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意識と無意識の境界線 〜 Aktuala mondo  作者: 神子島
第二章
15/43

15

 母もベッドから起きて来て、蓮の作った夕食をみんなで頂いた。

 天より三物以上与えられている蓮の料理はなかなかのモノで、初心者とは思えなかった。使われた食材や我が家で育てているハーブ達も能力を遺憾なく発揮できてきっと喜んでいるだろう。


 相変わらず号泣しながら食べる竹崎サンと余暉(よき)サンだったが、今回は何故か佐用(さよ)サンと佐奈(さな)サンも涙を浮かべていた。きっと、よほど蓮の料理がお気に召したようで良かった良かった。是非また作ってもらおう。


 食事の後は早苗と里佳の見張りを竹崎サンと余暉サンが受け持ち、今日は各々すぐに寝る支度に入った。


 いつもなら夜遅くまで仕事をしている父だが、この日は母と一緒に早々に部屋に戻ってしまった。そして、蓮は当然のように私の部屋で寝るようだ。お風呂に入った後、私が部屋に戻る頃には既に定位置となったベッドに横になっていた。


 いくらお布団を準備して上げても、目覚める頃には必ずベッドにいるので、もう諦めた。広々と手足が伸ばせて良いと思うんだけど・・・、というのが正直なところだ。


 蓮は目を閉じていて、既に眠っているようだ。本当はさっきの父との会話の内容を解説してもらおうと考えていたのだけれど、今日は色んなことがあったし、夕食作りもお任せしてしまったし、疲れているのだろうと思い今夜は一人静かに読書をしようと隣の部屋に移動しようとした。

 その時、寝ていたと思っていた蓮がゆっくり、静かに上体を起こし、こちらに向かって手を差し伸べた。


 「瑠璃、おいで」


 その声に何とも魅惑的な何かを感じ、ついふらふらと蓮の下へと足が向かう。

 蓮の腕の中に囲い込まれたあとは意識が次第にどこかへ引っ張られていくのを感じる。いつもはこれを“眠い”と感じるのだが、今日はどうも勝手が違うようだ。私はなされるがままにゆっくりとベッドに横になり、私の目を蓮の手がそっと覆った。


 「瑠璃、良い夢を。私も直ぐに行く、あちらで待っていてくれ」


 その声を聞くか聞かないかの間に、私はゆらゆらと意識を手放した。



  *



 気がついた瞬間、激しく渦を巻く感情を感じとっさに身を庇おうと姿勢を低くして様子をうかがってみれば、まだこちらまでは影響はなさそうで、ホッと胸を撫で下ろした。


 私はその正体を見極めようと思い、その渦を感じるため意識を集中をしてみると、どうも(たち)の良くないもののようだ。波長から母の従姉妹である早苗のものである。正直言って、この手の物はできれば関わりたくないのだが、父の言葉が脳裏に蘇る。母の事を想う父の為にも腹を括るべく、ふぅっと大きく息を吐き、これからこの負の感情の渦に向かい合うのだと自分に言い聞かせ気を引き締めた。


 いつもであれば夢の主が自ら糸口を見つけ出すのを側にいて見ているのが普通で、躊躇(ちゅうちょ)しがちになる時にほんの少し手伝うくらいだ。今回はたぶん生まれて初めてと言ってもいいだろう、“わたし”から積極的に他者の意識に関わろうとするのは。


 だから少し緊張している。脇を締め両手を握りしめていると武者震いがきた。よしっと気合いを入れたところで、ここで会うはずの人達の名前を呼んだ。


 「青蓮(せいれん)? お父さん?」


 するとすぐにふわりとすっかり馴染んだ感覚がわたしに絡み付いてきた。羽衣を纏うような軽さだが温かく安心できるものだ。


 「青蓮!」


 「待たせたな」


 「ううん。ねぇ青蓮、お父さんは?」


 「もうじき来られる。いや、今は、そうだな、大人の都合、とでもいうか、きっと少し遅れられるだろう」


 青蓮は何やら分かるのか、薄らと笑みを浮かべて言葉を濁している。


 「ふーん。良くわからないけれど、お父さんは後で合流するということね。ならば、先にこの絡み合った糸を(ほぐ)してしまいましょう!」


 さっき感じた禍々しい渦は、沢山の糸が絡まり合った形をしていた。様々な糸が複雑に絡み合い互いを雁字搦めにしている。ぱっと見るだけでは一筋縄では解せそうにないようだ。


