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You are a ”Monster”.  作者: 四月一日 生
日常風景:少年少女
2/4

第一話 前編

大変更新が遅れてしまい、申し訳ございません。

この度、第一話の前半部分を投稿させていただきました。


・3/4、一部加筆訂正しました。

 東京近郊に広がる市街地。

 正式な名前はまた別にあるが、『だい特別とくべつかん都市とし』というのがこの街の世間的な呼び名だ。

 今となっては別段珍しくもない光景だが、市の中心部はあちらこちらに超高層ビルが乱立し、いわゆる典型的な現代都市といった様相ようそうていしている。

 そしてそこから少しはずれた俺達が暮らす界隈かいわいも、さすがに中央区には見劣りするものの数年前に再開発されたばかりの町並みは整然としていて、人口もそれなりに多い。

 特に、俺の家がある駅周辺などは徹底的に開発がされたため、そこだけを見ればいかにも都会らしい風景が広がっていた。



 ◇ ◇ ◇



 数人の小学生が、何やら歓声を上げながらばたばたとわきを駆け抜けていく。

 その元気溢れる様子に、思わず目をかれる。

 と、同じようにそんな彼らの背中を微笑ましい目で見送った彼女は、そこで、ふと思い出したように視線をこちらへ戻した。

「そういえばね……」

 少し言いよどみ、どこか遠慮がちにたずねてくる。

「お母さんが、今日はなんだか気分がいいから久々に張り切ってご飯作るって言ってたんだけど……。ね、今夜もし良かったら、うちに食べに来ない?」

「えっと、今夜は……」

 俺はしばし考え、今日の予定を思い返した。確か、放課後は夜までバイトが入っていたはずだ。

 その旨を伝えると、彼女はごく残念そうに「そっか……」と肩を落とす。

 せっかく気を遣ってくれたのに申し訳なくて謝ると、パッと顔を上げた彼女は、慌てたように「気にしないで」と首を横に振った。

 低い位置で二つに結わえられた、ピンク色にも近い淡い茶色の、ふわふわとした髪が揺れる。

「お母さんには私から伝えておくし、それよりもバイト頑張ってきてね。……でも、あんまり無理はしちゃダメだよ?」

 その顔にうれいの色を浮かべ、そして「それに」と続ける彼女。

「また今度、気が向いたらいつでも来て。ちゃんと用意しておくからさ」

 どことなく寂しげなその笑顔に、更に申し訳なさがつのった。返す言葉に詰まり、また謝りそうになるけれど、彼女は今度は無言のまま、ただ目でそれを(たしな)める。

「……あ、ところでバイトっていえばさ。今度、またお店に行ってもいいかな? 実はちょっと、探してるものがあってね――」



 と、ともすれば何だか微妙な空気になりかけたところを、気を利かせた彼女が話題を変えようとしてくれた矢先。

 俺は、前方ぜんぽうから足早に近付いてくるスーツ姿の男性に、つと意識を奪われた。

 何か、仕事で失敗でもしたのだろうか。

 ついそんならないかんりをしてしまうほどに、彼は何やら気にさわることでもあったのかいやに不機嫌そうな表情を浮かべ、全身から不穏な気配をかもし出している。

 周囲の人々はそんな彼をけてゆき、先ほどまでとは一転、辺りは何だか妙な緊張感に包まれた。

 と、それまで笑いながら話していた彼女も、その空気の変化を察知し彼に気付いたのか、不意に口をつぐむと気まずそうにうつむく。

 俺もつられて彼から視線を逸らすと、関わり合いになりたくなくて一歩、彼女とともに道脇みちわきへと避けた。

 けれど、ちがいざまに彼が呟いた一言に、俺は思わずその足を止めてしまった。


「……バケモノのくせに」


 それは、普通なら聞き取れないくらいの、ほとんど声を出さずに唇だけを動かすような呟きで。

 それでいながら明確な敵意のこもった、刺すように鋭い言葉だった。

 一瞬、ほうけたように立ちつくしたのち、ハッと反射的に振り返れば、彼の背はあっという間に人波ひとなみの中にまぎれていってしまって。

 最初は単なる勘違いかと思ったけれど、擦れ違う瞬間、そのほんの刹那せつな、視線を彼へと戻したときにこちらへ向けられていた彼の目には、じっとりと暗い憎悪の色が宿っていたのを思い出す。

 ……今のは、間違いなく俺達に向けられた言葉だった。

 と、ようやくそこに考え至ってから、俺は彼の呟きを、脳内で反芻はんすうする。


 「バケモノ」と。

 彼は確かに、そう言った。

 心中でその言葉を、そして彼のあの冷徹れいてつな視線を思い返すたびに、胸が詰まるような息苦しさが募る。

 思わず自分の首元に手をやると、彼が俺達をそう呼んだ理由であろう『それ』に触れた。

 指先に、まるでプラスチックのような、つるりとした冷たい感触が伝わる。

 もう、今となってはすっかり慣れてしまったその手触り。最近では、あまり意識することもなかったのだが……。





 するとその時、後ろからブレザーの袖口そでぐちを、くいっと軽く引っ張られたように感じた。

 ……ふと我に返り振り向くと、心配そうな顔をした彼女が、じっとこちらを見つめている。

優生ゆうせいくん、……大丈夫?」

 遠慮がちな問い掛け。気遣うような彼女の視線に、俺はハッとした。

 袖口を掴むその手は、かすかに震えている。どうやら彼女も彼の、今の捨て台詞ともいえる呟きには気付いていたらしい。

「ごめん、千佳ちか。……朝から嫌な思いさせちゃったな」

 つい謝ると、彼女――千佳は、ゆるやかに首を横に振った。

「優生くんが謝ることじゃないよ。気にしないで」

 そう言って微笑む彼女は、けれど、少しその表情を曇らせる。

「……でも、ちょっとびっくりしちゃった」

 この辺りにはあんまりああいう人居ないと思ってたのにな、と、(うな)()れた千佳は悲しげにこぼした。袖を握る手に、ほんの少しだが、力が込められる。

 気まずい沈黙。

 何かフォローの言葉を掛けなくては、と焦った俺はとりあえず、馬鹿みたいにわざと明るい調子で言ってみた。

「そんなに気にするな、さっきのはきっと勘違いだよ」

 すると、千佳はパッと顔を上げる。でも、と納得がいかなさそうな彼女に、俺は苦笑混じりの笑みを向けた。

 我ながら、酷い誤魔化ごまかし方だ。

 勿論、俺だって分かってはいる。さっきの彼のあの言葉。そして、あの冷たい視線。その全てが、俺達への敵意に満ちたものだった。

 まさか勘違いだなんて、そんなことがあるわけがない。

 ……けれど。

「それよりほら、早く行かないと遅刻するぞ」

 まだ何か言いたげな彼女を半ば無理矢理にうながし、そのままさっさと先に歩き始めると、それでも逡巡しゅんじゅんしていた千佳はやがて諦めたのか、黙ったまま後に付いてきて俺の隣に並んだ。



 それからしばらく、俺達は肩を並べたまま、互いに一言も言葉を交わさなかった。


御閲覧ありがとうございました。

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