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意識と無意識の境界線 〜 Aktuala mondo  作者: 神子島
第四章
28/43

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 蓮主催の親睦会ランチのお陰か、すっかり打ち解けたようで午後からの雰囲気がとても良い。


 午後一でチームリーダーと蓮のミーティングがもたれ、その後、各リーダーからチームへと伝達、業務内容の細かな指示がなされ、更にそれぞれのチームでミーティングをしながら目的を明確化し、方法等が話し合われている。みんなの顔が実に生き生きとしていて、見ているだけでこちらも鼓舞されるようだ。


 皆がチームで作業をしている間、私は蓮と二人だけのミーティングを行った。室長と秘書の立場で全体のスケジュールや他の部門との会議などの調整をしている。だが初日でそうそう決める事は多く無く、少しばかり手持ち無沙汰感があり、どうしようかなと考えていると、蓮から環境分析の手伝いを依頼された。私も自席からノートPCを持って来て、同じファイルを見ながら蓮の作った項目別に分析をすすめると、仕事ではあるけどつい学生の頃に戻った気になって白熱してしまう。こんな感じは久々で実に楽しい。

 私は画面でファイルを見ているだけでは飽き足らず、またチマチマとファイルに書き込むよりもと、透明なボードを蓮の部屋に持ち込み私がペンで書きながら二人であーだこーだと自由に発言をし盛り上がりながらデータの一つ一つを見て行けば、デスクに座って発言だけしていた蓮も、いつの間にかペンを持ち私と並んで持論を展開している。


 その様子は透明な壁のお陰で丸見えだということを失念していたが、見られて困る訳でもなく、ミーティングを終えそれぞれの仕事を始めていたメンバーからチラチラ見られながらもずっと続けていた。予めタイマーを設定していなければ、永遠に続けてしまっていたかもしれない。まぁそれも吝かではないが、会社とは好きだと思う事ばかりをしているわけにはいかない所という事は数年の社会人生活から学んでおり、事前に設定しておいた、2時間経ったところで、私のスケジューラーが時間の経過を教えてくれたところで終了となった。


 「瑠璃の発想はなかなか面白いな。それに、分かりやすい」


 「あら蓮だって、うちの会社の成功要因が何なのかしっかり分かっていて素晴らしいわね」


 最後に互いの健闘ぶりを称え合い、私達二人だけの会議は終了した。今日のこの小さな会議についても、きちんと履歴を残しておこうということで、私が議事録まがいなものを作成することになった。

 ボードを蓮の部屋の隅に移動させたあと、自席に戻り早速取りかかろうとしたところ隣の席になった男性、佐久間さんが声をかけて来た。


 「何だか楽しそうだったね」


 「そう見えました?」


 久々に味わった興奮の余韻に浸りながら笑顔で答えると、


 「こっちから見てる分には野田さんの表情は見えなかったけど、室長がさ、凄く楽しそうにずっと笑ってたからさ。なんかいいなあって思って見てた」


 「あははは。まぁちょっとした遊びでしたからね」


 「何をしてたの?」


 「最初はスケジューリングや年間計画なんかを話していたんですけど、初日ですし、それほどやることもなくって、れ・・・、んんっ、室長の分析を手伝うことになって私なりの意見を話していたんですよ」


 「へー。それは面白そうだね」


 内容を説明するととても興味を持ったようで、佐久間さんはもっと教えろと身を乗り出して来た。


 「はい室長の分析項目が独特で面白かったです。思わず学生時代に戻った気がしてつい話し込んじゃいました」


 「英語でやってたんだよね?」


 「え? 英語でしたっけ? もしや声が漏れてましたか?」


 「いや全然声は聞こえなかったよ。あれあれ。ボードの文字が全て英語で書いてあるじゃん」


 佐久間さんが指差した先を見れば(言われて初めて気がついたけれど)、蓮からそのままでと言われて消さなかったボードに残る文字は、なるほど、英語だった。ちなみにメモに取った言葉も英語だった。という事は蓮もそうだったのだろうか。少なくとも私は英語を話しているという意識は無くて、ちっとも気付かずにいたのだけれど。まぁ確かに言われてみれば、学生の気分になっていたのは確かだし、そうなると英語だっただろうなと思い当たる。


