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意識と無意識の境界線 〜 Aktuala mondo  作者: 神子島
第六章
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 祖母は笑いで、わたしは青蓮に対しての気恥ずかしさで理性を失っている間、唯一理性的でいた青蓮はわたしを抱きしめたままじっと復活するのを待っていてくれた。最初に落ち着きを取り戻したのは当然わたしで、頬の高揚感が落ち着いて来たのを感じおずおずと青蓮の胸から顔を離しそっと青蓮の顔を下から伺い見ると、こちらを見下ろす優しい瞳とばっちり目が会った。

 そっと額に口づけを受けたけれど、もう落ち着きを取り戻していたので、青蓮のその優しい表情に逆に心が解れ自然と笑顔になった。


 「落ち着いたようだな」


 「うん。ありがとう青蓮」


 待っていてくれたお礼を言うと、褒美だとばかりに口づけられる。あっというまにそれは深いモノに変わり、わたしは青蓮に翻弄されながら、このまま溺れてしまうのではないかと思うほどに思考が飛んでしまった。





 「・・・お待たせをいたしました。あら・・・ほほ、今度はお邪魔をしてしまいましたわね」


 祖母の声が聞こえて夢心地の中から意識がすいっと現実に戻って来て、バッと青蓮から身を離す。(青蓮が離してはくれなかったけれど)


 「お、お祖母様・・・」


 「あら? もうよろしいの?」


 「お祖母様こそもう大丈夫なのですか?」


 そもそもわたしと青蓮は笑い出した祖母が落ち着きを取り戻すのを待っていたのだから、祖母から「もういいのか」なんて気をまわされるのなんて甚だ心外だ。


 「ええ勿論よ」


 祖母はすっかり無かった事にしたのか、自分がお腹を抱えて大笑いした事を微塵も見せる事無く、いつものように姿勢正しく、にっこりと余裕の笑みを浮かべてさえいる。ああ、何となくわかった。小憎らしいとはこの感情か。


 「・・・お祖母様はタフですね」


 皮肉を精一杯込めたわたしの言葉に対し、いつもの調子を既に取り戻している祖母はツンとすました顔で含み笑いをしている。


 「生きて来た年数が違うからな」


 「っ、青蓮様!」


 何気ない青蓮の言葉に祖母が膝建ちになり大声でそして大慌てで遮った。


 「お祖母様、どうなさったの? どうしてそう慌てていらっしゃるの?」


 祖母の慌てっぷりが意外でその意外な慌てっぷりが妙に何かひっかかる。大声を出したのが何よりわたしに違和感を覚えさせたのだ。


 「お祖母様?」


 重ねて問うとヒクッと頬を引きつらせて明らかに動揺しているのが分かる。珍しすぎるその態度に、面白い物を見つけたと、わたしの中で何かが囁く。


 「お祖母様?」


 確信して問いを重ねれば、祖母は口を尖らせこちらをジロリと睨め付けていたが、わたしが目を逸らさず見ていれば、とうとう根負けしたようでガックリと肩を落とし盛大な溜め息を吐いた。今日は何だか溜め息ばかりだ。


 「・・・青蓮様、お恨み申しますよ」


 「何をそんなに困る事があるのだ? いずれ知られるだろうに」


 青蓮に恨み言を言う祖母に対し、「何の問題がある?」と涼しい顔で祖母を見返している青蓮は何か訳を知っているようだ。教えて欲しくて青蓮に向かって小首を傾げ話を促せばコクリと頷き返された。きっと話をしてくれるのだろう。そんなやり取りをしているわたし達を見て祖母は観念したようだ。


