27
今日はいよいよ蓮が入社し、私も異動する日だ。
そして今日からは心機一転、素顔の自分で過ごすと決めた。誰とも自分から壁を作らずに飛び込んで行く、その決意の表れのつもりだ。
今日から私の向かう先は高層階用のエレベータを使った45階になる。服装は蓮も何も言ってなかったし、人事からも特に指示はなかったので引き続き制服を着用している。必要ならば着替えられるようにオフィスカジュアルで通勤しているので大丈夫だろうと思っている。
蓮は、昨日、海外から戻って来たお義父様に呼ばれ自宅に戻っているのできっと一緒に出社してくるのかもしれない。
私はいつもより少し早めに出社して、新しいオフィスに入った。さすがに早過ぎるためか誰もいない。
「ちょっと早く来過ぎたかな」
ぐるりと見回すと、新規部門だけあって何もかも真新しい備品が揃っているようだ。オフィスに入ると直ぐに目に入って来たのは、他の部署とは形状の違う形のデスクが、数人が背中あわせになるように配置されている。ドーナツ型と言えばいいのだろうか。通路としてドーナツを半分に切った感じになってる。ちょっと振り向けば全員が仕切り無しで顔を突き合わせて話せる環境だ。デスクには背の低いパーテーションがついていてオフィス全体としては、風通しが良い。
同じようなドーナツが大きく4つ作られていて、配置によってはばらけているデスクもある。デスク自体は全部で30台くらいあるようだ。そして、オフィスの最も奥に、透明な壁が張り巡らされ大きなデスクと応接セットが備え付けられているのが見える。きっとあそこが室長の部屋になるのだろう。打ち合わせブースも透明な壁に仕切られたものが3つ、オフィスを囲むように壁に沿って配置されている。
二カ所あるオフィス入口から全てが見通せる配置で、随分と風通しが良く明るい。
窓際に立つと昨日までの階からは見えなかった景色が眼下に広がっていて開放感があって気持ちがいい。階が違うと見慣れたはずの風景が全く別物に見えて来るから不思議だ。きっと今頃は、この下では沢山の人達が出勤して来ているんだろうなと想像する。ーーー静かなオフィスで独り占めできる贅沢な時間だ。いい気分。
ふいにオフィスの空気が揺れ、人の気配がして振り向くと男性が立っていた。
「あら? あなたは・・・」
「おはよう。君も今日からここ?」
いつかお昼休みにラウンジで同席した人が入って来た。だが・・・名前を忘れてしまっていた。
「はい。今日から経営企画室配属になりました野田瑠璃です。宜しくお願いします」
忘れてしまったのならば自分から再度名乗るべし、これセオリー。予想通り、あちらも居住まいを正して名乗ってくれた。
「こちらこそ宜しく。改めまして小早川亘です」
そうだそうだ小早川さんだ。小早川さんは和やかに右手を差し出して来たので握手をする。やんわりと握られ1〜2度上下させた。そして手を・・・、て、手を・・・、手を離そうとするが、どうして・・・、小早川さんは握ったままだ。
「あの・・・握手が長過ぎませんか?」
ぐいっと引っ張るけれど離してくれない。意外と力が強いなと呑気な事を考えてみたが、所詮、浅はかな現実逃避にしかすぎず、小早川さんは笑顔を深めると一歩近づいて来た。
「ひ・・・」
「ごめんごめん、怖がらせるつもりは無かったんだ」
私が短く悲鳴を上げて距離を取ろうとしたのが分かったのか、小早川さんはパッと手を離して笑いながら謝った。
「じょ、冗談は止めて下さい」
(蓮が見てたらどうなったことか)
ドキドキする胸に手を置いて小早川さんに向かって身構える。
「あははは。意外と真面目なのかな。ね、折角同じ部署になれたんだからお互いをよく知る為に今晩食事に行かない?」
「えっと、それだったら皆さんで行った方が楽しいので、あとで企画しましょう」
「・・・まぁ、最初はそれでいいかな」
私は早く距離を取りたくて少しずつ後ろへ下がる。
「怖がらせちゃったかな。もうしないから大丈夫だよ、瑠璃ちゃん」
「る、瑠璃ちゃん!?」
「いいじゃない可愛いし。うん、いいね。俺、君のことは瑠璃ちゃんって呼ぶね」
「ちょ、ちょっとそれは止めて下さい」
「どうして? 何か困る?」
「困るとか困らないとかじゃなくて、会社で仕事するのに緊張感が無くなると言うか、ちゃん付けされるような、そんな年齢じゃありませんし」
「ちょっとだけじゃなくて、かなり真面目な子なんだね君って。ふーん、いいね。見た目といい、中身といい、好みだな」
この人ちょっとやばいかも。本能でそう感じる。なるべく近づかないようにしないと、何がどうなるか考えただけで背筋が・・・。
「やぁ! 君たちもか。俺、加藤 穣。元財務だよ。よろしく!」
元気な声がしたと思ったらツンツンと髪を立てた短髪の男性が立っていた。ん? どこかで見た気がする・・・
「あ! あなた! カフェの!」
少し前に、昼休みに寝ていた時に至近距離に居て寝顔を見ていた人だ!!
