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意識と無意識の境界線 〜 Aktuala mondo  作者: 神子島
第一章
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4

 目覚めた時、何やら周囲が騒がしかった。体勢も、ちょっと苦しいかもしれない。


 「・・・蓮様、瑠璃様をこちらへおよこし下さい。横になさいませんと」


 「嫌だ。瑠璃が居るべき場所はココだ。いつもここで目を覚ますのだからな」


 どうやら竹崎サンと蓮が言い争っているようだ。まだぼんやりとしている頭で、早く言い争いを止めなければという思いにかられ重い目蓋を押し上げる。


 「ん・・・れん・・・たけざきさん・・・だめよ」


 「瑠璃! ああ、気づいたか、良かった」


 まだ完全に目が覚めていない中でふわりと蓮の匂いを強く感じ、何故か懐かしいとそう思った。同時に安心感を覚える。


 「心配かけて、ごめんなさい、もう、もう、大丈夫よ青蓮・・」


 フッと周囲の空気が固まったように感じた。


 「瑠璃、もう一度言って」


 蓮に軽く揺すられようやく覚醒した。


 「蓮? どうしたの? 私、何か変な事を、口走ったかしら?」


 蓮を見上げると、やや眉根を寄せていたかと思えばそれは一瞬で掻き消え、ふわりとした笑顔になった。そして


 「いいや、何も変な事は言ってないよ」


 と言って額に口づけられ「慌てる事は無い、ゆっくりでいいから」と呟くのが聞こえた。


 「あ! ごはん! 今何時?」


 すっかり忘れていたけどランチにしようと話していた事を思い出した。


 「慌てなくて良いよ。まだ全然時間は経ってないから。瑠璃が寝ていたのはほんの数分だし」


 慌ててスマホを見れば確かにまだ12時10分だった。ほっと胸を撫で下ろし、さてと、じゃ準備しますかと思い、ハタと自分の置かれた状況に気がついた。


 「れ、蓮サン? 降ろして?」


 頬がピクピクなるのを我慢しながら蓮に言う。だが、蓮はニコニコと微笑むだけで降ろしてくれない。


 「蓮。降ろして」


 そう言えば今度は「うん」と返事をして立ち上がらせてくれた。箱から取り出して並べたあの品々のように丁寧に扱われ降ろされる。二人で立ち上がった後も蓮の手は私の腰から離れなかった。


 「蓮? もう大丈夫ですよ。ふらついたりしてないわ」


 「ん〜、でもまだ心配だから」


 (困った。実に困った。心配してくれるのはとても嬉しいが、子犬に懐かれたのとは訳が違う。大の大人だ)


 しばし考えを纏める。


 「じゃあ蓮。一緒にランチのお部屋まで連れて行ってくれる?」


 そうお願いすれば蓮は「うん」と大きく頷いて私の手を取り部屋の外へと連れて行ってくれた。



 *



 「あー。めんどくせー。なあ翁、この茶番、まだ続くのか?」


 余暉が翁と呼びかけた相手ーーー竹崎サンに向かって問いかけると、竹崎サンは目を細めて頷いた。


 「いいではないか。あの様な青蓮様を見られるのは、そうそうなかろうて。ふぉっふぉっふぉ」


 「はぁ、めんどくせー夫婦だよ全く。天帝も一体何がしたくてこんな面倒くさい方法を考えられたのか分かんないね」


 余暉はむーっと口を尖らせて不満を隠そうともしない。


 「天帝のお考えは誰にも理解できんよ。それは既に理となり、我らの考える余地は残されてはおらぬ」


 「黙って従えってか。ったくよー、面倒くさい親子だぜ」


 なおも悪態をつく余暉だが、物心ついたときから青蓮に仕えている彼なりの心配の方法なのだ。


 「仕方の無い事だ、つべこべ言わずに働けこわっぱ。急がんと食いっぱぐれるぞ」


 余暉は青蓮の顔を思い浮かべると、あり得ると呟き、


 「翁、先にいくからな」


 翁を置いてさっさと部屋を出て行った。その姿を見ながら翁は目を細めていた。


 「騒がしいやつよ。ふぉっふぉっふぉ。さてワシも行くかの」


 翁はゆっくりと歩き出した。



  *



 (はて、私はなぜここに座っているのかしら)


