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意識と無意識の境界線 〜 Aktuala mondo  作者: 神子島
第一章
9/43

9

 珍しく一悶着のあったあと(原因は私です)、ようやくランチタイムになった。蓮の先ほどの怒りはどこへやら。すっかりいつもの調子を取り戻し自ら作ったお弁当を食べている。


 「今日のこれもうまいな。さすが瑠璃ちゃん」


 「今日はね、蓮も一緒に作ったんですよ。余暉サンが今食べている卵焼きは蓮が焼きました。上手でしょう?」


 そう言うと余暉サンの動きがピタリと止まった。そして、滂沱の涙を流し始めた。見れば隣で竹崎サンも同様に泣いている。


 「どうしたんですか? 不味い事は無いと思いますよ。私も試食しましたし」


 オロオロと私は取りなそうとするが、二人ともなかなか泣き止まない。


 「蓮、どうしよう。私、今日三人も泣かせてしまったわ」


 佐美サンの事を思い出し、目の前の二人が泣いているのと重ね合わせる。


 「気にする事は無い。こいつらは好きで泣いているだけだ。今のうちに食べ尽くしてしまおう」


 蓮は全く意に介する事なくマイペースに食事を進めている。


 「うえっ・・・ぐす・・・蓮様が・・・手ずから・・・料理を・・・」


 「こんな、こんな日が来るとは・・・!!! 長年生きておりますがこのような、感極まる思いをするとは思いませんでした」


 (さっき竹崎サンに対して思った事は訂正します。やはり竹崎サンは(あるじ)想いだったのね)


 その主を思いやる竹崎サンと余暉サンの姿勢に私も何だかウルウルしてきた。


 「れん・・・。私も泣いていい?」


 「どうしたのだ? 腹でも痛いのか?」


 今度は蓮も驚いたようで、フォークを置いて私の顔を覗き込んで来た。その顔を見た途端、私の目尻から涙が零れ落ちる。私はたまらず蓮の首に抱きついた。


 「あなたって、みんなに慕われている素敵な人なのね」


 何を隠そう、私は人情ものに非常に弱い。主(蓮)を慕う家来(竹崎サン親子)、いつもそっけない関係だが、本音の所では互いに思いやって、何かあれば命をかけて守り守られ、そんな図が脳内で展開されている。


 「蓮〜」


 「よしよし。良いもんだな。瑠璃が甘えて自ら抱きついてきてくれるのは」


 蓮が頭や背中を撫でてくれるのもとってもいい。


 「(それに引き換え、こいつらの涙はうっとおしいだけだがな)」


 「ん? 何か言った?」


 最後に何か言ったようだが聞き取れなかった。顔を上げて蓮を見遣れば


 「いいや、何も言ってないよ」


 蓮は素敵な笑顔を浮かべ、私の頭を軽く抑えて、私たちは再び抱き合う格好になった。


 「(蓮様、酷いです!)」


 「(うるさい)」


 「蓮?」


 「何でも無いよ、大丈夫か?」


 蓮は優しい声色で労ってくれる。


 「ありがとう。お陰で落ち着いたわ。ご飯食べましょう。竹崎サンも余暉サンも落ち着いた?」


 ちょっと恥ずかしかったが、泣いたのは二人が先だ。同じ穴の(むじな)として心強く二人の方を見れば既にパクパクと食べている。


 (あれ?)