「やぁ覚えていてくれた? 嬉しいねぇ。いや、本当に嬉しいな野田さんと同じところに配属されてさ。これから色々とよろしくね」
「はははい。よよよよろしくお願いします」
顔を超間近で見た時の驚きが思い出されて一歩引いてしまう。
「やだなぁ警戒しなくて良いよ。どっちかってーと、そっちの彼を気をつけておいた方が良いよ。事業推進にいた小早川君っていえば有名人だもんね、彼、遊び人って噂だから気をつけてね」
「おい加藤、余計なことを言うな。ったくお前も一緒かよ」
二人は知り合いのようだ。加藤さんが現れた事で小早川さんはペースが乱されたようだが、何となく二人は仲が良さそうな雰囲気だ。
加藤さんを皮切りに人がどんどん集まって、私を含めて25名となった。机の数に比べて少ないが追々増えるのかもしれない。
女性は私を含めて10名、後は全員男性だった。25人中、ご夫婦が3組もいたのには驚いた。旧姓を使っている人もいたり、旦那様と同じだったりそれぞれの選択が面白くて興味が湧く。
そのうちに誰とも無く席につき始め、私は最後まで残っていた入口近くの席に座った。隣はご夫婦3組中の斎藤さんで奥さんが座った。面白い事に斎藤さん(旦那)は少し離れた場所にいて、他のご夫婦も隣同士ではなく少し離れた場所にそれぞれ座っている。
「ご夫婦なのに隣同士じゃなくてもいいんですか?」
斎藤さん(奥さん)に尋ねると「家でも一緒でしょ? 少し距離があった方がいいのよ」とケラケラ笑って答えてくれた。「それにずっとくっついていたいって時期はもう過ぎたのよ」なんて言っている。
斎藤さんご夫婦にはお子さんがいらっしゃるらしくて、時短勤務になるそうだ。しかも、旦那様と曜日で交代するそう。なかなかやるな、うちの会社。
ワイワイガヤガヤとまるでクラス替えのあった時のように、互いに自己紹介したり、それぞれ自由な会話を繰り広げていた。
通常の始業時間より30分遅れて蓮がやってきた。蓮の姿が見えるなり、室内は水を打ったようにシーンと静まり返る。そんな雰囲気の中を蓮は気にする事無くフロアの真ん中へと進み、ゆっくりと見渡すと全員が揃っているのを確認し、ふわりと笑った。
(あはは、余所行きの顔ね。打ち解けるのはもうちょっと先かな・・・)
四六時中一緒にいるせいか、素の表情とそうでない時の表情が見分けられるようになってしまっていた。そんな特技いらない、と思いながらも私も澄ました顔を作り蓮の言葉を待つ。
「初めまして。私が経営企画室室長の神威蓮です。これからよろしく。そして、ここにいる皆さんは私の課題に答えてくれた人達です。提出してもらった物はそのいずれもがとても興味深く拝見しました」
話し始めた蓮は淀み無く朗々と挨拶を続ける。皆一様に蓮の言葉に食い入るように耳を傾け、真剣に話しを聞いているようだ。私もこういった蓮の姿を見るのは初めてで、そのカリスマ性とでも言うのか、人を惹き付ける姿に改めて感じ入っていた。
挨拶が済むと私が呼ばれ、皆に配るようにと資料を手渡された。その際、私が蓮のアシスタントと言う名の秘書であることも紹介されると全員が驚いていた。
資料を配り終え私が着席すると、改めて蓮からこの室の特質性、業務内容などなど詳細な説明が始まった。
午前中を説明に費やし全員がそれぞれの業務分担も理解したところで、業務内容に基づき席の移動をした。私は一人特殊な立場になるのでどのグループにも属する事はないのだが、席は蓮の部屋に近いチームの末席をいただく事になった。場所は当然蓮の目の届く位置で、呼ばれれば直ぐに行ける場所を指定される。
互いに自己紹介をして、最初の業務に取りかかった。まずは机の鍵が配られ、というか、私が配り、中に納められているノートPCを取り出してセキュリティワイヤーに繋ぐ事から始まった。面倒だが帰る時にはまた外して、机の中に仕舞わなければならないが盗難などの防止のためだ仕方が無い。IDとパスワードはこれまでのが使え、ログインすると既にシステムの方で設定変更がなされており、新しいサーバーへログインする事になる。それぞれ必要なソフトはPCに同封されている指示書を見ながら各々セットアップしていく。その途中で、蓮からお呼びがかかった。