 蓮と一緒にやってきたいつもの部屋でお弁当を広げて準備していたはず。バッグからお弁当を取り出して並べ、お皿とカトラリー、コップを並べた。そこまでは、よし。


 「準備は終わった?」


 蓮がそう聞いてきたので「ええ終わったわ、さ、お座り下さい」と答えた所までも、よし。


 「わかった」


 そう言った蓮がなぜかスタスタと私の所までやってきて


 「瑠璃も座ろう」


 と抱き上げられ、そのまま蓮と一緒に、否、蓮の膝の上に座らせられて、最初に戻る。


 「ちょ、ちょっと、蓮。降ろして下さい」


 「どうして?」


 理解できないという風に首を傾げている蓮を見れば、降りたいと言っている私の方が間違っているように思えて来るのが不思議だ。


 会ってまだ一刻も経っていないのに、この、私にとっては濃密な人様との接触行為は、甚だ恥ずかしさでたまらない。そもそもこのような行為すら、幼少期に自己確立を向かえた後、人生初の出来事。拒否するのは当たり前の事だと思うのだけれど。ーーー腹を括って言うべきことを言わねばならない。


 このままどこまでもマイペースな蓮に流されるわけにはいかない。そう、うやむやのまま流されるのは良くない。私はもうじき30歳の大人。言っておくべき事は言わなければ、大人としての立場(プライド)がある。


 「あのね、蓮。いえ、蓮サンよく聞いて下さい。私は、今日、は・じ・め・て、あなたと、出会ったのですよ。その初めて同士がどうしてこんな事をするんですか? 付き合っていればいざしらず、まだ竹崎サンを挟んだ知り合い程度です。お判りですか?」


 本当は声を荒げたいのを我慢し頬を引きつらせながら、分かりやすいように一言一言区切り、きちんと蓮の目を見て話をした。すると蓮は信じられないという表情をする。


 (どうして、そういう表情になるのかなー。私、貴方に何かしました?)


 「恋人だったらいいのか?」


 悲しげな色をにじませながら蓮が苦しそうに言った。


 「はい、恋人だったらいいんです。スキンシップは大事だし、互いに好き合っているわけだし」


 「ならば! ならば私の恋人になってくれ」


 両腕を掴まれてガクガクと揺すられる。


 「ですから、たった今言いましたよね。今日会ったばかりでまだ何時間も経っていませんし、互いの事は何一つ知らないじゃないですか! 知らない相手に体を預けられる程、私は軽くはありません」


 (言ってやった! 私にだってプライドは、なけなしだがあるのよ。軽い人間だと思われるのは不本意だもの)


 ふふん、という目で蓮を見ると蓮は険しい表情をしている。


 「・・・違うだろう。互いに知らないからこそ歩み寄る必要があるんじゃないのか? だが私は瑠璃がどんなに寝相が悪かろうと、変な癖を持っていようと、全てをひっくるめて纏めて引き受ける覚悟はある。丸ごと受け止める」


 丸ごと受け止める。どんな、私でも・・・


 「ってか、寝相はそんなに悪くありませんし、変な癖もありません!」


 危ない危ない。思わずよろめきそうになってしまった。


 「それは仮の話だ。駄目か? 私は1ミリも瑠璃の生活には入り込めないのか?」


 蓮はシュンと項垂れてしまった。


 「そんな事はないわ。ただ、余りにも唐突すぎて、驚いているんです。分かって下さい。だって・・・その、私、もうすぐ30歳になるんです。そんなオバさんを相手にするより、あなたならもっと他に良い人達がわんさかといるんじゃないかと思うんですど」


 そう言う私を蓮はギッと睨み据えた。


 「瑠璃。私の事は私が決める。私の心は私のものだ。他の誰かから言われたからと言って盲目的に従う人間じゃない。自分で考えられる頭は持っているつもりだよ。その私が瑠璃が良いと、恋人になって欲しいと言っているんだ、本当に駄目か? 側に置いてはくれないのか?」


 (あーーー! 何と言うこと! 私ってば、なに卑屈な表現してんのよ。これじゃ、自分を哀れんでいるだけじゃないの。それに、蓮に失礼だわ)


