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意識と無意識の境界線 〜 Aktuala mondo  作者: 神子島
第三章
22/43

22

 いつもどおり一番に出社し、引継書に取りかかる。

 昨日まで何だかんだと遅々として進まなかった引継書を手早く済ませておかなければならないのだ。ようやく項目が出揃い、詳細を記載して終りだ。それはまた明日以降にするとしよう。


 メーラーを開き、昨日思うように(はかど)らなかった仕事をリスト化し優先順位をつけ、昨日までに降りた承認分もまとめて確認し、今日一日の流れをざっと頭に入れる。

 今日の特徴は意外な程にメールが少ない。はて? 一体どうした事か。サーバーでも落ちたのかしら? その辺りは専門外なので他の社員が来てから何かしら動きがあるでしょう。


 ・・・と、まぁこの時は気楽に思っていた。




 「それでね野田さん、これもいつも通りにお願いできる?」


 今日も何故か入れ替わり立ち替わり人がやってきて指示を出して行ってくれる。有り難いと言えば有り難いのだけれど、正直言って、有り難迷惑な気分だ。

 だって、本当に必要ない。毎日やってることなので、急ぎだとか、変更が無ければわざわざ説明してもらう必要は無いのだ。昨日も在席だった人達とは、仕事の流れは確認済みだ。


 今も、一人の説明が終り作業に取りかかろうとすると、今度は別の人がやってくる。その繰り返しで全く進まない。


 (もー! 時間ばっかりかかって全然仕事を捌けないじゃない!・・・ハッいかんいかん。短気は損気)


 息つく暇も無いと言うと大げさだが、いつもならメールでポイッで済んでいるのに、昨日からわざわざ指示を出しに来る人が多い。

 来てくれた人には社会人として和やかに応対しつつも心の中では若干悪態をついている。さすがに我慢の限界が近づいて来た。


 「はい、分かりました。スグに処理しないといけませんから、不明な点があったら私からお席まで伺いますね」


 やんわりとお断りをして席に戻ってもらう事にした。更に、いつも通りメールでの指示でいいからと念押しをしておく。指示をしに来た人は「そお?」と言いながらもチラチラとこちらを見ながら戻って行った。そんなに私の信用がないのかと思ってしまう。


 「野田さん。この仕事の事だけど・・・」


 ようやく帰ってもらったのに今のやり取りを見ていなかったのか、また同じように別の人がやってきて、これまた同じように説明をしようとする。さすがに、何かが私の中でプチンとキレた。


 「変更でもありましたか?」


 「いや、そういうんじゃないんだけど」


 「でしたら、大丈夫ですよ。任せて下さい! 瀧川さんの仕事時間を減らしてしまいますから、どうぞいつも通りメールで指示を下さい」


 私の気持ちを察して、できれば回れ右して帰って欲しいんですけど!


 「いやさ、野田さんとは、これまでコミュニケーションをあんまり取ってなかったなって思ってさ」


 「はい?」


 「だからさ、野田さん、今日飲みに行かない?」


 「・・・何なの・・・」


 「ん?」


 「自分の席に戻って仕事なさい! ハウス!」


 やっと私の気持ちを理解してくれたのか、瀧川さんはようやく自席へ帰ってくれた。

 お陰様で(?)それからしばらくは誰も来ることはなく、私はその間に依頼されていた分を順調に処理することができ、急ぎの分は何とか午前中に処理ができてほっとした。


 (疲れたー。お腹空いたー)


 お昼休憩をとろうとお弁当を持っていつもの場所へと向かう。お天気のいい日には、会社の敷地内にあるベンチで食べるのが楽しみなのだ。


 条例で、ある一定の割合で緑化地帯を作る事になっているらしく、そこがちょうど良い感じの公園風になっている。でも場所が場所だけに、私達以外に利用する人がいないというお気に入りの場所なのである。

 気が向いたら榎本さんもやって来たりするので、お昼いっぱいをそこで過ごす事が多い。今日もいそいそとそこへと向かう。さっきメールで榎本さんも合流するって連絡があったので先にいるかもしれない。途中、ランチタイムでごった返しているレストランを横目に見ながら、その側にある自販機で飲み物を購入した。


