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週明けから徐々に周辺が忙しくなってきた。
そもそも前日にお義父様がやたら張り切って直ぐにでも発表ちゃおうぜーなんておっしゃるのを、青蓮がその前に自分の部署に説明をさせてくれと言い、お義母様の力を借りノリノリなお義父様を抑えようやくその通りになった。
月曜日。
午前中は滞り無く、至って普通の月曜日の午前中だった。
お昼も若干お腹いっぱいになるのが早かったけれど、青蓮と一緒にお弁当組で今日は青蓮の部屋で食べた。榎本さんとその彼氏もやってきた。榎本さんがお弁当を作って来ていたのに驚いたし、里見さんも嬉しそうだった。
そしていよいよ午後が始まった。頃合いを見て、青蓮から話す事になっている。わたしは妙に意識をして仕事が手につかない。みんなの反応が怖いのだ。無意識に指輪をいじり、これまた知らず知らずのうちに、はふっと今日何度目かの溜め息を吐いていた。
「どうしたの、溜め息なんかついて。今日はやけに溜め息をつくじゃないか?」
隣の佐久間さんがパーテーションからひょっこりと顔を出した。
「あちゃ、そちらまで聞こえましたか。すみません」
ぺこりと頭を下げると、佐久間さんは苦笑いをしている。
「いやいや全然迷惑になっては無いから好きなだけ溜め息を吐くと良いさ。ところで金曜日はちゃんと帰れた? いや、室長を疑っている訳じゃないんだけどさ」
金曜日? はて? と考える。思いがけず濃い週末を過ごしていたのですっかりその前の事は頭の隅に隅に追いやられていた。そういえば夜は飲み会だったなと思い出す。そして同時に青蓮に纏わり付いていた女子達も思い出してしまい、心の中でむむむと溜め息をついた。
「大丈夫でしたよ。ちゃんと帰れました。佐久間さんこそ幹事お疲れさまでしたね」
「いやいや、出席率が高くて幹事のしがいがあったよ。子ども達も良いアクセントになってたね。ってかベビーシッターしてもらって助かったよ。ありがとね」
「こちらこそですよ。赤ちゃん達可愛いですもん。日頃の疲れが吹っ飛ぶくらいにはわたしは楽しかったですよ」
互いにあははーと笑いまた仕事についた。佐久間さん、ひょっとすると溜め息の原因だと思ったのかしら。だとしたら妙な気を遣わせて悪かったな。気をつけないと。気を引き締め直し仕事に向かった。青蓮から社長から海外の会社からその他の関係先からメールが沢山入って来ている。その全てに目を通し返信できるモノには返す。相手が相手だけにメールをやっつけるだけでかなりの時間を要した。
ここで頭を整理するために休憩する事にした。いつもならスマホだけを持ちふらふらとカフェにいって時間をつぶすのだけれど、今日は、今日からは化粧ポーチを持ってパウダールームに行くつもりだ。仕事以外で頭を使いたかったのだ。青蓮に気分転換してくると言い置き席を外す。青蓮は心配そうに見ていたが、ちょっと肩を竦めて今日と明日の事が気になってちょっと落ち着かないの、と言えば、破顔していた。ゆっくり休憩してくると良いと言って送り出してくれた。何かったらスマホに連絡をしてくれると言う。
実はもうスマホは要らない。なぜか分からないけど、これは嘘、理由ははっきりしている、わたしの種族が青蓮によって変えられたからだ。青蓮と夫婦になった日から見る夢は夢でなく体から意識が抜けるということではなく実体があちら側とこちら側を行き来できるようになったり、いつか青蓮と翁がやっていたように、何も使わなくても呼びかけられているのが分かるようになった。それで会話もできるが、それでやってしまうと端から見たらとても奇妙なことになるので、これまでどおりの方法をとっている。
