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意識と無意識の境界線 〜 Aktuala mondo  作者: 神子島
第四章
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 新体制2日目。皆、なかなか協力的に業務に取り組んでいるように見える。今のところ資料収集や分析方法などが多いらしく、ここにいる人達は元々その道の経験者であるから勘所も良いようだ。各グループでの意思の疎通も手探りではあるだろうけど、それなりに対話ができているようで側で見ていて頼もしく思う。


 さて、私は蓮と一緒に早めの出勤をして、他の誰も出社していない内から昨日の続きをしていた。現在の国内外のグループ内の経営状態など、私の知らない膨大な情報が目の前で展開されている。そして参考までにと見せられる他社の情報。もうそれは情報の渦だ。一気に目の当たりにすると頭がパンクしそうになるが、前提を定めて、丁寧にこれらの中から有益な情報を引き出し話し合う。各グループに課している分析情報が上がってくれば、それとも照らし合わせ、細かく分析を行えば課題が見えて来るだろう。

 蓮と同じ物を見る為には、私自身の目も育てておかなければならないし、同時にベクトルを合わせるためにも、この二人だけのミーティングは毎日時間を見つけて行う事になった。


 私達が課外授業ならぬ始業前のミーティングを行っている間に次々に室員が出社してきた。皆、面白そうにこちらを見ていたり興味津々な様子だ。時計を見ればそろそろ始業の時間でもあるし、一旦終了する。ボードは消さずにそのままにし蓮の部屋の隅に寄せておく。そして蓮の指示でリーダーを呼んで交代し、私は自席で復習にとりかかる。


 黙々と作業をこなしていると気がつけばもうお昼休み。まだまだ最初だからか、そうそう予定も無くすっかり午前中をこれに費やしてしまった。他のメンバーも三々五々席を外し始めた。そこで私も昼食をとる事にした。榎本さんから時間が合えばいつものところで食べようとメールが来ていたので、色々と報告もあるし準備を始める。蓮には予め車の中で蓮用のお弁当を手渡して、周囲に私から蓮に渡すところを見せないように注意してある。婚約が公表されたら大丈夫だろうけど、今はまだあまり目立つ事をしたくはない。つまり蓮の事は心配しなくても良いということだ。だがしかし、全く顔も会わせずに席を立つのも微妙な感じがし、ちらりと蓮を見ればあちらは既にこちらを見ていたようだ。ばっちりと目が合い、ついでにクイックイッと手招をされる。仕事かもしれないので席を立ち蓮の部屋へ入って行った。


 「室長お呼びですか?」


 そう声をかければ


 「お昼ご飯だ。瑠璃がいつも食べている場所はどこなんだ? そこへ行こう」


 と言う。既に蓮は今朝渡したお弁当の入っているバッグを手にしていた。毎日一緒に食べようと確かに言っていたなと思い出す。


 「晴れた日は大体外で食べてるのよ。社内の敷地の一角に人の来ない場所があってベストポジションなの、少し歩くけどね。あ、最近は、ちょっと人が増えて来ているんだけど、今から移動すればまだ大丈夫だと思うわ。榎本さんも今日はそこで食べるってメールが来てるから紹介するわね」


 そういうことでお弁当を片手に蓮と私は連れ立って榎本さんの待ついつもの場所へと向かった。


 高層階になってしまい目的地までの距離が遠くなった。エレベータにもドンドン人が乗って来るし目的の階に辿り着くまでいつもより時間を要してしまった。何とか榎本さんの待つ場所まで辿り着いた時には、10分余計にかかっていた。ふと見ると榎本さんの隣に誰かが座っている。とても珍しい光景だ。


 「遅くなって済みません。あ、里見さん! ふふ、こんにちわ」


 そう、榎本さんの隣には里見さんがいたのだ。榎本さんの念願が叶い、ついに最近カップルとなった、できたてほやほやな恋人同士だ。で、里見さんはつい先日まで私の直接の上司だった人でもある。

 私がニマニマしているといつもなら、気持ち悪いとか何とか言って突っ込んで来る筈なのだが、それが無くちょっとだけ大人しいのは里見さんがいるからだ。全く、乙女なんだから。


 「榎本さん、里見さん、紹介します。経営企画室の神威(しんい)室長です。神威室長、こちらが先日まで私の上司だった里見さんと、その彼女になった、げふっ、ちょっとナニするんですか榎本さんっ、もとい、私の先輩の榎本さんです」


