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意識と無意識の境界線 〜 Aktuala mondo  作者: 神子島
第五章
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 あれから数日経ち、わたし達の周辺はすっかり落ち着きを取り戻した。青蓮が空間を繋ぎ『関係者』を集めて一気に片を付けた事と、当然、安達さん達の働きのお陰だということは言うまでもない。原因を突き詰めれば安達さんの言う通り曲解した人達が騒ぎ出した事が原因だったわけで、そこを抑えてしまえば簡単だったようだ。

 ・・・ということしか分からないけれど、あの後、暫く落ち込んでいた各務さんがようやく立ち直りを見せ「友達だと思っていた人達に裏切られた上に、室長のような人が相手だと一時(いっとき)も気が休まらない事が分かったからもう諦めた」と休憩時間に言いにきてくれた。そして「暫くは仕事に専念する」と言い自席に戻って行った。

 隣の佐久間さんがちらっとだけ顔を出してニッと笑みを作りながら黙って頷いてみせてくれたが、彼も納得したのだという事が分かった。


 まぁ、これからも青蓮へ想いを寄せる人達はチラホラ出てくるだろうけどそれはご愛嬌のうちと思っておこう。で、これで問題は解決してめでたしめでたし・・・。


 ・・・問題が全く無かった訳ではない。

 言いたくは無いけれど、アノ後、というか、アノ最中、ではなくて、わたしと青蓮が廊下でとても仲良くしていた時、珍しく余暉(よき)さんがわたし達を捜しにやって来てしっかり見られた・・・まではまだマシで、間に合わせると言いながらも間に合わなかった会議でお義父様(しゃちょう)に二人一緒にお説教をされてしまったというオチがついた。



 *



 わたし達を見つけた余暉さんは、間近でわたしと青蓮を直視した上でそれはそれは盛大な溜め息をつき肩を落としつつも青蓮に対して全く物おじしないいつもの態度で大きな大きな独り言をこぼし始めた。


 「ったくさー、天帝がどうして俺に言うのか不思議だったんだよねー。俺ってさー別にこの会社に籍があるわけじゃないじゃーん。青蓮様の随身で来てただけなんだけどさ、あ、そう言う意味じゃ理解できんだけどさー、でもねー、呼び寄せるならいつものようにさー、天帝が直接青蓮様に“言え”ばいいだけじゃん? いっちばん簡単な方法があるのに、わざわざ俺を行かせたがったわけがこういうことだとはねー。はぁあーあー、(あるじ)夫妻の仲が良いのはとてもとても良い事なんだけどさー、所構わずいちゃつくってーのは、どーなんだろーねー。あーあー、しかも会議遅れてるしさー。天帝が絶対に連れて来いよーっていつものかるーい口調で言ってたからちょっとしたお使いのつもりで来たんだけどー、まさかまさかの主夫妻の濃厚ラブシーンを、会社の廊下で見る事になるとはねぇぇぇ・・・さすがに俺も分からなかったよ。会社でねぇ〜往来の激しい廊下でねぇ〜はぁ〜」


 ビシッとスーツを着ている余暉さんだったけれど、やっぱり中身は余暉さんで明け透けな物言いだけれど悪意を感じさせないがその事が却ってダイレクトにわたしに響いてきた。一瞬で冷静に戻ると、とてつもない羞恥心にかられる。


 「んー、んー」


 ドンドンと青蓮の胸を叩き離してと意思を伝えるが、青蓮は全く余暉さんのことを意に介さず、変わらずわたしから離れてくれない。


 《青蓮! 離して!》


 何度かの行動と思考による意思表示で渋々離れてくれた時には、青蓮はすっかり不機嫌になってしまったようで余暉さんの方を面白くなさそうにジロリと見てフンと鼻を鳴らした。


 「余暉、邪魔するとは良い度胸だな」


 「邪魔なんか全然したくないってーの。ったく分かって言ってるんだから(たち)が悪いんだよねー・・・。青蓮様、ルールはルールでしょうが、会議始まっちまうでしょう、ってか始まってるんだけど、みんな待ってるんですから早くしてくださーい」


 余暉さんはやる気なさそうに壁にもたれかかって待っている。この二人の距離感はいつもこんな感じで主従関係を取るかと思えば旧友のような気安さでほどほどいい空気感を醸し出している。が、今は任務を遂行するためにちっとばかり目に険がある。