ちなみに今ではこの会社の誰が関係者かどうかも見ているだけでそれと分かるようになった。お義父様の『お友達』が要所要所に配置されている。わたしがこの会社に入ったときから彼らはずっと見守っていてくれたのだ。
ポーチを持って席を立った。
ひとり廊下を歩いていると背後から名を呼ばれる気がする。立ち止まって振り返れば加藤さんが追い掛けてくた。仕事でも頼まれるのかと思い待っているとそうではないらしい。
「呼び止めてごめん。ちょっと聞きたい事があったからさ」
「いいえ、どうしたんですか?」
決まりが悪そうにしている加藤さんの目線がチラチラ動いている。どうやら下の方を気にしているようだ。
「あの、さ、その・・・。今日さ、違うよね。その、指輪してるじゃん? それ、一体、何かなって思ってさ」
言われて自分の左手を持ち上げ、首を下に向けなくてもいい高さまであげた。もうすぐ青蓮からみんなへ報告がある。あえてここで誤摩化す必要も無いはずでわたしは正直に話す事にした。
「これは彼から貰ったんです」
わたしの言葉はある程度予想していたのだろう、加藤さんの顔は少し強ばった気がしたが話を続ける。
「彼氏? もしかして、結婚、するの?」
「はい。婚約は、実は夏期休暇中に済ませていたんですけど、この指輪は一昨日に出来上がったので、今更なんですけど、ね」
自分の指に咲く一輪の青い花を見ながら答えた。
「付き合いは、長いんだ?」
「そうですね、わたしが生まれた頃からですから」
「幼なじみ?」
「あ、そうですね」
「はぁ・・・そうなんだ。あーあー、俺、何やってんだ」
そう言って加藤さんはしゃがみ込んでしまった。思わず一歩引いてしまった。
「大丈夫ですか? どうしたんですか?」
なかなか浮上して来ない加藤さんに視線をあわせるように一緒にしゃがみ込んで覗き込むと、顔を上げた加藤さんが真っ赤な顔をしていた。
「正直に言うとさ、カフェで初めて会った時さ、超好みの子がいると思って浮かれてたんだ。で、同じ部署になったじゃん。これは運命かもしれないってひとり舞い上がってたわけ。けどさぁ、そうだよねぇ、野田さんみたいな人に彼氏いないわけないじゃんね」
加藤さんは、はぁっとでっかい溜め息を吐いた。
「あーあー、俺って、全然だめじゃん。すっげーやる気満々になってたのに、時既に遅しかぁ。ちぇー。あの人のいう通りだったな」
「どなたですか?」
「安達ダイレクターだよ。あの日、野田さんがカフェから去った後に言われたんだ。君には手を出すなって」
そう言われたらそうだった。安達さんが呼びにきてくれたんだった。
その安達さんも今は知っている。本当は露草という名前でお義父様のお付きの人だ。
加藤さんは聞くだけ聞いて満足したのか「じゃあね」と言って帰って行った。
わたしはその後ろ姿をしばし見送ったあと、目的地を目指すため踵を返した。
足を踏み入れたところ幸いな事にパウダールームには誰もいなかった。それを良い事に美容師さんに準備してもらった化粧道具をとりだしずらりと並べ、よしっと気合いを入れ取り掛かる。見よう見まねでたどたどしい筆運びではあるが何とか形になってきた。最後に頬にさささっと色を掃くと完成した。誰もいない事を良い事に、ジロジロ色々な角度から自分の顔を観察する。
「ん。ま、こんな感じだったよね、大丈夫だよね」
「大丈夫でしょ。そんだけやれば」
「斎藤さん! ビックリした」
いきなり声がしてしかも自分の独り言に答えが返って来るなんて思ってもいなかった。