 「分かりました。ふぅ、では折角ですから理一郎も一緒のところで話をしたいと存じます。宜しいでしょうか?」


 確認する祖母に、青蓮は鷹揚に頷いて言い分を飲んだ。


 「あ、お父さんはいま海外よ」


 「時差は?」


 「8時間くらいのとこよ」


 「いつ戻るのかしら?」


 「10日間って言っていたからあと数日後ね」


 そういうことで、真相は父が戻ってからということになった。



 *



 数日後。

 海外から戻って来た父が久しぶりに夢を渡ってやって来たところを強襲のごとく祖母に拉致られたそうで、意味も分からないとばかりに父が姿を見せた。


 「おっとっと、酷いなぁ母さん。やぁ、久しぶりだね瑠璃、青蓮様」


 祖母からポイッと放り投げ捨てられるように扱われた父だが、オットット、と体勢を持ち直し明るく挨拶をしてくれた。現実の世界においても今日は会っていなくて、ここで会うのが本当に久しぶりだったわけでこの挨拶も当然だ。ちなみに今回の海外出張へは母も同行していた。


 「お父さん、元気そうね。お母さんも?」


 「ああ元気だよ。藤花はまだ時差ぼけしているみたいだけどね」


 母の話になると途端に柔和な顔を見せる父は・・・とても幸せそうだ。きっと仕事で行った海外出張もそれはそれは楽しいものだったのだろう。・・・あまり、深くは考えないようにしよう。今日の目的はそれではないのだから。


 「ところで母さん、何の用なんですか?」


 わたしが口を開くよりも先に、呼び出された(拉致られたともいう)事について父が祖母に向かって訊ねた。


 「理一郎にとってはそれ程、いえ、全く重要な話ではないので聞き流してもらって結構ですが、瑠璃には今後関係するでしょうから聞いておいてちょうだいね」


 「じゃ、僕はいなくても良かったんじゃ?」


 思わず腰を浮かべた父を祖母は視線だけでその場に縫い付けた。


 「いいえ。聞くのと聞かないのとでは大違いよ。参考程度には聞いていなさいということよ、わかった? いい大人なんだからそれくらい察して分かって欲しいわ、我が子ながら心配ね。どこで教育を間違えたのかしら・・・」


 祖母は演技をするように、頬に手をあててはぁと大きく溜め息をついた。


 「ちょ、ちょっと酷いな母さん。聞き流しても良いって言うから、ま、瑠璃にとって重要なら僕にとっても重要だからね聞くよ。さ、話して」


 座り直した父とわたしが揃って頷いたのを見て祖母は話しを始めた。


 「実はーーー私の生まれた本当の年は文化12年の生まれなのですよ」


 初っ端から意味の分からない告白に、父とわたしは「?」な顔になる。いきなり生まれた年を元号で言われても・・・って・・・え?


 「え? ええええええええ? 文化? 文化っていつ? 江戸時代?」


 「えっと1815年?」


 「え? 何? 約200年前? って、え? は?」


 父からもわたしからも出て来る声が全てクエスチョンマークなのは仕方の無い事で、そもそも父が元号をとっさに西暦に置き換えたことに凄いな、なんて思っていた位で、それが実際に今の年から換算すると人としてあり得ない年月を遡る事になるということに気がついてしまった。


 「何の冗談ですかお祖母様」


 揶揄(からか)っているのかとついジト目になって祖母を見てしまうのは仕方の無いことだ。そう、仕方が無い。そもそも文化12年? 1815年って何かあったかしらね? wikipediaでも見なければきっと分からないくらい地味な年なはずだ。


 「あらあら、嘘ではありませんよ。私は生きていれば今年200歳でしたもの」


 「ですが母さん。母さんは享年75歳と墓も作りましたし、住民票だって・・・」


 「それについては、まぁ、戦争がありましたからね・・・。先の大戦のどさくさでちょっとね。何もかもが失われた時代でしたから」


 真面目な顔で話す祖母が嘘を言っているとは思えないが、その話を全く頭から信じられないのも事実で、一緒に話を聞いている父もまた眉間に皺を寄せ複雑な表情をしている。そんな中でも飄々とした涼しい顔をしているのは青蓮で、彼だけは祖母の言葉に頷いている。


 「お祖母様、申し訳ないのですが、お祖母様ご自身のお話と思って聞いておりますが、どうしても納得ができません。本当の享年は195歳ということになりますが、それまでどうやって生きていらしたのですか?」


