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You are a ”Monster”.  作者: 四月一日 生
日常風景:少年少女
4/4

第一話 後編

大変遅くなりましたが、一部訂正を加えて再投稿させていただきました。

 そんなこんなでふと気が付けば、いつの間にか校門前の上り坂まで来ていた。

 道脇に植えられている桜並木は一昨日おとといの雨のせいか、すでにその花のほとんどを散らしてしまっている。

 何だか少し、それがごりしいような気がしてじょうに落ちた花弁はなびらへと目をやれば、そこで再び千佳がぽつり、と口を開いた。

「……今年は、あっという間に散っちゃったね」

「ずっと天気が悪かったんだから、仕方ないさ」

 答えてから、もう少し考えて返事をすればよかったと気付く。

 あんじょう、彼女は「……そうだね」とだけ呟くと、それきりまた黙り込んでしまった。

 続かない会話。困ったことに、先ほどからずっとこんな調子だ。

 あの後、やがて互いに沈黙に耐えられなくなって、たびたびこうしてたわいもない話を振り合っているのだが、どうにも上手くいかない。

 むしろ、今のように話がすぐ途切れてしまうせいで、余計に変な空気になってしまっているような気さえする。

 ……思わず、ちらりと横目でその様子をうかがってみれば、ちょうど同じようにこちらを見上げた彼女と視線がぶつかり、彼女もまた困ったように微笑んだ。

 つられて、俺もつい曖昧あいまいな表情を浮かべてしまう。

 そして、どちらからともなくらす視線。

 あぁ、このもどかしさを、一体どうすればいいのだろうか。……悶々として、いやに落ち着かない。


 と、そんな風に思っていた矢先であったから、不意に後ろから掛けられた声は、まさにこの上ない助け舟だった。

「あ、千佳じゃん。やっほーぅ」

 振り返ると雑踏ざっとうの中から女生徒が一人、栗色のショートカットの髪をなびかせ、こちらにひらひらと手を振りながら駆け寄ってくる。

「あ、おはよう、きくちゃん」

「ん、おはよ。あとついでに朝倉あさくらもおはよ。……って、あらあら、朝からなんかイチャイチャしちゃってた感じ? あはは、ごめんねー邪魔しちゃって。ほら、どうぞ私のことは気にせず続けて続けて」

 俺達を交互に見比べながら、その彼女――確か山辺やまのべきくといったか――は、イタズラっぽく笑った。

 その口元から、ちらりと覗く八重歯やえば

「……あのな山辺、そういう風に冷やかすなっていつも言ってるだろ? というか、ついでって何だよ、ついでって……」

「あらやだ、まーたそんな照れちゃって。ついではついでに決まってるじゃない、それ以上も以下も、他にどんな意味もないわよ」

 少しばかり眉をひそめてみせれば、悪びれた風もなくあっけらかんと返される。

 彼女は千佳のクラスメイトかつ親友であり、俺もよく顔を合わせるのだが、その度にこうしてからかってくるのだ。

 基本的に遠慮も何もなく積極的に突っ込んでくる彼女の態度には困らされることも多いが、今ばかりは逆に、口でこそ先のように言いはしたものの、その軽いノリが正直ありがたいものに思えた。

「もう、菊ちゃんったら……」

 むぅ、と唇を尖らせる千佳も、しかしながらその目にはやはり、どこかホッとしたような色を浮かべている。

「なんて、冗談よジョーダン。そんな顔しちゃやーだ」

 と、当然のことながらそんな俺達の心情になど全く気付いてもいない様子の山辺は、実に楽しげにそれをちゃすとそのまま千佳の腕をとり、こちらに向かってウインクを一つ飛ばしてきた。

「じゃ、そんなわけで千佳は貰ってくわねー」

「え、ちょっと、菊ちゃ……」

 どんなわけかは分からないが、彼女はそう言うやいなや、とうの千佳の返事を待たずにその手をぐいぐいと引いていく。

 その強引さに少々呆れつつ苦笑いで見送ると、千佳は山辺になかば引きられるようにしながらも振り返り、いている方の手を軽く振ってくれた。

「えと、じゃあ私、先行くねっ」

「あぁ、分かった」

 手を振り返し、そして俺は肩掛けのスクールバッグをかつぎなおす。

 どんどん遠ざかって行く二人の後ろ姿に、思わず漏れる溜め息。

 ……山辺のおかげで助かった。それにしても、今日の彼女はいつも以上にテンションが高いように見えたが……。

 何か、あったのだろうか?