「なぁに、そんなにでっかい目をしちゃって。おっこっちゃうんじゃないの?」
驚いたわたしの顔がよほどツボだったのか斎藤さん(奥さん)はゲラゲラ笑っている。
「そんなに面白い顔してますか? まぁ楽しんでいただければ幸いですけど」
先に落ち着きを取り戻したわたしは斎藤さんの笑いが止まるのを待った。よくもまぁ笑えるもんだと感心して見ているが、楽しそうだしお役に立ったようなので、まあよしとしよう。間もなく斎藤さんの笑いが収まった。
「お化粧なんかしちゃって、初めてよね。ずっとスッピンだったしね。その指輪のせいかしら?」
ちらりとわたしの手に視線を流し、ズバリお見通しよとふふんと鼻から笑いが聞こえる。
「その通り、とでもいいましょうか。母からきちんとなさいと注意がありまして」
「まあいいんじゃない? しっかし神様ってのも不公平よね。ますますべっぴん度が上がっちゃって」
神様と言われてドキっとした。お義父様がいらっしゃるんじゃないかとキョロキョロしてみたけど、さすがに女性専用のパウダールームには来ないだろう。もし、来られたらお義母様に言いつける。
「その指輪ね、みんな噂しているわよ。素敵ね」
「ありがとうございます。土曜日、彼から貰ったんですよ」
「ねぇ左手の薬指だけど、意味は分かってるのよね?」
「はい、もちろんです」
「ほほぅ。じゃあ、・・・」
斎藤さんは目をキラキラさせている。期待に堪えるように、うんと頷いてみせると斎藤さんは口角をみゅーっと上げそのまま頬の肉も引き上げて行く。見事なフェイスアップ効果だ。
「はい結婚します」
そして加藤さんに聞かせたのと同じ話をした。
「おめでとう! 良かったわね。そりゃ野田さんに彼氏がいないなんて思ってなかったけどさ、何か不思議と想像できなかったのよね」
ポンポンとわたしの背中を叩きながら斎藤さんがおめでとうと連呼してくれると、自然と肩から力が抜けた。
「あら幸せそうな顔しちゃって。仕事はもちろん続けるんでしょ?」
「はい。斎藤さん達みたいに、わたしも子どもを産んでも仕事したいと思ってます」
わたしの答えに満足そうだ。
「大変だけどね、やりがいはあるわよ。子どもってさ、ずっと小さいままじゃないじゃない? 成長して少しずつ手を離れて行った時、自分が取り残されるんじゃないかって思って私は仕事を続ける事にしたのよ。もうちょっとママパパに優しい会社になって欲しいけどねー」
贅沢かなーあははーと斎藤さんは笑っている。やっぱり大変なんだろうなと見ていたら、急にまた斎藤さんが何やら訳知り顔でこちらを見た。
「ズバリ、お相手はこの会社の人でしょ? そうでしょ?」
何を言い出すのかと思ったら。
わたしが答えに躊躇っていると、ふふんと鼻を鳴らしニヤニヤしている。
「なんとなくだけどね分かった。っていうか確信した。<し つ ち ょ う>でしょ?」
肝心なところは声を出さず口の動きだけを見せてくれたが、ズバリ当たっていて驚いた。どうして分かったんだろうと自分達の動きを脳内でトレースしたが全く心当たりがない。気をつけて公私の別をつけていたつもりだったのに。斎藤さんはまたしてもわたしが自分の中でぐるぐるしているのが分かったようで答えを教えてくれた。
「初日のお弁当よ」
「お弁当?」
「ふふふ。本人も気付いていないとはね日常ってことでしょ。各務さんは全然気付いてなかったみたいだけど、あの時さ、野田さん『大丈夫ミルク煮にしてありますから匂いはしない』とか何とかっていってたでしょ。好き嫌いを知っている仲なんだ、へー、この二人ただならぬ仲かもしれないんだってぴーんと来たのよ」
初日の初っ端でやらかしていたのか、わたし!