私が室長の部屋へ入るとクイックイッと手招をされて近くへ来いと指示をされる。デスクを挟んで向かい合えば蓮は余所行きではない笑顔で一枚のメモを私に見せた。
「今日の昼食だが、親睦会をしようと思って手配した。キッチンに頼んで部屋を押さえてあるからそれを皆に伝えてくれないか」
メモを見ると役員が使う部屋だ。一般社員はまず使う事はないのでこれは楽しそうだ。私は承諾し、お昼も間近なので直ぐに伝えようと部屋を出ようとすると、ちょっと待てと、呼び止められる。
「瑠璃。もしお弁当をもって来ているなら持っておいで。ビュッフェスタイルだから平気だ」
「本当? 助かるわ、ありがとう蓮」
蓮の気遣いが嬉しくて笑顔でお礼を言い、改めて部屋を後にした。
「えー、皆さん聞いて下さい。今日のランチですが皆さんと懇親会をということで食事が準備されているそうです。ビュッフェ形式とのことで、お弁当をお持ちの方は持って行っていただいて構いません」
そう伝えると一斉に「おー!」という声と拍手が起こった。みんな蓮の心配りが嬉しそうだ。壁越しに蓮を見て笑顔で頷いてみせると、蓮も頷き返してくれた。
かくして経営企画室全員で別館にある役員用の個室で親睦会ランチとなった。
個室とはいっても、この程度の数であれば全く問題なく、ずらりと並んだ料理があっても狭さを感じない。全員揃ったところでソフトドリンクで乾杯をし、その後はみんな弾けたようにワイワイと楽しそうに食事を始めた。どうやらお弁当は私だけだったようで、みんなが楽しそうに色んな食事に手を伸ばしている中、先に着席してお弁当を広げた。デザートが気になるので後で取りに行こうとせっせとお弁当を口に運びはじめた。
その間、蓮は一人一人に話しかけてまわり、なかなかどうして良い感じだ。いつも家にいる時のフニャフニャした姿しか見てないので、とても新鮮で、正直言ってカッコいいなと思って目で追っていた。
「ここいいかしら? 野田さんだっけ。私、各務茜よ、よろしくね」
室の中では一番若い各務さんが料理を片手に私の座るテーブルにやってきた。ふわふわな緩いパーマが可愛らしい印象だ。若くして選ばれただけあってとても知的な印象を受ける。私も箸を置いて「こちらこそよろしく」と挨拶をした。
「ねぇねぇ、私達ラッキーね」
座るなり身を乗り出して各務さんが言った。
「どうして?」
「だって神威室長よ。うちの会社の御曹司なんでしょ? しかもあの美形。さいっこう!! 本当に素敵だと思わない? 過去の彼氏達が霞んで見えるわ」
各務さんはここまで一気に喋って、パクリとプチトマトを口に入れた。そしてモグモグと口を動かしながら話しを続ける。
「私ね企画書を提出したあと呼ばれてプレゼンしたのよ。その時、初めて会ってびっくりよ。あんなに素敵な男の人がいるなんて信じられなかったわ。もう絶対にここに入りたくて、すごく頑張っちゃった。で、そのお陰でここに来れたわけ。野田さんはプレゼンに呼ばれた? 私の時には居なかったけど」
「え? あ、ううん。私は無かったわ。純粋に人事異動って言われたの」
私がそう答えると、各務さんの表情に「ふふん」と勝ち誇ったような声が聞こえた気がした。
「そうなんだ。でも野田さんは室長のアシスタントなのよね。羨ましいな。そういうポジションがあったのなら私そっちを希望したのに・・・」
そう話す各務さんの表情が本当に悔しそうだ。咀嚼するトマトを苦々しい思いを込めて噛み砕いているように見える。
「でも企画の方が楽しくない? 自分の力を試せるし」
「うーん、私ね院卒で実はまだ入社したてなの。マーケティングの勉強をしてて、論文もそっち系で書いたのね。で、今回もその延長みたいな感じで書いて出したんだ」
「そうなの。優秀なのね」
各務さんは私の反応にみるみるご機嫌になり、満足そうに頷くと更に話を続けた。