 手っ取り早く関係を説明しようとしたのに、榎本さんに脇腹を抓られた。酷すぎる。榎本さんの仕打ちに一人耐えていたら、大人な三人は互いに挨拶をしベンチに座った。もちろん榎本さんと里見さんが同じベンチだ。


 「あなたが榎本さんですか。瑠璃がいつもお世話になっております。この度も色々とご助言をいただいたとか、ありがとうございます」


 蓮には隠し立てする事無く、一連の事、全てを話してあるから婚約者として榎本さんにお礼を言いたいと言っていた。蓮は具体的な事柄は一切触れないが榎本さんにはしっかり伝わっているようだ。


 「い、いいいい、いいえ、とんでもない。こちらこそ、その、お世話になっているんです。それに彼女がトラブルに巻き込まれたのって、私が最初に言っちゃったからっていうのもありますし」


 榎本さんと蓮が話しをしている途中から里見さんが怪訝な表情をしていたのに気がついた。少し間を置いた後、里見さんは口を開いた。


 「・・・室長、つかぬ事を伺いますが、今、野田さんの事を呼び捨てにされましたよね?」


 「そうですね。私と瑠璃は婚約していますから」


 表情も変えずに蓮が答えている一方で、里見さんは驚きを隠せないでいる。どうやら榎本さんは里見さんにも話していないようだ。なんと口の堅い人だろう。素晴らしい。


 「え!? ほ、本当ですか?」


 「本当です。まだ公表はしてはいませんが互いの両親とも顔を会わせをし、正式に婚約者となりました。ちなみに私は今、瑠璃の家にいますが」


 「ええええ!? もう同棲?」


 「同棲というより同居ですね。あははは色々あって蓮が心配してくれて、そうなっちゃったんです。とは言っても当然私の両親もいますけどね」


 さすがに一緒のベッドで寝ているとは言えない。これを言うと、まだそういう関係じゃないと言っても絶対に信じてもらえないと確信がある。


 「室長のご両親、えっと社長もそれを許されているってことですよね?」


 「ええ。父も母も特に気にする事もなく。互いの家も近いですから」


 「あははは、ちょっとビックリしちゃいましたよ。仕事早いですね室長」


 「蓮でいいですよ。善は急げと言いますし、何より瑠璃の周りが煩そうでね。瑠璃にも婚約者が誰かしっかり意識していて欲しいですし、出来るだけ私の目の届くところに居て欲しいですから」


 蓮の言葉に榎本さんは口元がムニムニになっている。何を言いたいか、何を我慢しているのか手に取るようだ。里見さんがいなかったらきっと大笑いしているだろう。榎本さん、言葉にしなくてもしっかり伝わってますから。・・・今に見てろ。


 「名前呼びはちょっと私の心臓が無理そうですから神威さんとお呼びしますね。そうですか、夏前まで全く男っ気無しだったのに、夏休み明けに婚約したって聞いた時には本当に驚きましたけど、そうですか同棲ですか」


 いや、同棲じゃなくて同居なんですけどと敢えて言う必要も無く、榎本さんは分かって言っている。そして変な所で感心して見せている榎本さんは、本当に里見さんの前では大人しい。物言いも二割増で上品になっている気がする。私が心の中で榎本さんにツッコミを入れている間にも、蓮は話しながらお弁当を膝の上に広げ、早速食べ始めていた。


 「もしやそのお弁当は?」


 めざとく見つけた里見さんは興味津々だ。


 「ええ、瑠璃が作ってくれました」


 ココへ来て初めて満面の笑みを浮かべ蓮が答えた。笑みというより勝ち誇った顔というか、どうだと見せつけんばかりの様子で、作った本人のいる目の前でその態度はどうだろうと思う。せめて私がいない所でやって欲しい。


 「羨ましいな。俺もいつか作ってもらえるんだろうか」


 ぽつりと里見さんがそう呟いた。


 「大丈夫ですよ。ねー、榎本さん。きっと美味しいお弁当を作ってくれるでしょう。楽しみに待っていると良いですよ里見さん」


 ようやく巡って来た榎本さんへの反撃のチャンスを掴むことができて心の中でガッツポーズをした。榎本さんは片方のほっぺたをヒクヒクさせながら「ええ、いつかね」と答えていたのが実に微笑ましい。