確かに言った。青蓮のカリフラワー苦手を克服させたくてすっごい頑張ったという自負があって・・・その意気込みが、仇となっていたなんて。はぁっと盛大に溜め息を吐きドレッサーに崩れ落ちた。それを見て斎藤さんがまたしても笑った。
「幼なじみならそりゃ好き嫌いぐらい知ってるでしょうよ。それに、あなたたちお似合いよ。堂々として室長の隣にいなさい。お化粧も綺麗にできてるしね」
斎藤さんの言葉がとても強く胸を打った、シンプルな言葉なのに背中を押された気がしたのだ。
「泣かないの。アイラインが駄目になっちゃうわよ」
慌てて目蓋をパチパチ動かし、涙を拡散させることに成功した。
「確かに、色々大変だと思うわよ。想像つかないことにプレッシャー感じてるんだろうけど、なったらなったで出たとこ勝負もありなんじゃない? あなた達って、大方、事前準備を怠らないタイプだと思うけどね、考えすぎないようにどーんと構えてればいいのよ」
どーんとね、と繰り返し自分の胸を叩いて慰めてくれる斎藤さんは、肝っ玉母さん予備軍のようだ。でも、お陰で気が晴れた気がした。無理せずに笑顔になれる。
「ありがとうございます」
頭を下げると、良いって事よと豪快に斎藤さんは笑っていた。
*
斎藤さんのお陰ですっかり気分転換できた。帰りは一緒に、道々赤ちゃんの様子を聞きながら連れ立って部屋へ戻る。
部屋に入るとなぜか一斉に注目を浴び思わず足が止まってしまったが、隣にいる斎藤さんに肘でつつかれたお陰で気を取り直し、自席に着いて仕事に取りかかった。
書類に目を通しながら、ふと、この会社の将来を考える。
方向性は青蓮に任せるとして、従業員が仕事をしやすくするにはどうすればいいのかに心が動かされる。さっきの斎藤さんの話を聞いたから、というのもあるが、やはり会社は人がいてこそなのだ。
断片的に色々浮かんで来、思いつく限り理想と思える形を書き出した。
小一時間ほど経った頃だろうか、青蓮から呼びだしがかかった。部屋へ入ると扉を閉めるように言われる。何ごとだろうと身構えるとその緊張が伝わったのか、プッと青蓮は吹き出した。笑われていることが何だか面白くない。半眼になって目の前で笑っている青蓮を見つめた。すると「すまない」と手を振りつつ笑顔のままで青蓮は口を開いた。最近はふとした事で青蓮の感情が豊かになったのに気付かされる。特に笑顔が多い気がする。
「頃合いだろう。話そうと思うが、いいか?」
どうやら落ち着きの無かったわたしの気持ちを慮って確認してくれたのだった。
「ありがとう。もう大丈夫。いつでもどうぞ」
元気よく答えると青蓮は安心したようだ。「そうか」と優しく口元を緩めている。
「化粧、したんだな」
やっぱり気付かれていたか。あれだけ嫌だと言っていたから、どうかなと反応が怖い。
「ええ。お母さんが言っていた『武装』をしてみようと思って、どうかしら?」
「とても綺麗だ。できれば他の男どもには見せたくないがな。だが、瑠璃の決意だと思えば悪くない」
また何か言われるかなと一応構えていたのだけれどそんなこともなく、理解してもらえたようで褒められ自ずと笑みが出た。青蓮もまた笑みを零すと
「さ、行こうか」
と、わたしに向かって手を差し伸べた。
*
青蓮と一緒に室員のみんなの前に立った。みんな何ごとかとこちらに顔を向けている。中でもさっき話をした加藤さんは目を見開いて固まっているようできっとわたしの相手が誰か分かったのだろう。
「みんな、仕事中済まないが、急ぎの者以外はちょっと聞いてくれ」
改めて青蓮が声をかけると全員が手を止めてこちらを注目してくれているのが分かる。青蓮がわたしに顔を向けた気がしたのでそちらを向けば目が会いまるで「いいね?」と確認されたような気がして、笑みでそれに返すと青蓮はひとつ頷いて前に向き直った。
その覚悟を決めた横顔は凛としていて、自分の夫ながら惚れ惚れする。続いてわたしも前に向き直り全体を見渡した。
全員の視線がこちらに向いているのを確認し、青蓮が口を開いた。
「報告がある」
その瞬間、しーんとフロア内が静まり返った。
「私と野田さん、いや、瑠璃は先日婚約をした」
打って変わってザワザワとざわめきに包まれる。
少し間を置き静まった頃合いを見て青蓮は続ける。
「婚約自体は8月末に行っていたのだが、発表は環境を整えてからということでこれまで控えていた。が、昨日発表することが決まった。発表は、明日行われる。ーーーだからと言って何かが変わる訳ではないので安心して欲しい。君たちはこれまで通り、仕事に励んで欲しい」
