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意識と無意識の境界線 〜 Aktuala mondo  作者: 神子島
第二章
16/43

16

 青蓮が消えた直後に父が現れた。相変わらず穏やかな表情で、開口一番遅れた事の謝罪をしてくれたが、わたしはそれには首を振って問題ないと答えた。


 「それよりも、お母さんは大丈夫なの?」


 「ああ、大丈夫だよ。食事の間は気丈に振る舞っていたようだけれど、部屋に戻るとちょっと不安定になってしまったんだ。あんな事のあとだから神経が高ぶってしまったんだろうね。でも、大丈夫だ。今はぐっすり眠っているから」


 父の表情が穏やかである事から特に心配をする必要は無いだろう。


 「そう、良かった。お父さんがいてくれればお母さんも安心するのね」


 「まぁそうだな。何せ藤花(とうか)の一番は僕だからね」


 父は満足そうだ。

 ふと、何かに気付いた様子でわたしの周囲に視線を巡らし「ところで、青蓮様は? 一緒にいるとばかり思っていたのだが」と、わたしが一人でいるのが不思議そうだ。


 「ちょっとトラブルがあって、その対応に今しがた出て行ったの。この早苗って人の感情に紫蓮(しれん)という人が関わっていたことが分かって、後処理みたいな感じ。お父さん、あの塊、見える?」


 父はわたしの説明に眉を寄せて考えていたが、青蓮様のことだから心配するまでもないか、と納得したようだ。それよりもわたしが指差した先にある糸の塊を見て表情に緊張が走ったように見えた。既に数本、絡まりから外したのでその形は少し歪になっている。特に紫蓮の糸を外した事が大きかったようだ。


 「ああ少し崩れているが、糸が絡み合っているな」


 「はじめに見た時、気が遠くなるかと思ったわ。ガチガチの塊だったの。あれでも大分、(ほど)いたのよ。あれに紫蓮の糸が絡んで凶暴化していたみたい。その糸は青蓮が全て断ち切ってくれたから、あとは早苗自身の絡んだ糸を解して行けば大丈夫だと思うわ」


 「そうか大変だったな。今は青蓮様は紫蓮様と兄弟喧嘩ってことかな。では遅ればせながら今から僕も手伝おう」


 「ええ、お願い」


 わたしが出した糸巻きを見て、すっかり理解したようで、父も直ぐに作業に取りかかった。その父の姿を見て、こちらの世界で父に会うのは初めてな気がするなと思った。


 「お父さんとこうやって会うのって初めてよね?」


 わたしの場合、物心ついた頃から青蓮が側にいるのが当たり前で、時々、余暉サンや(おきな)佐美(さみ)サン、佐用(さよ)サン、佐奈(さな)サン、夜叉君やリクオ君達が入れ替わり立ち替わりでやってきていた。今は、祖母もそれに加わっているけれど。


 「お父さんはこの世界、いいえ、夢を渡るようになったのはいつ頃なの?」


 糸巻きを片手に、慎重に巻き取りの作業をしながら父に話しかけた。


 「そうだねぇ・・・やはり物心ついた頃だったかな。母さんが、お前からみたらお祖母様だな、母さんが手を引いて夢渡りが何なのか教えてくれたよ。最初はとても楽しかったねー。人の夢の中を見られるんだから。でも、それは当然、他の人にはしゃべっちゃいけないし、どんどんつまらなくなってね、そして中学生の頃、この頃はとても感情が豊かになる時期っていうのもあって、もう、他人の感情剥き出しの夢を見るのは嫌になっていた。正直、眠るのが怖くなっていたよ」


 そうなのだ。人の夢を見る時は望まないでその場にいる事の方が多い。わたしもなぜ? と思う事も多い。きっと理由はあるはずなのだが・・・。


 「瑠璃は、最初から青蓮様と共にいたからねスムーズにいったのかもしれないな。ははは。母さんが僕にしてくれたように瑠璃を導くのは僕の役割だと思っていたんだけど、片時も青蓮様が瑠璃を離そうとしなくて、お陰で僕らはこちらではなかなか一緒にいられなかったんだよ」


 なかなかどうして父にも不満はあったようだ。


 「僕の娘なのにって思ってた時期もあったけど、まぁ、このままいけば将来君たちは結婚するだろうから諦めてあまり干渉しない事にしたんだ。おっと、危ない危ない、ちょっと切れそうになった」