 「あははは。言われてみればそうですねー。あら、記録どうしよう・・・」


 「いいんじゃない英語で。いつでも翻訳できるっしょ。それにココのメンバーでさすがに英語が分からないっていう人はいないと思うし」


 「そうですよね。はい、そうしましょう」


 ふふふ、と誤摩化し笑いを展開しながら画面に視線を戻す。そのまま仕事モードに突入しようとしたのだけれど、相手はそうではなかったようだ。うってかわって自虐的な物言いで話し出した。


 「この会社ってさ世界中にあるじゃん? 俺が昨日までいたところって外国人も多くてさ英語必須だったわけ。ま、お陰で無理矢理にでも使うからさ苦手だなんて言ってられなくて必死について行った結果、今では抵抗無くなったんだけどさ。だけどさ、やっぱり会議とかディベートとかでは、こう上手く行かないんだよねー。だからちょっと不安だったんだ。でも、室長も野田さんも何だか大丈夫そうだから、安心した」


 「あー・・・そうですよね。私もディベートは負ける時もあります・・・。あちらは小さい頃から徹底して目的意識を教育して、違う価値観の人に対してのコミュニケーション方法として学ばせられますからね。そもそもの年数が全然違うんです」


 仕方ないんですよ、と笑顔を向ければ、それが功を奏したのか相手も表情がほぐれた。


 「そうなんだ。俺だけかと思ってたよ。いくらさ、研修を受けてもやっぱ実践でうまくいかなくってさ凹むんだよねー」


 「練習第一でしょうね。それと抽象的ですけど、出来る事を確実にやり遂げる事でしょうか」


 小学生くらいから徹底的に教育されている人達に比べて、社会人になってようやく知るこの国とでは全然お話にならないくらいに差があるのは火を見るより明らかで、それに追いつく為には訓練するしかないだろう。・・・追いつける人は少ないだろうけど。


 「そっか。そうだよね。自分の出来る事を最大限に出して行けるようにすりゃいいか」


 佐久間さんは、ようやく明るい笑顔になり自分の仕事に戻っていった。


 こうして人事異動初日は和やかな雰囲気のまま終える事が出来た。



 定時のチャイムが鳴り議事録もどきも既に提出していたので、私は蓮に明日のスケジュールを再確認して退室することにした。午後一で確認したばかりだけれどその間に何か入っているかもしれないし、私はスケジュール帳を片手に蓮のもとをたずねた。


 「室長、何も無ければこれで失礼しようと思いますが、その前に明日の予定の確認をお願いします」


 私の声に蓮がすぐに反応を示し、PCを操る音がする。


 「ふむ特にないな。普通に出社する」


 「分かりました。では私はこれで」


 そう言って頭を下げると、下の名前で呼ばれた。


 「あ、瑠璃。ちょっと待て。今日は少し遅くなるけど夕食までには帰るから」


 「分かったわ。待ってる」


 だが私の答えが気に入らなかったのか何だか不機嫌だ。


 「どうしたの?」


 「どこに行くとか、誰と会うとか気にならないのか?」


 おっと、、、全く気にしていなかった。

 そう言えば、父は遅くなるときは無駄に色々と情報を母に与えているなと思い出す。


 「あ、そっか。どこに行くの?」


 取ってつけたようだけれども聞かないよりはいい。・・・蓮は苦笑しているけれど。


 「嘘だ。瑠璃がどう反応するのか見たかっただけだ。まったく私の奥さんになる人は夫に興味が無いのか?」


 「違うわ。旦那様になる人の事を100%信用しているってことよ」


 「そうか?」


 「そうよ」


 蓮はその顔に笑みを浮かべつつも疑わしげな視線をこちらに向けているが、私だって負けてない。真正面からその視線を受け止める。すると、ふっと蓮の顔が緩んだ。


 「一緒に帰ろう」


 そういうことで私と蓮は一緒に帰る事になった。待ち合わせは地下2階の駐車場。着替えるために私は一足先にオフィスを出たが、私が蓮の車に辿り着いた時には既に蓮は車に乗って待っていた。