 「どうした? 食べないのか?」


 「ううん。食べる。二人とも復活が早くてびっくり。でも良かった、泣き止んでくれて。一時はどうしようって思ったもの」


 ピタリと二人の手元が止まると


 「あれは、ちょっとした間違い。忘れてくれ」


 余暉サンがヒラヒラと手を振っている。竹崎サンもウンウンと頷いてそれに同意を示している。


 「いいえ、忘れないわ。二人の蓮を想う気持ち、素敵だもの」


 人情ものは大好きだ。脳内劇場の配役とストーリーを二人に重ね合わせ若干の憧れにも似た視線を送れば、余暉サンからは目を逸らされ、竹崎サンは困った顔をした。


 (こういうメリハリのあるドライさ加減も、いいテイストなのよね)


 一人納得し、蓮の作った卵焼きに手を伸ばした。


 「ん! おいし!」




 午後は竹崎サンがメインで登録作業を続けているのを、時々手伝いながら、珍品達を見ていた。


 「本当に素晴らしいものばかりですね。素人の私の目にもその良さが伝わってきます」


 「紀元前の物もあるから取り扱いには気を遣うんだけど、これらを作った昔の人達の想いが伝わって来るよね」


 思わず手に持っているモノを取り落としそうになった。


 「紀元前? そんな物もあるんですか? それって個人が独占していていいのでしょうか?」


 こっそり元の棚に戻しそこからは触れる事はしない。


 「いいんじゃない? その内、どっかから聞きつけて見せて欲しいとか依頼はあるかもしれないけど、その時はその時で対応するし、大事にできるところが大事に保存していればいいんだよ」


 気楽そうに答える余暉サンの言葉は案外よく考えられている。

 そうよね。下手をしたら博物館から持ち去られて、紛失してしまう可能性もあるわけだし。公共機関だからって絶対というわけではないし。


 「世界を見たらね意外と個人でコレクションとして保管している人達が多いんだよ」


 世界の美術品や稀少品の蘊蓄(うんちく)を色々と聞かせてもらい、まだまだ知らない事だらけだとつくづく感じた。




 実質、今日でお手伝い作業は一旦終了ということになった。少々寂しい感に捕われる。竹崎サン達は創業家に仕える身、もう殆ど会う事もないだろう。


 「う、竹崎サン、余暉サン、蓮、今日までありがとうございました。良い勉強をさせてもらいました。あなた方の事は一生忘れません」


 「こら。私を一緒にするな。私はこれからも永遠に瑠璃と一緒に歩むのだぞ」


 蓮は不本意だと顔に貼付け、かなり不満気だ。それに永遠とはこれまた大げさな。


 「それならば我らもこれからも一緒ですな、瑠璃ちゃん。ふぉっふぉっふぉ」


 「そういうこと。蓮様との繋がりが切れない限り、俺達とも切れないよ、瑠璃ちゃん」


 「本当に? 良かったぁ・・・。蓮のお陰ね、ありがと」


 「どうしてだ? 竹崎と余暉は別に良いではないか」


 不機嫌がまだ収まっていない様子。


 「だってこれまで一緒にずっとやってきたのよ。仲間なんだもの、できればこの先も何か繋がりを持っていたいって思うじゃない」


 「ふむ。その繋がりが私というわけか。ならば良い。これからも宜しくな瑠璃」


 機嫌が直りすっかりいつもの蓮に戻った。


 「何か複雑だなー」


 一人ごちているのは余暉サン、これはご愛嬌。


 「では私は瑠璃を送ってゆくからな」


 「はい、お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 蓮の車で帰るのであっという間に家に着くことはもう経験上分かっている。そのほんの少しの二人の時間は楽しく過ごしたい。私は夏期休暇の事を話をした。


 蔵の片付けにいよいよ手を付ける事。そして蓮のお家の家宝達の管理で使った方法で、分類整理をしてみたい事。


 黙って話を聞いていた蓮は、最後にこういった。


 「私も手伝う」


 恐らくそう言うだろうなとは予想していた。夏期休暇の事を話さなかったのは私の落ち度だし、私も今では蓮と一緒に居たいと思えるようになってきてたし、両親がOKであれば良いよということで話が落ち着いた。





 そして今日もまた突撃的に我が家は蓮の訪問を受けている。

 最初に母が昨日、私がお世話になった件を、深々と頭を下げてお礼を言っていた。蓮が「当たり前の事をしたまでです」と言うと、「当たり前のように関係を結ばなかったでしょうね?」と詰め寄られていた。


