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意識と無意識の境界線 〜 Aktuala mondo  作者: 神子島
第三章
19/43

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 善は急げというか、思い立ったが吉日というか、ともかくも母の素早い連絡でプロポーズの翌日の午前中に宝石商がやってきた。

 母の懇意にしている宝石商の方で、私も何度か会った事がある落ち着いた初老の男性と、今回は外商のスタッフということで若い女性が一緒にやってきた。私と同じ歳くらいか少し上の感じだが知的な印象の女性だ。

 私と蓮が呼ばれて応接室へと入ると、既に母が宝石商の二人と世間話で盛り上がっていた。母が改めて宝石商の二人を紹介すると、男性は年相応に落ち着いた振る舞いで丁寧にお辞儀をしている。一方女性は、こちらも流石というか、いや、蓮が、という意味で、蓮から視線を外す事が出来ずにぼーっと立っている。


 それに気がついた男性が肘でつついて我に返らせると、女性は慌ててお辞儀をする。顔を上げた時に彼女の顔が薄ら赤くなっているのは、深くお辞儀をし過ぎて血が上ってしまったのとは違う理由のようだが、その後、しっかり自分の役目を果たそうとする姿勢に好感を持った。


 「さっそくですけど、今日はこちらの二人の指輪を作っていただきたいの」


 母が嬉しそうに注文の内容を話すと、宝石商の男性の目がキラリと光ったように見えた。しかし、露骨に表情に出すことなく、上品な微笑みを浮かべながら具体的な用途について切り出した。


 「お二人ということは、もしやご結婚がお決まりになったのでしょうか?」


 「ええ、そうなの。でも結婚はまだ少し先ね。今回は婚約をしたので婚約中につける指輪をね」


 嬉々として母が会話を続ける。


 「それはそれは、おめでとうございます。しかし、ご婚約された後に指輪でございますか?」


 男性は穏やかな表情を崩すことはないが、少し不思議そうにしている。まぁそれはそうかもしれない。プロポーズに指輪は必須というのが一般的だろうし。男性の疑問を解決するべく私は正直に答えた。


 「今回は普段使い用なんです。プロポーズの時にはきちんと指輪をいただいたんですけど、ちょっと・・・普段つけていられないような代物(しろもの)で」


 「それほどまでに、素晴らしいお品という事でしょうか。もし、宜しければ後学の為にも、見せていただく訳には参りませんでしょうか?」


 こういうのを商売人魂というのだろうか、男性の目が数割増しで輝きを増している。確認のため蓮を見れば頷いているので、私は昨日貰ったばかりの指輪を部屋から持って来た。


 「これです。どうぞご覧下さい」


 ケースの蓋を開け、男性へ向けてテーブルに置く。すると、キラリとしていた目が、ギラリと更に鋭さを増しゴクリと喉を鳴らすと、「失礼します」と断りを入れ白い手袋をつけた手で指輪を持った。そして何やら様々な商売道具を使って指輪を色んな角度から観察をはじめた。時々興奮を表すかのような荒い息使いが漏れ聞こえて来る。


 360度余すところなくクルクル角度を変え見ていたが、ようやく落ち着いたのか、深い深い溜め息とともに指輪はケースに戻された。


 「ビビッドブルー・・・ブルーダイヤモンド。そして恐らく、インターナリーフローレス」


 この言葉だけを発すると宝石商の男性は黙り込んでしまった。一体どうしたのだろうか? 少し心配になってしまい様子を窺うように男性の顔をのぞき込むと、眉間に深い皺ができている。何か、思うところがあるのだろうか・・・。

 男性はポケットからハンカチを出して額を拭うと、改めて指輪を手に取り、うっとりと眺めている。


 「私も長い間この商売をしておりますが、これほどのお品を個人でお持ちの方は存じません。いやはや、興奮で未だに手が震えておりますよ。無作法を承知の上でお尋ねいたしますが一体これはどうされたのですか?」


 あまりにも鋭い眼光で、こちらが気圧されるように感じる。だが、蓮は何だそんなことかといった様子だ。


 「その昔・・・、私が幼い頃の話だが、屋敷の中を探索していたら綺麗な石ばかりが入っている箱を見つけたんだ。赤や黄、青、白、透明といった様々な色の石が箱一杯に入っていて子どもの私では持ち上げられなかった。だがどうしても遊びたくてな、箱を引っ張ったら中身がひっくり返って、くっくっく、片付けるのが大変だった。石はどれもキラキラと輝いて美しく、床から光が発しているようだった。中でも私はこれが気に入ってね、父に頼んで貰ったんだ」


 思わず小さな頃の蓮の様子を思い浮かべてしまう。


 「赤や黄色じゃなくて、落ち着いた色ね。あなたらしいわ。それにしても、蓮のお父様は何もおっしゃらなかったの?」


 私がひとりクスクス笑っていると、蓮もフッと笑みをこぼし


 「一応、何に使うのか聞かれたぞ」


 「何に使うって答えたの?」


 「これと同じように、心惹かれる者に渡すと答えた」


 蓮が私の頬を撫でながらそう言った時、かぁっと頬が火照るのを感じた。


 「あら。それがこの子だったのね」


 「はい。彼女と出会った時、すぐにこの石の事を思い出しましたよ義母上(ははうえ)