 「瑠璃の質問はもっともですね。当然、普通の人であれば無理でしょう。けれど、それが可能になる事がひとつありますよ」


 享年195歳なんてヒトの枠を大きく逸脱している。そんなことができるのは、わたしが知る中で極わずかだ。いやこの世界では一人だけだ。


 「・・・まさか、お義父様が関係していらっしゃるの?」


 半信半疑で言っておいて、実は言葉に出してみると確信しかない。青蓮を見ると小さく頷いているし。


 「どうやって? だって、お義父様は命に干渉はなさらないはずでしょう?」


 青蓮が幼い頃に、請われるまま人を生き返らせた事に対し、あのお義父様が激昂なさって宮に閉じ込めてしまわれたりしたそうで、死亡したモノを生き返らせるということは決してしてはならないと重ね重ねおっしゃっている。あ・・・


 「お祖母様は命の有る間に、何らかの方法で延命をされていたということですね」


 そう問えば、祖母は黙って頷いてわたしの質問が的を得ていると示した。


 「“石”が・・・、我が血族が一子のみに受け継ぐ“瑠璃”が私の代でも一時(いっとき)、元気になった事があったのよ。私に授かった時には、大分元の姿に近く戻っていたようで、自ら思考し始めていたようなの。そうなれば当然、瑠璃が経験したように体内から出たがっていたみたいなの。みたいなのっていうのは、幸いにも私の時にはまだ行動できるほどは力が戻って来てはいなかったようですから、実力行使なんてことは起きなかったわ。“石”の意思だけが周波を発していたとでも言うのかしらね、それにいち早く気がついたのはずっと見つめていた青蓮様で、すぐに天帝様へご相談してくださったのよ」


 祖母の言葉に、つい最近、自分の身に起こった出来事を思い出した。完全に覚醒した“石”が体内で大暴れをし体を内から破って飛び出そうとしたせいで、わたしは死にかけたのだ。

 今はお義父様のお陰で既に体内から“石”は取り出され、処置を受けてこうして生きている。下手をしたらあの痛みを祖母が経験したかもしれないと考えると、ぞっとする。あんな苦しい思いはわたしだけで十分だーーー。


 「相談というよりも、“瑠璃”を持つ者が次代へ受け継がずに死んだ場合どうなるかと父上に訊いただけだったのだが、父上が様子をご覧になって判断された事は“瑠璃”を静まらせる為に眠らせようということだった」


 「眠らせるとは、“石”共々お祖母様もってこと?」


 「最初はそのつもりだったが、父上の“瑠璃の池”の水を少しずつ少しずつ飲ませたところ思いの外、“石”が反応を示したそうだ。そこで、このまま水を飲み続ければそれに含まれる“瑠璃の気”の流れが体内にある“石”だけを落ち着かせる事が出来ると父上は判断された。野田の家にある骨董品扱いされているものがあるだろう? あれらはその証拠だ」


 「もしかして蔵にあるもの全て?」


 夏期休暇に見たそれら全てが祖母が日常で使っていたものなのーーー?

 わたしの疑問に、祖母が笑みで頷いた。


 「そうですよ。あれらは私が人間社会から離れて生活をしていた時に使用していたものですーーー」


 *


 祖母が5〜6歳になる頃、天帝が祖母の父ーーーわたしから見たら曾祖父にあたる人ーーーに状況を伝え、“石”が落ち着くまで何年かかるか分からないため、祖母だけ人の多い場所から離れたところに移り住まわせ、時々通って様子を見るようにしたらどうだということでそのようになったそうだ。

 その際、祖母のお世話をする為に遣わされたのが、今もうちにお手伝いに来てくれている佐用(さよ)サンと佐奈(さな)サン、そして佐美(さみ)サンの三姉妹だったそうだ。(佐美サンだけは今はお義母様付きに変わったけれど)


 「天帝様は幼い私にも状況を説明して下さいました。このまま取り出す事も出来るが我らが先祖とのやり取りも含めた上で、どうしたいか、と。私は“石”を次代に繋ぎたいと申しました。私の父も私の希望通りにということで天帝様に申し上げ、天帝様のおっしゃるとおりの生活をすることにしたのですよ」