 「おつかれー」


 私の姿をみつけて榎本さんが手を振る。やはり榎本さんの方が早かったようで先にお弁当を広げていた。


 「お疲れさまです。遅くなっちゃいました」


 私は眼鏡をカチューシャ代わりに前髪を押し上げる。榎本さんと二人の時は、心構えの練習時間だ。


 「いいよいいよ。先に始めてたし。忙しいの?」


 「違うんですよ。やる事は普段と同じなんですけど、何だか人口密度が高いと言うか、わざわざ皆さん、説明にやってくるんです。それに時間をとられちゃって全然仕事が進まないんです」


 「ははぁ、まぁ、分からんでも無いな」


 「どうしてです?」


 「あんたさ、噂になってるわよ」


 榎本さんは話しをここで一旦区切り、私をじーっと見ている。


 「はい?」


 「昨日、前髪全開で眼鏡してなかったんだって? あんたの顔を見た人達がザワついて朝から(うるさ)いのよ。で、なぜか私に確認しに来る人達もいるしね」


 「・・・はい?」


 昨日ねぇ・・・


 「あ・・・。えええええええ!?」


 「鈍いわね。本当に」


 「あー、なんかギャップが面白いから確認しにきてたんですかね」


 「お・ば・か・さん。過小評価するんじゃないの。この前のギャルソン君の反応も見たでしょうが。眼鏡無しの方が良いって言ってたでしょ。三木だってさ、未だにあんたのこと探しているみたいだし」


 「そんなに違いますか? 私は私ですけどね」


 「そりゃま、そうでしょうけど、視覚的な影響ってかなり大きいものなの。その辺りをしっかり自覚しないと、ゆくゆくは神威さんにも迷惑をかけることになるかもしれないわよ」


 蓮の名前を出されれば、流すわけにはいかない。迷惑をかけるらしい事態というものについて詳しく説明を求める。


 「え!? どうしてそうなりますか」


 「あんたさ、見なきゃ良かったーとか、聞かなきゃ良かったーとか、そんな話を聞く度に、恋愛って面倒くさいって言ってたわよね。ちゃんと自分の他人に与える影響を考えて行動しないと、そんな事態になりかねないの。そりゃもう簡単にね。どうしてかって言うとさ、人ってさ、自分に都合の良いように解釈したがるのよ。だから、ちょっとした言葉や行動で誤解を生じさせちゃうの、わかった? 武装しているあんたの言動と、武装解除した時のあんたの言動、どっちがどんな風に影響を与えるか・・・特に、男どもにね」


 「う・・・良く分かりませんが、面倒そうですね。分かりました。気をつけます」


 取ったの取られただの、社内だけでも色んな話しが聞こえて来るのだ。それがまた、更衣室やトイレで話され、面白がられている内容が、事実や推測が織り交ぜられて、どう判断していいのか分からない事態になっているのを聞いたことは一度や二度じゃない。自分が巻き込まれるのだけはごめんだと切に願う。


 「でも、だからって仕事に影響するんじゃ困るわよね・・・」


 「はい、だからキレてしまって・・・強く言っちゃいました」


 「きゃははは。いいよ、その位でちょうど良いわ。ったく男どもでしょ、来るのって」


 「そう言えばそうですね。最後の人なんか今日飲みに行こうって仕事中に言うから頭に来て」


 「・・・効果(こうか)覿面(てきめん)というか、男どもめって感じだな。ったく」


 「里見さんはいつもどおりでしたけど?」


 「でしょ? ふふん。そこがいいのよね、私も頑張ってるから、あんたも乗り切りなさい」


 「はい。祈っておきますよ」


 とまぁこんな風に、私達はいつものように午前中の出来事を話題に、たわいもない話をしながらお弁当をつついている。ところが、この平和も長くは続かなかった。


 「ここ、空いていますか?」


 男性社員が珈琲を片手に立っている。私達がここでランチをするようになって初めての出来事だったので驚いてしまった。私と榎本さんは目配せをすると「空いていますよ」と答えた。


 確かに珍しい事ではあったけれども、ここはこの会社に勤務する人であれば誰でも使ってもいいので、誰が使おうとも問題ない。私達は珍しいお客さんを気にする事無くおしゃべりとお弁当を続けた。

 すっかり食べ終わり、お弁当を片付けながら、何気なく前のベンチの方に視線を移す。するとさっきの男性社員と目が合った。すかさずーーー誰もがそうするように社会人らしくーーー笑顔を貼付け軽く会釈をし、また、榎本さんとのおしゃべりを続ける。