と、一旦言葉を区切り全体を見回す。
「私と瑠璃の関係が明確になったことで仕事のやりにくさを感じるかもしれない。だが、勘違いしないで欲しいのは、私の婚約者だからという理由だけで瑠璃を側に置いている訳ではない。彼女の能力しかり、そして、この立場が彼女には必要なのだ。単なる企業家の妻を望むのであれば必要はないのだろうが、私が父の後継についた時、彼女にも協力してもらうつもりだ。その時を見据えた配置だと理解して欲しい。勿論、仕事だ。遠慮する事は無い。これまで通り同僚として対応してもらいたい」
斎藤さん(奥さん)を見ると笑顔でうんうんと頷いている。他にも大きな仕草ではないけれど頷いてくれる人達が見えた。
青蓮の話が一区切りついたところで、青蓮に少しだけ時間を貰った。
「これまでお話しできなくてごめんなさい。室長からもお話があったように、わたしも室長を支える一社員であることには変わりません。どうぞこれからも宜しくお願いします」
そう言って頭を下げた。これはわたしの決意だ。青蓮と足並みを揃えながら周囲とも上手くコミュニケーションを計り業務を円滑にすすめる。引きつった顔をしている人も何人かいるが、苦手だからと言って避けていては青蓮の隣に立つ資格は無い。人を動かす事も覚えなくてはならない。
頭を上げる直前、拍手が鳴った。最初はパラパラとした音だったが直ぐに沢山の拍手となった。そして時折「おめでとう」という声も聞こえてくる。受け入れてもらえたんだという安堵感で青蓮を見上げると、青蓮もわたしを見て微笑んだ。
「はい、室長質問があります。発表がなされた後、何かしらこちらで外部とのやり取りはあるのでしょうか?」
岡部さん(夫)が挙手をして質問をした。
「会社として発表した分は、社長サイドが対応するから心配ない。もし他の部署から何かしらあったら、知っている事を伝えてもらって構わない」
他には無いか? と言えば、パラパラと手が挙がった。
「いつどこで知り合ったんですか?」
「プロポーズはどこで? どちらから?」
「どのくらいつき合ってたんですか?」
「初キスは?」
などなど質問の内容から見ても興味津々のようだ。もっと難しい質問がくると思って青蓮も身構えていたのだろうが、やはりというか基本的なところが知りたいという質問に笑っていた。そして丁寧簡潔に答えた。
「出会いは瑠璃が生まれてからすぐ。病院で。キスは瑠璃の生後半年ぐらいだったか。プロポーズは私からで、瑠璃の家のリビングで両親立ち会いのもと。付き合った期間は瑠璃の年齢分だ」
「そして最後におまけだ。既に一緒に住んでいる」
と付け加えみんなを驚かせていた。
特に質問がなければこれで終りだと青蓮は締めくった。
解散となった後、ひときわザワザワとして落ち着かない。何人かは席を立って部屋を出て行った。話のネタを提供したばかりだし、いずれ時間が過ぎれば落ち着く筈だ。
わたしが席につくと佐久間さんがひょっこり顔を出して来た。
「ちょっとぉ〜ちょっと。びっくりだねー。仲が良いとは思っていたけどそんな関係だったなんてね。いつか詳しい事聞かせてくれる?」
「室長が話した以上のことはありませんよ。それにきっと何にも面白くないと思いますよ」
「本人達には面白くなくても俺等には面白いんだよ。幼なじみ同士が結婚って図式なんだよね。あるんだなー」
気のせいかケケケっと聞こえた気がする。きょろっとした目がさらに面白がっているが変な隔たりをもたれるより全然ウェルカムだ。二人であははと話しているところに人影が立った。
「よぉ、小早川。どうしたよ」
佐久間さんがあははな顔のまま楽しげに声を掛けると、相反するような雰囲気を纏った小早川さんが立っていた。
「瑠璃ちゃん、まじ? まじなの? 室長と、その」
「はい。マジですよ」
わたしもあははなまま元気よく返事を返した。気のせいか一層どんよりさを増した小早川さんは、茫然という言葉がピッタリな雰囲気で、今にも泣きそうな顔をしている。そんな小早川さんに、わたしが声を掛けるより早く佐久間さんが声をかけた。
「小早川。今日飲むなら付き合うぜ」
「佐久間さーん、、、はい・・・」
たったそれだけの会話をしただけで小早川さんはトボトボと帰って行った。なんだか背中が寂しげだ。
「一体なんだったんでしょうか」
「知らなくて良いよ。あいつもこれで一歩大人の階段を上がるんだよ」
うんうんと佐久間さんが語ってくれた。ふーんそういうものかと哀愁漂う小早川さんを見送った。