 母がうっとりとした顔をしている。この人は恋愛小説が好きなのだ。きっと脳内ではめくるめく素敵な話が出来上がっているに違いない。


 「それにしても豪華な玩具ね、遊んでいて怒られなかったの?」


 「そんなことで父が怒る事はない。それに子どもだったからな、ガラス玉のような感覚で指で弾いたり、両手いっぱいに石を掴んで一度に何個箱に入るか投げてみたり、また逆に小さな器を置いて遠くから一個ずつ投げたり、積み上げて上に棒を立てて棒が倒れないように周囲から崩して行ったり、随分遊んだ覚えがある」


 「子どもにしてみたら何でも玩具になるわね」


 小さな蓮が、子どもの小さな手で一生懸命遊んでいる姿を思い浮かべ、きっと可愛らしかっただろうなと想像する。


 「ふふふ、いいわね」


 「次回うちに来た時に一緒に遊ぶか? まだあるぞ」


 「違うわ。小さな蓮が遊んでいる姿を想像してたの」


 「そうか。流石にそれは見せられないな」


 子どもの頃の蓮を話題に私達が和やかに話をしていた時、宝石商の男性は会話を違う視点で聞いていたようだ。


 「あの・・・、お父様は一体どういうお方でいらっしゃるのでしょう?」


 「父ですか? そうですね、一言で言うと大きな存在ですね。でも、あまり細かい事は気にしません」


 「はぁ」


 残念ながら蓮の答えでは男性の期待した答えは得られなかったようだ。


 「もー、そんなことより、あなた達ちゃんと決めなさい。デザインするも良し、既製品をアレンジするも良し、好きなように注文なさい」


 痺れを切らして母が私達を急かしはじめた。さっきまで自分も会話に入っていたくせに、とは思うが敢えて言わない。それが母と上手くやるコツだ。


 「ふむ。新しくデザインするというのもいいな」


 どうやら蓮はデザインして作ることに興味を持ったようだ。どうだ? と蓮が目を向けて来たので「蓮の好きなように」と答えると、早速、男性の宝石商と話を詰め始めた。「石はどうなさいますか?」と女性の宝石商が尋ねると、蓮は、私が好きなものをと言うので、デザインは蓮の、石は私の担当となった。


 これまで積極的に宝石に興味を持って来なかったが、綺麗な石達を見ていると心がくすぐられる気がする。キラキラと光り一生懸命に自分を選んでと主張しているようにも見え、次々に目移りしてしまう。


 「どれも綺麗ですね」


 広げられるケースを見てばかりで、なかなか決めない私に付き合うように、母もじっくりと眺めている。


 (ひょっとするとお母さんも欲しくなったとか? お父さんに教えてあげようかしら)


 「お母さんはどれが好き?」


 私の質問に母はそうねぇと呟きながら「これかしらね」と透明な緑色の石を指差した。


 「エメラルドでございますね。こちらは石言葉がございまして、幸運や幸福、希望や安定といった言葉がございます。また、中世では未来を予言する力があるとされたり、女性の貞節を守り夫の愛を保つ意味もあったとか」


 ふむふむと女性の宝石商が説明する内容を聞いて、やっぱり父に教えてあげようと、脳内のメモに書き付けた。


 「瑠璃はどれがいいの?」


 「あら、お名前は瑠璃様とおっしゃるのですか? 同じ名前の石がございます。こちらです。別名をラピスラズリです」


 群青色にも見える深く濃い青の石をトレーに乗せて見せてくれた。


 「これにも何か言葉があるのかしら?」


 私も聞きたかった事を母が尋ねる。


 「はい、ございます。恋愛に絶大なパワーを持っていると言われていまして、恋人達の愛と夢を守ると言われたりしています。アクセサリーとして互いに身に付けたりする方々もいらっしゃいます。また、一分(いちぶ)の隙もない守護と真理で満たされているそうです。それはこの石が「負」と言う定義自体を持ちあわせていないからで、それらが入り込む余地すらないそうですよ。そして、この独特の色味から、深い青は"夜空"に、金色に見える部分を"星"に見立て『天を象徴する石』とされることもあったようです」