 「お待たせ」


 私が車に乗り込むなり隣の席に引き寄せられる。蓮は私の首に顔を埋め、スーッと大きく息を吸い込んでいる。


 「仕事中、何度こうしたいと思ったか分からない。・・・自分で配属させたのに、苦行以外の何ものでもないな」


 蓮は私の首に顔を埋めてスリスリしながら喋るので、息が直接首にかかりゾワゾワする。

 でも、仕事中は我慢して頑張ってくれていたのだろう。日頃の蓮の様子を考えると反動は仕方ないかなと、暫く好きなようにさせることにした。蓮は私の額や頬に雨のようにキスを振らせながら、数時間分の我慢をぶつけ始めた。私も吝かでないので、そうしてもらいたかったのだと伝えると、更にぎゅっと腕に力を込めて抱きしめられる。

 私達以外の人の気配のしない駐車場の車の中で、しばらくそうやって蓮に身を預けていた。


 やはり初日ということもあって、私も気付かないうちに緊張をしていたのかもしれない。体中の張り詰めていた何かがゆっくりと溶けるように心がやわらかくなっていくのを感じる。そして私の帰る場所はここなんだなと、偽りの無い想いでいっぱいになる。蓮の同じ気持ちだといいな、と思いながら腕に包まれて堪能していた。


 「蓮もお疲れさま。初日で色々大変だったでしょ。今日は美味しいものを作るわね」


 蓮の背に手を回し優しくポンポンと叩くと、期待していると蓮は笑って言った。





 車を使うと本当にあっという間に我が家に辿り着く。その短い時間は、“公”から“私”へと気持ちを切り替える大切な時間だ。夕飯は何が良いかなとか、たわいもない話しをしていれば家の門が見え、蓮の車は滑るように敷地に入って行く。


 「ご飯が出来るまで待っててね」


 手早く着替え、手洗いうがいを済ますとすぐに夕食作りに取りかかった。


 なぜ専業主婦の母が夕食を作らないのかーーーそれは単純に、料理が私の趣味だからだ。めいっぱい脳を使わないとおいしい料理ができないから、全力を傾けて集中して取り掛かると気持ちが切り替わってリフレッシュできる。そう、言うなれば、か・い・か・んってやつ。マラソン選手がランナーズハイになるのと同様に、私もきっと料理をしている間はβ-エンドルフィンが出ているに違いない。

 ちなみに母も料理はできる。時々代わってくれるが慣れた味でとても美味しい。でも好きだから作るというわけではなく、あくまでも母として作っているようだ。趣味は何とかというサークルを主催していて、北欧の物語の研究をしている。趣味の範囲を出るか出ないか辺りのなかなかな本格的なものらしい。本人は一応、趣味だと言っているようだけれど。


 さて車で帰って来たお陰でいつより早く取りかかる事が出来た。食材を見ながらどう組み合わせるのか良いか、素早く頭の中で組み立てる。


 (何ごともバランスが大事なのよね、バランスがね)


 蓮の入社のお祝いも兼ねて作る夕食は、とびきり美味しくなるようにと心を込めて調理していく。


 父も料理が出来上がる頃には帰って来て、皆でお祝いの乾杯をした。そして今日の出来事を話しながら楽しく夕食が進んだ。




 夕食後、父は蓮と書斎へ行き、私は母とリビングでお茶を飲んでいる。最近、父と蓮は二人だけで書斎に引きこもる事が多い気がする。男同士の話だとかなんとか言って、内容は教えてくれない。今日もちょっと複雑な気持ちで二人の背中を見送っていたら、唐突に母から質問された。


 「瑠璃。旦那様となる人の仕事を側で見ていてどうだった?」


 “蓮”と言わずにわざわざ“旦那様となる人”って強調している。母は現実を見据えた私の覚悟も含め訊いているのだろう。


 「どうだったと言われても、そうね・・・、家で見る蓮とは違った表情でとても凛々しかったわ。彼の持っているカリスマ性というか、彼が話し始めると誰もが耳を傾けるの。一瞬で人を惹き付けていたのよ」


 「そう。素敵な人だものね蓮君は」


 「ええ。改めてそう思ったわ。今まで仕事絡みの話した事がなくて、恋人とか未来の夫みたいな見方しか出来てなかったけど、そういうの抜きにして見ても蓮は“カッコいい”の。私の仕事は彼をサポートする事なんだけど、今日初めて蓮と会社の事について話しをしたわ。彼の考えが分かって、彼のヴィジョンの実現を手伝いたいと思ったわ」