 祖母は日々運ばれてくる“瑠璃の池”の水をあらゆる方法で摂取しながら、外界とは隔たった中で生活をしていた。ただし、ただ隔離されていただけではなく、あくまでも“石”が落ち着くまでの間ということで、落ち着けば元の生活に戻っても良いと天帝から言われたそうだ。そのため世間で起こっている事は三姉妹から、ことあるごとに伝え聞いていたという。そして時々、両親も様子を見にやってきてくれて色んなお話をしてくれたりしたそうだ。その際、玩具や本なども与えられたり、両親に思いきり甘えられて、幸いにもそれほど寂しいと思う事はなかったそうだ。


 だが徐々にそれが崩れ始める時が来るーーー。両親の髪に白いものが混じりはじめたかと思えば、容姿がだんだん老いていくのに対し、自分はちっとも年を取らない。いや、(よわい)を重ねてはいるが、それはすごくすごくゆっくりで、まるで何十年かでようやく普通の子の一年分の成長しか見せないのだ。このままでは自分が成人する前に、再び一緒に住むことも孫の顔を見せる事も無く両親が身罷ってしまうのではないかと不安になったそうだ。

 残念ながら祖母の予想は外れる事が無かった。まだまだ幼い(なり)のままの祖母を悲しげな眼差しで「この子を残して逝かねばならない事が心残りだ」と優しく髪を撫でながら涙を零す両親の顔が未だに忘れられないと祖母は語った。


 けれども、祖母は曾祖父から引き継いだ事柄について、会う度に繰り返し繰り返し次代へ引き継ぐ事の大切さを言い含められていたため、自分の子を成すまでは、子へ“石”を受け継がせるまでは絶対に死なないとそれだけを目標にして、人としては永い時をひっそりと暮らしていたという。


 そうこうしている内に祖母の両親も身罷り、江戸時代の後半からの激動の時代を幾たびもくぐり抜け、そしてようやく“石”が落ちつきを見せた時には両親を初め、見知った眷属も無く、どう人の社会に入っていこうかと思案していた時、大戦で世界のほとんどが混乱し、この国も焦土と化し混乱の極みだった中で祖母は堂々と人間の間に入って行ったそうだ。

 かつて屋敷のあったあたりは天帝の思し召しでそのまま土地が残り、祖母はそこで時代に応じた生活を始めた。その際、三姉妹が助けに入り祖母が不自由しないようにと様々に取りはからってくれ、戸籍も混乱に乗じて復活させ現在に至ると。

 そうして人里離れたところで使用していた道具類はそのまま持ち込み、何かあったら売ってお金に換えようと思っていたそうだが幸いな事に出番が無く仕方が無いので蔵に放り込んで忘れてしまっていたそうだ。


 (なるほど。どうりで骨董品のようなものなのに、ちっとも大事にされていない形跡があったわけだ)


 夏期休暇に埃を被り放題の蔵の中を掃除した事はまだまだ記憶に新しい。


 「でもお祖母様が身罷った時、年相応の姿だったと記憶していますが」


 「そうね。“石”はすっかり眠りに落ちてたからこそ人間社会に出て来たのだし、もうその頃にはそれほど頻繁に水を飲む必要は無くなったの。そのお陰か、普通に容姿も年を重ねる事が出来て見た姿の通りの年齢で結婚も出来たと言う訳よ。それでも少しはゆっくりだったみたいだけどね」


 穏やかな笑みを浮かべた祖母はそれはそれは可愛らしく、成人少し前の幼さの少し残るこの姿は、ひょっとすると亡き祖母の両親に見てもらいたかった成長した姿なのかもしれないかもと感じる。


 「・・・それに、私は両親とは違って孫の顔まで見られましたし、その子が天帝様の御子様のお相手に選ばれたしってことで安心してしまったのよね。人としては十分生きたし、ほんと、色んな場面に立ち会える人って私くらいな者でしょ・・・」


 憂いを感じさせない祖母の表情は本当に何もかも受け入れてしまっているのだろう。一旦言葉を区切った後、


 「それにあの治療のお陰で人として死してもなお、こうやっていられるなんてね」


 あ、そう言えばそうだ。肝心な事を忘れていた。


 「そうよ。どうしてお祖母様はまだいらっしゃるの?」


 命あるもの、特に自然発生的に生まれでた生命はその命がつきれば無にかえるはず。思いが残る等と言うのは死者のものではなく、生者の思いがそう見せるだけなのだとお義父様はおっしゃていた。だから普通だったらお祖母様の魂は消えてしまう筈だ。もしかすると、わたし達生者の思いが・・・?