 見れば父のたぐる糸が危うく切れかかっていた。父は丁寧に撚り治し再び巻き付け始める。その糸は卑劣と高潔の撚り合わさったものだった。


 「青蓮様の話を、聞いたかい?」


 作業をしながらチラリと父がこちらを見た。


 「直接、青蓮からはまだ聞いたことないけれど、お祖母様からは。お祖母様が生まれた時に青蓮が間違えてかけつけた事と、わたしが生まれてから直ぐに自分の結界の中に置いたってことくらいかな」


 「あはは、そうそう。加えて、現世では佐用サンと佐奈サンもつけてね。それはこっちとしては凄く助かってる」


 父はカラカラと楽しそうに笑った。だが、すぐに表情を引き締めて青蓮の事を話してくれた。


 「青蓮様は、長い間、それこそ僕らのような存在からみたら気の遠くなるような長い時間、お前を待っていらしたんだ。それはうちのご先祖様が書き残しているのがあるから戻ったら見せてあげよう。・・・って、目覚めたら覚えていないんだっけね。まぁ、なんとかなるかな。読み物として見せてもいいかもしれないしな」


 「そういう物があるの? ぜひ読みたいわ! ・・・自分でも面倒くさいなぁとは思うのよ。どうしてわたしは目覚めたら覚えていないのかしら。いつか、自覚できるようになるのかしら」


 「まぁ、そのうち、な。天帝様がそう定められているんだよ。理由は分からないけどね。君は僕たちの娘だから自分で考えて道を見つけられるさ」


 父は落ち込みそうになるわたしを元気づけるように言った。


 「わたし、青蓮が現世に来られるなんて知らなかったわ」


 「そうだね。僕も瑠璃が青蓮様を家に連れて来た時には心底驚いたよ。僕らはこちらの世界でも面識はあったから、尚の事、まさかって目を疑った」


 応接間で初めて会った挨拶で、父は「お待ちしておりました」と言っていた。二人とも面識があって、わたしと青蓮の経緯(いきさつ)を全て知っているのであれば、そういう言い方になるだろう。・・・でも、現世での私は変だなと思うだけだった。どうして現世に目覚める時に全て忘れてしまうのだろう、覚えてさえいれば青蓮にだってもっと優しくできるのに、と思う。


 「青蓮がそこまでするのって、現世の私が原因でしょ?」


 「んー、まーそうだろうね。瑠璃は目が覚めた時、何も覚えていないんだろう?」


 「ええ、全く。でも衝撃的な事があった時は、何か変な感じを覚えているわ。でも、それくらいなの。瞬間的に消えて行くわ。一体どうしてかしら。お父さんは覚えているんでしょう?」


 「そうだよ。今はもう慣れたけど、現実と夢の境界が分からなくなっていた時期もあった。怖かったねー、あの時は。母さんの導きがなかったら僕はきっと気が狂っていたかもしれない」


 その頃の事を思い出して父が眉間にくっきりと皺を寄せたその時、


 「呼びましたか?」


 その人の突然の登場に父とわたしは驚いて、たぐっていた糸を離しそうになってしまった。


 「お祖母様!」


 「母さん・・・」


 そこには艶やかな振り袖姿の祖母が立っていた。但し、見た目は十代だ。


 「どうしたんです? 一体」


 器用に片方の眉を上げて、父は取り繕うように祖母に話しかけた。


 「どうしたもこうしたも、先ほどからずっと見ていたのだけれど、理一郎の不器用さに呆れていたのですよ。ほら、そこ、絡まりが解けていませんよ」


 来た早々に細かい指示が飛ぶ。


 「分かっていますよ。今やろうとしていたんじゃありませんか。それよりも、若作りも大概にしてください、母さん」


 「口ばっかり達者になって、余計なお世話よ」


 「小言なら聞きませんよ。ご老体はどうかあちらで休んでいて下さい」


 初っ端から父と祖母は気安く言い合いを始めた。祖母がまだ現世にいた頃にはそういう光景を見ていたな、と懐かしくなって、クスリと笑ってしまう。


 「そうは参りませんよ。この女、早苗と言いましたか、(わたくし)はよく知っていますからね。折角、あなた方が、このもつれた感情を元に戻そうとしているので、少々厚かましいのですがお話ししておこうと思ってやってきたのですよ」