 「余暉さん迎えにきてくれてありがとう。助かったわ。青蓮早く行きましょう。いつまでもお待たせしてはいけないわ」


 ぱっと見た限りでは分かり難いけれど、面白くなさそうにしている青蓮の顔にそっと手を沿わせれば機嫌が戻って来たようでふわりと手の中で口角が上がるのを感じる。「行きましょう」と声をかけ、わたし達はようやくその場を離れ会議室へと向かった。そして・・・


 「もう、君たちは大人なんだからねこういう事をいちいち言われないようにしないとね。特に息子! お前は人の上に立つんだから、分かってるよね? ・・・(以下省略)」


 お義父様のおっしゃることはごもっともで、頭を下げながら反省しきり。他の方々へもしっかり頭を下げてようやく会議へと臨むことを許された。



 *



 その日の夜は再び青蓮の家に帰り、そこでお義父様とお義母様から改めて注意があった。尤も、主に注意をされたのは青蓮で、わたしに対してはお二人とも笑いながら「青蓮は瑠璃ちゃんの前でかっこつけたかっただけだからね」と言われ、青蓮を見ると無言だけれどお義父様の言葉が正しいということが雰囲気で分かる。


 「でもお義父様、元はと言えばわたしに責任があるのです。青蓮はわたしのいざこざに巻き込まれただけなのです、ですから最も反省すべきはわたしなのです。最も安易な方法を青蓮に投げ振ってしまったのです、だから・・・」


 お義父様は手を振ってわたしの言葉を遮り言った。


 「それはそれ、これはこれ。僕が怒ったのはね会議に遅れた事だよ。君たちを取り巻く人間達との関係をどう築こうと僕は干渉はしない。けれど会社に関係する事には口は出すよ。この違いをしっかり見極めてね。で、青蓮。僕は言ったよね。いちゃつくなら僕のいるフロアでって。っていうかさキスしてて遅れるなんて(もっ)ての(ほか)だろ? 余暉にわざわざ行かせたのは意味があるからね。理解してるよね?」


 ・・・青蓮に対してお説教が始まってしまった。青蓮に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 「おほほ。瑠璃ちゃん、言わせてあげて。これもあの人なりの親子コミュニケーションのひとつなの」


 わたしが口を開きかけたのをお義母様がやんわりとおしとどめる。お義母様は、今は青蓮と青蓮の父である天帝の親子の時間だというのだ。


 「お義母様、わたしにはどうしてもお説教に思えるのです」


 「あらぁ、お説教もコミュニケーションよ。日頃から気に掛けてないとあんなに細々言えませんし言いませんよ。ふふ、あの人はいつも言動が軽いから勘違いされちゃうんだと思うんだけどね」


 そう言われ、そっとお義父様と青蓮を見れば、青蓮は相変わらず無表情だけれど嫌がっている様子はない。それはきっとお義母様のおっしゃる通りお義父様の気持ちが通じているのだろう。

 お義父様も言葉では何かとおっしゃっているけれど、発せられるどの言葉にも青蓮(むすこ)を思う気持ちが込められているのは確かなようだ。


 「わたしも・・・、子どもを産めば分かるようになるのでしょうか?」


 少し羨ましく感じ、つい呟いてしまった。


 「あら、子どもを産まなくても相手への思いやりがあれば大丈夫よ。思いやりと普段の関係の有り(よう)が物を言うのよね、でしょ? 瑠璃ちゃんのご両親との関係もそうではなくて?」


 言われて思い返せば確かにそうかもしれないといくつか思い当る。そんな様子のわたしを見たお義母様は微笑んで黙って頷いている。


 日頃の行いの善し悪しという言い方は何かしら運命的な偶然的なイメージを感じさせるけれど、そうではなくて、日頃の行いの積み重ねがいざという時に物を言うのだと実際に効果を発揮するのだとおっしゃっているようだ。


 信頼関係を育む為には一朝一夕では確かに難しい。


 その証拠に机を並べて仕事をしている同僚達とでさえ未だ根っからの信頼関係を気付けているかと問われればそれはまだだと答えてしまうだろう。けれど、以前いた部署ではどうだったのかと問われればそれは自信を持ってyesと言える。要する日常の何気ない中にも互いに信頼できるかどうか信頼していいのかどうか判断できる何かが無意識のうちに日々生まれているのだと、まさしく小さな事からこつこつとなのだろう。


 そう理解すると、いま目の前で繰り広げられているお義父様と青蓮との関係が実に好ましく見え、もとより目を細めて二人のやり取りを見ているお義母様と一緒にお義父様か青蓮が次の行動に移るまで黙って見守る事にした。