 「ーーーそれはね。私も瑠璃と同じようにこちら側の人間になったからなの。佐用サン達が言っていたのだけれど、恐らく、“瑠璃の池”の水を大量に長期間飲んでいたせいかも。かれこれ100年以上は飲み続けたもの。私の細胞の隅々に至るまで浸透した結果かもしれないって。だから、天帝様は私が人生を終える時こうおっしゃったの。『まもなく其方は人としての生を終えるが、幸か不幸か魂は残る。どのように()()()()()』と。私は一も二もなく『瑠璃と青蓮様にお仕えしたい』と申し上げたの。天帝様はにっこり笑って『其方が二人の側に居てくれるのならば頼もしく、いずれ力になってくれることだろう。私からも宜しく頼む』とお許し下さったわ。で、こうやって居る訳です」


 パチンとウインクをしてみせる祖母は全然後悔はしていなさそうで、むしろ、いつも以上の清々しさと元気さが滲み出ている。わたしが知らないところで祖母は腹を括ったのだ。


 「理一郎、あなたの娘は私が側で見守るわ」


 「ええ。母さんがいてくれれば僕は安心して藤花と一緒に眠っていられますから、願ったり叶ったりですよ」


 祖母と父との会話はわたしとしてはまだ先の話にして欲しい。鬼籍の祖母の事はともかく両親の死ぬ話なんて聞きたく無いもの。


 「まだ! まだよ・・・。まだ・・・、全然先の話でしょうお父さん!」


 「そうだ。まだ先の話だ。なんせまだ僕は孫に会ってないからね。生きる時間の流れが違うから早く会いたい気もするけどね」


 何でも無いといった風で気軽な雰囲気のまま父は笑顔を向けるが、わたしは唇を噛んで涙がこぼれないように我慢をするので精一杯だ。ゴクンと息を飲み感情をようやく飲み込んだ。

 そして雰囲気を変えたくて祖母に尋ねる。


 「そういえば、お祖母様は界を渡れるの?」


 「今はまだ無理なの。天帝様のところには置いていただいてはいるけれど、私はイレギュラーな扱いでね、青蓮様が世界をお創りになられ供をする事を許された時に初めてできるそうよ。前にも言ったでしょ? 瑠璃は私の主になったの。天帝様、神妃様に御仕えする佐用サン達のような立場ね。私は自ら望んで瑠璃の側に居たいと申し上げ、それが叶えられた。だからできれば新しい世界でもずっと一緒についていきたいわ。いいかしら? 瑠璃」


 「お祖母様、ええ、もちろんよ。青蓮・・・」


 「瑠璃が望むのに私が否と言う理由は無い。もちろん共に行こう」


 「ありがとう、青蓮」


 小言が多いと思っていただけだった祖母がわたしを見守る為に、付き従ってくれる為に、今の立場を選んでくれた事がたまらなく嬉しくて、涙が込み上げてきた。

 それを我慢する為に自分の表情がとても見られたモノではなくなっているとは重々承知しているが、そこが限界だった。

 きっと泣きそうな怒っているような良く分からない表情をしているのかもしれない。


 「ほらほら、瑠璃、そんな顔しないの。私は嬉しいのよ。人としての生は終えたけれど、気まぐれな“石”のおかげで私は別の生をいただけた。それも天帝様が最大限に私の希望を叶えて下さったの。凄い事よ」


 「そうだな。それに瑠璃、義父上のおっしゃるとおりまだ先のことだ。けれど我らから見れば人の生はあっという間に終わる。瑠璃の友人知人はあっという間に消えてすぐに過去になる。けれど、瑠璃の中に思い出としては残るだろう。その思い出を苦い物にするのか素晴らしい物にするのかは、彼らが生きている今を一瞬一瞬を大切にするしか方法がない」