「だから公募のメール見た時、まだ実際にまともに仕事したことないからさ何か不安だったんだけど、前にいた部署よりマシかなって応募したんだ。でも、そこで神威室長に会っちゃったでしょ。これは絶対に運命だって感じちゃったの。もう絶対にこっちに移るんだって俄然やる気が出ちゃって、へへ、頑張っちゃった。他の子に神威室長の事を話したら、すっごく羨ましがられちゃったわ。だって私とあと何人かしか先に会ってないわけじゃん。あとで絶対写真撮ってもらうんだ。みんな見たいってキャーキャー言ってるし」
可愛らしくペロリと舌を出す姿は微笑ましいが、なかなかどうして私の恋敵が早くも出現か? 各務さんの言葉に何も言えなくなり、返す言葉が無いので御菜をパクリと口に含んでごまかした。
「あら、まぁ不純な動機ね」
そこへ、そう言って私の横に座ったのは斎藤さん(奥さん)だった。言われた各務さんは面白くなさそうであからさまにムッとしている。
「仕事が始まったらきっとそんな事は言ってられなくなるわよ。それに、室長はやめておきなさい」
「どうしてですか! チャンスかもしれないんですよ。もし目に留まったらひょっとすると次期社長夫人になれるかもしれないじゃないですか。まぁ、斎藤さんはもうご結婚されてるから対象外でしょうけど」
可愛い顔をして何気に辛辣な事を言うなぁと思いつつ、ここは更に御菜を口に放り込んで二人の成り行きを見守ることに徹する。
「そーれーが甘いっていうのよ。企業家って意外とシビアよ。見た目に惑わされるようじゃまだまだね。それに、新卒のあなたなら知らないかもしれないけど、ここに集められたメンバーって一癖あるような人達が多いのよ。皆あなたと同じ院卒でしかもそれなりの成績を修めている優秀な人達ばかりなの。そんな中で渡り合って行かなきゃいけないのよ、今からそんな心構えじゃ直ぐにドロップアウトして次の人事異動で直ぐに外されるわよ」
斎藤さん(奥さん)にピシャリと言われて各務さんの姿が固まった。
「え? そんな事あるの?」
「あるから言っているの。さっきの説明聞いていたでしょ。要はこの部署って次期社長である神威室長のブレインを集めるための組織なわけ。だから不要だと思われたら次々に入れ替わりがなされるわよ。そりゃもう躊躇無くね。机の数も余ってるし、あなたより若い子が入って来る可能性だってかなりあるってこと」
斎藤さん(奥さん)の言葉にとうとう各務さんが青い顔をして黙ってしまった。そこまで読めなかったのはまだ未熟だという証拠なのだろう。だが、蓮はハッキリと言っていたはず。身を引き締めてかからないと不要の烙印を押されて、ハイさようなら、になる。
「の、野田さんは院卒なの?」
気持ちを切り替えたのか、矛先を私に向け各務さんが訊ねる。
「え? あ、ええそうよ」
脈絡も無く話が振られて、らしくなくドギマギしてしまったが最短の答えを返しておいた。私の答えが意外だったのか、各務さんが目を見開いている。
「へぇー。ただの事務の人かと思った」
フォークを口にあてたまま素直な感想を言う各務さんのその様子を横目で見て斎藤さんは眉根を潜めて軽く首を振っている。
「あなたね・・、こういう人の方が意外と凄い人の方が多いのよ。ね、野田さん」
「そうなの? だって普通に制服着てるじゃない」
そうなのだ。制服組は事務採用の人が主に着るのだ。そもそもお客様先に行く事がないので昔からそういう事になっている。でも可愛いので人気があるのも事実だ。この制服を着ると3割増で可愛く見えるという、まことしやかな噂があるのも事実だ。それに出社時の服装も自由で良いのが制服の良さでもある。みんな可愛い格好でそのまま遊びに行くのだ。
「あのね。見た目で決めてかかるなんて最もしちゃいけないわよ。あの室長のアシスタントに選ばれるような人なのよ」
斎藤さんが私をフォローしたのが面白くないのか、各務さんはますます口を尖らせた。
「じゃぁどの大学卒業したのよ」
各務さんはビシッとフォークの先をこちらに向けた。そういうことを滅多にされた事が無いので各務さんのその行動に驚いたが、フォークの先に視線を置いたまま素直に答えた。