 食事の間、榎本さんと里見さんが交互に質問をして蓮と私がそれに答えて、後はもう互いに好きなように話しをして食べ終わる頃にはすっかり打ち解けてしまった。

 そんな雰囲気に水を差すようで申し訳ないと思ったけど、私には聞いておきたいことがあった。おずおずと里見さんに声をかける。


 「話は変わるんですけど里見さん、伺いたい事があるんですけど・・・」


 「三木のことなら気にしなくていいぞ。安達さん肝いりで活を入れて鍛えているから、凹んでいる暇もなさそうだ」


 まだ何も言っていないのに即答された。しかも大当たりな回答だった。


 「ど、どうして分かったんですか里見さん」


 「ん? まぁ気になっているだろうなと思ってはいたわけだ。男として俺も三木の気持ちは分からんでも無いからな」


 「そうなんですか」


 「俺と三木との違いは、俺はこいつを好きになって、あいつは野田さんのことを好きになった、その違いだけだ」


 榎本さんは真っ赤っかだ。だけど突っ込んでいる暇は今はない。実に残念だ。まずは目の前の事に専念する。


 「ん? 意味が良く分かりませんが」


 「もし仮にだよ俺も野田さんの事を好きになっていたら、いつか近いうちに必ず失恋することになってた。相手が神威さんじゃねぇ、野田さんが振り向いてくれない限り負け戦なわけだ」


 「振り向いたら勝ち目はあったけど、野田は既に神威さんを選んでいたしね」


 顔はまだ赤く背けたままだがすかさず榎本さんがフォローの言葉を追加してくれる。


 「はぁ、まぁ人生初の告白をしてもらったのが蓮でしたからね。しかも、確かに仕事早かったですし」


 告白されて、というか、出会ってその日に付き合う事になっちゃったもんね。あの時どうかしてたんじゃないかって思うけど、決して蓮の見た目に惹かれた訳じゃないってことは今でも胸を張って言える。蓮の方から全てを曝け出してくれて、恋愛初心者な私を納得させてくれたし、堂々と両親とも渡り合ってくれたし。あの時の選択は決して間違ってはいないと言い切れる。


 「当たり前だ。この勝負、何でもありなんだからな。下手をしたら私だってどうなっていたか分からん。瑠璃の心を掴んだ者が勝つのだ。瑠璃は真面目な人間だから決めたらよほどの事が無い限り覆えさない。ならば、タイミングとかそういったものを悠長に待っていては大きく損になる。早い者勝ちだ。この先ほぼ間違いなく一生瑠璃は私だけを愛するだろう」


 勝ち誇っている。蓮ってばー! こんなに自信家だったっけ? 榎本さんをつっこめなくなってるくらい、私も顔に熱を感じてしまう。


 「うっわー神威さんって押せ押せなんですね。まぁそのくらいでないと野田は無理だったでしょう。この子、腹を括るまでが長いから。良かったんじゃないの? ね。貰い手が見つかって」


 榎本さんは里見さんがサラッと言った言葉から既に立ち直っているらしく、私に笑顔を向け言い終わるとお茶を口に含んだ。


 「はい。榎本さんも良かったですね」


 「げほっ」


 あ、むせた。口から飛び出した水分を榎本さんは慌ててハンカチで吸い取った。


 「里見さんも良かったですね」


 「うん。まぁ、そうだな」


 ポリポリと指で頬を掻きながら里見さんが照れている。初めて見たかもしれない。この二人絶対に上手く行くと確信した。



 「うーん。それにしても、今日も沢山来たわねー」


 「なにがですか?」


 私と蓮が座っているベンチからは死角となっていて見えないが、榎本さん達からの位置からはよく見えているようで、微妙な顔をして私達の後ろを見ている。


 「あれあれ。今日からは女子もいるみたいね」


 榎本さんが盛大に苦笑いをして視線で教えてくれた先には、男性、女性、どちらかと言うと女性が多いかもしれないけれど、そこには沢山の社員が休憩に来ていた。みんな何となくこちらを見ているし、やはり座りたいのだろうか。


 「おお、すごい。記録更新でしょうか。でもベンチこの2つしかないんですよね。かわいそうですね」


 「違うと思うけどね」


 里見さんも苦笑いしている。

 見られながらここに居座っているのも居心地が悪いので、お弁当も食べ終わった事だし、私と蓮は二人挨拶をして先にその場を後にした。


 オフィスに戻る前に蓮のリクエストでカフェテリアで珈琲を買うことにした。25Fにあるカフェは食後のひとときを楽しんでいる人達で沢山あるソファは埋まっている。私達は一番手前のカウンターで注文し、珈琲が出来上がるのを待ちながら話をしていると、遠巻きに見られているのに気がついた。ソファに座っている人たちもこちらを気にし始めている。