 これまでも永い永い時を生きて来た青蓮の言う言葉は、彼が未完成ながらも考え思って来たことなのだろう、ひとつひとつの言葉がわたしの心に沁み入ってくる。

 青蓮の言う通り、相手に対して誠実に大切に丁寧に共に時を過ごすこと、その場しのぎの嘘や誤摩化しは後々後悔するもとだ。今ならそれが良く理解できる。他者に対してはもちろんのこと自分に対しても誠実に毎日を一瞬一瞬を大切に、青蓮やわたしよりも遥かに短い人生を送る彼らと共にありたいと思う。


 「義父上。お望みならばこれまで以上に子づくりに邁進いたしますのでどうぞ楽しみにお待ち下さい」


 え・・・? 今、何と言ったの青蓮・・・ちょっと待って・・・。えっと・・?


 「瑠璃。さぁ親孝行の第一歩だ。早速、頑張ろうではないか」


 ウキウキとキラキラと溢れんばかりの期待を込めて青蓮がわたしを捕捉した。腰に回された腕はガッシリとわたしを捕らえて逃がすつもりはないようだ。

 表情はこの上なく柔らかで上品で人外な美形に隠されているがこれから実行しようとしている事でいっぱいなのが伝わってきた。逆にわたしはこれからされることに対して腰が引けていると言うのに・・・。


 「せ、青蓮様。そ、そそ、そんな話は僕の前では、しないでいただきたい!」


 父が強ばった顔のまま青蓮に抗議している。だがしかし、全く堪えていないのは青蓮の良いところでもあり悪いところでもあり・・・いや、ちがう。スルーしているだけだ。


 しかしーーーせっかく、折角、良い雰囲気であったのに、本当に残念なこの天帝の御子は・・・。はぁ・・・。でも、わたしが自らの望んだ夫であることには間違いないし。

 父の抗議などどこ吹く風の青蓮はいつでも帰る準備万端とばかりにわたしを両腕に抱え上げた。


 「『善は急げ』『思い立ったが吉日』です。そういうことで、義父上、義祖母様、我らはこれにて失礼します」


 わたしを腕に抱え上げているというハンデも見せず、青蓮は父と祖母に対して優雅に退室の礼をして、わたしを連れて宮に戻った。その後の事? ご想像にお任せします。



 ***



 青蓮のせいで変な締めくくりになってしまうのは、ちとイタいけれど、何はともあれ、青蓮とわたしのお義父様の元での修行は続くし、その間には、野田の家を存続させるため人として生を受ける子どもを作り両親を安心させたいし、短いとは言っても友人知人達との今を大切にしたいし、後悔なんて最小限にしたいからこれまで以上に切磋して未来に向けてしっかり歩んで行こうと腹を括った。ーーー当然、青蓮とともにですよ。


 そんなこんなでいつまでも失敗はし続けるだろうけど、独善的にならないよう(しっか)りと自身を戒めつつ、失敗を糧に未来を見据えていきたい。


 そしていつか、お義父様の創られたこの世界を離れ、青蓮と創る新しい世界を、子どもを育てるための世界(ほーむ)を、より良いものにしたいと心から願う。


 「どうした? 瑠璃?」


 ぼーっとしてたように見えたのだろうか、青蓮が不思議そうな顔をこちらへむけている。わたしは「何でも無いわ」と青蓮へ笑顔を向けると、優しいこの人はいつでもわたしをその腕に包んでくれ安らぎを与えてくれる。


 「青蓮」


 「ん?」


 「大好き。いつまでも一緒に居てね」


 加減をしっかり覚えた青蓮は腕に力を込め、わたしが苦しく無い力でしっかりと抱きしめてくれた。


 「もちろんだ。何度でも其方との永久の愛を誓おう」


 *****



  いつまでも変わらない御代に生まれ合わし 笙のあい竹の


  美しい和音の響きの世々は 幾千代八千代と経過し 


  豊年のきざしとなる雪が常盤の松の二葉に降りかかりめでたい限りである



 *****


これにて、おしまい。

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