 「見えるか?」


 「ええ、見えるわ。元は・・・そうね、極々細いものの中にあって、何かが途中で()り合わされているみたい。そちらに引きずられて他の感情が凶暴化したみたいに見えるわ」


 私の答えに目を細めて満足そうに青蓮が頷いている。


 「やれそうか?」


 「ええ、大丈夫よ。こう見えて編み物は得意なの。ついでに、あんまり言いたくないんだけど、編んでる途中でよく絡ませるから(ほぐ)すのも得意よ、見てて」


 相変わらず過保護な青蓮は私の側にいてくれている。彼にもきっとこの絡み合う糸の意味が分かるのだろう、いいえ、彼にはきっと糸の本質が見えているはず。けれども直接手を出さずに、私に任せてくれようとしているが、その顔は心配でたまらないようで眉間に皺が寄っている。


 (綺麗な顔が台無しだわ)


 私はグイッと青蓮の眉間に指を押し付け、グリグリとマッサージをしてあげた。


 「何をしているのだ?」


 青蓮は私のしたいようにさせてくれているが、瞳をくりっと中央に寄せて不思議そうだ。


 「んー、皺を伸ばしているの。心配性な青蓮の眉間の皺をね。そんなにわたしって、頼り無いかしら?」


 青蓮の表情を見ながら、ふふん、と笑ってあげれば、つられて青蓮も笑みを返してくれ、私の手を取りそっと口づけてくれた。


 「頼り無いわけではない。私の大切な、唯一の妻なのだからな、心配しているだけだ。其方は既に大きな力を得ておる。理とする力もある。だが、無理は禁物だ。ゆっくりでいい、時間をかけてゆっくりと、だ。いつでも私が側にいることを忘れないでくれ」


 「はい、吾が背。仰せのままに」






 私が対峙しているのは複雑に絡み合う糸の塊。気の遠くなる様な絡まり方をしているが、その様子に最初から諦めてはいけない。諦めなければ必ず解きほぐせるし、その糸口が必ず見つかるのを“わたし”は知っているから。

 手近な糸を手に取れば、ピリリとした感覚を感じる。一旦、糸を手から外し改めて塊をよくよく見れば、奥に細い細い大変綺麗な紫色の糸が見える。


 「この糸は綺麗だけれど切った方が良いわね。これが全ての邪魔をしているわ」


 見た目は美しい紫色の繊細な糸ではあるがそれは見た目だけで、その中に流れる極僅かな、でも明確な意図を持つ負のエネルギーが他の糸をめちゃくちゃに絡み合わせているようだ。一本一本かき分けてその紫色の糸を手繰り寄せようと試みるが、すぐそこに見えているはずのその美しい糸には、なかなか辿り着けない。明確な意志を持ってわたしの手から逃れようとしている。ならばと、少し考えて他の絡み合う糸に指を這わせてみた。


 「・・・・・・・」


 微かだが声のような振動が伝わって来る。こちらの糸からは、それほど濃い負のエネルギーは感じられない。絡み合う糸の一本一本に指を這わせ読み取って行けば、選り分ける必要のある糸が見えて来た。


 わたしは糸を巻き付ける糸巻きをイメージし、幾つか作り出し作業の準備をした。コアとなる糸巻きは何も影響を受けない事を前提として作る。いわば、わたしから早苗への再出発への(はなむけ)代わりのつもり。


 この絡まった糸の塊は他者に対する怒り、嫉妬、自分を哀れむ気持ちが随分と強い。他にもフラストレーション、苛立ち、軽蔑、妬み、落胆、傲慢、嫌悪などが感じられる。選り分ける為にそれらの糸に触れれば胃の中がオカシクなるような感覚に陥る。


 (ずっと触れ続ければ、私の方がおかしくなるわね)


 負の感情に対する手段として、相対する正の感情を合わせてやれば(ほぐ)れやすくなる。

 絡まり具合を確認しながら最も負の感情の軽めな糸に、心地よい感情を持つ糸を撚り合わせると、スルリと絡まりの中から抜け出て来た。そうして(ゆる)くなった糸を二本同時に素早く糸巻きに巻き付けて行く。