 未遂ではあったものの、結局はそういう関係には至っていないので、蓮と私は胸を張って否と言い切った。


 それを聞いた母は、ようやくプチ般若から普通の顔に戻り、そして、今日は屋敷奥の応接間に通され、この前と同じように父と母が並んで蓮と向かい合っている。この前のようなちょっとした波乱も無く、蓮が蔵の片付けを手伝ってくれるのに二つ返事でOKがもらえた。


 母に「次期社長ですが、掃除を手伝わせてもいいんですか?」と聞いてみたら、


 「何をそんなに構える必要があるの? 次期社長だろうが大統領だろうが何だって言うの? 瑠璃を大切にしない人には用はありません」


 と言い切った。母よ、お見それしました。

 こうして夏期休暇の予定も何となく決まり、蓮もようやく帰って行った。



  *



 翌月曜日。

 すっかり忘れていたが、三木(あいつ)がまた何やら騒いでいるのが遠くから聞こえてきた。


 (一体どんなフィルターを掛けているのよ三木(あいつ)は!)


 件の女子社員が土曜日に出勤していたこと、見知らぬ男性と一緒にいたと事、何よりも強調され聞こえてきたのは、三木の名前を知っていたということが話に加わり、増々謎が深まっているようだ。三木は人事や守衛室にまでおしかけ、その日に出勤した人を教えてくれと頼み込んでいたらしい。


 「元気だよねーあいつは」


 いつの間にやってきたのか榎本サンが、私の席の隣で気怠そうに肘をついている。


 「おはようございます榎本サン。今週が終われば夏期休暇ですね。ご予定は?」


 そ知らぬ振りをして話題を逸らす。


 「あんた、土曜日、会社で何をやってたのよ」


 私の苦労をいとも簡単にスルーするは流石に年上の成せる技だ。ここで(だんま)りを決め込む事も可能なのだが、味方は一人位いた方がいい。それに三木(あいつ)が全く諦める気がないので、何かと今後フォローすることがあるかもしれない。


 「今、ここではお話しできません。私の一存で話せる事ではないんです」


 (お願い、察して)


 「そう、なら、休み明けにでも話してもらおうかしらね、楽しみにしているわよ」


 榎本サンの背後に大きな蛇が見えた気がする。ペロリと舌を出しているあの蛇に捕まったら最後、洗いざらい話さなければ納得しないだろう。


 「わかりました。覚悟しますよ」



  *



 無事に夏期休暇に突入し、私は連日、せっせと蔵の片付けと掃除に勤しんでいる。手伝うと言っていた蓮は、有言実行で連日我が家にやってきていた。神威(しんい)家ほどの規模ではないが、二人で作業するには蔵一つ分は結構な量だ。最初は一人でやるつもりだったので、蓮がお手伝いに来てくれている事に大変感謝している。


 幸いにも連日お天気に恵まれて、蔵に入っていた物を運び出すのにそれほど苦労はしなかった。庭先でパサパサと埃を払い離れの部屋に持って行く。粗方、蔵の中身が無くなるのに丸3日かかった。父が全く手を付けていなかったせいで、蔵の中は埃が堆積しており、蓮も私も毎日埃まみれになっていた。