 榎本さんの話は面白くて、いつも笑わせられる。着眼点が違うと言うか、引き出しも多くて色んな話題がつきない。榎本さんも私の反応を見ていつも楽しそうに話している。だが、その榎本さんがさっきからチラチラ周囲に視線を配っているのに気がついた。不思議に思って「どうしたんですか?」と聞くと「うーん?」と口元をクニクニ動かしながら、なおも視線を周囲に向けている。


 「ねぇ、今日、ここってやけに人が多い気がするんだけど、私が久々に来たからそう感じるのかな?」


 そう言われてクルリと振り返ると確かに多い。しかもそこに居た人達全てと視線があう。みんなこっちを見ているというわけだ。


 「どうしたんでしょうね。あ。もしや早くベンチ変わって欲しいとか? 人が来ないので穴場だったのに、やっぱり良い場所はみんな分かるんでしょうね。明日からベンチの争奪戦かもしれません。残念だなー」


 ようやく見つけた安住の地だったのだけれど、電車の席じゃないんだからベンチの争奪戦をしてまでお弁当を食べるつもりはない。むしろ、そんな事をすれば疲れるのが目に見えているので、他の候補地を色々と頭の中で検索する。


 「・・・違うかも。ってかやっぱりあんたのせいかもね」


 榎本さんのポツリと言う言葉が私の心に重しとしてズンと乗っかるようだ。


 「やめて下さい。ここに来るまでは眼鏡つけてました。眼鏡を外したのはここに来てからです。ひょっとするとご飯の場所探しているのかもしれませんよ、譲って上げましょう」


 私達は空になったお弁当を持つと、近くに立っていた人に席を譲る事にした。


 「どうぞ。もう食べ終わりましたらお掛け下さい」


 そう言って声を掛けると「あ、いえ、大丈夫です」と言う。でももう立っちゃったし、私達は「お先に」と言ってその場を立ち去る事にした。


 「まだ30分あるね。どうする?」


 「席に戻って引継書の続きを書きます」


 「そっか、あんたには重大な使命があったわね。じゃ、付き合う」


 そういうことになった。



  ***



 私は自席に戻り早速PCを起こす。

 榎本さんも近くの椅子をひっぱって来て隣に座った。昼休みは殆どの人が社内にある幾つかのカフェやレストラン、もしくは社外に出てランチをしている。だから気兼ねする事も無いのだ。

 PCが起きたところでパスワードを入力しログインする。私は髪を上げていた眼鏡を元に戻して準備OKだ。


 だが、今日はココでも異変が起こっていた。

 私達が席に着いて暫くするとチラホラと人が戻って来たのだ。いや、知らない人達もいる。


 デスクの横幅は広々として隣の人とはそれなりに離れているが、残念ながらデスクを囲むパーテーションは個室風ではなく、30cmくらいの高さくらいしかない。私が気にし過ぎているのかもしれないけれど、チラチラ見られている気がする。自意識過剰だよと笑われるのを覚悟でコソコソと榎本さんに聞いてみた。


 「何だか見られている気がするんですけど気のせいでしょうか?」


 予想ならここで、何言ってんのよって笑われるはずなのだが、今日は榎本さんもいまいちノリが悪い。むしろ苦笑いをしながら「気のせいじゃないかもね」なんて言うしまつ。


 「榎本さん、何したんですか?」


 「ちょっと何で私なのよ。しかも断定で聞く?」


 この質問にはいつもの調子で答えてくれて、ちょっとだけ私の気持ちがすっきりした。


 「だってそれ以外考えられません」


 「おら、野田。自分の胸に手をあてて良く考えろ。一番の原因はあんたでしょうが」


 「私ですか? 眼鏡は元に戻しましたよ、ほら」


 「みんな、あんたを見に来てんのよ」


 「何をそんな暇なことをする人がいるっていうんですか。さっきの場所も榎本さんは今日久々に来たし、今も榎本さんがいるからでしょう」


 「ばっかじゃないの。あんたも居たでしょうか。自分の事だけ、遥か彼方(かなた)の棚の上に放り投げてんじゃない。今すぐ取って来い!」


 私と榎本さんが周囲の異常な状況の原因を互いに(なす)り付け合っていると、里見さんが近づいて来た。途端に榎本さんが大人しくなるのを見て、クスッと笑うと脇を肘で小突かれた。