 (やばいな。蓮が目立ち始めている)


 蓮は気付かないのか私に顔を向け話し続けている。話している内容は特に私的な事ではないので聞かれても困らないけれど、時折蓮が笑顔になるとキャァという声が聞こえてくる。なるほど黄色い声だなどと能天気に考えている場合じゃない。ここは早く、一刻でも一秒でも早く立ち去るのが良策と本能が訴えている。必死で蓮に目で訴えるが全く気付かないのか、呑気に話を続け笑顔までつけてくれる。こうなったらとっとと珈琲を受け取った方が良いと思い立ち、蓮に断りを入れカウンターに行けばちょうど出してくれた。カップが2個入ったトレーを受け取るとすぐに蓮のところへと戻る。


 ほんの、ほんの2〜3分離れていただけなのに蓮は女性社員に囲まれていた。正直言って近づけない・・・。試しに近づこうとするとサッと阻まれる。熱い珈琲を持っているので無理は禁物だ。仕方なく割って入るのは諦め、少し離れた所で身振り手振りで知らせる事にした。

 背の高い蓮は直ぐに私を見つけると「失礼」と丁寧に断りを入れながら、女性社員の間を縫うように出て来た。「あの」とか「ええっ」とか「待って」とか「そんな」とか「ちょっと」とか女性達が口々に言っているが、蓮は誰にも視線を向けずにまっすぐ私の所へとやってきた。「ごめんなさい。近づけなかったの」そう言うと蓮は「うん」と言って、私が持っていたトレーに手を伸ばし代わりに持ってくれ、すかさずもう片方の手を私の腰に回すとグイッとカフェテリアの外へと押し出した。その勢いのままエレベーターホールヘと辿り着く。

 タイミング良く高層階用のエレベーターの扉が開いたので、蓮に押されたまま乗り込んだ。数人が一緒に乗り込みすぐに扉が閉められる。パネルを操作しようと移動しようとしたが「このままで」と蓮に押しとどめられた。

 乗って来たのは男性社員ばかりで、何となく安達さんを彷彿させるような雰囲気がある。私が観察するように見ていたら蓮に顎を掴まれ蓮へと向き直させられた。そして「見なくて良い。こっちだけ見ていろ」という。・・・そういうことか。あまり私が見ているから気になったようだ。言われるがままに蓮に視線をあわせていると、不思議な事に周囲にいる人達が気にならなくなった。まるで蓮と二人だけのような感覚になる。気がつけばいつのまに降りて行ったのか私達以外誰もいなくなっていた。そして蓮に抱きすくめられ口づけを受けている。一体いつの間に・・・。よほど私はぼーっとしていたんだろうか。キスされるまで全く気付かないなんて。

 しかしノンストップのエレベーターほどスムーズなものはない。あっという間に45Fに辿り着いた。私がフレンチキスのような軽めのキスでホッとしていた一方で、物足りないと不満を口にしながら蓮はエレベーターを下りた。



  ***



 私と蓮がオフィスに入ると、メンバー達も何人か戻って来ていて固まって話しをしていた。中心に佐久間さんがいるようだ。


 「あ、室長、野田さん、ちょっといいですか?」


 代表して佐久間さんが蓮と私を呼んだ。私達がカップを片手に佐久間さん達の方へと向かうと、


 「あのですね、実は明日の金曜、この室のメンバーで飲み会をしようってことになって、お二人ともどうですか?」


 そこにいた皆は期待した顔をこちらへ向けている。確かに最初にそういう会は良いかも。小早川さんも初日にそんな事を言っていたし。


 「飲み会か。そうだな、昨日はアルコール無しだったしな、る・・・、野田さん、明日の予定ってまだ何も無かったよな」


 「はい。大丈夫ですよ今のところ」


 「じゃ、二人とも参加ってことで、いいですよね?」


 佐久間さんの言葉に蓮も私も出席すると返事をした。


 「あ、俺、明日時短なんだよなー。どうすっかなー」


 そう言ったのは斎藤さん(夫)だった。斎藤さんご夫婦にはお子さんがいらっしゃって、まだ小さいので交代で時短勤務をされているのだ。明日は旦那さんの方が時短らしい。


 「お子さんですよね。連れて来られたら良いんじゃないですか? お店は禁煙のところを選んで、どうです?」


 「いいんじゃね? 他にも子持ちの人いるだろうし、折角なら最初位は全員で飲みたいですしね」


 ということでお子さん同伴でOKということになり、結局のところ全員が参加ことになった。

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