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意識と無意識の境界線 〜 Aktuala mondo  作者: 神子島
第一章
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2

 待ちに待った土曜日。


 「こんにちわ、竹崎サン」


 「おお、本当に来てくれたんだね、ありがとな」


 竹崎サンはニコニコと笑顔で挨拶をしてくれた。

 約束の土曜日、私は張り切って会社にやってきていた。とはいっても、仕事をするのではなく個人的にお手伝いをするためだ。それも興味本位に。


 「じゃ、さっそくお願いするよ」


 「はい!」


 今日は休日のため仕事用のスタイルではない。いつもは気合いを入れる為にも、黒いゴムで一つに髪を縛り、前髪を目の位置までしっかりおろして黒ぶちのPC対策用の眼鏡をかけているが、今日は眼鏡はなし、カチューシャで前髪を全部上げ後ろの髪はくるりと巻いて簪で留めていた。じつはこのスタイルが家でのスタイルで最も素の自分なのだ。特に暑い日や作業をするにはこれが都合が良い。


 前回と同じように台車に荷物を積み、地下5階へと運んで行く。今日は、台車が二台あり私も一緒に運ぶ。軽く二倍のスピードで昼前までに車から荷物がなくなった。


 「さすが二人でやると早いなー。どうしようかな、午後にもう一度持って来るか」


 「手伝いますよ。早く終わらせちゃいましょう」


 そういうことで午後に竹崎サンが再び創業家から運んで来る事になった。その間、私は会社近くの喫茶店で軽くランチをとった。


 このビルから創業家まではそれ程離れている訳では無いようで、30分も待てば竹崎サンは荷物を満載にして戻ってきた。午後は結局、創業家と会社を3往復し荷物が運び込まれた。あれほど広いと思っていたフロアが徐々に荷物で埋まって来る。


 (確か10台分はあるって話だったから、この倍は更に入るってことよね)


 1日で4台分をこなしたのを目にし、残り半分が入ったらどうなるのだろうと想像してみた。


 「瑠璃ちゃんのお陰で、うまくいけば明日で運び込みが終われるかもしれん」


 顎に手を置き竹崎サンが箱の積まれたフロアを見渡す。


 「本当ですか! じゃ、頑張りましょう!」


 「ふぉっふぉっふぉ、元気だなー。体は辛くないかい?」


 「全く問題ありません。恐らく、筋肉痛にもなりませんよ。乗りかかった船です、明日もお手伝いしますから」


 「そうかい? じゃ、お願いするよ。明日で運び込みが終われば、次は開梱して実際のモノを見せてあげられるからね、楽しみにしておいで、ふぉっふぉっふぉ」


 くりっと竹崎サンが楽しそうに目を輝かせた。

 その表情に私は楽しくなった。


 (早く見たい!)


 増々大きくなる好奇心が私の原動力だった。


 翌日曜日で運び込みの全作業が終わった。だが、丸一日かかったので開梱は次回の定時退社日から始めるそうだ。


 



 初めて竹崎サンと出会ってから1週間後、そう、今日は定時退社日だ。今日からいよいよ開梱作業に入る。ワクワクと胸をときめかせながら早く終業時間にならないかと心待ちにしていた。そんな時、再び残業のお願いが・・・しかも、再び滝本サンから依頼だった。

 仕方なく引き受け前回にも増して集中しさっさと終わらせることができた。だが、流石に定時退社日だけあって、既に人はいない。そこで制服を着替え終わると、周囲に誰もいない事を確認し武装解除をした。


 眼鏡を外し、カチューシャで前髪を上げ、きりりと髪を纏める。そしてその姿のままエレベータを待つ。静かにエレベータの扉が開き乗り込んだ。閉じるボタンを押そうとしたその時「ちょっとまって」と言いながらビジネスバッグを持って慌てて走って来た人が居た。締まりかけの扉を開くボタンを押して待った。


 「1階でよろしいですか?」


 走り込んで来た勢いで箱の奥にいた男性に、振り向いて行き先を確認をする。


 「・・あ、えっと、はい、い、1階で・・・お願いします」


 よく見ればその人は滝本サンの部署の人だった。


 (確か名前は三木サンだったかしらね)


 三木サンは慌てて走り込んで来て息切れでもしていたのか、ボソボソと返事をする。ま、1階って言ってるしいいか。私は了承した意味を込めて軽く頷くと、扉を閉じる操作をした。


 (滝本サンのところ、無事に終わったのかしらね。打ち上げにでも行くのかな?)