 「あら素敵だわ」


 母はすっかり石言葉の虜になったようだ。私もこの言葉にとても魅力を感じたが、何より多少傷が入っても目立たないだろうという観点からこの石に心が傾いている。


 「面白いわ。ねぇ、蓮。この石の名前『瑠璃』というんですって」


 そう蓮に伝えると、女性は少し慌てた様子で


 「ですが婚約指輪としては、あまり見た事はございませんので、やはりダイヤモンド等がよろしいかと」


 「いや、これにしよう。瑠璃が気に入ったのだろう?」


 「で、でしたら結婚指輪にされてはいかがでしょうか」


 「結婚指輪はまた別に作ればいいから今回はこれで作ろう。私も瑠璃の名を持つこの石を身につけていたい・・・。あ、いや、待て、もしや、父上はこれの事を?」


 最初の勢いはどこへやら。蓮は何やら一人で考え込んでいる。


 「本当に宜しいのでしょうか?」


 女性は不安そうだ。小声で男性に伺いを立てている。


 「それでしたら合わせてブレスレットやネックレスなどもいかがですか?」


 しかし男性の宝石商は動じる事無く、他の商品も紹介するあたり流石である。ジャラリと絢爛豪華な宝飾品達をこれでもかと広げまくって見せてくれる。

 キラキラと眩しすぎて目がおかしくなりそうだ。すすめる側のハイテンションに若干引き気味ではあるが、石達の輝きが何かを訴えているようにも見えてきて不思議な気分になる。

 このままでは埒が明かないと、蓮へ助け舟を求めようと横を見ると私の名前と同じ石を見ながら、なにやら考え込んでいた。


 「蓮? どうしたの?」


 「ああいや・・・、実に美しいと思ってな。ふ、、、『瑠璃』か」


 そういう割にはニヤリとした何かを企んでいるような、もしくは、何か見つけたかのような、見ているこちらが消化不良を起こしそうな含みのある笑顔を張り付かせている。


 「ねぇ蓮、指輪があれば十分なのでお断りをしようと思っているんだけど」


 宝石商に聞こえないようにコッソリと蓮に意思を伝えると、蓮は何か考えがあるのか、ふむ、と考え込んだ後、ちょいちょいと男性に顔を寄せるように動作で示すと耳元でひそひそ話を始めた。時々、宝石商が頷いているが、二人が離れた時、宝石商は一つ大きく頷くと笑み浮かべ「では、そのように」と言っていた。


 「何の話をしたの?」と尋ねれば「秘密だ」とニヤリと笑って蓮は答えてくれなかった。





 「ではデザインは決まり次第ご連絡をいただくと言う事で宜しゅうございますか?」


 「ああ、できたら連絡する。なるべく早く瑠璃に渡したいが、初めてだから少し待ってもらうかもしれん」


 「はい、承知しました」


 「それから支払はこちらに」


 そう言って蓮はカードを差し出した。両手を出して受け取った男性はそれを見るなり目が零れ落ちるのではないかと、こちらが心配するくらいに目を見開いた。口まで開かなかったのはさすが、年の功だろうか。その驚き様が尋常でなく、蓮に何を渡したのかたずねてみると、蓮も怪訝そうに眉をひそめている。


 「ただの名刺だ。とは言っても、まだ入社前だから私の名前と連絡先だけだ」


 「ふーん」


 その時は直ぐには気付かなかったけれども蓮の名字は珍しい。そして、一部ではとても有名だ。お金持ちを相手にする事が多い宝石商ならば聞いた事はあるだろう。


 「し、し、神威(しんい)蓮様・・・。神威とは、あ、あの神威で?」


 男性が言葉に詰まりながら、カードと蓮を交互に見ている。


 「どの神威だ? そのカードは私の身元を記した物だ。それ以外に意味は無いはずだが不足か?」


 「あ・・・そっか。蓮の名前に驚かれたのね。ふふふ。納得したわ」


 男性の挙動不審の理由が分かって私はスッキリした。だが、男性からしてみれば違う確認をしたかっただろうに、蓮の答えは全く参考になっていない。というよりも、蓮は全く気付いていない。


 「お、奥様・・・」


 今度は宝石商の男性は縋るように母を見ている。母は蓮と男性のやり取りを苦笑しながら見ていたが、小さくうなずいて答えた。


 「恐らくあなたが思っていらっしゃる通りですよ」


 それだけで伝わったようで、男性は再び目を見開いて改めて驚いているようだ。そんな様子の男性を見ながら、母はコホンと咳払いをして意識を母へ向けさせると、姿勢を正ししっかりと宝石商の二人の目を見ながら、私達が全く気にしていなかった事を告げた。


 「まだ発表はしていませんから、他言無用でお願いしますね。蓮君も瑠璃も今はそれでいいでしょう?」


 私は母の言葉にすぐにキッパリと同意をした。


 「はい。今はそのようにお願いします」


 「誰も瑠璃に手出しが出来ぬように、私のモノだと知らしめたいのだが・・・んぐ」


 「蓮! 違うでしょ。後でじっくり話をしましょうね」


 うちの事は兎も角として、蓮の家の、世界の神威、日の沈まぬ神威といわれる、その家の息子の結婚話は軽々しく公言すべきではないだろうし、出入りの業者さんから漏れたなんて、ありえないでしょう!?

 慎重にしてしかるべきだと思うのだけれど、この(むすこ)さんはまったく!!


 どさくさに紛れてハムハムと私の指を噛んでいる蓮の口を押さえつつも、他言無用ということを宝石商の二人には念押しをした。

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