 流石にその姿を見た母が食事を提供してくれた。それと、お風呂も。


 「蓮、お先にお風呂にどうぞ」


 お昼前にお風呂に入らなければ、食事すらままならない。


 「いいよ、瑠璃が先に入っておいで」


 そうは言うが、蓮はお手伝いに来てもらっている人だ。だから


 「蓮が先。ほら、早く」


 服に付いた埃を払ってあげながら、蓮の背中を押してお風呂場へと促した。


 「一緒に入ろう。そうすれば争わなくても済むし、合理的だ。私も満足する」


 「・・・蓮。母が、気のせいか、鬼の形相でこちらを見ているんですけど」


 蓮の背後に、メラメラと炎を背負った母の姿が目に入る。


 「わかった。先に入って来る」


 蓮はお風呂場へと向かった。


 「蓮、洗濯するから篭に入れておいてね。着替えは後で持っていってもらうからごゆっくり」


 「瑠璃が洗濯してくれるの?」


 「そうよ。当たり前でしょ。汚れたまま返す訳にはいかないわ」


 「では、それを瑠璃の部屋に置かせてくれないか? そうしたら明日それに着替えればいいだろ?」


 「そうね。そうするわ」


 こうして蓮の洋服が少しずつ私の部屋に入って来るようになった。




 竹崎サンに教えを受けたとおりに分類表を作り、画像やその他の情報を入力していく。運び出すよりもやはりこの方が時間がかかる。けれども先に神威家の宝物で練習していたおかげで要領良くすすんだ。蓮も協力してくれるし、二人で離れに籠り、連日この作業に費やしていた。


 「ねぇ、蓮。毎日来てくれるけど、お仕事とかお(うち)の事は大丈夫なの?」


 ある時、気になって尋ねてみた。


 「うん、大丈夫だ。会社の組織変更の案も固まったし、業務内容も固まったし、企画書も既に提出済みだ。後は人員の調整だけだな。けれどこれは流石に一人で勝手は出来ないから、夏期休暇明けに集まって相談する事になってる」


 あの土曜日の夜にちらっと見た組織図の事を思い出した。


 「そうなの。蓮はいつ仕事しているのかと思っていたの。あまり無理はしないでね、体力は有限なんだから」


 「私にとっては瑠璃以上の優先事項はないのだが」


 「それよ、それ。一緒の会社になるし、公私混同はいけないわ。周囲の人達に変に気を遣わせてしまうもの」


 「そうなのか? 色々面倒臭いのだな。いっそ夫婦として届け出ればいいのではいか?」


 蓮が奇麗な顔の鼻に皺を寄せているが、何をやっても様になる、悔しいなぁ。


 「むー。一足飛びにそこへは行けないの。でも夫婦でも、そこは周囲に対する配慮はしなきゃ。いずれ上に立つんだから、その辺の線引きはしておいた方が良いと思うのだけれど」


 「・・・わかった」


 渋々、本当に渋々といった様子で蓮はうなずいた。




 我が家の蔵の片付けを始めて二週間目に突入した。離れでの登録を一旦休憩し、気分転換にと蔵そのものの掃除に取りかかっていた。殆ど物は残っていないので掃除だけの単純な作業になるが、電気が通っていないので掃除機で一気にゴミを吸い取る事ができない。二階建てのこの蔵で、ギシギシという階段を上り下りしながらの作業は、始終足下に気をつけなければならないので少々肝が冷える。


 上から順番に埃を落とし、床に落ちた埃は昔ながらの方法で濡れた新聞紙をちぎり、埃が舞い散らないように工夫する。なぜこの方法を知っているのかは知らないが、自然とできた。大量の埃は大量の新聞紙が必要で、ゴミ袋が沢山必要となった。でもそのお陰で、最後のぞうきんがけをすると板の目が蘇り奇麗な木目が現れた。


 二階部分を終えるともうお昼だった。順番にお風呂に入り、母と昼間にお手伝いに来てくれている佐用(さよ)サンが準備してくれたご飯を食べる。労働後のご飯はとても美味しく感じ、いつも以上に箸が進んだ。それは蓮も同じで、遠慮は無しね、という母の言葉に従い何度もお代わりをしていた。


 父は何をしているかというと、会社に行っている。一家を支える大黒柱としては働かねばならない。頑張れ父よ。


 お腹がいっぱいになった私たちはお昼休憩を私の部屋でとっていた。要するにお昼寝をしているのだ。夏の暑い昼間に働けば、いつかの二の舞になるのは間違いない。それゆえ、体力回復のためにもお昼寝をしているのだ。


 この頃には母は蓮の事を信用し始めていたので、二人きりで部屋にいる事もそれほど嫌な顔をしなくなっていた。蓮もその信頼に応えるべく、日々我慢をしている・・・のかな?