 自分も一端ではあるが携わった事なので、進捗具合は気になってはいたが、仕事の事について声をかけて、他部署の人間に恩を売るっているように思われるのも何なので何も言わずに扉の方を向いてエレベータに乗っていた。


 (里見サンも知っている事だし、あとで里見サン経由で話が聞けるかもね)


 結局、エレベーターに居る間、私は三木サンとは一言も口をきかなかった。そしてあっという間に1階につき、開くボタンを押して彼が降りるのを待った。

 だが、何をしているのか降りる気配がない。竹崎サンとの待ち合わせ時間に既に遅れているし、早く降りて欲しくて、私はやおら振り返り早く降りてという意味を込めて「どうぞ、一階ですよ」と声を掛けた。三木サンは暑さのせいか、ぼーっとしていたようで、私の呼びかけにようやく意識を取り戻すと


 「・・・あ、ありがとう・・・」


 と、入って来た時と同じようにぼそりと呟くように言い、ようやくエレベーターを下りて行った。


 「お疲れさまでした」


 私は一声かけ三木サンが完全に降りた事を確認し、急いで閉じるボタンを押した。一瞬三木サンがこちらを振り返ったようだったが、確認する前に扉は完全に閉じてしまった。


 (早く行かなきゃ)


 私が目指す先はひとまず一般の社員が行ける限界の地下2階だ。竹崎サンから事前に地下2階のエレベータホールで待っていてくれと言う指示があった。


 私が残業になったため、竹崎サンが先にホールで待っていてくれた。


 「遅くなってすみません、お待たせしました」


 「いやいや、問題ないよ。僕も今ついたところだから、じゃ、行こうか。今日もよろしく頼むね」


 「はい!」


 竹崎サンを先頭に地下5階にやってきた。そして、先日運び込んだ部屋へと入って行く。


 「先に時間を決めておこう。19時までにしよう、いいね」


 「はい、分かりました」


 私の返事に竹崎サンが目を細めて頷いた。


 「じゃ、開梱したら中身を取り出して、この棚に順不同でいいから並べて行ってくれる? そして、この箱にはっつけてあるこの紙をこうやって、物の足下に貼付けて行ってくれるかい」


 実際に一つ竹崎サンが見本を見せてくれた。作業自体は全く難しくはないのだが、いかせん、箱から取り出されたものを目にした時、息をのんでしまった。


 (これはどう見ても香炉よね・・・なぜ、みどりいろ)


 私の思っている事が分かったのか竹崎サンが説明をしてくれる。


 「これは翡翠でできた香炉だ。取り扱い注意だね。怖いよね。落としたらって考えると」


 「ははははははは、はいー」


 最初からこれとは・・・。恐らく普段目にする事の無い類いの品々が出て来るだろう事は容易に想像ができて、身を引き締めた。そして自分が中身を知らずに運んでいた事に、ぞっとした。



 小一時間の作業で、運び込んだ箱の全体からすれば、ほんの数パーセントの開梱が終わった。正直言って、こんなに神経をすり減らす作業だとは思わなかった。出て来るもの全てが、傷一つつけられない秀逸な品々だったから。いつの時代のものか分からないが、相当古い物だと言う事は想像できる。現代のように電気のない時代、このような細かい緻密な作業を続けられるとは、目にする度に感動を覚えた。そして、私が触れていい物なのかどうか疑問に思ったが、駄目だったら、きっと竹崎サンからそう言われるだろう。


 (眼福眼福)


 まだほんの少しだが芸術品とも呼べる品々が並べられているのは、何とも言えず贅沢な気分が味わえる。


 「さて、そろそろ終りにしよう。瑠璃ちゃん、お疲れさま」


 「あ、はい。お疲れさまでした。次回は土曜日でいいですか?」


 そう聞けば竹崎サンは目を細めて笑った。


 「ああ、土曜日でいい。よろしく頼むね」


 はい! と元気に返事をして土曜日以降に更に見られる品々に思いを馳せた。



  *



 翌日は素晴らしい物を見られたことで、清々しい気持ちで出社した。機嫌良く制服に着替えて自席でPCが起動するのを待っていると滝本サンがやってきた。若干、身構えてしまうのは仕方の無い事だ。


 「おはようございます」


 「ああ、おはよう。先週と昨日は助かった。お陰で無事に乗り切れたよ、ありがとう」


 爽やかな笑顔でそう言われ、緊急対応がうまくいったことに安堵した。


 「それはそれは、良かったですね。じゃ、もう残業はなしですね」


 ふふふと、笑ってやれば滝本サンは眉をクイッと上げて苦笑いをしている。


 「まぁ、そうだな、今の所は予定はない。あれも予定外だったんだ。じゃ、そういうことで、ありがとよ」


 「はい。わざわざご連絡ありがとうございました」


 滝本サンはさっさと戻って行った。どうやら里見サンに見つかる前に帰りたかったらしい。その姿を見送り再び席に着いた。既にPCは立ち上がり四角い口を開けて私のパスワードを待っている。


 「あのさ、野田サン、ちょっといい?」


 カチャカチャとキーボードを叩いていると目の前に男性が立った。


 (おや? 滝本サンのところの三木サンじゃない?)