 「ち、違う。私は貴方を侮辱するつもりはこれっぽっちも無いの。ただ、展開の早さに頭がついて行かないだけで、それと、危険な事とか面倒臭い事は出来る限り避けて通りたいといか、危険回避っていうの? したいといか。・・・ごめん。正直に言うとね、会社でも色んな人達の恋愛を見聞きしてて、取ったの取られたのって言って人間関係がギクシャクして仕事がやり辛くなったりだとか、結局辞めていったりだとか日常的に見聞きするから、つい、その、恋愛って面倒だなって思っただけなの。・・・だって、貴方って本当に素敵なんだもの。女性が放っておくはず無いって思うし、私、一緒に居てやっかみを受けるのが嫌だなって・・・ごめんなさい、保身よ。いま、自分の事しか考えられてないの。ぐちゃぐちゃなの、頭、いっぱいいっぱいで。でもこれだけは分かって。貴方を侮辱したり否定したりするつもりはないの」


 (もうすぐ30歳の経験値を舐めんなと思ったけど、これじゃ全然駄目じゃない私。言いたい事を、これっぽっちもまとめられないなんて・・・)


 私はとっさのボキャブラリーの無さと上手く説明できない悔しさでがっくりと項垂れてしまった。蓮はそんな私の肩に手を回すと引き寄せ、私の頭を自分の肩にそっともたれかけさせる。私がその位置で落ち着いたのを分かったのか蓮が静かに話し始めた。


 「あのね、瑠璃。出会ってからの時間の長さは関係ないと思う。それと私と瑠璃以外の人間の感情も。要はシンプルなんだよ。瑠璃が私と付き合ってみたいかどうか、私の事を知りたいかどうか、それだけ。嫌なら仕方が無いけど、少しでも興味があるのなら、まずはyesと言って欲しい。もし断られたとしても、瑠璃に興味を持ってもらえるように私は努力するつもりだけどね」


 諦めないよ、と蓮は言う。


 「蓮・・・」


 蓮の肩口に顔をつけているせいか、蓮の匂いが鼻腔をくすぐる。


 (なぜだか分からないけど、本当に落ち着く・・・)


 蓮の匂いを感じながら落ち着きを取り戻し、自分の気持ちと向き合う。私は、蓮と、どう、なりたい、の・・・段々と頭に靄がかかって来るようにぼんやりとしはじめる。


 「蓮・・・」


 「ちーっす。遅くなってごめんねー。おや? あ、わりぃ。邪魔した?」


 明るい声で余暉サンが入ってきた。何だか眠りに落ちかけていたような感覚だったのだが、余暉サンの明るい声で頭の中がクリアになった。


 私が蓮の膝の上にいるというおかしな状況にも臆する事無く、余暉サンはさっさと席に着き、チラリとこちらをみて、ニヤリと笑う。

 口では悪いなんて言っているけど、全くそんな事を思っていないのが良くわかる。


 「チッ。お前は! 大事な所だったのに」


 蓮がギロリと余暉サンを睨んでいる。その言葉で私は慌てて身を起こす。


 「蓮、降りる。降りたい」


 私がお願いをすると渋々といった感じで蓮の隣の席に座らせてくれた。


 (切り替えが大事、切り替えが大事。気にしたら負け、気にしたら負け)


 私は自分に何度も暗示をかけた。そして、よしっと腹をくくる。


 「あら、遅かったのね余暉サン。竹崎サンと一緒じゃないの?」


 ニッコリと笑って話しかけると余暉サンがヒクッと頬を引きつらせたのを見て「勝った」と内心でガッツポーズをした。


 「遅くなってすまんね。おぉ今日も美味しそうだなー」


 流石に年の功か。竹崎サンは私たちの間に流れる微妙な空気をもろともせずに、お弁当に視線を落として席に着いた。


 「さ、召し上がれ」


 私が食事を促すと、それぞれ食べたいモノに手を伸ばして食事が始まった。


 「まじ、うめーなー。瑠璃ちゃんさ、ほんと料理うまいねー。良い嫁さんになるんじゃねー」


 余暉サンは子どものように頬いっぱいにほおばりながらムシャムシャと食べている。まるでリスだわ、と思いながら眺めていると横から黄色のパプリカを刺したフォークが差し出された。差し出した(ぬし)を見れば、完璧な笑顔をこちらに向けている。


 (食べろと言うのね)


 口を開けるべきか戸惑っていると、パプリカの端がツンツンと私の唇をつつく。


 (入社したての頃の様な恥じらいを見せるのは今の私には不可能だわ、ここは、ひとつ、受けて立ってやる!)