 いきなりの登場の理由は、そう言う理由があったのかーーー。

 確かに、解けるのを拒む糸がいれば、最初にしたように手に振れ直接話しかけ、諭しながらの作業だ。事情を知っていれば対応の仕方を効果的に変えられる。祖母のこの申し出は私達にとってとても好都合だった。


 「そうなんですか。それにしても一体なぜご存知なのです?」


 「あなたのお見合い相手だったからですよ。私は本当は知っていたのです、早苗が駆け落ち同然に家を出た事をね。でも、あなたは藤花(とうか)の方が好きだったようだから、何も言わなかったのです。その方が理一郎の反応を見ていて楽しいですし、おほほ」


 い、色々と衝撃的な話が出て来る。この場合、わたしは黙って二人の会話を聞くしか無い。


 「そうだったんですか。いや、確かにそうですよね、母さんが知らないはずは・・・。藤花が言っていましたが、急にお見合いに行けと言われたと」


 「そうなのよ。受けてくれて良かったわね理一郎」


 祖母がそう言うと父はニコニコと素直に頷いていた。その表情を満足そうに見た祖母は、今までと違うトーンで話を始めた。


 「これは後で聞いた話なのですが、この早苗って人はね、今の旦那様とは不倫の関係だったそうですよ。まぁ、その当時の佐々木さんと奥様の関係は最悪で、もう何年も前から夫婦仲は冷えきっていたそうです。互いに家庭の外に安らぎを求めていて、そうなったと」


 応接間で父と早苗が対峙した時、父から早苗の旦那様の佐々木さんは真面目な人だと聞いた気がするけど・・・、まさかの展開に少々驚いた。父も初めて知ったのだろうか、僅かに目を見開いて止まっている。


 「その佐々木さんの相手が早苗というわけなんだけど、降って湧いた早苗の見合い話に佐々木さんも慌てたようで、早々に奥様に離婚届をつきつけて、この人と一緒になる決心をして家を出たそうです。幸い、佐々木さんは早苗との不倫を除けば真面目な人だったらしいので、再婚した後の夫婦仲は上手くいっていたようですよ。別れた奥様も当時お付き合いをしていた方と再婚されたそうです。ま、ここまでは、双方にとってうまく物事が動いたわけですが・・・。問題は、早苗は少々嫉妬深い所があったこと。従姉妹同士の中では比較的歳が近かったせいか、幼い頃から比べられる藤花に対してライバル視していたところもあったようなの」


 いきなり母の名前が出て、わたし以上に父が驚いている。たぐる糸を持つ手がギュッと糸を握りしめ、危うく切れそうになったのを見て私は慌てて父の手を握って止めた。


 「当時、佐々木さんは会社では同期の間で最初に役職についたくらいの優秀な人で、かたや理一郎は年もまだ若くて平社員でしたから、そういう所でも、あっさりと早苗は佐々木さんを選んだようです。だから藤花が理一郎と結婚するとなった時、不謹慎にも『勝った』と思っていたようなの」


 ここまで一気に話をして、祖母ははぁっと深く息を吐いた。


 「でもねぇ、世の中、色々あるもので、理一郎も知っている通り、あれほど順調だった佐々木さんの会社が倒産してしまったことが今回のもめ事の引き金になってしまった。佐々木さんは頑張って、知り合いの(つて)を頼りに見事に再就職を果たして家族を養って行こうと思っているのだけれど、以前よりも給料が安くなり、当然引き抜きではないから平社員からの再出発というのが、早苗はどうしても我慢できなかったみたいね。・・・私はたまたま、その時の夢に遭ってしまってね、どうしようかと考えたのだけれど、二人の結婚に至るまでの経緯(いきさつ)を知っていたし、愛情があって佐々木さんと早苗は結ばれたのだからきっと二人の力で何とかなると、できる、と思ったの。だから、敢えて手を出さなかったのよ。・・・それが間違いだったのね。あの時、さっさと早苗の感情を強制的に摘んでおけば、あなた達に怖い思いをさせずにすんだのに、ごめんなさいね」


 一連の話はまるで祖母の懺悔のようだった。

 祖母は最初から早苗の事を知っていて、こちらの世界へと渡った後も繋がりを持った事があったという。だけど、それが何だって言うのだろう。早苗が起こした事は祖母の責任ではない。それだけは言える。