「えっと修士まではフィンランドの大学で、博士はイギリスの大学です」
「え? ちょっと待って、じゃ、当然英語もできるってこと?」
私の答えが予想に反したのか各務さんが更に目を丸くし、さらに強い口調で質問を飛ばして来た。
「ええ。英語とフランス語は必須だったので。それとロマンス語系は何とか。あ、あと趣味でエスペラント語を少々」
「ほら。そういうことよ。あなたでしょ? 唯一日本語を使わずに企画書提出したの」
斎藤さんはどこから入手したのか、私の企画書の事を知っていた。
「・・・そうらしいです。でも、企画での採用ではありませんでしたけどね」
すいっと肩を竦めてみせると斎藤さんは訝しげな目をした。
「なーにー。今のポジションに不満あるの?」
「最初はちょっと、と思って拒否できるか聞いた時もありましたけど、先週しっかりと(社長と奥様から)私の役割について説明を受けたので今は納得しています。今は与えられた職務を全うしようと思っています」
私が苦笑しながら素直に答えると、斎藤さんはクスリと笑う。
「そ。それならいいわ。中途半端が一番良くないからね。私達、良いチームになれると良いわね。よろしくね」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします」
斎藤さん(奥さん)とは良い関係が気付けそうで安心した。各務さんは斎藤さんにすっかり置いて行かれたようで、何だかさっきまでの元気がなくなっている気がする。新入社員なんだから、みんなに元気を与えて欲しいのだけれど。
私達が話している間にも蓮はみんなに声をかけて回り、最後に私達の座るテーブルへやってきた。
「食べてるか? 皆の好き嫌いがわからないからこの様な形にしたんだが」
「大正解ですよ。ほら、みんな喜んでパクパク食べてるじゃないですか、うちの旦那なんかどっちかっていうとガッツイてるって表現の方が正しいかも。あれじゃまるで家でご飯食べさせてない感じじゃないですか、ったくもー」
代表して斎藤さんがハキハキと答えている。蓮は全体を見回して皆の状況を確認し満足そうだ。
「る・・・、野田さんのお弁当美味しそうだ。これ、もらってもいい?」
蓮は私の横に来てお弁当をのぞき込むと、早速、好物のチキンの香草焼きを見つけたようで真剣な眼差しでロックオンしている。
「どうぞ」
お弁当を差し出すと、蓮はフォークでチキンを刺しパクリと食べた。
「うん、美味しいな。見た目も綺麗だ」
「ありがとうございます。料理は趣味ですから」
「もう一つ食べたい、いい?」
「いくらでもどうぞ。でも野菜も食べて下さいね」
私は蓮からフォークを取り上げ隣のカリフラワーを刺して渡した。微妙に眉間に皺を寄せ嫌そうな顔をしている理由は、実は苦手らしいのだ。私は自分が大好きなので分からないのだけれど、独特の匂いが少々あるらしい。家でもそのまま茹でたものを避けていたのを見て色々工夫してみた。それがこの力作!
「ミルク煮にしてありますから匂いは消えてる筈です。大丈夫、ほら」
「・・・分かった」
ハグっと思い切った食べ方をして、おそるおそるといった感じで、モゴモゴ咀嚼している様子が何とも可愛らしい。けれど、蓮の予想に反して匂いがしなかったからか、こちらを見てうんうんと頷いている。その表情ってことは、本当に美味しかったようだ。蓮のその様子を見て自然と笑みが溢れてしまう。お箸を握っていなかったら思わず頭を撫でてしまいそうだった。
「あらあらもう良い関係ですね。そうよ野田さん、男の人は甘やかしちゃいけないわよ。これ大事だから。この調子で室長を躾てね」
「ふふ、わかりました。躾ですね。ビシバシやりましょう」
「む」
蓮は何か言いたそうだけれど、斎藤さんはそれを見て爆笑している。各務さんはぽーっとした顔で蓮を見ていてご飯を食べる手が止まってしまっている。
皆それぞれ個性的だけれど、蓮を中心に良いチームになってくれるように私も自分の役割をしっかりと務めようと思った。