 「おう。珍しいな。昼休みも仕事か?」


 「違いますよ。いつもの場所でご飯を食べてたら、人が沢山来たので、席を譲る為にさっさと戻って来たんです」


 「ふーん。で、どっちが原因かな」


 ちらりと周囲を見ながら里見さんは意味深な質問をする。ゴングが鳴った。その言葉で、さっきの私と榎本さんの間でおこっていた責任の(なす)り付け合いの再開だ。


 「榎本さんです」


 私が即答すると里見さんの眉毛がピクリと動いた。ふふん、見逃さなかったもんね。同時に横では榎本さんがフルフルと首を振って完全否定をしている。チラリと横目でそんな榎本さんを見て、私は頬に手をあてて首を傾げ、困ってます、とアピールをすることにした。


 「榎本さんの行くところ行くところ、そりゃもう沢山の人がぞろぞろとやって来るんですよ。特に男性が。・・・ぐほっ」


 脇腹を(つね)られ思わず顔が歪む。だけど今回も見逃さなかった。里見さんの眉がさっきよりもピクピクして頬もピクピクしていた。これはひょっとするとひょっとするかも。妙な確信を得た私は、更に調子に乗る事にした。


 「こういう人は手元において見張っておかないと、いつ連れ去られるか分かりませんからね。今日は私が一緒だから誰も声かけて来ませんけど、一人だったらきっと今頃は・・・。榎本さん、知らない人にほいほい付いて行ってはいけませんよ・・・くはっ」


 里見さんから見えない角度の背中の肉を摘まれる。やめてー! それが一番地味に精神的にくるー!


 「ほぉ・・・それは、危険だな」


 ようやく絞り出したのか、里見さんの声がさっきより低くなってるように感じる。気のせいか? まあいい。後は若い二人の自助努力でなんとか頑張ってと祈る。

 それにしても里見さんの登場の前と後でこんなにも榎本さんの態度が違うとは驚きだ。やっぱり夏期休暇の間に何かあったのかな、なんて勘ぐらずにはいられない。

 気がつけば里見さんの視線を避けるように、榎本さんは私の影に隠れようとしていた。


 「あ、いけない。私、更衣室に行かなきゃって思ってたですー。ちょっと行ってきますねー。じゃ」


 そう言い残し私は速攻で席を立った。背後から榎本さんの声が聞こえた気がしたけれど、如何せん、私は急いで更衣室に行かなければならないのだ、仕方が無いんです榎本さん、と心の中で手を合わせてその場を立ち去る事に成功した。



  ***



 さて、三文芝居を打って出て来たものの、本当は更衣室に用事はないし、残り僅かだけれど昼休みを潰さねばならない。この時間ならカフェテリアで珈琲がちょうど良いかもしれないと思い立った。結果、ようやく私は理想的なお昼休みを手に入れることができた。

 閑散としたカフェの、ひときわ目立たない壁ぎわのソファで悠々と一人で珈琲を堪能する。


 時間を確認しようと、かろうじて持って来たスマホを取り出すと蓮からメールが入っているのに気付いた。

 「今日は何時に帰るんだ?」というシンプルなメールだけれど、心がほんわかとする。ちょっと考えて「いつも通りの時間よ」と返信をしておいた。


 周囲を見回して誰もいない事を確認し、肘置きに大胆にもたれかかり、ついでに頭をその上に乗っける。思わず「ぷはぁ」と声が出てしまってけれども周辺に誰もいない事は確認済みだ。天上の蛍光灯を見ていたら目がチカチカしてきたので、眼鏡を外して背もたれ側に顔を伏せじっとしていた。(この体勢のポイントは、膝はソファに乗せるけれど、足先は乗せない。誰も見ていないからこそ出来る体勢で、いわゆる寝そべっているのだ)


 あの二人、上手くいくといいなぁと榎本さんと里見さんの顔を思い浮かべる。

 あの時、今まで謎だった里見さんの気持ちが見えた気がして、もしや上手くいくんじゃないかと思い、半ば強引に二人の状況を作り出したのだ(正確には二人きりじゃないけどね)。先輩である榎本さんにはお世話になりっ放しだし、是非ともうまくいって欲しいものだと思い、がんばれーと心の中でエールを送りつつ、今後の展開を期待したいなぁと頬が緩む。