 カラカラと回り続ける糸巻きが徐々に太くなって行く。そしてかなり大きくなったところで糸の端がようやく出て来た。糸の途中から始まった糸巻きには、4本の糸の端が見えている。それらを結び合わせ輪っかなるようにした。


 最初の負の感情の糸に正の感情を織り交ぜたモノは糸巻きに巻き付いて無色な糸になった。


 「ふぅ、うまくいったわ。この糸はまた使えるようになるわ。これから新しい色をこの人が入れて行くの。綺麗な色になると良いわね」


 「瑠璃、これを」


 青蓮が指差す先に木箱が置かれていた。そこに出来たばかりの無色の糸の巻かれた糸巻きを収める。


 「さぁこれからが腕の見せ所ってところかしら」


 1本目が上手くいった事で、改めて気を引き締め直す。切って良い糸とそうでない糸はきちんと見極めなければならない。今まで見た中では切るべき糸はあの細く美しい紫色の糸だけだ。


 二個目の糸巻きを手に取り、次の(ターゲット)を探せば情緒不安定の糸が見つかった。これには母親の温もりを感じるような、温かい感情を持つ糸を合わせる。但し、これは幼い頃に親から受けた印象が多大な影響を及ぼす。幸いにもこの人は幼い頃の良い思い出があるようで二本の糸は互いに補うように撚り合った。

 カラカラカラカラと心地良い音を立てて再び糸巻きが回り出し、塊から糸が引き出されてくる。今度は少しばかり周囲の糸が反応をしているようで、時々、ギュッと結び目を縛ろうとするモノがいる。そう言う時には、その糸に対する正の糸を合わせてやると多くの糸は抜け出ようとする糸の事を見逃してくれることもある。


 絡まり合う糸が少なくなると、互いを干渉する相手の事がよくわかるようで、より強固な絡まりを見せてきた。今は同時に3個の糸巻きが稼働してそれぞれの糸をたぐり寄せているが、紫色の糸に強く絡まれている糸がそれを阻もうとする。そのせいでなかなか思うように巻く事が出来ない。


 強く引きすぎれば切れてしまう恐れもあるから危険だ。


 ここは慎重に、いつもやっているようにきつく絞まって身動きの取れない結び目を互いにゆるゆると揺さぶりながら少しずつ隙間をあけるようにしてやるのだが、思った以上に強固な反発を見せ、指先にピリピリと嫌な刺激を与えて来る。


 「困ったわね・・・」


 阻もうとしている糸に手を添えてみれば、複雑な嫉妬が悪意と憎悪を絡めて激しく苛立ちを滲ませ一本の太い糸となっている。粘着質なこの感じを解すのは非常に骨が折れるだろう。でも放っておけば他の糸にまで寝食し際限なく増殖し続けかねない。


 「ねぇ、何がそうあなたを駆り立てるの? あなたは愛されているわ。あなたを待っている人がいることに気付いて」


 すり切れボソボソとした愛情の糸を見つけ出し、切れないように慎重に手繰り寄せそっとそっと複雑な想いを滲ませる嫉妬の太い糸に沿わせる。最初は拒絶し、このすり切れた糸から逃れようとうねっていたが、ふとした時に接触した。すると、今にもすり切れようとしている糸を太い糸がガブガブと飲み込み始めてしまった。その恐ろしい光景に目を見張っていると、太い糸にしっかりと絡み付いた細い紫色の糸が操っているようだ。


 (今なら掴めるかもしれない)


 太い糸に悟られないように、意識を分散させて紫の糸に手を伸ばす。ようやく手にした糸は華奢な見た目とは裏腹に強靭で且つ強情、決して他者に対して追従することの無い強い意志を持っていた。

 紫色の糸を手にした途端、指に絡み付いて来た。そしてグイグイと締め付け指を切り落とさんばかりの力をみせる。わたしは、あまりの痛みに顔が歪むのを堪えられない。

 

 「く・・・。ま、けないわよ。鋭い糸切りバサミ!」


 紫色の糸に絡みつかれた自分の腕をぐっと手前に引き、指と太い糸の間に隙間を作りハサミの先端をねじ込む。他に挟んでいる糸が無いか注意深く確認し思い切り紫色の糸を断ち切った。


 グアアアアアアアアアアア・・・!!!!