 「お祖母様が謝る必要はありません。きっとわたしだって同じ事をしたと思うもの。ね、お父さん」


 「そうですよ母さん。早苗の行動は早苗の決断によるものです。それに藤花も瑠璃もみんな無事だった訳だし、青蓮様もいてくださったから対応も早くできたし、結果オーライです」


 父もわたしも祖母に対して何ら思う所は無い。むしろ、きちんと話をしてくれているその姿勢がとても好ましく思えるのに。


 「それに早苗の暴走は紫蓮の影響もあるのですよ、お祖母様。だから、いくらお祖母様が介入なさったとしても、いずれは今回にような事になっていた可能性が高いと思います」


 「・・・ふぅ、そうなのよね・・・。紫蓮様は最近とても機嫌が良いようなの。現世での人々の負の感情が多くなったとおっしゃっているのを聞いたと言う人がいたわ。本当に困ったものね」


 紫蓮を喜ばせる量の負の感情が溢れているってことなのかしら。それは本当に怖い事だと思う。


 「今回は青蓮が釘を刺しに行っているから、しばらくは大丈夫じゃないかしら」


 「だといいのだけれど。そもそもの性質をお持ちだから、こればかりは何とも、ね」


 祖母は何とも言えない悲しそうな笑みを浮かべている。一体何に対しての悲しみなのだろうか・・・見ていて何とも言えない気持ちになる。


 「ところで紫蓮は、青蓮の兄弟になるの?」


 「そうよ弟君よ。紅蓮様もね」


 「あー・・・紅蓮、ね」


 少し前の記憶が蘇る。あれは緻密(ちみつ)に練られた罠にまんまと自ら()まりに行った時のことだったなーと、嫌な思い出だなと思わず顔が歪んだ。


 「どうしたの? 変な顔して」


 そんなわたしの表情の変化に祖母が直ぐに気がついた。


 「あ・・・っと、随分前の話になるんですけど一度、襲われかけたの。その時も青蓮が助けてくれて事無きを得たのだけれど、怖かったなって思い出した」


 何気なく呟いた言葉に祖母が異常に反応を示した。


 「な、何ですって!?」


 「お祖母様、落ち着いて下さい。もう終わったことなので」


 慌ててフォローをするが祖母の勢いは止まらなかった。


 「瑠璃! あなたは警戒心が無さ過ぎるわ。だから紅蓮様にも、青蓮様にも襲われそうになるんじゃない。いい? 佐用サンがおっしゃってたでしょ。男はみんな獣だと思っていて丁度良いのよ」


 青蓮に襲われそうになったのは昨日の出来事である。わたしの部屋に居て二人きりだったはずなのに、なぜ祖母が知っている? もしかしたら、あれも、これも、祖母は見ていたのかしらと急に怖くなった。


 「お祖母様、と、どうしてご存知なんですか?」


 「瑠璃。青蓮様に襲われかけたって、どういうことだ? それはいつのことだ?」


 「昨日よ」


 わたしが答えるより早く祖母が答えた。ああ、やっぱり知っているんだ・・・。

 父は柔和な顔のまま器用に不機嫌さを醸し出している。非常にまずい気がする。こういう時のわたしの感はどういうわけかよく当たる。


 「昨日か・・・。なぜそう言う事になった」


 父の表情をよく見れば米神がピクピクと脈打っている。できれば何か違う話題に逸らしたいのだけれど、父も祖母もじっとわたしを見ていてきっと誤摩化されないだろう。


 「せ、青蓮は寝ぼけていたの。夢との状況が酷似していて、つい・・・。でも、未遂だから!」


 私も過剰に思い切り殴ったり引っ叩いたりしたし、お互い様かなって言おうと思っていたのだが・・・


 「寝ぼけていての未遂とはいえ、あんな事をされてはたまりません!」


 祖母がパンっと膝を叩き本当に憤っているというのが分かる。


 「ねぇお祖母様、なぜご存知なの? わたしと青蓮しかいなかったのに」


 「あなた、箏を片付けずにそのまま置いていたでしょう。あの箏は私が干渉できる物なのですよ」


 「え? ということは、やっぱり全部見ていたの・・・?」


 祖母は大きく頷いて肯定した。


 「見ていました。できれば止めに入りたかったのですが干渉とは言っても実体がある訳ではなく、見ているしかできなかったの。・・・確かに、あの時の青蓮様のご様子は尋常ではありませんでしたが、で・す・が! 青蓮様にも重々言いおきましたが、ああいったことで傷つくのは女性だけなのです。いいですか瑠璃。よくよく肝に銘じておきなさい。今回はお前も必死で抵抗していましたし、きっと理解しているのだと思いますが、決して流されてはなりません。嫌なら嫌だとしっかり殿方には伝えなければなりません」