 何の接点も無い人から声をかけられ何の用だろうと小首を傾げ挨拶をすると、三木サンも挨拶を返した。


 「あのさ、野田サン。昨日残業してたよね? その時なんだけど、誰かと会わなかった?」


 三木サンの言いたい事が分からない。


 「誰かとは? 具体的にどなたでしょうか?」


 「えっとね女性なんだけどさ。見た事の無い女性でさ、ちょっと気になったものだから・・・」


 もじもじと乙女な感じを醸し出す三木サンに奇妙な感覚を覚える。


 「女性ですか・・・。そうですねー、私の帰る頃は、更衣室でもどなたともすれ違ったりはしませんでしたねー」


 昨日の事を思い出しながら、うーんと考えてみるがやはり女性は私一人だった。


 「そう。わかった。サンキュー。朝から変な事聞いて悪かったね」


 「いいえ。というか、その人、本当に見た事無いんですか? 部外者がフロアに出入りできるわけありませんし、もし本当に部外者であれば・・・問題ですよ」


 フロアへの部外者の立ち入りは固く禁じられており、お客様であっても入る事はできない。その場合には応接室やミーティングルームを使う事になっている。


 「うーん、それがさー無いんだよねー。女子社員は全員知っているつもりなんだけどさ、あんな可愛い子が記憶に無いなんてあり得ないんだよね」


 三木サンが何だか変な事を言っている気がするけど他人の特技にいちいちツッコミを入れるのも、まぁ、何だかな、と思い止めておいた。


 「おい、三木。どんな子だったんだよ」


 私たちの会話を聞いていた何人かがこっちにやってきた。


 「それがさ、本当に見た事無くて困っているんだよ。目がくりくりとしてて、顔全体がもの凄いバランスのとれた奇麗な顔でさ、肌の色も白くて、染み一つなかった。若干後ろからしか見れなかったけど、あれは殆ど化粧してなかったはずだ。髪は一つに纏められてたんだけど、地毛だと思われる奇麗な黒髪で、カラーリングなんかしてない。俺のドストライクなんだよ。まじ、可愛かった」


 「まじか。三木が言うならよほどだな。俺も見たい」


 「俺も探すの手伝う」


 既に話題は私の手を離れて、主に男性陣がワイワイガヤガヤと三木サンを中心に見知らぬ女性社員の事で盛り上がっている。


 (会社に何をしに来ているんだこいつらは。女性一人にそこまでヒートアップすることなのかしらね? っていうか朝から疲れる・・・。私の束の間の幸せを返せ)


 「・・・で、見ていただけなのかよ」


 「声かけなかったのか?」


 「・・・言うな。つい見とれてしまってそれどころじゃなかった。抜ける様な白い肌っていうのかな、ああいうの。その白い肌に真っ黒な癖の無い髪のコントラストが何とも色っぽくてこっそり見てたら、つい声を掛けそびれちまった。あっちから声を掛けてくれて、それにちょっと答えただけ。会話と言えばそれ位で、最後の最後でようやく名前を聞こうと思ったら扉が閉まっちまうし・・・。くそ〜・・・まじ悔しい。俺の人生で最大の失敗だー!」


 (まじ引くぜ、三木。お前の事は今日から呼び捨てだ)


 「お前の失敗は先週から今週にかけて緊急対応する羽目になった事だろうが!」


 バコンと三木の後頭部に何かがヒットした。思わず三木が前のめりになり私のデスクに手をつく。三木が後頭部を押さえて振り向くのと里見サンがしかめ面をして立っていた。


 「おい、こら、三木。いい加減な仕事するんじゃねー。お陰でこっちはいい迷惑を被ったんだ。それに何だ。喉元過ぎれば女の尻を追い掛け回すなんざ、余程、お仕置きが必要だと見える」


 「ひぃ・・・里見サン、確かに申し訳ありませんでした。その節は、本当に、本当に助かりました」


 ぺこりと奇麗な90度のお辞儀を里見サンへ向かってしている。


 「ばーか。お前がお礼をいうのは、お前が汚い尻を向けている野田サンだろうが。ったく、礼くらい言ったのか? お前の薄皮で繋がっていた首を繋げてくれた大恩人だ。見知らぬ女に現を抜かす前に筋を通しやがれ」


 はっと三木が顔をあげ、くるりと私へ向き直る。そして先ほどと同じように90度の奇麗なお辞儀をして礼を言った。


 「はぁ・・・今更です。滝本サンから先にお礼は言ってもらえましたし、もういいですよ。お互い様でしょう」


 「滝本が来たのか? あいつ、俺の所をスルーしやがったな」


 チッと舌打ちをして里見サンが去って行った。それを見て、三木や集まっていた野次馬達も三々五々に散って行き、私はようやく通常営業に入る事が出来た。





 その日の社内は三木がもたらした見知らぬ女子社員の事がちらほら囁かれていた。時折耳にする話では三木があちこち声を掛けて、必死に探していたという。


 (馬鹿なやつだ)


 朝一番で何をしに来たかと言えば、女子社員を見なかったかという事だし、一体、三木(こいつ)の頭の中はどうなっているのか見てみたいなぁと本気で思った。ま、少なくとも私はお友達にはなれないタイプだということが分かった。 

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