 爆発や火山の噴火によっておこる空振にような衝撃が伝わって来た。まるで糸自身が苦痛の悲鳴を上げているようだ。その悲鳴に全ての糸が共鳴し始め、この空間全体が震えている。


 「きゃあああああああ」


 断ち切ったはずの紫色の糸が、今度は敵意を持ち私めがけて絡み付いて来た。元々絡み付かれていた指先から肌を滑るように伸びてきて、あっという間に全身に絡み付かれてしまった。


 「瑠璃!」


 グイグイと糸が全身の皮膚に食い込んで、激しい憎悪の感情が無理矢理流れ込んで来る。それに飲み込まれまいと必死にもがくが、苦しくて仕方が無い。


 「いやーーーーーーーーーーーー!」


 「瑠璃! 私を見ろ! 目を開けろ!」


 あまりの苦痛に形振(なりふ)り構えられる状態ではないが、それでも青蓮の声のする方へと視線を向ければ、青蓮の顔が見え負の感情に支配されかかっていた心にぽっと温かい灯がともるのを感じた。


 青蓮は私を抱きかかえたまま宙を見つめ叫んだ。


 「紫蓮(しれん)! 姿を現せ!」


 途端に(ちゅう)にゆらゆらと紫色の(しゃ)が滲み出て来た。それは次第に濃い紫に変わると男性か女性か分からない美しい人の姿が現れ(いで)た。


 「おやまぁ、青蓮、何て顔をしているんだい」


 青蓮が紫蓮(しれん)と呼んだその人は余裕の笑みを浮かべて青蓮を見ている。


 「珍しいモノを見た気がするよ。長生きはするもんだねぇ。お前にそんな感情があったなんてねぇ、くくく」


 袖を口元にあてて面白そうに紫蓮は笑い続けている。わたしは意識がぼんやりとして行く中で青蓮の凛とした声を聞いた。


 「紫蓮。手を引け、今直ぐに!」


 「どうしてだい? 私が先に見つけた玩具を横取りしようって方が悪いんじゃないか」


 この状況はさも当然だと、紫蓮はわたしを拘束している糸を緩めるつもりは無いようだ。むしろ更にギシギシと締め付け始める。


 「(たち)の悪い遊びは止めろ!」


 青蓮はそう言うとわたしの体に絡み付いている紫色の糸を掴み一気に引きちぎった。


 「グホッ・・・。な、何をするんだい青蓮。その糸は私と繋がっているんだよ。ははぁ、分かってやったね? その女のためかい?」


 凄みを増した表情でギロリと紫蓮がこちらを見ている。その目には明らかに面白いものを見つけたようだ。


 その一方でようやく束縛から放たれたわたしの体は、あちらこちらで悲鳴を上げている。直ぐに青蓮は血の(にじ)む、わたしの指先を口に含んだ。すると次第に痛みが消えていった。


 「はぁ、はぁ、はぁ」


 だが、まだ息をするのがやっとでお礼を言おうにも声が出ない。


 「瑠璃、すまない、痛い思いをさせてしまった。大丈夫か?」


 心配そうにわたしを覗き込む青蓮は、わたしの代わりに泣きそうな顔をしているように見える。できれば、その顔に手を添えたいのだけれどまだ体が言う事を効かない。


 その時、青蓮の背後で紫蓮がゆらりと動いたのが見えた。


 「青蓮は変わってしまったな、え? 唯一私の束縛を受けないヤツだと思っていたのに」


 無理矢理に断ち切った事で、どうやら紫蓮にも多少なりともダメージはあったようだ。声に(とげ)がにじみでている。


 「私が唯一だと? では、天帝(ちちうえ)はどうなるんだ?」


 青蓮はわたしを抱えたまま、冷たい瞳で紫蓮を見ている。


 「アレは規格外だ。推し量る事も出来ない。そもそも私の影響の及ぶ対象の数に入れられないしね。あらゆるものの(ことわり)を乱せばどうなるかって事くらい私だって理解しているさ。まぁ、乱そうとする前に消されるだろうけどねぇ。・・・分かっていて聞くんだから、お前も相当強かだね青蓮・・・せい、れん、何をしているっ」


