ならぬものもありませんね」


 羊皮紙で口元を隠しながら、妖しげに囁く。


「ッ!? ……な、何のことか分かりませんな!」


 ソファをひっくり返しそうな勢いで、立ち上がるワイズ。

 次いでバツの悪い顔をする。自らの醜態に恥じ入ったのかしら?

 何にせよ、遅すぎるけどね。


「……申し訳ありません、シズクさん。どうやら、体調が優れないようです。商談の続きは後日でも?」


 何とか取り繕った声で、そう言ってくるワイズ。

 私はにっこりと微笑むと、その申し出を快諾する。


「ええ、もちろん。どうか、お大事に」

「失礼」


 そう言うやいなや、背を向けて、歩き出すワイズ。

 私は黙ってその背を見送る。


 いやー、愉快、愉快。日頃の鬱屈も晴れるというもの。


 言うまでもないことだが、先程の見積書は、私手製の紛い物。

 商人同士の談合が崩れたという事実は無い。だけど……。


 ワイズは商会に帰って、今日のことを報告することだろう。

 そしてエルザ商会は、他の商会に事実確認をとる。

 当然ながら、何処の商会も、エルザ商会を出し抜くような真似をしていないと言い張ることだろう。

 だって、事実、そのようなことはなかったのだから。


 しかし、果たしてエルザ商会はその言葉を、いや、リーブラの商人たちは、信じ切ることができるだろうか?


 ふふふ、疑心暗鬼になーれ♪


 凶悪な、呪詛の言葉を投げ掛けてやる。



 ある日の昼下がり。快晴の空のように、私の心も晴れ渡ったのだった。


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