 最初は別々に寝ていても、目が覚める頃にはいつも蓮に抱きすくめられて目が覚める。蓮の方も熟睡しているようできっと無意識のうちにやっているのだろう。

 いや、蓮はお布団で、私は自分のベッドに寝ているんだけどな、という疑問を持ったからといって、何の解決にもならないと言うことは経験済みのため、敢えて触れない。

 私の寝相の関係もあり、少し幅広のサイズなので、まぁ二人で寝れると言えば寝れる。私も蓮の腕の中にいる方が不思議と安心できるので、特に何も抵抗することなくお昼寝をしていた。身体を動かし、しっかり食べていれば起こされるまではぐっすりと寝ていられる。


 だが、この日は小さな物音で意識が浮上した。


 「んー?」


 半分寝ぼけたままで、今の私たちの状態にまで気が回らない。てっきり母だと思っていたので、蓮の腕に絡まれた状態で入ってきた人と対峙する事になった。


 「誰?」


 そこには見知らぬ女性が立っていた。私の事を上から下まで見ると、フン、と鼻で笑い部屋を出て行こうとした。だが、私の隣で動く蓮に気がづくと、途端に顔を強ばらせた。


 「瑠璃? どうした。まだ早い、おいで」


 蓮が起き抜け独特の掠れた声で私をベッドに引きずり込もうとする。


 「ちょっと待って」


 蓮の頭を軽く撫でて、シーツを持ち上げて蓮をすっぽりと覆い、見知らぬ女性を睨みつける。


 「どなたか存じませんが、私の部屋から、出て行きなさい。今直ぐ」


 感情のコントロールをしにくい寝起きに不躾な視線を浴び、勝手に部屋に入られた事で少々熱り立ってしまった私は、強い口調で言い放つ。自分の声とは思えないほどの迫力のある声が出、自分でも内心驚いた。女性はというと、慌てて後ろ手に扉を閉めて出て行った。


 ホッとしたのも束の間、泥棒の可能性もある。私は急いでスマホを取り出すと母へ電話をかけた。

 母はすぐに電話に出てくれ詳細を話すと、分かったわ、と言って電話を切った。どうやら、母が招き入れた人のようだ。「まだ寝ていていいわよ」と母の声に甘え、念のために部屋の鍵をかけベッドに戻った。だが、中途半端に起きて、見知らぬ女性とのいきなりの対峙で興奮が収まらない。眠れるかどうか分からないから本でも読もうともう一度ベッドを抜け出そうとした時、蓮の腕に捕獲されてしまった。


 「瑠璃・・・。眠れ」


 蓮が私の目蓋にキスをすると、私はあっという間に眠りに落ちてしまった。





 頬に軽い刺激を受けて目が覚めた。蓮が頬をついばむようにキスをしていたのだ。


 「おはよう蓮」


 「おはよう瑠璃。途中起きただろう? 大丈夫だったか?」


 寝起きで頭が回らず、何の事? と尋ねれば私が何やら誰かと話していた気がすると言う。ああ、そういえば、と思い出し、知らない女性が入ってきた事を話した。すると蓮は、にわかに険しい表情をする。