 

 覚悟を決め、パクッと口を開けるとゆっくりとパプリカが入ってきた。唇でそっとパプリカを挟込むと、入ってきときと同じようにゆっくりとフォークが引き抜かれた。最後にはパプリカだけが私の口の中に残る。


 (平常心、平常心)


 呪文のように自分に言い聞かせながら咀嚼を開始した。


 (うん、美味しい。胡麻風味が何とも、甘いパプリカにバッチリ合うわ)


 直火で炙り外側の皮を真っ黒に焦げさせ、その後冷水に取り、丁寧に焦げた皮を洗い流し細切りしたパプリカに、ごまを利かせたドレッシングを和えた簡単な料理だがシンプル故に美味しい。我ながら満足していると自然と笑みが浮かんだ。チラリと蓮を見ればじっと私の方を見てる。何だかとても満足そうだ。今度は意識をしてニコリと笑うと蓮も笑みを返してくれた。


 「返してやれば?」


 余暉サンがモゴモゴと口を動かしながら発した言葉の意味が分からずに、分からないよ、という意味で首を傾げてみせると、


 「食べさせてもらったんなら、食べさせてあげないとね。give and takeだろ?」


 (そう言う意味か!)


 チラリと蓮を見れば案の定、期待した顔をしている。うー・・・正直言って恥ずかしい。だが、give and take・・・。


 「蓮、食べたい物は何ですか?」


 尋ねるとじーっと私を見つめたままだ。


 「もしかして食べられるモノは入ってなかったかしら?」


 嫌いなモノだらけだったらこんなに酷な事は無い。不安になり尋ねる。


 「いやそんな事は無い。・・・そうだね、二番目に食べたいのはチキン」


 (二番目に食べたいもの?)


 理解に苦しむが要はチキンを食べたいと言った訳で、私はエストラゴンの香草焼きチキンをフォークに刺し、蓮の口元へ持って行った。


 「はい、あーんして」


 自然にこの言葉が出てきた。蓮の頬が瞬時に朱に染まる。


 「ぐほっ」


 「んぐっ」


 何故か余暉サンと竹崎サンが顔を赤くしたり青くしたり、自らの胸をドンドンと叩いたり、何だか忙しそうだ。目を白黒とさせている彼らを見ていたら蓮の手によって私の顔が蓮へと向き直された。


 「もう一回言って」


 蓮のリクエストに応えて「あーん?」と言えば、形の良い口を奇麗に開けてくれた。口の周りに付かないようにそっとチキンを口の中に入れる。口がスッと閉じられたので、ゆっくりとフォークを引き抜く。うまく口の中に収まったようだ。


 蓮が美味しそうにモゴモゴと口を動かしているその脇でチラリと何かが私の視界に入った。途端、無意識に紙ナプキンを手に取り蓮の口元を拭いていた。


 「あ、ごめんなさい」


 自分の行動に驚いた。そして蓮も驚いたのか咀嚼が止まった。なぜこのような事をしたのか自分でも分からず手をひっこめようとすると蓮が私の手を掴んだ。蓮はコクンとチキンを胃袋に落とすと、私の手を掴んだままナプキンで口の回りを拭く。


 「ありがとう」


 そう言って蓮は紙ナプキンを私の手からスルリと取り、自分の前に置いた。


 (何で私、こんな反射的に世話を焼いているんだろう)


 自分の行動がおかしい。理解できない。ひな鳥が口を開けると思わず親鳥が餌を口の中に入れてあげる様な、そんなイメージが浮かぶ。


 (恋より母性か? そうなの? そうなの私?)