 昼間の出来事を思い出しながら答えると、母は目元を緩め頷いた。


 「蓮君とあなたの目標が同じになったってことね。良い事だわ。瑠璃、今後、結婚したら公私ともに息を合わせる必要が出て来るの。だからその気持ちを忘れないでね。互いを想いやることが大事よ」


 母は母なりの、妻として、身近なパートナーとしての心構えを伝えたかったのだろう。専業主婦である母は会社での父の姿を見る事は無いが、家にいない間も常に気にかけているに違いない。これまで、こんな会話をした事がなかったから母の気持ちや考え方に特に興味を持たずにいたけれど、父が母を大切にしているのと同様に、母もまた父の事を想っているのだと確信した。

 そして、私の両親はなんて素敵なんだろうと、自分の結婚が現実味を帯びた今、ようやく本当の意味で分かった気がした。



  ***   ***



 理一郎と青蓮(せいれん)神妃(しんぴ)の話を聞いたあの日から、瑠璃の記憶を戻すための策を時間を見つけては二人で考えてた。もちろん“神のおわず所”に行けば瑠璃も参加しているが、現世においては記憶がないため混乱を生じさせないように青蓮と理一郎は二人だけでこのような場を設けている。


 「瑠璃が言っておったが、こちら側へ戻る直前に毎回泉のような所へと潜っていると言う。他の生物等はおらず、ひたすら青く透き通った水の中を、泡達と戯れ、水流に身を任せているそうだ。あの日、意識をして周囲の様子を伺おうとしておったら、どこからとも無く水流が押し寄せてあっという間にこちら側へ戻されたとか。また、ある時は水面があるかもしれぬと思い、泡が湧いて来る方向とは逆の方へと泳いで行くと顔を出す直前でまたもや水流に押し戻されてしまったそうだ」


 「どう言う事なのでしょうか。天帝が何か関わっていらっしゃると思われますか?」


 「十中八九そうだろう。父上も酷な事をなされる」


 青蓮も天帝が何かしら行っていると確信しているが、それが一体どこで行われているのか未だ掴めていないのだ。瑠璃にばかり頼り切っている現状を思うと青蓮の顔も自然と歪んでしまう。


 「もしや水面に顔を出すと、決定的なものを見てしまう可能性があるから、とも考えられますね」


 「ふむ・・・。父上の庭は広く、池等も数え切れぬ程ある。翁や余暉(よき)等にも可能な限りで見回らせているが、瑠璃の言う場所と一致するところがまだ見つからぬ」


 翁や余暉(よき)を初めとする青蓮に仕える者たちは、主の一大事と総出であたっている。もちろん当の青蓮(ほんにん)も持てる技を駆使してあらゆる角度から調べているのだが、いかんせん青蓮の父、天帝は絶対で、青蓮以上の力を持っており、それに次ぐものと言われている青蓮ですら及ばず、未だ掴めていない。


 「昨日、天帝にお会いになられましたが、何かヒントとなりえるようなことなどお話にはなりませんでしたか」


 表向きは社長として海外の会社へ行っていた天帝が昨日突然青蓮を呼び戻したのだ。その機会を青蓮は逃さないだろうと理一郎は考えていた。


 「婚約指輪について訊ねられた。黒金剛石はちゃんと渡せたのかと。瑠璃に渡したと話すとそうかとだけおっしゃった。だが、瑠璃が日頃つけていられるようなものをと言うので、“瑠璃”を使ったものを準備していると言った時、父上の表情が変わった。良い所に目を付けたな、とおっしゃった。その他の事には何も答えては下さらなかったが・・・」


 じっとテーブルを見ながら青蓮は脳裏に浮かんでいる昨日の父親とのやり取りを話して聞かせる。


 「石の“瑠璃”が何か関係するのでしょうか。いや、この場合、それが関係するのでしょうね」


 手がかりとも思えないほどの僅かな天帝の言葉ではあるが、僅かではあるが変化を見せたその様子に縋らなければならないほど手がかりと言っていいものが今の所ないのが現状で、理一郎は天帝の表情が変わったと聞いた時、一縷の望みをそこに見いだしたかった。もちろん青蓮も同じだ。だが、“瑠璃”だから何だというのだろうか。天帝から与えられた“瑠璃”その物は、瑠璃の体内にあり、どう結びつくのか見当もつかないでいた。