 「でもどうやら母の知り合いだったようなの。直ぐに電話で伝えておいたわ。さ、私たちも着替えて降りましょうか」


 作業用の軽い服装に着替えて私たちは母がいるであろうリビングへと向かった。


 「お母さん?」


 「あら、起きたのね。さ、二人とも水分補給して」


 佐用(さよ)サンがコップにスポーツドリンクを入れて持ってきてくれた。


 「ありがとう佐用サン。ねぇお母さん。さっき私の部屋に入ってきた女性って誰なの?」


 自分と同じ位の年齢くらいだろうか。さきほどの女性の顔を思い出しながら尋ねれば


 「お母さんの従姉妹とその娘、、、だそうよ。娘の方はあなたにとっては『はとこ』になるわね」


 「はとこ? うーん、悪いけど覚えていないの」


 両親の兄弟とその子ども達くらいまでの顔を思い出したが、さっきの女性の顔は全く思い出せない。うんうん唸っていると、


 「それはそうよ。私だって従姉妹と会ったのは彼女が結婚する前で30年以上ぶりなの。私よりも年上だし、結婚式にも呼ばれなかったし、あまり付き合いのなかった人なの。私も結婚しちゃったしね。すっかり疎遠になっていたの」


 顔もあまり覚えていないと母は言う。


 「そうなの。それがどうして急に?」


 「うーん、お母さんにも分からないわ。何の前触れも無く、いきなりインターフォン越しに名乗られて、最初は誰だか分からなかったくらいよ」


 母は過去のことを思い出そうとしているのか、頬に手をあて首をかしげている。


 「どういう用件だったの?」


 「それが良くわからないのよ。久しぶりに会いたくなって来たとは言っていたけれど、其ほど交流もなかった筈なんだけどね。お母さんが従姉妹と話をしている隙に、その娘がいつの間にかいなくなっていて、最初はトイレにでも行ったのかしらと思っていたのだけれど、なかなか戻って来ないでしょ。佐用サンと丁度お買い物から帰って来た佐奈(さな)サンに探しに行ってもらっていたの。そうしたら、貴女から連絡が入って、あちこち家の中を見ていたんだなって気づいたの。その後、普通な顔で戻って来たから瑠璃からの連絡が無かったら怪しまなかったかもね」


 母は自分の従姉妹とその娘の行動に戸惑いを隠せないでいる。


 「うちの中で無くなったものは無いの?」


 「あの人達が帰った後、お母さんと、佐奈(さな)サン、佐用(さよ)サンとも見て回ったけど、特にこれと言って無くなっている物はなかったわ」


 「急に会いに来たのなら、お金に困っているとか?」


 「可能性はあるかもしれないわね。お父さんの事を親戚の誰かからか聞いて来たのかも。社長なんてものをやっていると、多かれ少なかれ、そういう面倒事はあるのかもね。でも、あなたは心配しなくていいわよ」


 「そうなの? 変な事にならない?」


 「大丈夫と言いたい所だけど、今は何とも・・・。一応、お父さんにも連絡を入れておいたし、きっと様子を探ってくれるとは思うわ。お母さんもちょっと実家に連絡を入れてみる」


 私を安心させるように母はにっこりと微笑む。


 「丁度、蔵の中身を出しているから、管理はしっかりしておきます」


 「ええ、お願いね。あら、蓮君。変な所を見せちゃったわね。ごめんなさい」


 母は私の後ろに立っていた蓮にようやく気づいたようで、少しばかり気まずそうにしている。


 「いいえ。色々あるものですよ」


 「本当にそうね。ほほほ」


 「瑠璃には私がついていますので、ご安心下さい」


 「ええ、お任せしますわ。宜しく頼みますね」


 「はい。お任せ下さい、義母上(ははうえ)


 「まぁ」


 ほほほ、と笑う母には言えなかったが、私を見ていたあの『はとこ』の目がとても気になっていた。蔑む様な、嫌な目だった。私をまるで値踏みしていたように思える。


 (何も起こらなければ良いのだけれど・・・・)


 「瑠璃?」


 蓮が心配そうに私の顔を覗き込んでいる。


 「何でも無いの、ちょっと寝起きでぼーっとしちゃったけよ。とっとと片付けちゃいましょう」

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