 自分の行動の意味を確認するべく、じーっと蓮を見ていると段々蓮の顔が近づいてきた。そして、チュッと言う音とともに唇に何かが触れた。それはほんの一瞬の出来事で、顔が近づいてくるなーと思ったら取って返したようにゆっくりと離れて行った、位の感覚だった。キスをされたと気づいたのは、軽く1分以上は経っていただろう。


 「えええええええええええ!?!」


 随分経ってから私が声を荒げると


 「おせーよ、瑠璃ちゃん」


 余暉サンがあからさまに呆れた目でこちらを見ていた。


 こうして異様に気力の削がれたランチタイムがようやく終わった。



  *



 午後の作業は、途中、焼いてきたマフィンで休憩を挟みながらもサクサクと進んだ。あれほどあった箱から中身が出され次々に棚に置かれると、ただそれだけで、この部屋が高貴な場所に生まれ変わったように感じる。


 「凄い・・・。奇麗・・・圧巻だわ」


 溜め息しか出て来ない。


 「これからどうされるんですか?」


 竹崎サンに質問をすると、全てを画像として取り込みデータベースを作るという。まだ未開封の箱もあるのに、気の遠くなる様な作業だ。そして、ようやく秘密兵器の登場とのこと。この前持ってきたブリーフケースの中身の正体は、立体スキャンだった。現物と寸分違わぬ画像が取り込めると言う。


 「やってみるかい?」


 私が言いたかった言葉を先に竹崎サンが口にした。


 「ぜひ!」


 「次回からは一緒にやろう」


 「はい、お願いします」


 嬉々として私は頭を下げた。するといつの間にか蓮が私の後ろにやってきていた。


 「もちろん私も」


 「・・・蓮様、あなたは他にやる事があるんじゃないでしょうか?」


 参加表明をした蓮に竹崎サンは何か言いたいらしい。だが、それを蓮はキッパリと言い切った。


 「瑠璃以上の優先事項は無い」






 「あの、ちょっと質問、いいですか?」


 おずおずと私は二人の間に割って入った。


 「私はどこかで皆さんとお会いした事があるのでしょうか? まるで私の事を以前からご存知のような物言いなのですが」


 私の質問に蓮と竹崎サンがチラリと目配せをしたのを見たので、きっと何かあると思ったが、答えは期待したものではなかった。


 「・・・ない。初めて、会った、今日・・・」


 蓮の答えは今までとは違い明らかに歯切れが悪い。それをフォローするように竹崎サンが口を開いた。


 「私が瑠璃ちゃんの事を本家で話をしたんだよ。それで蓮様は瑠璃ちゃんに興味を持たれた。そこで瑠璃ちゃんと会う度にその日にあった事をお話していたら、すっかり魅了されたようで随分と気にされているご様子でね。・・・実際、私もとても好ましい女性だと思えたから蓮様に一度会ってみてはとアドバイスをしてみたんだよ。迷惑だったら、これ、この通り謝る」


 ナイスミドルな竹崎サンが深々と頭を下げるのを見て、いたたまれなくなった。


 「いえいえ、そんな、頭を上げて下さい。迷惑とか、そういうんじゃないんです。ちょっと気になっただけなんです。もし、どこかでかつてお会いしていたのだとしたら、失礼な事をしているんじゃないかなって。だから竹崎サンが謝る必要はありません。・・・要するに今回、出会いの場を竹崎サンが作ったというわけですよね?」


 恐る恐る竹崎サンの顔を見れば、どことなくホッとした顔をしていた。


 「そう、そういうこと。蓮様は海外から戻って来られたばかりで、ちょっと、その、アレがアレでアレなもので、驚かれたと思うんだけど、基本的におすすめな男性なんだよ。どうだい?」


 そう言うと竹崎サンは軽くウインクしてみせる。


 少しばかり気が遠くなる気がしたが、尋ねられている事には答えなければならない。


 「どうだいと言われましても、その、先ほども、蓮様(冷たい空気が蓮の方から流れてきた)・・・蓮からも、その、言われましたけど、突然すぎて驚いてしまって、その・・・」


 「あー、いいんだいいんだ、年寄りのおせっかいだと思ってもらって構わないからの。ゆっくり考えればいいさ。ふぉっふぉっふぉ」


 何となく歯切れの悪いまま今日の作業は終了した。

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