 「はい。あ! だから青蓮は箏の前で正座をしていたのね。反省会って言ってたもの」


 少し涙目になっていた青蓮を思い出した。あの後、わたしを失う事になったかもしれないと、怖くなったと言っていたっけ。


 「そうですよ。よくよく言い聞かせましたからね」


 ぱっと見、十代の若い娘が鼻息を荒くして捲し立てている様子は可愛らしいだろう。けれどその中身を知っているわたしにとっては複雑な気持ちになるのは仕方が無い。


 見た目だけは若作り過ぎる程に若い娘ではあるが、中身は経験豊富なご老体だ。発する言葉にもいちいち重みがあり、それをこの気迫で言われたら、ほとんどの人は口答えはできないだろうと思う。わたしだけじゃないわよね?


 「・・・母さんだけですよ。青蓮様に説教できるのは」


 呆れ顔で父が祖母を見ている。


 「男親は情けないものね。娘の危機に呑気に会議なんか出てて」


 「ちょっと、母さん。仕事なんですから仕方ないんです。それに、現世でも瑠璃は蓮君と結婚すると思いますよ、きっと、な、瑠璃」


 「まぁそれは確かにそう。現世の私は、自覚は無いけれど結婚しても良いと思い始めているわ。それにお母さんが言ってたもの。相手が誰であろうと、私の事を大切にしてくれる人でないと駄目って。その点、青蓮、いえ、蓮はしっかり反省してくれて私の事を大切にしたいって言ってくれたし・・・、私、信用するって決めたもの」


 仲直りのキスの後の真摯な蓮の態度を思い出し、ほんわかと心が温かくなった。カラカラと回る糸巻きもわたしの気持ちを反映してか調子良く回っている。


 「瑠璃!」


 「きゃあぁ!!」


 いきなり体が重くなり驚いた。というか、全く体の自由がきかなくなった。それもそのはずで青蓮がわたしを背後から抱きしめて、青蓮には似つかわしくなく猫のようにスリスリしているのだから。


 「青蓮様! どうなさったのですか!」


 突然の青蓮の登場に祖母も父も驚いている。


 「紫蓮を反省させて(締めて)戻って来た所だ。現世の瑠璃も私と結婚したいと思っていると聞いて思わず」


 更にギュウギュウと背後から力が加わる。その瞬間、わたしの糸巻きが軽くなり軽々と動き始めた。


 「い、糸が、一本切れてしまったわ・・・」


 感情の糸が切れるとその部分は欠落してしまうのだ。永久に失われると言ってもいい。だから、切ってはいけない糸の取り扱いには十分注意していたのに・・・。もうこの糸に関する感情は早苗から欠落してしまうのが決定してしまった。


 「ええええええええ? 瑠璃、その糸は一体・・・」


 「怨嗟(えんさ)の糸よ。ど、どうしよう」


 カラカラと空回りをする糸巻きと、ちぎれた元怨嗟の糸を握りしめて途方に暮れる。流石に、これは私では修復できない。わたしたち夢渡り以上の力でもっても、そういう(ことわり)になっているのだ。


 「いいんじゃないか。ソレくらい」


 「そうよ、今まで一生分の恨みや嘆きは吐いて来ているのよこの人、だから差し引きゼロで丁度良いわ。いいえ、むしろ感謝って事をもってすれば、全てを肯定的に捉えられて良いんじゃないかしらね」


 「お父さん! お祖母様!」


 気楽に答える祖母と父に恨めしい思いを抱きながらも、母に対し激しい感情をぶつけていた早苗を思い出し、ま、いっかと、怨嗟の残りの糸を引きはがし乱暴にグルグル巻きに巻き付けてぽいっと箱に投げ入れると、怨嗟の糸は透明ではなく完全に消えてしまった。


 「しーらないっと」

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