 ◇ ◇ ◇



「っていうかそれって、つまりは単なる自慢じゃねぇか」

 俺が話し終えるなり、彼は窓辺にもたれかかった格好のまま、心底呆れた、といわんばかりの調子で言った。

 休み時間中のにぎやかな教室。

 そのぐさに、俺はついムッとしてそちらを見る。

「は? いや、俺は別に自慢なんて……」

「あーもう、これだからリア充は」

 しかし被せ気味に声をあげた彼にさえぎられ、俺は言いかけた言葉を呑み込んだ。

「だって結局はそれってアレだろ? 朝からみちぱたで幼馴染みといちゃこらたわむれてたら、何か変な奴にガンつけられたってことだろ? そりゃあそいつみたくモテない奴にしてみりゃ『朝から何てもん見せつけやがんだふざけんな糞リア充どもが俺様の視界から今すぐに消え去りやがれバカ野郎』ってな感じで、文句の一つや二つくらい言いたくもなるっての」

「お、おぅ……」

 何だか、えらく悪態あくたいの部分に感情がこもっているように聞こえたが、俺の気のせいだろうか。しかもちゃっかり、勝手な断言だんげんも混ざっていたように思うが。

「……って言われても、俺達は別に付き合ってるわけでもないし、そもそもがリア充なんかじゃねぇよ」

 その勢いにやや気圧けおされつつもそう返せば、彼は「分かってねぇなぁ」とでもいうように、脱色した髪を乱暴な手つきでくしゃくしゃと掻いた。

 そしてそのままその人差し指を、ピッとこちらの胸元に突きつけてくる。

「だからな、リア充ってのはリアルに充実してるヤツって意味なんだから、仲の良い女の子がいりゃそんだけで当然当てはまるもんなの! それに、お前から直接話聞いたりした俺達ならともかく、その辺の奴らがお前らのそんな深い事情なんて知ってるわけねぇだろうが。そんな風に同じ学校の制服姿の男女が仲良く並んで歩いてりゃ、あぁ恋人同士なのかなって思ったりすんのが普通だろうよ」

「う……」

 リア充うんぬんはさておき、確かにその台詞せりふの後半は正論らしくも聞こえて、俺は思わず言葉に詰まってしまう。

 と、すると彼はそんな俺を尻目に、如何いかにもやれやれといった様子で肩をすくめてみせた。

「それにしてもまぁ何つーかアレだ、そいつも随分ずいぶん上手いこと言ってくれたもんだよな。確かに彼女いない側からすりゃリア充なんざ、まさに生きてる次元が違う『バケモノ』だし」

 言いながら、その口元に皮肉めいた笑みすら浮かべる彼。

「………………」

 ……どうやら、結局彼が言いたかったのはそういうことだったらしい。多分、そんな悪口なんて気にするな、という彼なりのフォローなのだろう。多分。その心遣いは素直に嬉しかったし、とてもありがたかった。

 が、ただいかんせん話の流れ的に少々わざとらしいというか何というか、色々突っ込みどころがあるような気がしたのもまた事実だ。

 けれど、ここでそれをわざわざ指摘するのも気が引けたので、俺はえてそのまま受け流しておくことにする。断じて彼のドヤ顔に呆れて、故意に無視してやろうと思ったりしたのではない。



 しかしそうやって俺が黙ったままでいると、途端にむすっとした彼は「……バカ、ここは普通ノってくるとこだろうが」とばつが悪そうにぼやいた。

 そうしてやにわに溜め息を吐くと、さらりと話を切り替える。

「……ま、なんてのは全部冗談だけどさ。っていうかそれより、お前またチカの誘い断ったのかよ? ったく、もうこれで何度目なんだっての、いい加減にしてやれよな」

「ッ! だって、んなこと言ったって仕方ないだろ⁉︎ あんまり甘えて迷惑かけるわけにもいかないし……」

 不意打ちを食らい、つい反射的に声がうわる。すると彼は再び、今度はこれでもかというほどに盛大な溜め息をらした。

 そして、物凄く呆れたような、どこか非難の色さえ混じったような目でジトリとこちらをにらんでくる。

「な、なんだよ……?」

「……べつにぃ。……ただ毎回毎回お前って奴は、本当にいつまでたっても大事なことに気付かないんだなぁって思っただけだよ」

 その眼差しにたじろぎつつもたずねれば、彼は至極投げやりな調子でそうとだけ言い捨てて、ふいと目を逸らしてしまった。

 やたら思わせ振りなその態度に、たちまち次々と疑問がいてくる。

 大事なこと? 俺が、それに気付いていない? 一体それは、どういう意味だ?