 *

 

 大分経った時、隣に座るお義母様の様子をそっと盗み見た。

 お義母様は変わらず柔和な笑みを浮かべたまま優しい眼差しで父と子を眺めている。ただ見ているだけで飽きる事は無いのだろうかと思うが、お義母様のこの様子では、きっと余計なお世話だろう。

 お義母様の表情は慈愛に満ちていて見ているこちらの心が温かくなるような誰かに優しくしたくなるような気持ちにさせる。


 わたしが見ているのに気がついたのかお義母様は優しい表情は崩さず視線を少しだけこちらに向けた後、表情そのままに優しい声でお話ししてくれた。


 「あの人ね、いま、ようやくあの人のお父様と同じことができて嬉しいのだと思うのよ、ふふ」


 いつまでも終わりを見せないお義父様のお説教にお義母様が何かを思い出したようにポツリと語った。


 「聞いた話なのだけれど、あの人ったら青蓮や紅蓮(ぐれん)紫蓮(しれん)よりも、もっともっとやんちゃだったらしいの。(わたくし)と結婚した後は落ち着くんじゃないかと思われていたらしいのだけれど、その後も色々とやらかしてね、ふふふ、その度にお義父様が、時々お義母様もご一緒になって大説教大会だったわ。ふふふ。懐かしいわね〜。青蓮がすぐにお腹に宿ってね父親として(しっか)りしなきゃと思っていたみたいなんだけど、そうそう長年培った性格は変わらないわよねぇ〜。ふふふ」


 「えっとぉ・・・。どのような・・・」


 「ん〜そおねぇ、青蓮の遅刻なんて、もうまったく全然比較対象にならないくらいのことよ。お説教だけでこちらの時間で言ったら年単位だったわよ。ふふふ」


 え・・・一年以上もお説教!? きっとこちらで言う一時間くらいの感覚なのだろうか・・・。想像しただけで自然と顔が引きつってしまう。


 お義父様のお若い頃の話をもっと聞いてみたいのだけれど、笑顔を見せるお義母様が何となくこれ以上は聞いてくれるなとおっしゃっているような気がして口をつぐむ。それにしても、大人として、なんて(もっと)もらしく叱っているお義父様・・・、簡単にご自分の事は棚に総揚げして“父”として実に楽しそうに説教されていますが、お説教された側の経験がしっかり生かされているんでしょうね・・・。


 先ほどまでわたしの中でお義父様の株が上昇していたけれど、つい色々想像してしまい何となく少し、ほんの少し、笑いの要素が見えた気がした。


 「瑠璃ちゃん。余計な事は想像しなくていいからね。目の前で起こっている事が全てなんだから」


 どういうわけか即座にお義父様がわたしにツッコミを入れた。あ、ひょっとすると・・・


 「“見え”ちゃいました?」


 えへへと誤摩化し笑いをすると、ピクリと片方の頬を動かし気まずそうにお義父様がそっと視線をそらした。


 「まぁ・・なんだ、その・・・誰しも若い頃があってだね、色々経験を積むんだ。僕は、ちょっとばかり好奇心が強くて、まずは行動してみるタイプだったんだな。その結果から得たことを経験として蓄積した結果が今なのだよ。分かったかな?」


 一生懸命自分をフォローするお義父様がワンコのように可愛らしくて、真面目な顔を保つのがしんどい。それを隠すため「はい。良く分かりました」と俯いて見せると、横から青蓮が


 「要するに考え無しに行動した結果、お祖父様に怒られる事ばかりだったと、そういうことですね父上」


 「う・・」


 さっきまでの威厳はどうしたのだろう。一瞬でワンコが耳を垂れているような雰囲気になり、このままお義父様の復活ならずかと思った矢先絶妙なタイミングでお義母様が口を開いた。


 「あなた。念願のお説教はいかがでした?」


 「ああ、実に楽しいかったよ。よし次は紅蓮と紫蓮だな」


 「まぁ楽しみですわね。ふふふ。ぜひ(わたくし)も同席いたしますわ」


 「ああいいよ」


 何だろうこの会話。子ども達に説教するのが夢だったみたいな・・・。気のせいかと思ったけれど、わたしが知る限りで最もご機嫌な表情をされているお義父様を見れば、あながち間違っていないような気もする。で、その最初が青蓮で、いつか説教をしてやろうというのを狙っていてこのタイミングだったわけで・・・。


 ちらりと青蓮を見れば無表情ながら不機嫌そうに見えた。

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