 「どこに行った?」


 「ここじゃないのかよ」


 突然、誰かを探しているような声が聞こえて来た。少し切羽詰まった感がある。顔を上げずじっとソファにうずくまって様子を窺う事にした。


 「追い掛けて来たんだけど、見失っちまった」


 「くそ。早く声かけないと、他の奴らに取られちまうかも」


 「急げ、昼休みが終わっちまう」


 2〜3人いるのかな。どうやら重要人物らしい。パタパタとソファの間を歩く音がする。そうやってきっと目的の人を探しているのだろう。何か犯人を追い込む警察官っぽい。

 早く見つかると良いわねー、とソファに臥せったまま心の中で応援してみた。彼らはこんな端っこまでは来なかったようで、段々、足音と声が遠のいていった。


 (見つかったのかな? でも、そんな雰囲気じゃなかったな)


 スマホを確認するとそろそろお昼休みも終りだ。よっこいせと体を起こしウーンと伸びをする。クルリと周りを見ると、チラホラいた人達も既に居なくなっていた。


 「さて、あの二人のことも気になるし、戻りますか」


 眼鏡を掛け直し身繕いをする。

 気持ちを引き締めて午後の仕事へと向かうべく、ソファから立ち上がった。



  ***



 私の今居る場所は25Fにあるカフェテリアだ。ここから自分のオフィスへと向かうには低層階用のエレベータを使う事になる。同時に高層階用のエレベータもあり他のフロアより広めのエレベータホールには、私と同じくエレベータ待ちをしている人達がいる。その中に、数人の女性社員の一団があって何やら盛り上がっている。


 「ねぇ、あの話、本当なんだってねーすごくない?」

 「すごいよー! まじで。秘書課にいる友達が言ってたもの」

 「社長だったらさ、期待できるよねー」

 「そりゃそうよー。それにその子、本人に会ったって言ってたし」

 「えー。本当? で、どうだったって?」

 「カッコいいの通り過ぎて、超絶美形で人間じゃない気がしたらしいわ。秘書のお姉様方がぽーっと見とれてたって話よ」

 「マジで? 目の肥えたあの人達が?」

 「そうそう。それでぇ、秘書の座を巡って水面下で色んなバトルが起こってるって話よ。互いに牽制し合ってて、いま秘書室の中、ヤバいらしい」

 「マジかー。秘書課だけは敵に回すと怖いからな。あの人達、超プライド高いんでしょ。それに常に獲物を探しているって話しだし」

 「でもさ、機会は平等に与えられるべきじゃない。秘書課だからって優遇される訳じゃないでしょ」

 「そりゃそうだろうけどさ、怖いんだよねー。化粧なんかバッチリしすぎててさ、全然隙がないっていうかさ、そんなの敵にする?」

 「普通だったら嫌だけどさ、ひょっとするとお眼鏡にかなったらぁ、ふふふ、その可能性が高いじゃん、あ、結婚してなきゃね」

 「勿論、未婚という事は確認済みでーす!」

 「うっわー。来月からこの会社どうなるのかしら、まさかのバトルロワイヤル勃発ぅ?」

 「きゃははは、そうなったら一体何人参戦するのかしらね」

 「はい! 私絶対に見に行く。全てはそれからよ!」

 「他に情報は無いの? どの部署になるのかって」

 「その辺はまだ聞いてない。秘書課の子も入社するって事だけしか聞いてないんだって」

 「案外、新しい部署かもよ〜」

 「可能性はあるわね。でも組織図見たでしょ。結構大きく変わるみたいだし、その分、人も沢山動くでしょ」

 「あー、私も同じ部署もしくは同じフロアになりたーい」

 「ってか、知り合いがひとりでも近くに行ったらさ、それを伝手にお近づきになるのよ。絶対、絶対なんだからー」


 彼女達の最大の関心を惹く何かが、またもや組織変更がらみで起きているらしい。それも社内中が関心を持つ何かが。

 私も異動になったし彼女達の話は多少は気になるけど、自分の身の振り方の方が優先だ。噂をまともに気にしていても振り回されるだけで終わる可能性もあるし、うん、と・に・か・く、最優先は私自身のことでしょう。噂より目の前の課題をこなさなきゃだし。事前の予習はしとかないといけないしね。


 人数の都合で一緒のエレベータには乗れなかったけれど、彼女達の姿が箱の中に消えるまで同じ話題で盛り上がっていたようだ。


 (あ、ひょっとすると榎本さんあたりは、情報掴んでいたりするのかな? 後で聞いてみるかな・・・。聞ける状況だったらね・・・)


 あの二人、今頃どんな顔しているんだろうと、ひとりほくそ笑んでしまった。

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