「つったって今更なことだし、周りがとやかく言えたことでもねぇんだろうけどさ。何なら胸に手でも当てて、もう一回よぉく考えてみろよ。まぁそんな調子じゃあ多分……、いや絶対に分かんねぇだろうけどな」

 そっぽを向いたまま軽く鼻で笑われ、俺は困惑するのと同時に、やけに刺々しい彼のその態度に若干じゃっかんいらちさえ覚えた。

 何だか先ほどから妙にあおってくるが、言いたいことがあるならはっきりと言ってくれればいいのに。

 ……そうは思ったものの、恐らくそう返したところでけんになるだけのような気がしたので、取り敢えずは大人しくその言葉通りにしてみる。といっても、手は胸元ではなく顎先にあてて、だが。

 けれど、どれだけ必死に考えてみても、彼の機嫌が悪い理由も、また彼が何を言わんとしているのかも分からなかった。

 分からないが、いや、だからこそ余計に気分がモヤモヤする。

 ちくしょう、全く何だっていうんだ。

 


 と、仕方なしに改めてその真意を問おうとすれば、けれど彼はまるでそれを牽制けんせいするかのように、俺が口を開くよりも早く「っていうかさぁ」とわざとらしい声をあげた。

「お前はさっきから何見てんのよ?」

 言いながら、彼はそれまで一言も会話に参加せず、ただ黙々と読書にふけっていた”彼”の方に身を乗り出す。

「あ、おい!」

 あからさまに話を逸らされ、つい声がとがる。

 それでも彼は、そんな俺の声など聞こえていないかのような素振そぶりで「どれどれ……」と”彼”の肩越しにその手元を覗き込んだ。

 しかし、次の瞬間。

「……うげ」

「ん?」

 妙なうめきを漏らし、そのまま硬直こうちょくする彼。

 そしてそのかいな反応に、俺も思わずつられる。

 気になって、彼の後ろから同じように”彼”の手元を覗き込んでみれば、一目で「あぁ成程なるほど」とてんがいった。

 まず目に飛び込んできたのは、紙面いっぱいに書き連ねられた文章だ。

 見ているだけで頭が痛くなるようなその文字のれつは、ただし日本語ではなく――。

「……わざわざ原文しか載ってない紙本かみぼんの方を借りてこなくたって、端末の方で検索かければ楽に読めるのに……」

 率直そっちょくな意見が口をついて出るが、当の”彼”は余程集中しているのかぜんとして顔を上げようともせず、見事に無視された。

 その代わりに答えたのは、何とも苦々しい表情でむっつりと押し黙っていた彼だ。

「けっ、何かと思えばまぁたお勉強かよ……。あーやだやだ、どうせ読めてもねぇくせに、わっざわざ無駄にカッコつけちまってさ」

「いや、お前がそれを言うなよ。……そういえばこの間の語学のテストでも、確か凄い点数取ってたよな」

 先ほどの仕返しとばかりに皮肉を込めて返してやれば、更にぶすくれた彼は「くだらない」とでもいうように吐き捨てる。

「はんっ、そんなミミズがのたくったような字なんて読める方がおかしいんだっての。大体、日本語さえ出来てりゃ別にんなもん必要ねぇし」

「バカ、滅多なこと言うな! ……っていうかそれ、一体いつの時代の考え方だよ」

 その発言に俺は慌てて周囲を見回し、ほとほと呆れ果てた。……まったく、どうして毎度毎度、彼はこうなのだろう。

 まぁ苦手な科目くらい誰にでもあるものだし仕方ないといえば仕方ないが、それにしたってこうして開き直ったりするくらいなら、毎回試験が近くなるたびに「助けてくれ」と泣きついてくるのはやめて貰いたい。……いや別に、教えることが面倒だとかそういうわけではない。ないのだが、ただ、やはり本人がやる気を出してくれないことにはこちらとしてもどうしようもないというか、結局こうして結果が出てこないのでは何ともやりきれないというか……。