 頭を付き合わせている二人の間で何の進展も得られないまま、重苦しい空気が書斎を充たしていた。





 「ときに、、、以前から訊きたかったのだが、なぜ瑠璃という名前をつけた?」


 不意とも思えるような青蓮の質問だったが、理一郎は驚きも見せずに目を細めて頷いた。


 「命名ですか・・・。そうですね、産まれるまでは色々考えていたのですが、産まれて初めて顔を見た時に、藤花(とうか)がこの名前が良いと言ったのです。藤花には我が家の特殊事情については全く話していません。話しても我らが証明する手だてはありませんからね」


 「正直に言ったらどうだ? 嫌われたくなかったと」


 「くくっ。そうですね。そこは認めます。・・・瑠璃という名前は、あえて候補には入れていなかったのです。ですが、藤花はこれがいいと言うのです。私は直ぐに伝承の本の事を思い浮かべました。・・・いずれ返すことになる“瑠璃”が我らの中にあるというのをあの時ほど恨んだ事はありませんでした。私の娘があの伝承にある『“瑠璃”を持つ者』になってしまったのかと。正直、一族のことですが自分には関係ないと思っていたんです。産まれた日、青蓮様は藤花が眠っている間に御出でになりましたね。そして「この者を私の妻とすると」おっしゃいました。それを聞いた時、確実に我が子なのに、『天からの預かりもの』となるのかと、とても複雑でした。それと、男親として、産まれたばかりの我が子が既に他の男の者になるなんて認めたくありませんでしたからね」


 普段は実年齢より若く見られる理一郎も、遠い過去を思い出し苦笑を浮かべた目尻に刻まれる小じわが、年相応に疲れて見えていた。父親としての喜びと落胆を同時に味わったあの時を苦々しい思い出として脳裏に蘇っていた。そんな様子の理一郎を青蓮は黙って見つめていた。


 「すまなかったな。理一郎の気持ちを、あの時は推し量れなかった。母上が話されていたように私はずっと待っていたのだ。最初は心はなくともただ石を見ているだけでよかったのだが、ある時から、何が発端か分からぬが人の感情の複雑さに気付いてしまった。喜怒哀楽だけではなく、実に細やかな心の動きを見せる。それに呼応するかのように中にある石が少しずつ変化していくのだ。それに気付いた時、追い掛けている私の心も少しずつ変化していった。そしていつの頃からか、私の中に焦りが生まれて来た。このままでは石が瑠璃になる方が先になるのではないかと。賭けに負けて何もかもを父上に召し上げられてしまうのかと。だから私も必死で心を取り戻そうとしていた。しかし・・・瑠璃が産まれた時、あの時の私は“瑠璃”を持つ者が産まれた喜びが先に立っていた。自分でも気付かないうちに喜びで充たされ、心が芯から震えていた。正直言って、神人(じにん)との賭けなどもうどうでも良くなっていた気がする」


 青蓮もまた遠い目をして宙を見つめながら瑠璃の生まれた時の事を思い出し語った。

 理一郎も黙ってその話を聞いていたが、青蓮の目が愛おしい者を見るときの目になっているのに気付くと、目をふせそっと息を吐き出した。青蓮に課されたモノの大きさ重さを垣間見た気がしたのだ。


 「ただの人である私から見たら気の遠くなる話ですね。きっと藤花(とうか)を待つ私のジリジリとした想いを、何百年という時を超えて、そんな精神状態で待っておられたのでしょう。いやはや、たまりませんな。私だったら気が狂ってしまうかもしれません」


 「そうだ。今、瑠璃を取り上げられたら私は恐らく狂ってしまうだろう。だが、約束は約束。果たさねばならぬ。父上は意味の無い事はなさらない。私の覚悟を見せる時なのだ。だから必ず解いてみせる」


 生きて来た時の長さは違えど、理一郎の子を思う親としての想い、そして青蓮の瑠璃への想いは本物だ。迫り来る期限をジリジリと感じつつも、二人は焦る気持ちを抑えながらこれから訪れる夜を待ち望む。

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