 余裕(よゆう)綽々(しゃくしゃく)で話をしていた紫蓮がくわっと目を見開いた。その視線の先には、青蓮がわたしの体に纏わり付いていた紫色の糸を指で摘みあげ、そのまま紫蓮を正面から睨み据えている姿があった。


 「や、やめろ。馬鹿な事をするな。青蓮、その糸を離せっ」


 直前まで余裕の表情を浮かべていた紫蓮が突如慌て出した。その状況は尋常ではない。青蓮が紫色の糸を持っていると何か不都合でもあるのだろうか。


 「紫蓮、お前は遊び過ぎた。知らなかったのかもしれないが私の妻に手を出し、傷を付けた。私のこの怒りはお前にどう伝わるだろうか?」


 青蓮がグッと糸を握りしめるとゆらゆらと糸の周りがゆらぎ始め、そのは紫蓮へと繋がる糸に瞬く間に広がって行くのが見えた。


 「やめろ! 青蓮! やめてくれ! ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 あれほど美しかった紫の紗が花を散らしたように一瞬で散り散りになり宙を舞い始めた。まるで、紫色の小手毬(こでまり)の花びらが漂っているようだ。その下では紫蓮が絶叫し息も絶え絶えの様子で苦しんでいる姿が見える。


 その様子をわたしが見ているのが分かったのか青蓮はそっとわたしの頭を抱き、自分の胸に顔を伏せさせた。


 「紫蓮(あれ)をかわいそうだと思うか? 私はそうは思わないよ。紫蓮は己の行いに責任を負っているところだ。物事の結果に伴って生じた責務は、引き受けなければな。紫蓮はね、人の負の感情に敏感でそれに触れて遊ぶのが好きらしい。そのせいであちこちで争いが起きる。しかも年々その感情は現世全体で増幅しているようで紫蓮は嬉々として弄んでいるようなんだ」


 静かな声で青蓮が話している。抑揚を抑えた声は青蓮を少し遠い存在に感じさせた。


 「今回は紫蓮の糸の攻撃で瑠璃が怪我をし、それに私は怒りを覚え、その感情を再びあの糸を通して紫蓮へ返しただけだ。心配しなくても、あいつは消えはしないよ。ーーーまだ、消してはやらない」


 天帝に次ぐ者。

 それが青蓮だとお祖母様がおっしゃっていたのを思い出した。天帝が在る間は常に“次ぐ者”として称されるが、天帝の身に何かおこればその後を引き継げる力を持っているのが青蓮と言う存在だという。

 さっき紫蓮が言っていたが、天帝は規格外で、彼を消せる存在だと。きっと青蓮も同じ力を持っているのだろう。だから、まだ消してはやらない、と言ったのだ。


 どれほどの怒りを紫蓮へと戻したのか。未だ苦しみ続けている紫蓮の声が耳に響いて来て思わずギュッと青蓮にしがみついた。


 「もう、もうやめて、やめてあげて。お願い。わたしはもう大丈夫。青蓮が助けてくれたから。だからお願い」


 「瑠璃、紫蓮には情けは無用だぞ」


 「自分の行動には責任はとってもらうのは大切なことよ。戒めにもなるでしょう。ーーーでも今回の“わたし”の役目は、紫蓮の興味を惹く負の感情を持った人の対応でしょう? それを最後までやらせて欲しいの」


 現世での母の従姉妹、早苗とその娘、里佳の歪な感情を修正するために来ているのだ。自分から関わるのは初めてだが最後までやりたいと思う。


 「そうか。ならば紫蓮は私が相手をするからここから連れ出そう」


 神的存在の紫蓮相手ならばいざ知らず、人対人であれば、“わたし”にも出来るだろうと思う。青蓮にわたしの意志を込めて力強く頷いてみせれば、最初に絡み付かれていた指先をペロリと舐められた。


 「ありがとう、青蓮。出来る限り頑張ってみるわね」


 「瑠璃なら大丈夫だろう。それにもうすぐ義父上(ちちうえ)も来られるしな。後を頼んだぞ。・・・すぐにもどる」


 わたしの額に唇を押し当て、青蓮は紫蓮とともに消えてしまった。

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