 などと、そんなことを考えていると無意識のうちに溜め息をこぼしていたらしい。彼はそれに気を悪くしたのか、ふんっと鼻を鳴らすなりまた顔をそむけてしまった。

 ……しかし、彼のその右手が自身の首筋くびすじ手持ても無沙汰ぶさたに撫でているのにふと気付いて、俺はついつい苦笑する。

 その仕草は、彼がこうしていじけた時などによく見せる癖だったからだ。

「ちっ、なに笑ってんだよ」

 すると、それにざとく反応した彼が、首元をいじる手を止め不貞ふてくされ気味にガンを飛ばしてきた、ちょうどその時。

「……うるさい」

 唐突に聞こえてきた、まるで地の底から響いてくるような低くくぐもった声に、俺達は揃ってハッとした。

 ……互いに口をつぐみ、恐る恐るそちらに視線を向ければ、声の主である”彼”はパタンと本を閉じ、そうしておもむろに顔を上げる。

 しまった、騒ぎすぎたと反省したところで、もう遅い。

 ぼさぼさの前髪の合間、ふちなしの眼鏡越しにこちらをにらえる”彼”のその眼差しは、思わず身が竦むほどに鋭く恐ろしかった。

 マスクで口元が隠れているせいもあるが、そのぢからはこう言っては少々失礼だけれど、カタギのそれとは到底とうてい思えないほどの迫力だ。

「あ……わ、悪い」

 慌てて謝るも、しかし返ってきたのは実に忌々しげな舌打ちだけで。

 一方、隣の彼はびびっているのを悟られまいとばかりに、まるで自分は関係ないというような涼しい顔であさっての方向を見ていた――とはいっても、その視線はきょどきょどと落ち着きなく宙を泳いでいた――が、それを一瞥いちべつした”彼”のよりいっそうけわしく、最早物理的に射抜かれそうなほどにきつい目つきにたまらず観念かんねんしたようだった。


 ……たちまち辺りに流れる、例えようのない気まずい空気。


 しかし数秒ののち

 しばらくそんな風にこちらをめつけたまま何かを言いたそうにしていた”彼”は、やがて大きな溜め息を一つ吐くと文句を言うのもバカらしくなってしまったのか、結局は無言のままにふいとその目を逸らしてしまった。

 そして何食わぬ顔で再び手元の本を開くと、先ほどまでそうしていたように、黙りこくったまま淡々とページをめくり始める。

 瞬間、妙に張り詰めていた緊張の糸が切れ、思わず互いに顔を見合わせた俺と彼は、どちらからともなく胸を撫で下ろした。

 てっきり以前のように怒られるかと思ったが、意外にもあっさりとした反応だ。まぁ、単純に呆れられただけのような気もするが。

 というか十中八九、そうに違いない。


 ……と思うと、ホッとするのと同時に何だか少しきまりが悪かった。

 それにしてもつい忘れがちになってしまうが、”彼”は俺達よりもずっと耳がいいのだから、声の大きさには十分注意するようにしなければ。


 その辺りの配慮が足りていなかったな、と内心申し訳なさを抱えつつ、改めて”彼”の静かな横顔をそっと見遣みやれば、当の”彼”はなおもひたすらに、その独特な字句のつづりを黙々と目で追い続けていた。

 どこまでも真剣な、その面持ち。

 先ほど覗き込んだときにはごく一部分しか読み取れなかったが、そこにはきっと何か、余程に”彼”の興味をそそることが書かれているのだろう。



 けれども、なんとなくぼんやりとその様子を眺めているうちに、不意に”彼”は何かに対して、ぴくり、と微かな――しかし確かな反応を示したのだった。

 そうして、実に渋々といった態度ながらまたしても本を閉じ、今度はそれを机脇の鞄にしまい込んだ”彼”のその一連の動作に、そこでようやく俺も「あぁ、もうそんな時間か」と思い至る。


 つられるように、腕時計へと落とす視線。


 するとまさにその時、至極絶妙なタイミングで、授業開始を知らせるチャイムのが周囲に響き渡ったのだった。



御閲覧いただき、誠にありがとうございました。

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